第50話 空君の告白
おにぎりを食べ終え、櫂さんは先に帰っていった。空君はそのまま砂浜に座り、のんびりと海を見つめている。
私はそんな空君の隣で、空君のオーラに包まれて幸せを浸っていた。
波の音、遠くから聞こえる家族連れの子供のはしゃぐ声。
気持ちのいい風。曇っているから、暑すぎないちょうどいい感じの気候だ。
「気持ちいいね」
ぽつりとそう言うと、空君は私の顔を見て、
「うん」
と、にっこりと微笑んだ。
「サーフィンをした後って、ちょっとだるい感じが気持ちいいんだよね」
「だるい?」
「うん。波の音とか聞きながら、ぼけ~~っと海を見る。なんにも考えないで、ただぼけ~~~って」
「空君、一人でよく海見てるよね」
「……本当は凪と見たいってずっと思ってたよ?」
「え?!」
「特に綺麗な朝日とか夕日は…。海がオレンジ色に染まってキラキラしているのとか、凪に見せたいな~~、きっと感動するだろうな~~ってさ」
うそ。そんなこと考えながら、海を見ていたの?
空君はまた海の方を見た。そして気持ちよさそうに目を閉じた。
「……」
空君はしばらく黙り込み、それから目を開けると、
「凪は隣にいても、心地いいよね」
とにこりと微笑みながら私を見た。
「え?」
「俺、人と関わるの苦手だし、一人で海を見ているのが心地よかったんだけど、でも、やっぱり凪だけは違うんだよな」
「違うって?」
「凪だけは、隣にいても心地いい。一人でいる時よりずっと、癒される」
「…そ、そうなの?」
嬉しいな。あ、顔が火照る。絶対に赤くなってるな、今…。
「クス」
あ、笑われた。
「凪、今、嬉しそうだった」
「う、うん。嬉しかったもん、そんなふうに言ってもらえて」
「あはは」
あれ?声に出して笑われた。
「俺も、嬉しい…」
「え?」
「なんか、今日さ、朝から俺、テンション高かったっていうか、浮かれてたんだ」
「え?」
「凪を浜辺に呼んだら、来てくれるかなって思っただけで、ウキウキワクワク」
ええ?
「ちょっとドキドキもした。なんか、顔合わせるのが照れくさいような」
「あ、それ、私も」
「凪も?」
「うん。どんな顔して会ったらいいのかな、なんて昨日の夜思ってた」
「クス。そうなんだ。凪もだったんだ」
「うん」
「変だよね?俺ら」
「う、うん」
空君はじいっと私を見ている。
「な、なあに?」
なんか、照れる…。
空君はクルッと前を向くと、
「なんでもない」
とはにかみながらそう言って、しばらく黙り込むと、
「凪がさ、これからはずっと俺の隣にいてくれるのかなって思ったら、すごく嬉しくなってさ」
と小声でそう言ってから耳を赤くした。
うわ~。空君がすごく可愛い!
「そんな日がまた、やってきたんだなあって、ちょっと今、浸ってた」
「え?」
「幸せに浸ってた。そんな日が、来ないかもしれないって思っていたし」
「そんな日って?」
「凪が俺の隣にいてくれる日」
「……」
え?
「ずっとそれを、望んでいたんだけど、もう無理かもって、そんなふうに思っていた頃もあってさ。一人で海見ながら、もう、凪は俺の隣に来てくれないのかもなあって、すごく寂しい気持ちになっていた頃があったっけなあって、ちょっと思い出してた」
「そんなこと思っていた時があったの?」
「中3の時にね。凪が高校行っちゃって、なんか、どんどん離れていって、会えなくなっちゃって」
「……」
そうだったんだ。うわ~。私は私で、やっぱり空君が遠くって悲しがっていたけど、空君もだったんだ。
「でも、やっぱり、ちょっとでも近づきたくて、同じ高校目指しちゃった」
「…え?」
「俺、そんなに勉強好きじゃないし、もっと楽に入れるところに行こうと思ってたんだけどさ、夏休みに塾行って頑張って、凪と同じ高校受験したんだ」
「え?私がいたから?」
「もちろん。で、受かって…。すごく嬉しかった」
そうだったの?!知らなかった。だって、櫂さんや春香さんもそんなこと言っていなかったし。一番近い高校にしたみたいだよって、そんなふうに聞いてたよ。
私も空君が同じ高校で、すごく嬉しかったけど、でも、仲良くなんてなれないだろうなって、どこかで諦めてた。
空君は、私の手を握ってきた。それから私の顔を見て、ふっと笑うと、また海の方を向いて話を続けた。
「朝、凪のこと自転車で追い抜く時、いつも声をかけたいって思いながら、できなかった」
「え?そうだったの?」
「うん。それに、電車待ってる時も、小浜先輩は話しかけてきたから、返事してたけど、凪、話しかけてくれなかったし、俺からも声かけられなくて。毎日、落ち込んでた」
うそ!
空君はこっちを見た。それから、
「いつ、凪と話せるかな、とか、凪から話しかけてくれるかな…とか、そんなことずっと思ってたよ?」
と続けた。
「私、空君がいつも黙って追い抜いていっちゃうから、寂しかったよ」
「凪も?」
「うん。千鶴には話しかけても、私には話しかけてくれないから、いじけてたもん」
「なんだ。凪もだったんだ。じゃ、俺らずっと、お互い話しかけたかったのに、できずにいたんだね」
「う、うん」
「そっか。アホみたいだね」
「うん」
「………」
空君は黙って私を見ると、つないでいる手をギュって握り締め、
「凪は、いつから俺のこと…」
とちょっと照れながら聞いてきた。
「え?」
「いつから、意識したの?」
「意識?」
「うん。だから、恋してるって」
「あ、えっと…」
うわ~。こういう話をするのは、なんだかめちゃくちゃ照れる。でも、空君、真剣な目をして聞いてきたしなあ。
「あ、あのね。伊豆に越してきてから、空君、全然話もしてくれなくなって、空君がいきなり遠い存在になっちゃって、それから…かな?」
「遠い存在になったからなの?」
「うん。遠くからいつも、空君を探してたの。学校でも、行き帰りの道や海でも。それで、空君の姿見つけると、嬉しいような、切ないような思いをして…」
「切ない?」
「う、うん。遠くって、悲しくって、近寄りたいのにできなくって、じれったくって…。切なかったんだ。ずっと…」
「…」
あ、空君、顔赤くなった。
「そ、それで、私、空君に恋してるんだって意識して…」
「そっか」
空君は下を向いた。でもすぐに顔をあげると、私の唇にふわっと触れた。
う、うわ。突然のキス?!
空君は真っ赤になった私を見て、目を細めると、すぐに視線を海に向けた。
「なんか、照れるけど」
「え?」
「やっぱり、嬉しいな」
「え?え?」
「凪が、俺に恋してくれたこと…」
う…。そ、そのことか。
「………。はあ…」
空君は、いきなり溜息をした。
「空君?」
「うん。鉄や峰岸部長に、凪を取られないでよかったなって思って」
「え?」
「そうしたら、今ここに凪はいないんだよね」
そう言うと、空君はまた私を見て、
「ね…」
と首をかしげてそう言った。
「私、空君以外の人に恋するなんて、考えられないよ」
「え?」
「私、空君に恋してるって意識したのは、中学3年の時だけど、もっと小さい頃から、空君のこと大好きだったし」
「…ほんと?」
「うん」
「その割にはさ、伊豆から江ノ島に戻る日、凪、ケロッとしていたよね。俺はいっつも泣いていたのに」
う。そう言われれば、そうだったけど。
「俺はいつも、悲しかったよ。俺には凪は一番だったんだ。ずっと俺のそばにいて欲しいっていっつも思っていたのに、凪は江ノ島にさっさと帰っていくからさ。どうせ、江ノ島に行ったら、凪にはいっぱい友達がいて、その中には仲のいい男の子もいるんだろうなって、そんなふうに思って勝手に一人でいじけてたよ」
「え?そ、そうだったの?」
「早く凪に、伊豆に越してきて欲しいって、ずっと願ってた。そうしたら、もうずっと、俺から離れないでいて欲しいって、ずっとずっと思ってたよ」
うわ~~。そうだったんだ。ああ、顔が半端なく熱いよ。照れくさくて顔、あげられなくなっちゃった。
「だから、もうずっと俺は、凪に片思いしてて、報われないかもなって、半分諦めてたし」
「え?!片思い?」
私はびっくりして顔を上げた。空君は私を顔を赤くしながら見ていた。
「そうだよ。俺だけが凪を好きで、凪はなんとも思っていないんだろうな、あの4歳の時の約束だって、きっと忘れているんだろうなって、そう思ってたよ」
「それ、私も思ってた」
「凪も?」
「うん」
「……」
空君は目をまた細めた。
「凪のことを、ずっと思っていたんだ。だから、今、すごい幸せ感じてる」
「…それ、私も…」
「凪も?」
「うん。空君の隣にいるだけで、すごく嬉しいなって」
「……そっか」
空君は照れくさそうに下を向いた。それから、下を向いたまま、
「凪とは、もう両思いだよね」
とぼそっと呟いた。
「う…うん」
かあっ。顔が一気に熱くなった。
「俺ら、付き合ってるんだよね。凪は俺の彼女だよね」
「う、うん」
「俺ら、恋人同士なんだよね?」
空君は顔を上げて、私の目をじっと見た。
「う、うん」
うわ。恋人?照れる…!
「じゃあ、じゃあさ…。今度二人きりでどこかに行こう」
「え?!」
「だから、デート…。どっかに行こう」
「うん」
デート!!!!
「どこに行きたい?凪、考えておいて」
「うん!」
嬉しい~~~。でも照れる。きっと私、真っ赤~~~!
空君は私の顔を見ると、ものすごく照れくさそうな顔をして、海の方を見た。
ああ、空君も照れてるんだ。耳、真っ赤だし。
ああ、空君が、空君が可愛いよ~~~~!!!
しばらくその後も、二人で海を眺め、雲の合間から降り注ぐ太陽の日差しが強くなり始めて、私たちは浜辺を後にした。
「凪、今日、じいちゃんとばあちゃんに会いに行かない?」
「え?」
「リビング、行きたいなって思って。ばあちゃんが旅で撮った写真を見せてくれるって言ってた。で、ブログってのを始めたいって言ってたから、教えてあげようと思って」
「すごいね。空君、そういうのわかるの?」
「え?あ、うん。もしわかんなかったら、爽太さんに聞けばわかるだろうし」
「あ、そうか。そうだよね。うん、わかった。何時ころ行くの?」
「午後…。昼飯もばあちゃんたちと食べる予定だから、12時回ったら、行こうかなって思ってるんだ」
「うん。わかった。私もその時間に行くね」
「……凪」
「え?何?」
空君はサーフボードを自転車の横にたて、私のことをなぜか、そのボードの影に呼んだ。
「?」
すると、空君はまた、私にチュってキスをした。
うっわ~~~~。ボードを盾にして、浜辺にいる人に見えないようにしたのか。で、でも、空君がこんなことをまさかするだなんて!!
きゃ~~~~。
私が真っ赤になっていると、空君はクスッと笑った。でも、空君だって、顔赤いよ。
空君は自転車にボードをくくりつけた。
「凪の家まで、送ってく」
そう言って空君は自転車に乗った。私も慌てて、自分の自転車のところに行き、自転車に乗って空君の横まで来た。
そして空君と私の家まで、自転車を走らせた。
「じゃあ、また後でね。凪!」
空君は私の家の前でそう言うと、颯爽と自転車を走らせていった。
ああ、一気に、一気に恋人になっちゃったって感じだよ!
海を一人で見ていた空君。いつも、人を寄せ付けないオーラを出し、私にも話しかけてくれなかった空君。空君はずっと、恋とは縁遠い人なんだろうなって、そんなふうに勝手に思っていた。
誰かと付き合ったり、デートしたり、手をつないだり、キスしたり、そんなイメージが全くできないような、そんな空気を醸し出していたのに…。
なのに、なのに、あんな可愛い告白をいっぱいしてくれて、可愛い顔で照れくさそうにキスをして、顔を赤くして、デートに誘ってくれた!
信じられない。信じられないことばっかりだ~~!!!
でも、めちゃくちゃ嬉しい!!!
凪と付き合ってるとか、そんなふうに前も言ってたけど、まったく実感がなかった。でも今は、思い切り実感してる。
私は、空君の彼女で、空君とお付き合いをしているんだ。
空君と私は、「恋人」なんだ。
うわ~~~~~~~~~~~~~~!
きゃ~~~~~~~~~~~~~~!
家の中に入ってからも、興奮冷めやらず。また、ママに、
「空君と何か、いいことでもあった?」
と、聞かれてしまった。
「うん。ママ。いっぱいあったよ!」
私は、空君にデートに誘ってもらったことをママに話した。ママは自分のことのように顔を赤くして、
「良かったね!凪~~!」
と喜んでくれた。
でも、やっぱり、パパには内緒にしてね。
だけどいつか、ばれちゃうよね。
パパも喜んでくれるかな…。




