第42話 頭痛
翌日の昼休みも、私は千鶴を誘って食堂に行った。
「今日もいるかな、空君」
「また、峰岸先輩といたりして」
そう言いながら、千鶴と食堂に入り窓際を見ると、空君は黒谷さんと一緒にお弁当を食べていた。
「あ、あの子。空君は凪と付き合ってるんだって言ったのに、まだ空君に引っ付いてる」
千鶴は私の腕を掴み、
「私たちもあのテーブルで食べよう」
と食堂の奥へどんどん入っていった。
「空君と転入生が一緒にいる」
「なんで?あの転入生誰とも話さないのに、なんで空君とは仲良くしてるの?」
「朝から話しかけてたよね」
「空君もあの子といろいろと話してたよね」
奥のテーブルに進む途中で、そんな話し声が聞こえてきた。1年の女子たちだ。
「空君、私たちも一緒に食べていいよね」
千鶴は元気よく空君に聞いた。空君は私の顔を見て、
「うん」
とはにかんだ。
でも、その隣で黒谷さんは、顔を青くした。
まさか、また霊でもついてる?
「空君、私、この人が来ると霊まで付いてくるから嫌だな」
黒谷さんが小声でそう言っているのが聞こえた。
「なによ、それ。だったら、あなたが別のところに行けばいいじゃない」
千鶴が黒谷さんの言葉に、きつい口調でそう言うと、黒谷さんはもっと空君の方に体を寄せた。
「でも、今は凪についてる霊もいないし、大丈夫だよ」
空君はなぜか優しく黒谷さんにそう言うと、にこりと微笑んだ。
なんだか、空君、黒谷さんをかばったみたいに見えた。
私と千鶴は、空君たちの前に座りお弁当を広げた。
「もう鉄ちゃんとは全然行動別なの?空君」
千鶴が空君に突然聞くと、
「うん。なにも話しかけてこないし…」
と空君は答えた。
「空君から話しかけることはないの?」
「うん。俺からはまったく」
ああ、前に鉄が言っていたっけ。空君はこっちから話しかけないと、話してこないって。
じゃあ、鉄は一人?
いや、別に鉄のことなんてどうでもいいけど。
「空君、さっきの話なんだけど」
黒谷さんが空君に話しかけ、空君はそれを真剣に聴き始めた。そんな表情を見たせいか、千鶴は空君に話しかけるのをやめた。
「ああ、うん。わかるよ」
空君は黒谷さんの話に、ちゃんと相槌をうったり、
「あ、俺もそうだった」
と同意している。そのたびに黒谷さんは嬉しそうな顔をした。
「嬉しいな。こうやってわかってくれる人がいるのって」
「うん。俺もだ」
空君はまたにこりと微笑んだ。それを見て、黒谷さんは顔を赤らめた。
ゾク…。
あ、今、背中が寒くなった。次の瞬間、黒谷さんが青い顔をして私を見た。ううん。正確には私の後ろ。
まさか、霊が見えてる?
「あ、あの。なんか、食欲ないし、先に教室戻ってるね、千鶴」
私は慌ててお弁当を片付け、そのままバタバタと食堂を後にした。
「凪?どうしたの?」
後ろから千鶴の声が聞こえてきたけど、振り返ることもしないで私は廊下に出て早足で教室に戻ろうとした。
まだなんだか寒い。引っ付いたままなのかもしれない。
空君に助けて欲しかった。でも、黒谷さんのあの怖がっている顔を見たら、あの場にいられなかった。
本当に私がそばにいるってだけで、黒谷さんは怖い思いをしないとならないんだ。
ドスン!
廊下を曲がったところで、勢いよく人にぶつかった。
「ごめんなさい」
「榎本先輩?」
鉄?!
「何?どこに行くの?」
「教室…」
「え?一人?」
「…千鶴はまだ食堂。谷田部君は…」
「俺も教室もどるとこ」
「どこでお昼食べてたの?」
「いいじゃん、どこでも…」
相変わらず、ぶっきらぼうな答え方だ。
「また揉め事か何か?」
「え?」
「小浜先輩と…」
「ううん。千鶴とは別に…」
「…じゃ、他のことで胃痛?」
「なんで?」
「顔色悪いじゃん」
鉄にもわかったんだ。私、確かにさっきから血の気が引いていて、クラクラしている。
「だ、大丈夫」
強がってそう答えたが、鉄はまだ私の顔をじっと見ている。
「そ、そっちこそ、一人で平気なの?」
「え?」
「空君と離れちゃって、一人なんじゃないの?空君はもともと一人でいるの慣れてるし、それに最近は峰岸先輩とか、転入生とか、一緒にいる人がいるから一人でもないけど」
「べ、別に俺だって一人でも平気…。って、転入生ってあの暗い女のこと?」
「え?うん」
「空、一緒にいんの?」
「う、うん」
「朝から話しかけられて、空、珍しく無視もしないで、話してたけど…」
「……」
「ああ、それが原因で先輩暗いんだ…」
う…。見抜かれた…。
じ~~~っと鉄が私を見ている。また何か嫌味でも言うのかな。この人って、ちょっと何考えてるかわからないよなあ。
「やめた」
「え?」
何?いきなり…。
鉄の顔を見ると、もう私の方は見ていなかった。どこか宙を見ている。
「やめたって?」
「やっぱ俺、空に遠慮とかするのやめた」
「え?」
「やっぱさ、空と先輩って付き合ってないでしょ?そんな感じじゃないでしょ?」
「う…」
そこも見抜かれてる?
「なのに、俺が諦める必要ないじゃん」
「でも、私は…」
「空のことが好きでも、もし空が他の子のこと好きになったら?」
「え?」
「たとえば、転入生とか」
「なな、なんで?」
「だって、女子とは話もしない空が、あんなふうに仲良く話してるなんて珍しいし。空って、榎本先輩にだけなついてるのかと思ったけど、もしかしたらそんなの、ただの幼なじみだからってだけかもしれないし」
グサ。それ、私も思っていたけど、必死に封印していたこと。
「いくら先輩が空を好きでも、どうにもならないってことならさ、先輩もとっとと空なんか諦めて、他の人に目を向けたらいいじゃん。たとえば、俺とか?」
「なんで、鉄…、じゃなくって、谷田部君なんかに」
「あ、鉄でいいよ。名前で呼んでくれても全然いいから。それに、そうやって、俺に怒って言い返してくれても全然いい」
「え?」
「無視されてるよりずっといいや。それにさあ、嫌い嫌いも好きのうちっていうじゃん?」
何それ?!
「俺も最初、先輩のことムカつくだけだったけど、好きだったから意識してたんだって気づいたし。先輩もそうなるかもよ」
「ならないよ」
「ならないって言い切れる?」
「言い切れるよ」
「100パーセント?」
「………」
「言い切れないでしょ?」
鉄は私のことを見て、にやっと笑った。
「凪!どうしたの?あ、鉄ちゃん」
そこに、千鶴がやってきた。
「小浜先輩、お久しぶり」
「なんで二人でいるの?」
千鶴は私と鉄を交互に見て聞いてきた。
「偶然、ばったり会った。そういえば、小浜先輩は真面目に天文学部出てるんすか?」
「出てるよ。鉄ちゃんはもう出てこないの?」
「……どうしようかな~~~。榎本先輩に会えるから、やっぱり出ることにしようかな」
「え?鉄ちゃん。まだ凪のこと諦めてなかったの?」
「はい。諦めてないっすよ。だって、空、他の子と仲良くしてるんでしょ?今がチャンスじゃないっすか」
「他?」
「謎の転入生…」
鉄はそう言うと、またにやりと笑って、廊下を歩いて行ってしまった。
「なるほど。鉄ちゃん、空君と黒谷さんが仲良くしてるの知ってたのか。っていうか、同じクラスならわかるのも当然か」
千鶴が鉄の後ろ姿を見ながらそう言った。
「ど、どういうこと?」
「あ、凪は先に食堂出て行っちゃったからわからないか。なんか、あのあと、空君に1年の女子が話しかけたら、空君、ちょっと嫌な顔をして…。お弁当をさっさと食べ終えて、さっさと席を立ったんだけど、黒谷さんまで空君に合わせて、お弁当を片付けて席を立ったの」
「うん」
「それでも、空君、無視して先に食堂でちゃうかと思ったら、ちゃんと黒谷さんのこと待っててあげて、一緒に話しながら食堂を出て行ったんだよね。それを見てた1年の子達が、なんでずっと今日は、二人で一緒にいるんだって言っててさ…」
ずっと?
「さっきも、凪が出て行ったあと、暗い顔を黒谷さんがしていたら、空君、大丈夫?って、優しく気にかけてたしさあ。あんなの見たら、鉄ちゃんも凪にアタックするチャンスって思っちゃうかもね」
「………」
ダメだ。もっと気持ちが沈んだ。
「凪!しっかりしなよ!」
バチン!
「痛い」
千鶴に思い切り背中を叩かれた。
「空君は凪の彼氏でしょ?私の彼に近づかないで!くらいのことを言わなくちゃダメだよ」
「で、でも」
彼氏かどうかも、わかんなくなっているのに。
「このまま、あの変な転入生に空君取られてもいいの?」
でも、空君は物じゃないし。
なんて、言ってられない。空君が離れていっちゃうのは嫌だよ。
ドヨヨン。ああ、寒気もするけど頭も痛いし、なんか肩にずっしりと重いものが…。もしかして幽霊かな。でも、もうそんなのもどうでもいいや。
空君、私のことは心配してくれなかったんだ。見えてなかったのかな、空君には。
それとも私より、黒谷さんの方が心配なの?
話が合うからって、あんなに嬉しそうにしている空君。笑顔を私以外の人に見せてるのって、初めて見た。女の子と話すときにはいつも、顔、引きつっていたのにな。山根さんとだって、千鶴とだって。
あ~~~~~~~~~~~~~~~~~。
止めどない不安…。
放課後、頭痛はもっと悪化した。
「千鶴。頭が痛いから、今日は部活出るのよすね」
「大丈夫?私も途中まで一緒に帰るよ」
「でも、千鶴は部活出るでしょ?」
「ううん。どっちでもいいもん。凪いなかったら面白くないし、帰るよ」
「ごめんね?」
「本当に大丈夫なの?空君も一緒に帰ってもらったら?」
「……ううん。いい。空君、部活出るの楽しみにしているみたいだし」
私は鞄を持って、千鶴と昇降口に向かった。でも、途中で鉄に遭遇した。
「あれ?部室行かないの?」
「鉄ちゃん、部活出るの?じゃ、峰岸先輩に、凪は頭痛がひどいから帰るって言っておいて。私も付きそいで帰るから」
「榎本先輩、すげえ顔色悪いじゃん。俺、家まで送るよ」
「いいよ。大丈夫」
「大丈夫じゃないだろ?ほんと、先輩っていつも人の親切素直に受け取らないよね」
鉄はそう言うと、無造作に私の鞄を私から取り、
「あんまり辛いなら、支えてやってもいいけど」
と小声でそう言った。
「だ、大丈夫」
私は靴に履き替えた。千鶴も何も言わず、私と鉄と一緒に歩きだした。でも、しばらくすると千鶴は口を開いた。
「鉄ちゃん、もしや、凪のこといつも見ていたんじゃ…」
「え?なんで?」
「タイミング良すぎるもん。いつも」
「ち、ちげえよ。人をまるでストーカーみたいに…。いっつもたまたま、通りかかるといるんだよ、先輩が」
「ふうん。まあ、いいけどね」
千鶴はそう言うと、もう何も話はしなかった。
私も話をする元気もなく、よたよたと歩いていた。そしてようやく駅に着いた頃、携帯が鳴った。
「あ…」
空君からメールだ。
>凪、部活出るよね?
部室で待っていても来ないからかな。
>今日は頭痛がするから帰る。ごめん。千鶴も送ってくれるから、二人共部活休むって部長に伝えておいて。
そう返信をすると、すぐにまた返事が来た。
>頭痛?大丈夫なの?俺も、一緒に帰ろうか?今、どこ?
>大丈夫。もう駅についてこれから電車に乗るところ。谷田部君もいるから家まで送ってもらう。
そう送り返してから、あ、鉄の名前は出さないほうが良かったかなと後悔した。でも、そのあと空君から返信が来なくなってしまった。
「なんだって?メール空君からでしょ?」
「…谷田部君もいるから平気ってメールしたら、もう返事が来なくなった」
「いいんじゃね?今日はあの転入生も、天文学部に出るって言ってたし、今頃二人で仲良く部室にいるんじゃないの?」
「なによ、それ!そういうのは言ってよね。鉄ちゃん」
「……ホームルーム終わって、空のところにすぐに転入生が寄っていって、天文学部見学したいって言ってたからさ。俺も、気になったから部室行こうかって、あいつらより先に教室出て、自販機でジュース買ってたんだ。で、先輩たち見つけて…」
「空君、黒谷さんが天文学部見学するのをOKしたの?」
「さあ?そこまでは知らない」
「鉄ちゃん!そういうのが肝心なところじゃないよ」
「俺、あの二人が勝手にくっついてくれた方が都合いいもん」
「鉄ちゃん!あんたねえ!」
「俺は、小浜先輩みたいに友情優先する気はまったくないから。榎本先輩をこっちに向かせるためなら、なんだってするけど?」
「恋はゲームじゃないんだよ。って、私もゲーム感覚で空君をこっちに向かせるのを楽しんでいたけど、なんか凪と空君見てて、違うなって気がついたの」
「俺がいつ、ゲームって言った?俺、これでも真剣だけど?」
「え?」
今の言葉に、千鶴もだけど、私も思い切りびっくりした。
「真剣だから、そんなに簡単に諦められないんじゃん」
「いつの間に鉄ちゃん、そんなに真剣になっちゃったの?」
「し、知らねえよ。俺が一番びっくりしてる」
鉄はそう言うと、顔を赤くした。
「鉄ちゃん、顔赤い。本気なんだ」
「だから、そう言ってんだろ」
鉄はもっと赤くなった。
私の頭痛はもっとひどくなった。
空君!
なんで、メール返信してくれないの?今、あの転入生と一緒なの?
素直になんで、「空君、助けて」って言えなかったんだろう。誰よりも空君にそばにいて欲しいのに。空君に送ってもらいたかった。空君のもとに誰よりも先に行きたかったのに。
そして、私以外の誰かのそばになんていて欲しくなかったのに。
頭はもっとガンガンした。自転車に乗れないくらい頭痛がして、誰かにすぐに助けて欲しくなり、
「今日、自転車は置いていく。千鶴の家まで一緒に行っていい?そこから水族館に行ってパパに助けてもらう」
と、千鶴に言うと、千鶴は、
「もちろん。水族館にだって一緒についていくよ」
と言ってくれた。
横でそれを聞き、鉄はがっかりしている。それがわかったけど、今はパパに会いたい。




