第51話 空君が泊まる
その日の午後、私はウキウキドキドキしながら、まりんぶるーに行った。
「凪ちゃん、いらっしゃい。空ならもうリビングにいるわよ」
春香さんにそう言われ、私は急いでリビングに上がった。
リビングのドアの向こうからは、おばあちゃんの笑い声と空君の明るい声が聞こえてきた。
トントン。
「お邪魔します」
そう言ってドアを開けると、空君が思い切り可愛い笑顔で、
「凪!」
と出迎えてくれた。
うわ。今の笑顔、可愛かった!!
「凪ちゃんもいらっしゃい」
「おばあちゃん、こんにちは。あれ?おじいちゃんは?」
「仕事で出てるわよ」
「え?おじいちゃんってまだ仕事しているの?」
私はびっくりしていると、空君が、
「凪、ここに座ったら?」
と空君の隣を指差した。
「うん」
私はちょっと照れながら、空君の隣に座った。
「時々、仕事が入ってくるのよね」
「プログラムの仕事?」
空君がおばあちゃんに聞くと、
「そうみたい。私にはあんまりわからないんだけどね」
とおばあちゃんは優しく答えた。
「凪ちゃん、今、空君にブログのやり方を教えてもらっていたの。なんとなく、できそうな気がするわ」
「え?ほんと?」
「ばあちゃんが撮った写真、どれも綺麗なんだよ。こんな写真ブログに載せたら、すごい反響あると思うんだ」
「へ~~。見たいな、その写真」
「これだよ」
空君がパソコンを操作して見せてくれた。
「わあ。本当だ。とっても綺麗なお花…」
おばあちゃんが撮った写真は、風景も花も、どれも優しい写真ばかりだった。
そして、時々おじいちゃんが写っていた。おじいちゃんの笑顔は、最高で…。
「おばあちゃんとおじいちゃんって、本当に仲いいよね」
「そうね」
おばあちゃんは静かにそう言って笑った。
「でも、空君と凪ちゃんも、赤ちゃんの頃から仲いいわよね」
「え?」
おばあちゃんの言葉に、思わず私たちは目を合わせ、それから同時に照れてしまった。
「あら」
それを見たおばあちゃんは、くすくすと笑った。
「ばあちゃん、俺らのことより、ブログ。コメントとかどうする?」
「コメント?」
「みんなにコメント書いてもらえるようにする?それとも、そういうのは一切受け付けないようにする?」
「そうね~。どうしようかしら」
そんな話をしてから、何やら空君は写真を見ながら、
「これ、どの辺の景色?」
とか、
「この雲、すげえ綺麗だね、ばあちゃん」
とか話だし、またブログの話はどこかに行ってしまった。
「あはは。ばあちゃん、このじいちゃんの顔最高だね」
「そうでしょ?空君もそう思うでしょ?」
「うん!」
ああ、空君が、子供の頃みたいに素直に笑っている。
おばあちゃんとおじいちゃんが大好きだった空君。いつもおばあちゃんに優しく話しかけ、笑っていた。あの可愛い空君が、ここにいる。
子供の頃と変わらない。可愛い空君だ。
ウズ…。
そんな可愛い空君に、空君、大好きって言って抱きつきたい衝動にかられた。
それに、キスもしたくなった。
う~~。ダメダメ。子供の頃ならいざ知らず、今、そんなことしたら、おばあちゃんも空君もびっくりしちゃうから。
でも、空君がすごく可愛い。
ダメ。抱きついたりしたらダメ。
子供の頃は、平気で抱きついた。そうだった。私、いきなり思い出した。空君の笑顔が可愛くて、平気でキスもしていたんだった。
そうすると空君は、すごく嬉しそうに笑って、空君からもキスしてくれたり、抱きついてきたり…。
そんな空君はあったかくって、ふわふわしてて、可愛くって…。
子供の頃の私は、心のままに行動していた。パパになんと言われようが、人の目も気にせず、空君に嫌われたらとか、そんな不安もまったく感じず。
ただ、空君が好きで、大好きで、その気持ちのまま行動していた…。
だけど今は、そんなわけにはいかない。空君が嫌がるかもとか、みんながそんな私と空君を見て驚くかもとか、そんな大胆なこと、私からできないとか、いろんな思いが交差して、衝動にかられて行動するなんてことできなくなった。
本当は、可愛い空君の背中に抱きつきたいのに…。
ウズ…。
「こんなのはどう?ばあちゃん」
「いいわね。あ、こっちのデザインも綺麗だわ」
「そうだね。こっちのほうがばあちゃんには合ってるかな」
空君とおばあちゃんは、ブログに使うデザインを決め始めたようだ。
「凪、凪はどう思う?どれがいいと思う?」
空君は私のほうを向いて聞いてきた。
「え?!」
ドキン。空君の可愛い笑顔がこっちを向いたよ。
「あ、えっと。そうだな…」
ドキドキしながら、私はパソコンの画面を見た。そのすぐ横から空君も顔を突き出し、
「これ、いいと思わない?」
と聞いてきた。
「う、う、うん」
顔、近い。すぐ横にある。うわ~~~~。息がかかるくらい近いんですけど!
抱きつきたくなってみたり、近いと心臓バクバクしたり、なんだか私、とっても変だ。
空君は、そんな私の気持ちを知る由もなく、ただただ、おばあちゃんと嬉しそうに笑って話をしている。
お昼を春香さんが持ってきてくれて、3人でリビングで食べた。それからも、私と空君はおばあちゃんとリビングにいて、夕方おじいちゃんも帰ってくると、4人でお茶タイムが始まった。
「空と凪がリビングにいるのっていいな~~」
おじいちゃんがそんなことを呟き、嬉しそうに笑った。
「うん。俺も、ここ、好きだな」
空君もそうぼそっと呟いた。
空君は、ずっとソファに座り、私の隣にいた。空君からは、子供の頃と同じあったかいふわふわした可愛い空気が感じられた。
ああ、抱きつきたい。っていう思いを私は必死に抑えていた。
そして、5時を過ぎ、私たちはまりんぶるーを後にした。
「夕飯まで食べていったらいいのに」
とおばあちゃんに言われたが、
「ママが夕飯作れないから、今日は碧と私でカレーを作ろうと思ってて」
と私は断った。
まりんぶるーを出る時、
「空、夕飯どうする?何か持っていく?」
と春香さんがキッチンから出てきて、空君に聞いた。
「…俺、カレー食べたい」
「カレー?カレーは今日ないわよ」
「あ、うん。凪の家のカレーが食べたいなって」
空君はちょっと照れくさそうにそう言って、私を見た。
「うん。いいよ。碧も空君が一緒だと喜ぶよ」
「凪ちゃん、最近よく空がお邪魔しちゃって悪いわね。桃子ちゃんと聖にもお礼言っておいて」
「はい」
春香さんにそう言われ、私は頷いた。すると春香さんはぽんと手を叩き、
「そうだ。なんなら、碧君のところに泊まってきてもいいわよ、空」
といきなりそんなことを言い出した。
「うん。碧がいいって言ったら、泊まってくるよ」
と空君は顔を赤くして、春香さんに答えた。
え?我が家に泊まる?うそ!
きゃ~~~~~~。
嬉しいかも!!!!!
私はくるりと春香さんに背中を向け、思い切りにやけた。
「じゃあね、凪ちゃん。空のことよろしく」
そう言うと春香さんは、キッチンに戻っていった。
「そそ、空君、うちに泊まるの?」
「あ、ダメだったかな」
「ううん!」
私は嬉しさのあまり、思い切り首を横に振り、にんまりと笑いながら空君を見た。
「あ、凪、嬉しそうだ」
うわわ。顔に思い切り出てた!
「だ、だって…」
「クス」
ああ、笑われた。
私と空君は、自転車を軽快に走らせ、私の家に戻った。そして、一緒に家の中に入った。
「空君、いらっしゃい」
ママが玄関に来て、明るく空君を出迎えた。
「あ、お邪魔します」
「どうぞ。凪と碧が作るカレーだから、ちょっとどうなるかわかんないけど、食べてって」
う…。その言い方はひどいよ、ママ。あれ?
「夕飯食べに来たってわかったの?ママ」
私がママに聞くと、
「春香さんから今、電話があったの。これから空が夕飯食べに行って、泊まりに行くからよろしくって」
「……すみません。俺、なんか、図々しいですよね」
空君が頭を掻きながら、下を向いた。
「いいのよ。碧も聖君も喜ぶから。空君にダイビングの話がしたいって聖君言ってたし。碧はゲーム一緒にやりたいって言ってたし。どうせならうちに泊まりに来たらいいのにって、前にも碧言ってたのよ」
「あ、そうなんですか…」
リビングに空君が照れながら先に入った。ママは私の方をじっと見て、
「あ、ごめん。凪だって、空君と一緒にいたかったよね。聖君や碧に取られたくないよね…」
と小声で私に言ってきた。
「え?」
私はそれを聞き、赤くなってしまったが、先にリビングに入った空君にも聞こえていたようで、空君までが赤くなっていた。
「お風呂の用意してくるね。空君も入るでしょ?パジャマとか持ってきてないよね。碧と背格好変わんないから、碧のを着てね」
「あ、はい」
「碧もよく空君の家に泊まりに行くけど、空君の服やパジャマ、貸してもらってるんでしょ?」
「はい。あ、そういえば、俺のTシャツやパンツ、碧が着てってそのままのがあって。もし、それがあったら、それを着ます」
「え?!碧、空君のパンツまで貸してもらってたの?もう~~。知らなかった。あ、あれかな?見たことないパンツがあるなって思っていたんだよね」
ママはそう言うと、2階にあがり、碧の部屋に行ったみたいだ。
空君のパンツ…。う…。聞いてて恥ずかしくなった。碧のだったら、いくらでも見れるし、恥ずかしくもなんともないのになあ。
「……凪」
空君は、ソファに座らず、立ったまま私に声をかけた。
「あ、空君、座って」
「うん。でも、どこに座ればいいかな」
「ソファでも、そのへんでも」
「凪はいつもどの辺?」
「私と碧は、絨毯にゴロゴロしてる」
「そっか。じゃ、俺も」
空君はソファに座らず、絨毯の上に座り、ソファを背もたれにした。
「何か食べる?」
「いや、いい」
「じゃあ、飲む?」
「ううん。大丈夫」
なんか、照れる。
「私、ご飯の用意してくるね」
「え?」
「空君はここで、テレビでも見てて」
「て、手伝う」
空君はまた立ち上がった。
「え?手伝うって…」
「俺にも、なんかできるよね?」
空君は後ろからくっついてきた。そこへ、ママが2階から降りてきて、
「空君、これでしょ?空君のパンツとTシャツ」
と、空君に見せた。
きゃ~~。しっかりと空君のパンツ見ちゃった。確かに碧が履かないような柄だ。明るい色のチェック…。碧はもっと地味な色のを履いているもん。
「あ、はい。それです」
Tシャツも、黄色なんて碧は着ない。
「じゃ、明日このTシャツを着る?パジャマは碧のを持ってきた。って言っても、短パンとTシャツだけど、これでいいよね?」
「はい。大丈夫です」
「お風呂場に置いておくね。あ、これからカレー作るの?じゃ、ママは匂いがまだダメだから、お風呂の用意したら2階に行っちゃうね。凪」
「うん」
「すみません、いろいろと…」
空君はまた、ちょっとお辞儀をして頭を掻いた。
「大丈夫。本当はもっと空君にもうちに遊びに来て欲しかったから、私も嬉しいよ」
ママはにっこり笑ってそう言うと、バスルームに行った。
空君はこっちを見て、顔を赤くしている私に、
「なんで顔、赤いの?」
と聞いてきた。
「え?うわ。赤い?」
「うん」
「なんでもない」
「?俺が泊まるから?」
「う、うん。それもあるけど、パ…」
「パ?」
「パンツ、見ちゃったから」
「え?俺の?」
空君は目を点にして、
「でも、碧のだって、普段見てるよね?それも恥ずかしいの?」
と聞いてきた。
「まさか。碧のなんて別になんとも思わないよ」
「……ふ~ん」
空君はそう言ってから、しばらく黙り込み、
「何手伝ったらいい?」
と聞いてきた。
「あ、じゃあ、お米研いでもらおうかな」
「それならできる」
空君はお米を研ぎだした。そして、いきなり、
「俺も、凪のパンツ見るのは照れるかな」
と呟いた。
「え?!」
「あ、なんでもない」
空君は耳を赤くさせ、また黙り込んだ。
「ただいま~~~~!」
そこに元気に碧が帰ってきて、
「あ~~!!空がいる!」
と大喜びをした。
「今日、空君、碧の部屋に泊まっていくって。空君に碧の服、貸すけどいいよね?」
碧の大きな声を聞き、バスルームから出てきたママが碧にそう言うと、
「え?!空、泊まっていくの?やっほ~!」
と碧はさらに喜んだ。
なんか、お泊り会になっているなあ。でも、こんなの、いいかも。
「空が泊まっていくの、初めてだよね?」
「うん」
「何する?俺、明日ちょうど、部活午後からでさ。朝寝坊もできるし、何する?!」
「ゲームするか?碧」
「この前のゲーム、決着つかなかったやつ、決着つくまでやろうぜ」
「碧、ご飯作るの手伝って。手、洗って着替えてきて」
「ほ~~~~い!」
私がそう言うと、碧は浮かれた足取りで2階に行った。
「碧に空君、取られちゃうんだ」
「え?」
「きっとパパが帰ってきたら、パパまで喜んで空君と話し込むんだ」
「……凪、寂しいの?」
空君が私の顔を覗き込み、そう聞いた。
ああ、なんだかその顔も可愛いかも。
「うん」
コクンと頷くと、空君がチュってキスをしてきた。
うわ。突然!!!
「なんか、凪、素直」
「え?」
「なんか、可愛いよね」
うわ~~~。空君に可愛いって言われちゃった。私が思っていたのに。
それに抱きつきたいとか、キスしたいって衝動は私のほうが…。
でも、空君、キスしてくれるなら、私からしてもいいのかな。抱きつくのもいい?
なんて、聞くに聞けず、私は真っ赤になりながら、野菜を切り出した。
空君も、耳を赤くしたまま、お米を長々と研いでいた。




