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第41話 霊感

 その日は早めに部活を終え、早めに私たちは学校を出た。雨は止んでいたが、空にはまだ灰色の雲が立ち込めている。

「こんな日は、ちょっと憂鬱です」

 黒谷さんは空君の隣にぴたりとくっつき、そう空君に言った。


「なんで?」

 そのちょっと後ろを歩いていた千鶴が聞いた。

「雨の日って、出やすくって」

「幽霊?」


「はい」

「そうなの?空君」

「……俺、あんまり気にしないから、よくわかんないな」

 空君は宙を見ながらそう答えた。


「相川君はなんで平気なの?」

「だって、別に何かしてくるわけじゃないし。なんかされたことあった?今まで」

「ないけど」

 空君の言葉に、黒谷さんは首を横に振った。


「俺より凪の方が…」

 空君は一言そう言って、黙り込んだ。

「何?凪の方がなんなの?」

 私も気になったが、千鶴の方が先に空君に質問した。


「……寄ってきちゃうから、寒気とか感じたりするだろうし、嫌だろうなって…」

 う…。

「なんで、私には寄ってきちゃうのかな」

 また気持ちが暗くなってきた。


「霊媒体質?でも、霊感は特にないんだよね?凪」

 空君が聞いてきた。

「うん。見たことはないよ」

「やっぱ、霊も癒されちゃうのかもね」

 嫌だよ。そんな体質…。


「あ、あの…。相川君」

「え?」

 黒谷さんはさっきから、ずっと空君にひっついている。

「こ、これからも、いろいろと話を聞いてもらってもいい?」


「…なんの?」

「だから、その…。私、本当に今まで理解してくれる人がいなくて辛かったの。でも、やっとわかってもらえる人に会えて嬉しくて」


「ああ…。わかるよ、そういうのは。俺もそうだったし」

 空君はいつになく優しい声でそう答えた。黒谷さんは目を輝かせ、頬を高揚させて空君を見た。

「良かった」

 そして、さっきよりさらに空君に近づき、嬉しそうに微笑んだ。


 空君のすぐそばに、他の子がいる…。

 ブル…。寒気?

 う…。まさか、また幽霊?


 ブルブル!首を横に振り、気持ちをあげようとした。空君に助けてもらわないでも、一人でも弾き飛ばすことだって出来るかもしれないし!

「ち、千鶴…。昨日のさ~」

 

 私は千鶴にテレビ番組の話をし始めた。千鶴もその話に乗ってきた。

 大丈夫。こうやって明るく話していたら、きっと大丈夫。


 駅に着くと黒谷さんは、私たちとは反対方面の電車に乗ろうとした。そしてこっちを見ると顔を引きつらせた。

「あ、あの…」

「?」


 空君も私を見た。それから、

「あ…凪」

と、私の肩を抱きしめた。

 ドキン!!!


 ふわ~~~~。

 あ、一気に暖かくなった。

「いつからくっついてた?寒くなかった?凪」

 やっぱり、くっついてたか。私だけじゃ、弾き飛ばせなかったんだ。


「相川君!今日、送ってくれないかな」

 黒谷さんは扉が閉まる寸前の電車から飛び降りて、空君のすぐそばに来てそう言った。電車は黒谷さんをホームに残し、行ってしまった。


「え?」

「家まで送ってくれない?こういう日は本当にダメで。家に帰るのもちょっと怖いの。家に帰る途中、神社もあって」


「……でも」

 空君は私を見た。

「お願い」

 黒谷さんは空君の腕を掴んでいた。


「だけど、空君が行っちゃったら、凪はどうするの?」

 千鶴が空君をそう言って引き止めてくれた。

「黒谷さん、お母さんとかに迎えに来てもらったら?家にいないの?」

「います…。でも…」


「今日は凪、やばそうだから、俺、凪のそばにいないと…」

 空君がそう言うと、黒谷さんはがっかりした顔を見せ、

「その人って、自分で霊を弾き飛ばせる力があるんじゃないんですか?」

と小声で聞いてきた。


「凪?多分あるんだけど、気持ちが下がっていると、そういう力も出せないみたいで」

 空君がそう言うと、

「それで、なんで相川君が一緒にいないとダメなんですか?」

と今度はもう少し大きな声で聞いてきた。


「あのね!凪と空君は付き合ってるの!彼氏が彼女を守るのは当たり前でしょ?」

 千鶴が横から口を挟んだ。その言葉に黒谷さんは目を丸くさせ、

「え?か、彼女?」

と顔を引きつらせた。


「あ、あの」

 彼女ってわけじゃないんだけど。って、口から出そうになった。でも、

「じゃあ、電車来たから」

と空君は私の背中に手を回して、電車に乗り込んだ。千鶴も私たちの後ろから乗ってきた。


 ホームを見ると、まだ青ざめた顔をしている黒谷さんが、私たちを見ながら突っ立っていた。

 ガタン…。電車はゆっくりと走り出した。黒谷さんはまだ、私たちを見ていた。


「大丈夫なのかな、彼女…」

 私がそんな黒谷さんを見ながらそう言うと、

「凪、自分の心配しなよ。あの子は見えちゃうってだけで、凪は寄ってきちゃうんだからね。それも、空君がいないと弾き飛ばせないんでしょ?」

と、隣にいた千鶴にそう言われた。


「え?」

「凪、いつもなら霊も寄せ付けないんだろうけど、気持ちが下がると寄ってきちゃうんでしょ?でも、空君がそばにいると、気持ちが上がって弾き飛ばせるんでしょ?」

「あ、そういうのわかってたんだ。小浜先輩」


 空君がそう言うと、

「そんなの、二人を見てたらわかるよ。だって凪、空君に抱きしめられると真っ赤になって嬉しそうだし。だから空君も凪のこと抱きしめてるんでしょ?」

と、千鶴は空君と私を交互に見ながらそう言った。


 うわ!そんなことを言われ、私の顔が一気に火照った。でも、空君はまったく動じず、

「うん。凪、一回気持ちが沈むと、なかなか自分で上がれないみたいだから」

と窓の外を見たまま、そう答えた。


 そうか。そういうのもわかっていたんだ。

 やっぱり、私は空君だったり、パパがいないとダメなのかな。今までもそういうこと、いっぱいあったのかな。

 もしかして、イジメにあって、一人でいた時とか、家に帰ってもずっと部屋に閉じこもっていた時にも、霊を引っ付けたままでいたのかもしれないな。


 だからあれかな。もっと暗くなって、気持ちも悪くなって、吐いたり頭痛がしたりしていたのかな。精神的なものだけじゃなかったんだろうか。


「じゃあ、空君がしっかりと凪を守らないとね」

 千鶴がそう言うと、空君は私の方を見て、

「うん」

と頷いた。


 駅に着き、千鶴とは別れ、私と空君はバスに乗った。

「ごめん。空君」

 私は2人がけの椅子に座り、隣に座った空君に謝った。

「え?何が?」


「なんか、いつも迷惑かけてる」

「別に迷惑だなんて思ってないけど」

「でも…。私、ダメだね。一人じゃ何もできないんだね」

「……。大丈夫。そのうちまた、前の凪に戻れるよ」


「前の凪って?」

 私、前と違うの?

「凪、一人でいても十分パワー持ってた。でもきっと、一回、傷ついてから、心閉じちゃったんだ。それにまた傷つくかもって怖がっていたり」


「…うん。そうかもしれない」

「でも、また強かった頃の凪に戻れるよ」

「…そうかな」

 そうなのかな。子供の頃の私に戻れることなんてあるのかな。


「それにしても」

「え?」

「俺以外で霊見えちゃう人、初めて会ったな」

 空君、嬉しそうだ。


「良かったね」

「え?」

「空君、嬉しそう」

「……あ、うん」

 空君ははにかんだ笑顔を見せた。私も笑ってみせた。でも、本当は複雑だ。

 

 家に帰ると、碧がいた。

「おかえり!」

 リビングに寝転がり、漫画を読んでいる。


「部活は?」

「外のコート雨で濡れてたから、校庭何周か走って終わらせちゃった」

 こいつ。自分がサボりたかっただけなんじゃないの?


「バスケ部って、体育館使えないの?」

「月水金、火木土で、バレー部と交代で使ってる」

 なるほどね。

「じゃ、あとは外のコートを使うの?あれ?でも朝雨だと朝練ってないね」


「朝は体育館使用できないんだよね」

 なるほど。

「今日は火曜日だから、外なわけだ」

「そう」


 私は碧の隣にゴロンと横になった。

「ママは?」

「いるよ。なんか今日は貧血っぽいって言って、部屋で寝てた」

「そうか。ママもこんな天候だとダメなのかな。あ…」


 まさか、ママまで霊が寄って来てるんじゃ…。

「碧、ねえ、碧」

 私は碧の腕を引っ張り、目の前に座らせた。

「なんだよ」


 ムギュ。

「なんで俺に抱きつくんだよ。気持ちわりっ!」

「あ。気分良くなった。あったかくなったし」

「寒かったのか?でも、今日って蒸し暑くね?」

 やっぱり。肌寒かったのは霊のせいか。


「碧。ママのことも抱きしめるとか、そばにいるとかしてあげて」

「はあ?なんで?」

「そうしたらママ、元気になるから」

「凪がしてあげたらいいじゃん」


「私より、碧のほうがパワー強いもん」

「訳わかんね~~」

「だから、空君も言ってたでしょう?私、霊にくっつかれやすいって」

「あ!今日もくっつけてきてたのか?」


「こんな天気だと、出やすいらしいの。ママも私に似てるから、引っ付いてる可能性大だよ」

「それで気分も悪くなるの?」

「うん」

「俺、行ってくる!」


 碧は2階にすっ飛んでいった。さすが、マザコン…。

 

 

 5分後、碧が2階からママと一緒にやってきた。

「ママ、元気になったの?」

「うん。なんか、碧がハグしてくれたらすぐに気分が良くなっちゃった」

 ママ、めちゃくちゃ嬉しそうなんだけど。


「母さん、なんか食う?オレンジでも切ろうか?」

「うん!ありがとう、碧!」

「碧、私にもちょうだい」

「しょうがねえなあ」


 ママはリビングのソファに座った。私もその横に座って、ママに引っ付いた。

「ねえ、ママ」

「え?」

「空君のクラスに転入生が来たんだ。その女の子も霊感が強いんだって」


「霊感?」

「あ、空君も霊感が強いの」

「それって、どういう…」

 ママがそう私に聞こうとすると、碧がオレンジの乗ったお皿をリビングのテーブルに置きながら、

「幽霊が見えちゃうんだよ、空は」

とママに答えた。


「え?ほんと?それ、初めて聞いた」

「じゃ、その転入生も見えるのか?幽霊」

 碧はテーブルの横にあぐらをかいて座ると、オレンジを一つ手にとった。


「うん。見えるみたい。それで、空君が初めて俺以外で幽霊見える人に出会えたって、喜んでた」

「なんで喜ぶんだ?」

「理解してもらえる人と会えたって。二人して見つめ合って、嬉しそうだった」

 私はそう言ってから、は~~って溜息をついた。


「いいな。私も見えたら良かったのに」

「幽霊を?冗談だろ!そんなの見えなくっていいって」

「だって、そうしたら、空君と分かり合えたのに」

「何を?」


 ママが私の顔を見てそう聞いてきた。

「えっと。いろいろと…」

「大丈夫よ。凪は今も空君のこと理解できてるんじゃない?」

「……でも」


「そんなの二人して見えたからって、なんなんだよ。別に嬉しいことでもなんでもないじゃん」

 碧にまでそんなことを言われてしまった。

「でも、空君、嬉しそうだったなあ」

 そうぽつりと言うと、

「ジェラシーか」

と碧に言われてしまった。


 生意気。

 でも、そうかもしれない。


 空君、人と関わるのが苦手で、一人がいいって言っていたのに、理解できる人が現れてくれて、嬉しいって感じだったから。黒谷さんとは話したりしたいのかな。

 そういえば、鉄は今、空君から離れていってしまったけど、峰岸先輩は空君のこと気に入ったみたいだし、空君の周りに人が集まってきてるよね。


 空君の周り、なんとなく変わり始めているのかな…。


 う~~~~!でも、黒谷さんとは正直、仲良くなって欲しくないよ~~~。

 また、私の心にはモクモクと今日の空みたいな灰色の雲が立ち込めてきてしまった。


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