第46話 光に包まれて
黒谷さんは、毎日のように部活に出てきた。空君と一緒に部室に来て、たまに部室の前の廊下で幽霊を見て、空君の腕にひっついていた。
「大丈夫だよ」
と空君が、黒谷さんに優しく言ってあげると、黒谷さんは嬉しそうな表情を見せる。
それを見て、胸が苦しくなる。すると決まって、私の方に霊がやってきて、
「きゃあ!」
と私を見て、黒谷さんが叫ぶ。
「凪…」
空君はそんな私を見て、すぐにハグをしてくれる。
「あ、消えた」
空君にハグされると、嬉しいしホッとする。それで気持ちがあがるのか、一気に霊を弾き飛ばすらしい。でも、そんな私と空君を、黒谷さんは睨むように見るようになってきていた。
6月の初め、梅雨に入る前に星の観察をすることになった。その日は金曜日。学校にみんなで残り、近くのコンビニで夕飯になるパンやおにぎりを買いに出た。
黒谷さんは学校から出る時も、買い物からまた学校に戻るまでも、ずっと空君の隣にいた。
「帰りは、お母さんが迎えに来てくれるんだっけ?黒谷さん」
そういきなり切り出したのは、黒谷さんの後ろから歩いていた千鶴だ。千鶴は黒谷さんのことをあまりよく思っていない。
凪が空君の彼女だって知っているくせに、馴れ馴れしいよ。といつも言っている。
「はい。学校まで来てくれるって」
「良かった。空君は凪のこと送っていかないとならないし、黒谷さんのことまで面倒見れないもんね?」
「え?あ。はい…」
千鶴が空君に向かってそう聞くと、空君はちょっと口ごもりながら頷いた。
「この前も、霊が凪によって来ちゃって、空君が凪を送って行ったんだよね」
「…やっぱり、今日も出ちゃうかな、空君」
千鶴の言葉に黒谷さんは顔をしかめ、空君に近寄りながら聞いた。
「……かもしれないけど、黒谷さんに何かしたりしないから、安心して」
空君はまた優しく黒谷さんにそう言った。そのあとも、空君の隣に黒谷さんがくっつき、ずっと空君と話をしながら学校に向かって歩き出した。
「凪」
「え?」
小声で千鶴が私を呼び、背中をつっついた。
「いいの?あれ」
「空君?」
「そうだよ。空君、最近ずっと黒谷さんと一緒にいるじゃん。部活の帰りの道も、黒谷さんとずっと話しているし」
「……」
「凪!黒谷さんの方が今、空君の彼女みたいになってるよ。いいの?」
「この前、雨の日にバスで帰った時にね、空君がいろいろと話してくれたんだ」
「どんなこと?」
「黒谷さんのこと。人ごとと思えないって」
「なにそれ?」
「黒谷さんは、霊を見えちゃうってことでみんなから怖がられてて、ずっと一人だったって。みんなに怖がられるのって、けっこうきつい。それ、俺も経験してるから、なんか人ごととは思えないって」
「空君も怖がられていたの?」
「子供の頃に、幼稚園の先生とか、友達とかに…。怖がられてるってわかると、自分の方から心を閉ざして、そのうち人と関わるのが怖くなって、一人でいるほうが楽になったって」
「そうなんだ」
「空君、一人の方が楽って言うから、一人でいるのが好きなのかと思っていたけど、本当は一人でいるの、辛かったんじゃないかな」
「空君が?」
「うん。だから、黒谷さんの気持ち、わかるんだと思う。ううん。もしかすると、分かり合えているのかも。空君にとっても、黒谷さんの存在って大きいのかも」
「ちょ、ちょっと待って、凪」
千鶴は私の腕を掴み、私の足を止めた。空君と黒谷さんは私たちが立ち止まったことも知らないで、どんどん学校に向かって歩いて行っていた。
「それでいいわけ?空君の中で黒谷さんの存在がでかくなっても、それでもいいわけ?本当に取られちゃうかもよ?」
「取るとか、取られるとか、そういうのってないと思う。だって、空君は物じゃないし」
「そんなの綺麗事でしょ?空君にそばにいて欲しくないの?」
「い、いて欲しいよ。もう離れるのは嫌だよ」
「それ、ちゃんと空君に言ったの?」
私は黙って首を横に振った。
「なんで?」
「だって、空君がもし、私といるより黒谷さんといたほうが気持ちが安らぐって言うなら…」
「凪は身を引くわけ?」
じわ~~~。ダメだ。涙出てきた。
「もしかすると、黒谷さんの方が空君のことわかってあげられるかも」
「それが何?好きなんでしょ?」
コクン。私は首を縦に振った。
「もう~~。じれったいよ、凪。好きなら、ちゃんと空君のことつかまえておきなよ。離れて欲しくないなら、ちゃんとそばにいなよ」
「………うん」
ジワ~~~。涙で視界がぼやけている。先を歩いている空君と黒谷さんもぼやけて見える。
私、自分に自信がない。なんでこんなに自信がないのかわからないけど。
空君をつかまえておきなと言われても、どうしていいかわからない。今も、こうやって二人を見ていることしかできない。
私たちが学校に戻り部室に入ると、ちょっと遅れて鉄が入ってきた。鉄は一緒にコンビニに行かなかったけど、どこに買いに行っていたのかな。
部長はどうやら、昼に購買部でちゃんとパンを買っていたようだけど。
「ああ、これで全員揃ったな」
普段は部活に出てこない顧問の先生もやってきてそう言うと、峰岸先輩も先生も、大きな鞄を持ち、
「谷田部と相川も、こっちの荷物を運ぶのをよろしく頼むな」
と二人に言って、さっさと屋上に向かって行ってしまった。
「俺らもさっさと行こうか」
空君は誰に言うでもなくそう言うと、荷物を抱え、廊下を歩きだした。その後ろを、
「待って」
と黒谷さんが追いかけた。
「なあ、霊が見えて怖いなら、夜まで残って星の観察なんか出なきゃいいじゃん。そう思ない?先輩」
そんな黒谷さんを見て、鉄が私と千鶴に言った。
「そりゃ、空君と一緒にいたいからでしょ?ああやって、怖がっているのだって、もしかすると演技かもよ?」
「ふ~ん。ま、俺はどうでもいいけどさ」
「なんで?見てて私はムカツクけど」
千鶴がそう言うと、鉄は鼻で笑い、
「俺は空と黒谷がくっついてくれたら、ラッキーだから」
と、ちらっと私を見てからそう答えた。
う…。今の言葉、なんか落ち込む。ダメだ。ここで落ち込んだら、また霊が寄ってきちゃう。
「もう~~!鉄ちゃん、さっさと凪のことは諦めたら?勝ち目無いんだし」
「なんで、勝ち目無いって言い切れるんだよ。そんなの誰にもわかんないだろ?」
「ないない。あんた、凪に今までどれだけ毒づいてきたと思ってるの?嫌われることはあっても、好かれることはないよ。ね?凪」
千鶴がそう言って私の方を見た。
「そんなことないよな?!今まではそりゃ、ひどいこと言ってきたかもしれないけど、これからは俺、変わるし」
鉄が慌てて私に向かって、そう言ってきた。
「え?えっと…」
「あはは。無理無理。今から変わるからなんて言ったって」
「変わるって!まじで、俺、変わるから。空が黒谷にくっついてるんだ。今がチャンスなんだ。空じゃなくて俺が、榎本先輩を守っていくから」
「は~~?何言ってるの?鉄ちゃん~~~」
千鶴はゲラゲラ笑った。その横で鉄は、笑うなよ!と怒っていた。その二人の会話や、千鶴の笑い声は私の心を和ませてくれた。
あ、さっきより、気持ちが軽くなってる。寒気もなくなった。良かった。
空君のことを考えると、一気に落ち込むから、なるべく考えないようにしよう。他のことで気を紛らわそう。そうしていたら、落ち込むこともないし。
私はなるべく空君と黒谷さんに近づかず、千鶴と鉄といた。空君は、天体望遠鏡のそばに張り付き、峰岸先輩や先生の話に夢中になりだし、その横にはずっと黒谷さんが引っ付いていた。
その光景を見ると、一気に気持ちが沈むので、なるべく見ないようにした。そして、ずっと鉄と千鶴のふざけあっている話を聞きながら笑っていた。
「おい。そこの3人もこっちに来て星の観察しろよ」
顧問の先生に言われ、私と千鶴と鉄も天体望遠鏡を交代で覗き込んだ。
それから、峰岸先輩の星の話が始まった。これ、やっぱり去年も聞いたよなあ。
「へえ!そうなんだ」
私の後ろから、空君の感心する声が聞こえた。振り返ると空君は目を輝かせ、峰岸先輩の話に聞き入っていた。そして結局、峰岸先輩の話に熱心に耳を傾けるのは空君だけとなり、私と千鶴と鉄は、その場を離れた。
「まだ、引っ付いてるよ、あの子」
千鶴がそう言って黒谷さんを見た。あ、いけない。私もつい見てしまった。空君の腕に触れるくらいの距離で、黒谷さんが空君の隣に立っている。
「いいじゃん。ほっておこうよ」
鉄はまったく興味なさそうにそう言うと、
「榎本先輩って泳げるの?」
と唐突に聞いてきた。
「え?うん。泳げるけど」
「じゃ、海、解禁になったら泳ごうよ」
「え?」
「デートだよ、デート」
「あほ。鉄ちゃん、なんで凪があんたとデートするのよ」
「じゃ、小浜先輩も一緒でいいや」
「なにそれ。おまけみたいに言わないでくれる?私も凪もあんたなんかと、泳いだりしないから。ね?凪」
「うん」
「なんだよ。いいじゃんかよ」
「空君も一緒なら、凪は行くだろうけど。っていうか、凪は空君と二人きりで海、行きたいよね?」
「え?」
それを聞いて私の顔は引つった。なんて答えたらいいんだろう。
「じゃ、海はいいや。映画でも見に行こう」
「はあ?鉄ちゃん、だから、なんで凪があんたとデートなんてするわけ~~?」
千鶴がかなり大きな声で言ったからか、空君が望遠鏡を覗き込むのをやめて、私たちの方を見た。
あ、目があった。
う…。思わず目をそむけちゃった。それもかなり、わざとらしく。
「……」
空君の視線をしばらく感じていた。でも、空君は私にも鉄にも何も言わず、また峰岸先輩や先生と話しだした。
なんだ。私が鉄とデートしようが、仲良くしようが、もうどうでもいいのかな。
あ、やばい。気持ちが凹む。このままじゃ、やばいかもしれない。
「一回、休憩だ!」
先生の声で、私たちは屋上から部室へと戻った。そして部室に入る前の廊下で、一気に私は寒気に襲われた。
ゾク…!
やばい。来てる。絶対にいる!
「きゃ~~~~!」
後ろから、黒谷さんの悲鳴が聞こえた。振り返ると黒谷さんは真っ青な顔をして、空君に抱きついていた。
「黒谷さん、大丈夫だから」
空君はそんな黒谷さんの肩を抱き、優しくそう言ってあげた。
ゾクゾクゾク!
ズシン。
なんか、思いきり重いものが心に落っこってきたみたいだ。重い。絶えきれないほど。
それに、寒気と頭痛と吐き気と…。
バタバタと私はその場を駆け出した。今は、空君と黒谷さんを見ていたくない。
「榎本先輩!」
後ろから鉄の声が聞こえた。
どこをどう走ったか覚えていない。でも、いつの間にか昇降口を抜け、私は校舎から飛び出していた。
はあ…。息が切れ、立ち止まった。体が重くてその場にしゃがみこむと、
「先輩、大丈夫?」
と、鉄が私の横に一緒にしゃがみこんで顔を覗き込んできた。
「顔色悪い。真っ白だよ」
「寒い…」
「大丈夫かよ。またとりつかれてんの?」
そう言いながら、鉄は私の肩を抱いた。
「俺でも、霊をやっつけられるかな」
「え?」
「空みたいに」
「違うよ。鉄。空君は霊をやっつけられないよ。あれは、私の気持ちが上がるから」
「空に抱きしめてもらうと?」
そう聞かれて私はコクンと頷いた。
「じゃ、今は?俺でも、気持ち上がる?そうしたら、もう空なんていなくたって、先輩大丈夫じゃん」
「え?」
「俺がいたらそれでいいだろ?空なんて用済みじゃん」
「……」
私は鉄の顔を見た。鉄は私の背中に手を回している。でも、その手が暖かく感じない。
寒気は増すばかりだ。空君が抱きしめてくれるのとは全く違う。
「どけよ」
後ろから、空君の低い声が聞こえた。
「なんだよ、空。今頃のこのこやってきたって遅いんだよ。榎本先輩なら俺がついているから、お前は黒谷のそばにいたらいいだろ?」
「いいから、どけよ!鉄じゃ役不足だ」
「なんだよっ!それ!」
「早くどけ!凪が苦しんでいるから」
空君はそう言うと、私の背中に回した鉄の腕をひねり上げた。
「いてえ!」
鉄は痛がって、その場に座り込んだ。空君はその隙に私を立ち上がらせ、ギューって抱きしめてきた。
うわ!あったかい。一気に体があったまる。それに、安心感と、そしてときめきと。
なんだって、空君に抱きしめられると、こんなに気持ちが安らぐんだろう。
「消えた」
空君はそう呟いてから、優しく、
「大丈夫?凪。寒気なくなった?」
と聞いてきた。
「う、うん」
私はまだ、空君の腕の中にいた。ここからもう離れたくないって思いながら。でも、なにげに目を開けると、こっちを思い切り睨んでいる黒谷さんの顔が見えた。黒谷さんは唇を振るわせ、眉間にしわを寄せ、私のことを思い切り睨んでいる。
う、怖い。
あ、また気持ちが落ち込む。
空君に抱きしめてもらっているから、黒谷さんは私を睨んでいるんだよね。離れたほうがいいのかな。でも、離れたくないよ。
「凪?どうした?」
「え?」
「気持ち、下がってる?大丈夫?」
「また、寄ってきてる?」
「いや。凪から出てる光が、一気に消えちゃったから。いつもならしばらく、キラキラしてるんだけどな」
「光?」
私は空君の顔を見た。
「そう。霊を弾き飛ばしたり、成仏させるときって、光が出てるんだよ。しばらく凪の周りでキラキラしてる。すごく綺麗だし、あったかいんだ。俺もそれに包まれると、すげえ安心できて…」
「え?そうなの?」
「うん。だから凪、あったかくなるでしょ?一気に」
「それは空君に抱きしめてもらうから」
「そうかな。多分凪が出してる光のせいだよ。俺の力じゃない」
「え?」
「凪自身から出てる光が、凪を暖かくさせて、安心させるんだよ。その光って俺もあったかくなるし、安心できるし、きっと霊も…。その光を浴びたくて、霊は近寄ってくるんだと思う」
「なんで?」
「だって、成仏できちゃえるし、癒されちゃえるし」
「…霊って成仏したいの?」
「俺もよくわかんない。でも、凪の光って、本当に邪悪な心とかも消しちゃうくらい威力あると思う。だから、子供の頃、よく喧嘩している子達も凪がいると仲良くなったりしたじゃん。凪、何もしていないのにさ」
「そうだったっけ?」
ギュ…。空君はまた私を抱きしめた。うわ!バクバク。鼓動、空君に聞こえちゃうかも。
「あ、また出た」
「え?何が?」
「光…。うん。すげえあったかい」
空君はそう言うと、しばらく私を抱きしめていた。




