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第43話 素直になれない

 千鶴とバスに乗り、水族館前で降りた。千鶴は駅まで自転車ではなく、バスで通っている。

「頭痛どう?」

「まだ痛い」

「お父さんに車で家まで送ってもらうの?」


「…わかんない。でも、パパに会ったら元気になれそうな気がして」

「…凪、やっぱり空君に送ってもらうのが1番だったんだよ。なんで遠慮しちゃったの?」

「……なんでかな。わかんない」

 自分でもわかんないよ。


「ごめんね、千鶴にまで迷惑…」

「迷惑じゃない!言っておくけど、友達なんだからこのくらいいつでもするよ」

「千鶴?」

 千鶴の顔怒ってる。


「迷惑かけてるなんて思わないでもいいよ。迷惑だなんて思ってもいないし」

「…ごめん」

「だから!謝らないでもいいって!」

「…うん」


 千鶴がなんだか頼もしい。こんなふうに言ってもらえると嬉しいな。

 あ、ちょっと気持ちが軽くなった気がする。


 千鶴についてきてもらって、水族館に着いた。受付の人は私のことを知っているので、すぐにパパを呼んでくれた。

 入口付近のベンチで待っていると、5分もしないうちにパパが走って来てくれた。


「凪!」

「パパ…」

「大丈夫か?具合悪いってどうしたんだ?」

「凪、頭痛がひどいらしくて。それでお父さんに会いたいって言うので、連れてきちゃったんですけど」

 私の代わりに千鶴がパパにそう言ってくれた。


「千鶴ちゃん、ありがとう。学校から付き添ってきてくれたの?」

「はい。あ、でも、うちすぐ近くだし。あ、そうか。凪、うちで休んでいく?ママ、今日は仕事でいないけど、帰ってきてから家まで車で送ってくれると思うし」


「大丈夫。今日はそんなに忙しくないから、俺が送っていける。ありがとうね、千鶴ちゃん」

 パパがにっこり微笑んで千鶴にそう言うと、千鶴は顔を赤くして頷いて、水族館から出て行った。


「パパ、仕事本当に大丈夫なの?」

「うん。凪、ハグ!」

 パパはそう言うと、私をギュって抱きしめた。それから私の髪を優しく撫でてくれて、

「イルカに会っていかない?」

と聞いてきた。


「イルカ?」

「凪のことが大好きなイルカがいるんだ。いつも凪が来ると、喜んでる」

「あ、知ってる。名前はルイちゃん」

「うん。きっと凪が会いに来てくれたって喜ぶよ」


 パパと一緒にイルカのプールに向かった。一般の人は入れないが、パパは時々このプールに私や碧を連れてきてくれる。

「ルイ~~。凪が会いに来たよ~~」


 パパがそう言うと、イルカのルイちゃんは、いち早く反応してパパと私のもとに泳いできてくれた。

「やっぱり、ルイは凪が大好きだよね」

 パパがそう言ってルイちゃんの背中を撫でた。


「ルイちゃん、こんにちは」

 私もルイちゃんに触った。

 あれ?

 なんか、一気に頭痛も何もかもすっ飛んでいった気がする。それだけじゃない。気持ちがものすごく穏やかになったかも。


「ルイ、めちゃくちゃ嬉しそう」

 パパはそう言って目を細め、それから私のことを見た。

「凪は?どう?気分」

「頭痛治っちゃった」


「あはは。ほんと?」

「パパにハグしてもらって、だいぶよくなったんだけど、ルイちゃんに会ったら、すごく元気になった気がするよ」

「やっぱり?ルイがそれだけ凪を好きだからだよ」


「え?」

「凪にパワーあげたんだと思うよ?」

「…ルイちゃん、ありがとう」

 そう言うとルイちゃんは、すうっとプールの中央に潜っていき、そのあとジャンプした。そのあとも、何度もジャンプを繰り返している。


「ルイも元気になった。良かったなあ」

「え?」

「ちょっとね、最近不調だったんだ。だから、ショーにも出れていなかったんだよ」

「ルイちゃんが?」

「でも、凪に会って元気が出たみたいだ」


「私と?なんで?」

「だから、ルイは凪が大好きなんだってば。それに、凪にはイルカすら癒す力があるんだからさ」

「私に?そんなのないよ。ルイちゃんが私を癒してくれたんだよ、今…」


「そうかな。多分、お互い様だと思うけど」

「え?」

「エネルギー交換っていうのかな。パパだって、今日は疲れていたけど、さっき凪にハグしたら、一気に元気になっちゃったよ。元気になったのは凪だけじゃないんだ」


「……それ、幽霊でもある?」

「は?幽霊?」

「幽霊ともエネルギー交換できると思う?」

「う、う~~~ん。幽霊は会ったこともないし、パワーをあげたこともないからわかんないけど。でも、あるかもね」


「え?」

「例えば、霊魂がこのへん彷徨ってて、成仏できないとしても、凪が癒したら光になって一気に成仏しちゃうとする」

「うん」


「その時出る光はもしかしたら、凪にパワーをくれるものかもしれないよね」

「……光?」

 そういえば、私に近づいた幽霊が一気に光って成仏しちゃうのを空君、見たことがあるって言ってたな。それ、私には自覚ないけど、その時って、その光に私は包まれていたりするのかな。


「パパってやっぱり面白い」

「ん?」

「そういう考え方が好き。大好き!」


 パパの腕にしがみついてそう言うと、パパは思い切りにやけながら、

「パパも凪大好き!」

と言っておでこにキスしてくれた。


「凪、元気になったから、もうちょっとここで遊んでいく?パパ、その間に残っている仕事片付けてくるから」

「もう元気になったから、一人でも帰れるよ」

「ここから?バスでいったん駅まで行って、自転車に乗って帰るの大変じゃない?」

「でも、パパ、まだ仕事あるんでしょ?」


「いいよ。館長、娘の具合が悪いから、送っていきますって言ったら、帰っていいって言ってくれるから。館長も凪のこと大好きだしさ。そうしたらパパ、早くに家に帰れるから、早くにママに会えちゃうし」

「……」

「あ、そうしたら、凪と碧に美味しいもん作ってあげる。ね?」


「…うん!」

 パパがにっこりと可愛く微笑むから、私まで嬉しくなって笑ってしまった。

「じゃあ、どこでも好きなところ見て回ってていいよ。仕事終わったらメールするね」

「うん!」


 パパはイルカのプールから出て、水族館の奥へと向かっていった。

 私はまだ、ルイちゃんを見ていた。ルイちゃんも泳ぐのをやめて私のそばに来た。

「ルイちゃん。元気になって良かったね?」

 そう言うと、ルイちゃんは、優しい目をして私をじっと見た。


 ああ、癒されちゃうなあ。今年の夏は、イルカたちと泳ぎに来ようかな。あ、そうだ。空君も誘ってきちゃおうかな。

「空君…」

 空君を思い出したら、胸がチクンと痛んだ。それにルイちゃんが反応して、きゅ~~~~と可愛い声を出して鳴いた。


「大丈夫。ルイちゃんやパパのおかげで、元気になったから」

 私はルイちゃんと別れて、クラゲを見に行った。クラゲのゆらゆら揺れる様を見ていると、なんだか癒されるんだよね、いつも。


「は~~~~~」

 今日は平日だから、水族館は空いていた。クラゲの水槽の後、空君と一緒に見たクマノミが見たくなって、クマノミの水槽を見に行った。


「あ、今日もいた。2匹でサンゴに隠れてる」

 空君が、私と空君みたいだって言ってたっけ。

「こんなふうに、いつも空君と一緒に居られたらいいのに…」

 クマノミの水槽の前で、ぼそっとそう呟くと、

「今日はなんで空、一緒じゃなかったの?」

と後ろからパパの声が聞こえた。


「あ、パパ。仕事終わったの?」

「うん。終わった。で、空は?」

「……。空君は部活に出てる」

「なんで送ってもらわなかったの?空だったら家まで一緒に帰ってこられるし、空と一緒なら凪、安心でしょ?」


「……あのね、パパ」

「うん」

「私、どうして素直になれないのかな」

「え?」


「頭痛がして、本当は空君に助けてって言いたかった。空君のところにいって、一緒に帰って欲しかった。でも、空君にはなんにも言わないで、帰ってきちゃったの」

「……そっか」


「なんでかな」

「遠慮してんの?空に」

「遠慮かな」

「甘えていいのに、甘えられない?」


「うん。迷惑かけたくないとか思っちゃうのかな。さっきね、付き添ってくれた千鶴にも迷惑かけてごめんねって言ったら、迷惑なんかじゃないって怒られちゃった」

「あはは。いいね、千鶴ちゃんって。はっきりしててさ」

「うん。羨ましいな。思ってることをちゃんと言えて…」


「……そうだね。でも、パパは甘えられない凪も、素直になれない凪も大好きだし、可愛いって思うけど?」

「え?」

「ギュ~~~~」

 パパはそう言って、私を抱きしめた。


「桃子ちゃんも、なかなかパパに甘えられない時あったなあ。思い出しちゃった」

「ママも?」

「うん。遠慮したり、恥ずかしがったりしてさ。パパはいつも、甘えていいよって言ってたんだけど、でも、甘えられない桃子ちゃんも可愛かったなあ」


「……パパはどんなママも、可愛いんだもんね?」

「うん!それにどんな凪も可愛いよ」

「そんなこと言われたら、ママ、嬉しくて泣いちゃったんじゃない?」

「ああ、そういえば、嬉し泣きよくしていたっけなあ」

 やっぱり。


「いいな、そういうのって」

「空だって、どんな凪のことも好きなんじゃないの?凪もどんな空も好きでしょ?」

「………うん」

「クス。でもさ、一回くらい、正直に言ってみるのもいいかもね」

「何を?」


「素直になれないってこととか、空のことが大好きだってこととか?」

「……そ、そんなことがちゃんと言えてたら、私、悩んでいないもん」

「ああ、そっか~~~」

 パパはまだ私に抱きついてる。


「ああ、俺だったら、こんなこと彼女に言われたら、メロメロなんだけどなあ。空も、メロメロになっちゃうと思うんだけどなあ」

「め、メロメロ?」

「でも、いいや。空にはもったいないし、こんな可愛い凪見せなくてもいいや。まだ今は、パパの前でだけで」

「へ?」


「凪~~~~。超可愛い~~~~~」

 あ、館のスタッフさんが私たちを見て笑ってるよ。ど、どうしよう。

「榎本さん、娘さんとラブラブですね~~」

「あ?見られちゃった。そうなんです。いつまでたっても子供って可愛いですよね?!」


 パパはその人ににっこりと微笑みながらそう言うと、スタッフさんはニコニコしながらその場を去っていった。

「もう~~。パパったら、人前でこんなに娘に抱きついて恥ずかしくないの?」

「うん。全然」

「まさか、ママとも、人前でこんなふうに抱き合ってるの?」


「あはは。さすがにママとはしないけど、でも、手とか繋いだり、腕組んだりはしちゃうかな?」

「え?」

「ママの方が、パパに引っ付いてくるの。付き合って間もない頃はそういうのも恥ずかしがってしてくれなかったけどね」


「じゃあ、私もそのうち、空君にべったりくっついたりできるのかな」

「出来るんじゃない?あ、でも、今はまだパパにべったりくっついててね?そうだ。パパとデートしない?凪」

「え?」

「館内は、館長に見つかるとやばいから、車でドライブしようよ」


「ママに早くに会いたいんじゃないの?」

「あ、そうだった。じゃあ、夕飯の買い物、一緒にして帰ろう。ね?」

「うん」


 私はパパと腕を組んだ。そして駐車場まで歩いていく途中、何人かの女性のスタッフさんに、

「かっこいいパパで羨ましい」

とか、

「榎本さん、娘さんと仲いいんですね、いいなあ。素敵な親子関係」

とか言われた。その度に、パパはにやけていた。


「パパ、碧の彼女って、ママに似てて可愛いよね」

 車でスーパーに行く途中、パパにそんな話をした。

「うん。可愛かったな。碧に聞いたら性格も似てるみたいだね」

「そんな話を碧とするの?」

「するよ。俺と碧、仲いいもん」


「パパと爽太パパも仲いいよね」

「父さんにも碧の彼女の話したよ。会いたいって言ってたな」

「ばらしちゃったの?」

「いや。碧が自ら父さんにラブレターもらったこと自慢してたよ」


 碧ってば、本当に誰にでも自慢してたんだな。

「父さん、凪と空が仲良くなったこと、喜んでたよ」

「え?」

「母さんも、じいちゃんやばあちゃんも」


「……みんな、私のこと心配してたんだよね」

「ん?」

「碧から聞いた」

「……そうだね。みんなで見守ってた。空が一緒なら、凪、前の凪に戻れるかもって期待しながら」


「前の凪…?私、そんなに変わったのかな」

「凪、いいんだよ。パパはさ、今の凪でも」

「え?」

「無理して変わろうとしないでもいい。今のまま、ありのままでいいからさ」


 パパ…。

「素直になれないならなれないでもいいし、自分の気持ちを正直に言えないなら、それでもいいんだ」

「パパ…」

「でも、言えなくって苦しかったり、本当は言いたいのに我慢してるなら、ちょっと勇気出してもいいよ?」

「勇気?」


「うん。きっと初めは勇気いるかもしれないから。でも、一回勇気出したら、そのあとは簡単なことになるかも知れない」

「……一回、勇気を?」

「昔、まだパパとママが結婚する前にね、パパに自分の家族のことで相談をしてきた人がいるんだ」


「女の人?」

「うん。同じ大学だった。親が再婚して、自分の殻に閉じこもって素直になれずにいた子なんだ。だけど、本当は新しい家族と仲良くなりたいって思ってた」


「…それで?」

「花火、一緒に見に行こうって言えなくて、なかなか言い出せないでずっと悩んでた。パパはさ、簡単に誘えばいいじゃんって思ってたんだよ。そんなの簡単に言えるだろって」

「じゃあ、その人にもそう言ってあげたの?」


「そう。なんで誘えないのかもパパには理解できなかった。だけど、桃子ちゃんに言われた。今までずっと素直になれなかったのに、自分から誘うなんてよっぽど勇気を出さないと言えないよねって」

「ママが…?」

「ママも、素直になるのにいつも、勇気ふり絞ってたんだって。だから、わかるって」


「パパに素直になるのに、勇気ふり絞ってたのかな」

「うん。そういうの、パパにはわかんなかった。でも、桃子ちゃんにそう言われて、初めてそういうもんなのかってわかったんだよね」

「…そうなんだ」


「その子は勇気出して家族に花火に行こうって誘ったんだ。そうしたら、ちゃんと花火を見に行けるようになって、そのあとも、新しい家族と打ち解けていって…。俺だけじゃなくて、桃子ちゃんとも仲良くなっちゃって」

「ママとも?」


「桐太の奥さん、知ってるよね?」

「え?桐お兄ちゃんの奥さん?麦お姉ちゃんだよね?」

「そう」


「え~~~。明るくて元気で、素直になるのに勇気が要るなんて、そんな感じに見えないのに」

「だよね。だからさ、あの一回の勇気で麦ちゃんは変わったんだよ」

「……一回だけで?」

「うん。あ、それからパパや桃子ちゃんの前で、麦ちゃんは素直に泣いたりしたっけ」


「…泣いたの?」

「うん。人前で泣くこともずっと我慢してきたんだろうけどさ」

「私もこの前、空君の前で泣いちゃったよ」

「ああ、碧から聞いた。碧まで号泣したんでしょ?」


「うん」

「空の前でなら、凪、きっと素直な凪でいられると思うけどなあ」

「……ちょっとの勇気を出したら、ずっと素直になれるのかな」

「……かもね」


 パパは優しくそう言って、それからスーパーの駐車場に車を止め、

「さて。夕飯は何がいい?お嬢様。お好みのものをなんでも作りますよ」

と言い出した。


「じゃ、じゃあね。イタリアンがいいな」

「パスタ?ピザ?何がいい?」

「両方」

「あはは。贅沢なお嬢様だね。でも、OK。とびきり美味しいものをお嬢様のために作りますよ?」

 パパはそう言うと、私に腕を差し出した。私はその腕にしがみついて、一緒にカートを押してスーパーに入った。


 やっぱり私はパパが大好きだなあ。

 すっかり私は元気になり、パパとの買い物に夢中になった。空君が私に何度もメールをしてくれていたことも、学校の帰りにうちまで来てくれていたことも、全く知らないで。




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