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第53話 パパと空君

「ただいま~~~」

 パパが帰ってきた!

「おかえりなさい」

「おかえり~~」


 私と碧は、玄関まで出迎えた。後ろから空君も、ついてきた。

「ただいま!凪、碧」

 パパは私にハグをしてから、碧の髪をくしゃくしゃにした。

「あれ?!空だ!」


 碧の後ろにいた空君をパパが見つけて、

「飯、食いに来たの?」

と喜びながら聞いた。


「俺の部屋に今日は泊まっていくって」

 碧がはしゃぎながらそう言うと、

「え?そうなんだ。空、泊まっていくんだ」

と、パパもやっぱり喜んだ。


 それからみんなで、リビングに移動した。

「カレーの匂いだ」

「うん。凪が作った」

 碧がそう言うと、パパはもっと目尻を下げ、

「凪のカレー?超楽しみ!」

とウキウキしながら2階に上がっていった。


「パパ、やっぱり空君が泊まるの、喜んでたね」

 ポツリと私がそう言うと、空君は照れた顔をした。その横で碧は、

「父さん、空のこと気に入ってるもん」

と、自分のことのように嬉しそうに言った。


「え?俺のこと?」

 空君が驚いている。

「うん。空が来るといつも喜んでるじゃん」

「…俺、凪に近づくなっていつも怒られてたけどなあ、子供の頃」


「あはは。だけど、最近、逆に凪のこと守ってって、父さん言ってるよ?」

「あ、そういえば…」

 空君はそう言うと、私の方を見た。目、合った。ちょっと照れる。


「碧、手伝って」

 私は碧に手伝わせ、食卓にカレーを運んだ。それからサラダ、コップなどを揃えていると、

「凪のカレー、カレー♪」

と歌いながらパパが2階から降りてきた。


「桃子ちゃん、グリーンサラダなら食べられるって」

「ママの分、こっちに取り分けてあるの。今、持って行ってくるね」

 私がそう言うと、パパはうん!と頷いた。


「空、お前さ、ダイビングしたいんだろ?」

 パパはダイニングテーブルに着くと、いきなり空君に話しかけていた。

 ああ、しばらくは空君、パパに取られちゃうな。でも、空君も、パパに話しかけられて嬉しそうだ。


「ママ、入るよ」

 私は2階のママとパパの部屋に入った。

「サラダ持ってきた」

「ありがとう」


 ママはベッドに座り、編み物をしていたようだ。

 私はパパの机の上にサラダを置いた。パパの机は寝室にあり、そこにパソコンもある。パパ専用の書斎は作らず、寝室に机を置いたのは、ママといつでも一緒にいたいからなんだそうだ。


 家にたまにパパは仕事を持ち帰ってくるが、その時、ママがいる寝室で仕事をしたいらしい。ほんと、ママとパパって仲がいいっていうか、絶対にパパの方がママに甘えているよね。


「空君が今日泊まっていくのを、パパも喜んでいたね」

 ママがそう言いながら、パパの机の椅子に座った。

「え?うん。碧もすごく嬉しそうで、二人に本当に空君を取られちゃうよ。私、あんまり空君と話もできそうにないんだ」


「でも、家に空君がいてくれるだけで嬉しくない?ママも、結婚前にパパがおじいちゃんと釣りに行くので泊まりに来た時あったけど、同じ屋根の下にいるだけで嬉しかったなあ」

「そんなことあったの?」

「うん。やっぱりパパは人気者で、おじいちゃん、おばあちゃん、ひまわりがみんなで聖君と話したがって、ママ、全然話ができなかったんだよね」


「寂しくなかったの?」

「うん。いるだけで嬉しくて。あ、でも、思い出した!耳掃除とかしてあげた」

「パパの?」

「うん」


「なんだ。もう、そんなに仲良くなっていた時だったんだ」

「え?うん。そうだね。付き合ってだいぶたっていた時かな」

「……ママは、素直にパパにその頃、甘えてた?」

「どうだったかな?なかなか、素直になれなかったけど」


「じゃあ、いつから素直になれた?甘えたりできたの?」

「さあ?いつかなあ。結婚して、凪が生まれて」

「え?そんなに時間かかったの?」

「…凪は、どんどん素直になって、空君に甘えていいと思うよ?」


「…ほんと?」

「うん。空君って、あんまり人と関わらないし、一人でいるほうがいいって感じの雰囲気あるけど、実は寂しがり屋なんじゃないかなって思うんだ。おじいちゃんやおばあちゃんといる時、すごく嬉しそうだし、凪と一緒にいる時も、本当に嬉しそうだった」


「子供の頃?」

「ううん。ごく最近の話」

「え?!」

「だから、凪が隣にいるのは、空君すごく嬉しいみたいだから、凪、遠慮も何もいらないと思うなあ」

 ママにまで言われた…。


「みんな、凪が行くまで、ご飯おあずけになってるんじゃない?早く行かないと、みんなお腹空かせて待ってるるよ」

「あ、うん。じゃあ、食べ終わったら食器、ここに置いておいてね。後で取りに来るから」

「うん。ありがとう、凪」


 私は1階に急いで降りた。ダイニングでは、碧、空君、そしてパパが海の話で盛り上がっていた。

「ごめん、お待たせ」

 急いで椅子に座った。


「よっしゃ。じゃ、食おうか。いただきます!」

 パパがそう言うと、碧も空君もいただきますと言って、カレーを食べだした。

「うまい」

「うめ!」


 パパと碧が同時に叫んだ。そして空君は、ちらっと私の方を見て、

「美味しいよ、凪」

と優しく言ってくれた。


 うわ~~~。キュキュキュン!嬉しい。やっぱり、一人で作ってみて良かった。


 私もカレーを食べた。美味しいというか、普通にカレーの味だ。市販のカレーのルーを使っただけだし、特に変わってもいなけりゃ、普通のカレーの味なんだけど、でも、とりあえず、失敗はしないで済んで良かった。


「じゃがいも、ゴロゴロしているのがいいね」

「え?」

 碧に言われた。

「大きすぎた?」

「俺、カレーの具は、でかいのが入っている方がいい」


 空君がそう言った。ちゃんとフォローしてくれたんだ。

 キュキュン。

「良かったね、凪。空のために一人で頑張って作ったんだもんね?」

 碧がそんなことを、ニヤニヤしながら言ってきた。


「え?パパのためじゃないの?」

 パパが、一瞬顔を曇らせてそう言った。

「違うよ。俺が作ろうとしたら、空君のために全部私が作りたいのって言われて断られたんだ、俺」

 うわ~!

「そ、そんな言い方していないよ、私」


 私が必死にそう言うと、空君はくすっとそんな私を見て笑った。

「………なんだよ~。なんかな~~」

 あ、パパはへそ曲げちゃった。

「ほんと、空にだけは俺、勝てないんだよなあ」


「え?」

 あ、空君が目を丸くしちゃった。

「いいけどさ。いいけどね。そんな健気なところとか、桃子ちゃんみたいで。っていうか…」

 パパはジトっと空君を見て、

「お前、わかってんの?すげえ今、羨ましがられるくらい、超幸せ者だってことをさ」

といきなり、そんなことを言い出した。


「え?え?俺?」

「そうだよっ!わかってないの?この可愛い俺の凪が、お前のためだけに、健気にもカレーを一生懸命に作ってだな、お前がうまいって言ったら、頬染めて嬉しそうにして、そういうの、わかってんの?」

と、またパパはとんでもないことを言い出した。


「パパ、やめて。空君が困ってる」

 私は慌てふためきながら、パパを黙らせようとした。でも、パパは黙ってくれない。

「だってさ、空、その辺のことわかってないみたいで、しゃくにさわっちゃって」

 あ~~~。パパ~~~~。そんなことを言ったらますます、空君が…。


 空君が、困っちゃう?あれれ?空君の反応が、あれれれ?


 真っ赤だ。


「あ、お、俺」

「空、真っ赤」

 あ、碧がそんなこと言っちゃうから、空君、思い切り俯いちゃった。


「なんだよ、空。照れてんの?っていうか、ちゃんとわかってたの?」

「はい。いえ。わかってないです」

 空君はまだ俯いたままだ。ああ、空君、パパにいじめられてるっていうか、責められてるみたいでかわいそうかも。


「わかってなかったの?」

「いえ。えっと…。わかってないっていうか、戸惑ってます」

「え?戸惑う?」

「あ、そうじゃなくって、えっと…」


 さらに、俯き、真っ赤になりながら空君は、

「すみません。よ、喜んでます」

とすごく小さな声でそう言った。


 喜んでいる?!いや、でも、今のはなんか、パパに無理やり言わされてた感もあるけど。

「父さん、やめてあげたら?空、困ってるじゃん」

「碧!そもそも碧が変なことを言い出すから」

 私がそう言うと、

「だって、本当に凪、空のために作ったんじゃんか」

としれっと碧はまだ、そんなことを言った。


「……」

 顔、熱い。するとパパが私を見て、

「凪まで真っ赤だ。あ~~あ、何、この雰囲気」

とつまらなさそうにそう言った。でも、1秒も経たないうちに、パパは吹き出して笑うと、

「二人ともめちゃ可愛いな」

と言って、またバクバクとカレーを食べだした。


 うわ。パパ、そんなことを言うから、もっと顔が熱くなった。空君もしばらく、顔を上げられなくなってる。でも、ちらっと私の方を見て、目が合うと、空君は照れくさそうな顔をして、それから水を飲み、カレーを食べだした。


 顔、まだ熱い。カレーでさらに火照ってきた。

 空君は黙々と食べている。碧とパパは、美味しそうに食べ、時々話をして笑っている。

「そういえば、碧はデートしていないのかよ」

「うるさいな。俺のことはいいんだよ」


「なんだよ、もうふられた?」

「まさか!彼女のほうが俺にベタ惚れなの。ふられるわけないだろ?」

「お前、いい気になってると痛い目合うぞ。ちゃんと彼女のこと大事にしろよ」


 パパはそう言うと、ちらりと空君を見て、それから静かに、

「空もな?」

と呟いた。


「え?は?」

 ああ、空君がまた驚いちゃってる。

「空、碧の部屋、凪の隣だけど、絶対に夜中に、凪の部屋に夜這いに行ったりするなよな」

 どひゃ?!なにそれ!!!何言ってんの?!パパ!


「よ、夜這い?」

 ほら、空君がもっと赤くなった。それから首を横に振ると、

「し、し、しないです、そんなこと」

と慌てまくりながらそう言った。


「なに、その慌てぶり…」

 また、パパがジトっと空君を見た。あ~~、またいじめてる。

「いえ。聖さんがとんでもないこと言ってくるから。そ、そういうのは、俺…」

 空君はそこまで言うと、黙り込んだ。


「ああ、お前ら、そういう関係じゃないんだっけ?この前も言ってたな。そんなことにはなりませんから、安心してくださいって」

「……はい」

 空君は頷いた。


「……」

 パパは黙って空君を見た。空君は下を向いていたが、顔を上げてパパを見ると、

「あの…」

と何かを話し出そうとした。


「なに?空。真面目な話?」

 パパが空君の顔が真剣な顔をしているからそう聞いた。

「はい。俺…」

「うん」


「凪のことは、好きですけど…」

 ドキン。

 好きですけど…?ですけどって、何かな。そのあと、どんな言葉が続くの?

 なんか、聞きたくないかも…。


「うん」

 パパも、なんだか心なしか声が沈んだような…。

「その…」

 ああ、空君も言いにくそうだ。そんなに言いにくいことなの?


 耳を塞ぎたい。じゃなきゃ、逃げ出したい。

「コホン」

 空君は咳払いを一回すると、

「へ、変なことを言うようですけど、自分でもなんかびっくりなんですけど」

と言いながら、みるみるうちに真っ赤になった。


「俺、なんか、相当…。凪のこと大事みたいで」

 え?え?

 今、なんて?!

「だから、多分、そういうのっていうか、手を出すとか、そういうの、無理です」


「は?」

 パパも目が点になった。碧も目を丸くして、黙って空君を見ている。

「あ、だから。その…。まだ、高校生で。いえ、そういうんじゃなくって、えっと」

 空君は頭をボリって掻くと、

「とにかく、この先、何年もずっとってわけじゃないと思うんですけど、でも今は、とてもじゃないけど…」

そこまで言って、また顔を下げた。


「ああ、うん。言いたいことはわかったよ、空。凪のこと、大事だから、手なんて出せそうもないってそう言いたいんだろ?そういう気持ちもわかるよ?俺も」

「え?」

「俺も、桃子ちゃん、すげえ大事だったもんなあ。壊したくないって思ってて、ガラス細工触るみたいに、大事にしてた。かなり、ずっと…」


「え?そうだったんですか?」

「でも、高校生で妊娠…」

 ぼそっと碧が言ってから、口に手を当てた。やばいことを言っちゃったかなって顔をして。


「まあね、そうなんだけどさ。でも、やっぱり大事だったよ。妊娠して、結婚して、喜んだりしたけど、あとでさ、俺は良かったけど、桃子ちゃんには大変な思いをさせちゃったよなって、そう思ったし」

「そうなの?でも、後悔はしていないんでしょ?パパもママも」

 私はパパの言うことにびっくりして、そう聞いた。


「してないよ。結婚したことも、凪が生まれてきたことも。すごく幸せなことだった」

 パパはそこまで言うと、優しく私を見た。

「でも、妊娠して高校行ってた桃子ちゃんは、やっぱり大変だったと思うし、まだ、17歳で子供を産むのも、体が出来上がっていなかったからさ、貧血起こしてみたり、ちょっと大変だったんだよね」

「…そうだったんだ」

 ポツリと碧が言った。


「俺、桃子ちゃんのお母さんに、言われて目が覚めたっていうかさ。妊娠って赤ちゃんだけじゃなく、母体の命も関わってくるんだって、そう言われたことがあって。出産がもとで、母親の方が命を落とす可能性もゼロじゃないんだ。そういうの、全然考えたこともなかったから、ただ、手放しに妊娠した、結婚だって喜ぶようなことじゃなかったんだなって、あとで思い知ってさ」


「母親の命も?」

 今度は空君がポツリと言った。

「空だって、生まれた時、春香さん30代後半だろ?大変だったと思うよ。子供の命を産むのって、母親にとっては命がけだよね」


「……」

 空君が真面目な顔で黙り込んだ。でも、

「はい。母さんが大変だったの、おばあちゃんやおじいちゃんからも聞いてます。俺、赤ちゃんの頃、体弱かったり、夜泣きで大変だったみたいだし」

とポツリポツリと話しだした。


「……俺、やっぱり、凪、大事です」

 しばらく黙り込んだ空君は、突然そう言った。

 

 ドキン…。空君?

 空君を見ると、真面目な顔をしていた。


「凪には、笑顔でいて欲しいし、そばにずっといて欲しいし、困らせたくないし、守っていきたいし…。だから、そう思うと、とてもじゃないけど」

「手なんて出せない?」

 パパが優しい目で空君を見ながらそう聞いた。


「はい」

 空君は、真面目な顔をしたまま頷いた。

「そっか。そりゃ…」

 パパは目を細め、ちょっと目を赤くさせ、

「そこまで凪のことを大事に思ってくれて、父親としてすごく光栄っていうか、嬉しいよ」

と、感動したようにそう言った。


「………いえ」

 空君はまた、言いにくそうに答えると、

「全然。俺のほうこそ、凪や碧、聖さんに大事に思われてて、嬉しいです」

とぼそっと恥ずかしそうに言った。


「……なにそれ!空、めちゃくちゃ可愛いやつじゃん!」

 パパはものすごく嬉しそうな顔をして、空君の髪をくしゃくしゃにした。

「ああ、なんだよ~~~。空って、可愛いよな~~~。めちゃ、俺も、嬉しい!」

 ああ、空君、顔、思い切り照れくさそう。でも、嬉しそう。


 空君の髪はもう、乾いていた。そして、その髪を思い切りパパはくしゃくしゃにしていて、空君はされるがままになっていた。

 そんな二人を碧が、嬉しそうに見ている。


 碧も嬉しいの?パパを空君に取られるとか、そういうふうには思わないのかな。

「なんか、家族が増えたみたいだ」

 碧がそう言ってから、思い切りにやけた。


 ああ、碧も心から喜んでいるんだ。

 そう言った碧の方を空君は見て、また嬉しそうにはにかんだ。


 空君。

 可愛い。と思いながら、ふと空君が言ったことを思い返し、私の顔から火が出るほど熱くなった。

 そうだ。

 私の話をしていたんだ。どこかで人ごとだった。


 空君、私がすごく大事だって言ってくれたんだ!

 きゃ~~~~~~~~~~~~~!!!!!!


 私はあとで、ママに抱きつきながら、空君が大事だって言ってくれたの~~~って、そう言おうと心の中で思いながら、涙が出そうになるのをこらえていた。





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