第48話 信じられない言葉
空君のこと、わかっていたようで、全然わかっていなかったかもしれない。
空君は一人でいるのが好きなのかと思っていた。でも、違ったかもしれない。
好きで一人でいたんじゃなくて、心を閉ざしていただけなのかもしれない。
空君が黒谷さんと接していたのも、黒谷さんが自分と似た立場にいて、まるで自分のことのように思えたから。だけど、そんな黒谷さんと接するのも、ものすごく気を使っていたのかも知れない。
傷つけないようにだとか、気を配りながら接していたとしたら、空君、とっても疲れていたんじゃないかなあ。
嫉妬して、見ているのが嫌で見ないようにして、空君をちゃんと見ようとしなかった。
空君が無理しているのかもわからずにいた。ただ、私のことを守ってくれないとか、そばにいてくれないとか、そんな自分のことばっかり考えて、空君のことを理解しようなんてこれっぽっちも思っていなかった。
空君は、私のこと、いつも心配してくれてた。そりゃ、黒谷さんを気遣い、私より黒谷さんといることを選んだこともあったけど、そのあと私の方に飛んできてくれて、抱きしめてくれたり、心配して私を探し回ったりしてくれた。
空君はもしかすると、私のこと、本当に大事に思ってくれているかもしれないんだ。それをちゃんとわかろうともしないで、私はただ、空君にも好きになってもらいたいとか、恋してもらいたいとか、求めるばかりで。
空君が私は、とっても大事だ。
空君のことを今日ハグしてみてわかった。
空君がもし無理しているのなら、気を遣い、疲れているのなら、私はそんな空君を癒す存在でいたい。
いつでも、空君が私のところに来たとき、空君にパワーをあげる存在でいたい。
空君が安心して、心開いて、自然な可愛いあの笑顔を見せられるような、そんなあったかい居場所でいたい。
キュ~~~ン。そう思うと胸が、ギュってなるぐらい、空君が愛しくなった。
その日、空君と少し肌寒さも感じる風の吹く中、自転車を走らせ帰ってきた。途中空君は夜の海を眺め、
「凪、解禁になったら泳ぎに来ようね」
とそう呟いた。
「うん!」
私が思い切りそう答えると、空君は私の方を向き、
「鉄なんかとデートするなよな」
と、そんなことを言ってきた。
「しないよ」
即答すると、空君は、
「良かった」
と言って、笑った。
「なんか、凪、鉄と楽しそうに話しているから、今日焦った」
「え?」
「それに、鉄に抱きしめられてたから、俺、すげえ嫉妬した」
「ほんと?」
「うん」
そうなんだ。それ聞いて、安心した。鉄と私が仲良くなっても、どうでもいいのかと思っちゃった。
「でも、凪から光も出なかったし、霊が消えることもなかったから。俺、ちょっと安心したっていうか」
「?なんで?」
「もし、鉄がそばにいても、霊が消えたり、凪から光が出るなら、俺は用済みかなって」
「空君!」
私はその言葉を聞き、思わず大きな声を上げた。
「え?」
空君はびっくりしたようだ。
「空君はわかっていないかも」
「何を?」
私は自転車を止めた。空君も慌てて自転車を止め、自転車を降りると、私の横に来た。私も自転車から降りて、道路の端に自転車を停めた。
「あのね?」
「うん」
空君は私のまん前に来た。街灯で空君の表情がはっきりとわかった。ちょっと心配そうな、そんな顔をしている。
「空君が用済みになるなんてことは絶対にないの」
「え?」
「だって、私は空君が好きだもん。空君のそばにいたいもん」
うわ!自分の口から勝手に飛び出した言葉に、私自身が驚いた。一気に顔が熱くなった。
「……うん」
空君は私より、ずっと冷静に返事をした。あ、あれ?わかってた?もしや…。
空君は一瞬下を向いたけど、すぐに顔を上げ私を見た。
「わかってる。凪が俺のこと好きってこと」
「え?」
わかってた?
「でも、俺が勝手に不安になったり、また離れていって欲しくないって思っちゃうだけだから」
「……」
そうか。私が空君を好きなのも、そばにいたいのも、ちゃんとわかっててくれたんだ。
でも、それ、幼なじみとか、兄弟とか、そんな感覚じゃないのは、わかってくれているのかな。ううん。そんなのはもう、どうでもいいかな。私が空君を好きで、そばにいたくって、大事に思ってて、それだけでもういいのかもしれない。
空君がどう思っていようとも。
「凪が、俺が抱きしめると心臓ドキドキさせていたのも、顔が真っ赤になるのも、わかっていたし」
え?!今、なんて?
「初め、そういうのにすごく戸惑ったけど、今は…」
「……今は?」
空君はまた、下を向いた。そしてしばらく黙り込んだ。
「あ、あの…。い、今は?」
ドキドキ。前は戸惑っていたけど、今はなんなのかな。
クシャ…。空君は前髪を手でかきあげ、それから私の方を見ると、すぐに視線をそらして海を見た。
「俺、変わっていく凪が怖かったんだ」
「え?」
怖い?
「凪だけ大人になっていくような気がして、俺が6年生の時、凪の着替えてるところ見ちゃったら、すごく怒ったよね。あの時も、凪だけが前と変わっちゃって、置いてきぼりを食らったような、ものすごく寂しいようなそんな気になって」
あ、あの時?
「凪だけが先を歩いて行っちゃって、俺はついていけなくなっちゃって、焦ったり、戸惑ったり…。凪がどんどん離れていくようで、すごく怖かった。もう、前の凪とは違っちゃったんだって思ったら、どう接していいかもわかんなくなって」
「……」
「あの時みたいになるかと思った。凪がまた俺から離れていくような…。凪だけが俺より先を歩いて行っちゃうような…」
それで、私がドキドキしてるって言ったら、空君、困っちゃったんだ。
空君は下を向き、それから目線を上げて私を見た。
「でも、俺…」
「…」
ドキン。なんか、空君の目つき、いつもと違う?
「俺、最近は喜んでる」
「な、何を?」
「凪が俺を好きなこと。俺と一緒にいて赤くなったり、ドキドキしてること」
「え?!」
「そういう凪を見るたび、嬉しくなってる。顔、にやけそうにもなるから、凪にバレないようにしていたけど」
「え?」
え~~~?!
また空君は下を向いた。思い切り照れているの?今…。
「鉄とか、先輩と話す時と、俺と一緒にいる時の凪、違うから安心したり…。凪が俺に恋してるなら、ずっとずっと俺だけに恋しててほしいって思ったり」
うそ!
い、今、なんて?
「あ。やばい。顔、熱い…」
空君はそう言うと、また海の方を向いてしまった。
「はあ…」
それから、空君は溜息を吐くと、
「ばらしちゃった」
と呟いた。
ば、ばらしちゃったって言って、顔を赤くしている空君。すごく可愛いかも。
キュキュン!
「そ、そ、空君」
「え?」
空君ははにかみながら、こっちを向いた。
「空君」
「凪?泣いてんの?」
「だって…」
「な、なんで?俺、泣かせるようなこと言ったっけ?」
「うん」
「え?俺、変なこと言ったっけ?」
「ううん」
「じゃ、なんで?」
「う、嬉しいから」
「………え?」
「そんなふうに思ってくれないだろうって、ずうっと思ってた」
「え?え?」
「空君に恋しても、空君にとっては、迷惑かもとか、恋しない方が良かったのかもとか」
「お、俺に?」
「でも、空君が好きなのには変わりないし、もう、好きっていうだけでいいかもとか、そんなふうにも思ってて」
そこまで言うと、空君は目をクシャっと細め、それから首をかしげながらしばらく黙って私を見た。
「空君?」
「凪、変わった」
「え?」
「昔のままの凪もいるけど、前には見せなかった表情をする凪が、最近いっぱいいる」
「は?」
「そんなふうに、俺のこと切なそうに見たり、涙ためた潤んだ目で見たり、やけに大人びて見えたり、可愛かったり…」
え?か、可愛い?
「そういうの見ちゃうと、俺、やっぱり戸惑うっていうか」
え?戸惑う?困っちゃうってこと?
「ダメだ」
ダメ?何が?何がダメなの?
空君はまた下を向いてしまい、表情が見えなくなった。
私は一気に不安になった。ああ、好きでいたらいいとか、恋してもらわないでもいいとか、そんなこと思っていたくせに、もうこんなに不安になってるよ。
嫌われてるってことはないよね?戸惑ってるだけだよね?でも、空君が戸惑っていたら、私はいったいどうしたら…。
「俺はいったい、どうしたらいいのかな」
え?
「こういう時、どうしたらいいんだろう。どうして欲しい?凪」
「え?」
わ、わかんないよ。私だって。空君が戸惑っちゃたらどうしていいか。ううん。本当は戸惑ったりしないで欲しいんだけど、そんなこと言えないし。
空君はまた私を見た。と思ったら、いきなり抱きしめてきた。
うわ!うわわわわ!
バクバクバク!!!
「心臓、バクバクしてるの、凪?」
「うん。ごめん!」
「いいよ、謝らなくても」
うわわ。耳元で囁かれた。ますます、バクバクバク!
「俺、そんな凪、可愛いと思ってるし」
へ?!
「い、今、なんて?」
「だから、可愛いって思ってるって」
ええ?!
「嬉しくて泣いちゃう凪も、切ない目で見る凪も、恋してる凪全部、可愛いって思っている自分に俺、戸惑ってるんだ」
え~~~~~~~?!!!!
「自分でもわかんない。どうにもならない。こんな気持ちも初めてで、自分でコントロールもきかない」
な、な、何が?
「俺より先に成長しちゃって、大人になっていくかもって、ビビってたし、前を歩いていく凪に追いつけないかもって焦ったけど、今はそんなのない」
「…」
空君?
「今は、そんな凪も、可愛いって思えるし…」
「え?」
「俺も、そんな凪に、ドキドキしてる時あるし」
「そ、そ、そ、それ、ほんと?」
「うん」
「そ、空君もドキドキすることあるの?」
「今も」
「え?!」
「今も。バクバクしているの、半分は俺の心臓の音」
うそ!
「凪のこと、物心ついた頃から大好きだったけど」
「え?」
「ずっと凪に恋してきていたけど」
「え?!」
「なんか、こんなにドキドキしたりするのは、初めてだから、すげえ戸惑ってる」
うわ~~~~~~~~~!!!!!
空君から信じられない言葉がいっぱい飛び出してくる。
空君も私に恋してくれたの?
空君も私といてときめいたりしているの?
どきどきどきどき。胸の鼓動は止まることもなく、そのあともずっと鳴り響いた。
この半分は空君の鼓動?
そう思うと、胸はもっとドキドキして、顔は火照りまくった。
でも、空君はずっと私を抱きしめたまま、離そうとはしなかった。




