第40話 転入生
午前中に雨は降り出した。空は雨雲が広がり、気温も下がってきた。もうすでに夕方なのかと思えるほど、外は薄暗くなった。
「なんか寒いくらいだね」
昼休み、千鶴がパンを購買部で買うと言うので、私もお弁当を持って食堂に行きながら、千鶴に話しかけた。
「こんなに薄暗いと、放課後、ちょっと嫌だね」
「え?なんで?」
「だって、部室のあたりって出るんでしょ?お化け」
「……」
そうだった。あの辺にはどうやら、いるらしい。
「空君、見えちゃうんだよね。よく平気だよね」
「うん」
「凪って、寄ってきやすいんだっけ?凪は見えたことないの?」
「ないよ。一回もない」
「私も。霊感なくて本当に良かったって思ってるもん。あ、やばい。パン売り切れたら大変。買ってくるね」
千鶴はお財布を片手に、購買部までダッシュして行ってしまった。
本当に今日の空は暗いなあ。青空が早く見れたらいいのに。
なんて思いながら、ぼんやりとテーブルについて外を見ていると、窓際に空君の姿を発見した。
「空君だ」
どうしようかな。一人でいるみたいだ。声かけちゃおうかな。いいよね!?
一度座った椅子から立ち上がり、私は空君の座っているテーブルに寄っていった。
「空君」
「……」
空君を呼ぶと、ゆっくりと空君が顔を上げて私を見た。
「凪…。一人?」
「ううん。千鶴も一緒。今、パンを買いに行ってるの。隣いいかな」
「いいよ。あとで部長も来るけど」
「峰岸先輩?なんか最近よく一緒にいるよね」
「うん。いろいろとSF映画の話とかしてて、けっこう気が合っちゃって」
「そうなんだ」
私は嬉しくなりながら空君の隣に座った。
空君はお弁当を広げた。私もその横でお弁当を広げた。
「空君のは、春香さんの作ったお弁当?わあ。デザートがついてるんだ。さすがパティシエ」
「うん。凪は自分で作ってるの?今、桃子さん、つわりでお弁当作れないでしょ?」
「う…。そうだよね。私がお弁当くらい作らないとダメだよね。でも、前からずうっとお弁当はパパが作ってくれてて」
「え?聖さんが?!」
「うん。幼稚園の頃からずっと」
「………」
あ、空君、目が点になってる。
「そういえば、聖さん、料理得意だっけ」
「うん。私、離乳食からずっとパパの手作りを食べてるんだって」
「すげえ…」
「きっと赤ちゃん産まれたら、また離乳食作り、張り切っちゃうと思う」
「やっぱ、聖さんには俺、絶対にかなわないと思うよ。なんだって、そんなにいろんなことが出来ちゃうんだろう、あの人って」
「…さ、さあ?娘の私から見ても、すごいって思うけど」
「やっぱり?」
「あ~~~。凪、いた。空君も一緒だったんだ」
そこにパンを二つ抱えた千鶴がやってきた。その後ろからは、峰岸先輩も来た。
「あれれ?みんな揃ってるの?なんだか、部活の時間みたいだね」
峰岸先輩は嬉しそうに顔をほころばせ、椅子に座った。
「先輩と空君、仲いいんですね」
千鶴も私の横に座りながらそう言った。
「うん、なんか気が合うんだよ。ちょっと他の人とは話せない話も、相川君とならできるから楽しくて」
「え?他の人に話せないって、どんな話ですか?」
千鶴が興味津々って顔で先輩に聞いた。
「星の話から、宇宙の話、SF映画の話…とかね」
「あ、そういう話ですか。な~んだ」
千鶴、いったいなんだと思ったの?
それから4人でお弁当やパンを食べながら、話をしだした。と言っても、話の中心は峰岸先輩だった。先輩は本当におしゃべりが好きで、星の話から映画の話、他にもいろんな話をしてくれた。
その話に一番惹かれていたのは空君だった。
「確かに、マニアックすぎて、私と凪にはよくわかんないよね」
千鶴がそう言うと、
「あ、ごめんごめん。じゃあ、もっと女の子が好きそうな話をする?星座の話とか」
と先輩が他の話をし始めた。その時、私たちのいるテーブルの端に、女の子が座った。1年生だ。うちの学校はリボンの色で学年がわかるようになっている。
「……」
その子はうつむき加減でお弁当を広げ、黙々と食べだした。
「転入生じゃん。暗いね~。今日も一言も話してないんじゃない?」
隣のテーブルからそう聞こえてきた。ああ、昨日も言ってた空君のクラスに来た転入生か…。
「前の学校でイジメとかにあっていなかったのかな。あんなに暗かったら、イジメにあいそうじゃない?」
イジメ?
「暗すぎて、声をかける気にもなれないよ。イジメをしようっていう気にもなれないんじゃない?」
そんな会話が聞こえてきた。
「あの子、空君のクラスに来た子?」
千鶴が空君に聞いた。
「うん」
「なんだか、暗いね」
イジメ。その言葉が何度か頭の中で繰り返された。一人で誰とも話さず、お昼も一人きりなんだ。
なんか、中学2年の時を思い出してしまう。
「……そう?でも、一人でいるから暗いっていうなら、俺もだけど」
空君は淡々とそう答えた。
「…だよね。でも、空君って、それでも女子から人気あるから不思議だよね。中学3年の時、何かあったの?いきなりモテ始めちゃったの?」
「なんにもしてないけど…」
空君はそうポツリと言うと、ふっと視線を外に向けた。
私も外を見た。さっきより暗さが増した気がする。それに、肌寒さも…。
クル…。空君がいきなり私を見た。
「あ……!」
空君が私の方を見たのと同時に、怯えた声が聞こえてきた。その方向を見ると、転入生の女の子が私を真っ青な顔をして震えながら見ていた。
「……」
空君も転入生を見た。それから私の方をまた見ると、
「凪…」
と私の名前を呼んで、私に顔を近づけた。
「な、何?」
ドキン…。
私の背中に手まで回してきた。
ふわ…。いきなり背中があったかくなり、気持ちまでがふわふわしてきた。と同時に、ドキドキって胸の高鳴りも…。
「今、寒くなかった?」
「え?ううん。別に。あ、でも、空君が近づいたら、一気に暖かくなった」
「うん。きっと、肌寒さを感じていたんじゃない?」
「うん。今日、雨だし気温低いみたいだよね?」
「それ、きっと凪だけが感じてたと思うけど」
「え?」
私の隣で千鶴が顔を引きつらせ、峰岸先輩も顔を青くさせた。
「まさか、また凪に…?」
「うん。寄ってきてた…。でも、今はもう消えたけど」
うわ~~~。私、別に落ち込んでなんていなかったのにな。あ、でも、中学2年の頃のことを思い出してた。それでかな。
「落ちてた?気持ち…」
空君に小声でそっと聞かれた。
「……」
「悩み事とかない?」
「…うん。ないよ」
「今日って、部活するんですよね?部長」
空君がそう言うと、峰岸先輩は、
「うん。するけど、相川君、来るよね?もし、部室のあたりに出ちゃったら、また追っ払ってくれるかな?」
と顔を引きつらせそう言った。
「俺、追っ払えないですよ」
「え?でも、今…」
「今のは、凪が弾き飛ばしたんです。凪だったら、弾き飛ばすことも、たまに成仏させちゃうこともできますけど」
げ~~~~~?!!何言ってるの?空君。私にはそんな力ないってば!
「それは頼もしい。頼んだよ、榎本さん」
「無理です。私、空君がいないと」
「うん。俺ならそばにいるから、大丈夫だよ」
空君はそう言うと、にっこりと可愛い笑顔を私に向けた。
「………う、うん」
でも、さっきは、空君がいても、近寄って来てたんだっけ?あれれ?空君がいたら、近寄ってこないんじゃなかったっけ?
なんか、暗くなってきちゃった。なんだって、霊を寄せちゃうような変な体質をしているんだろう、私って。
放課後になって、千鶴と遅めに部室に行った。早くに行ってもし空君がいなかったら怖いからだ。
「こんな日に部活はやめてほしいね」
千鶴はそう言いながらも、ちゃんと部室まで一緒に来た。前ならさっさと帰っていただろうに、最近は真面目だよね。
「あれ?空君と転入生じゃない?」
部室の前の廊下の奥に、空君と例の暗い転入生がいた。
「どうしたのかな」
「うん」
「空君のそばに行かない?部長もまだ来ていないみたいだし、二人で部室にいるのも嫌だよね」
「え?うん」
でも、廊下にいるのも嫌だな。なんか、暗いし…。と思いながら、空君の方に近づいた。
「相川君!!」
突然、転入生が空君の腕を掴み、私と千鶴を見て顔を引きつらせた。
「あ…。凪」
「空君、どうしたの?部室に入らないの?」
「……うん。えっと…」
「見えるの?見えるんでしょう?相川君も」
転入生は顔を青くさせ、私の後ろを見ながらそう言った。私はその子が見ている方を、クルッと振り向いて見てみた。やたらと暗い感じはするが、何も見えない。
「見えるんだよね?」
転入生はまだそんなことを言いながら、怯えている。
「ちょっと~~。空君、なんかいるの?」
千鶴も怖がりながら、空君に引っ付いた。私も背中がいきなりゾクッとしてきて、空君に近づくと、
「きゃ~~!この人のあとをくっついてきてる!」
と転入生が声を上げた。
「何?なんか、凪にひっついてるの~~~~?!」
千鶴も大声を出した。
「大丈夫。凪…」
空君が私を抱き寄せた。
うわ!空君の胸に顔が当たっちゃった。きゃ~~~。それに、空君が両腕で私を抱きしめてる!
ドキドキドキドキ!
「ほら、消えた」
え?
「……え?なんで一気に消えたんですか?」
転入生が空君に聞いた。
「凪、弾き飛ばせるだけのパワーがあるんだ」
「え?」
転入生は私をじっと見た。空君はまだ私を抱きしめていて、私の顔はきっと真っ赤だ。
「ねえ、あなたももしかして、幽霊見えるの?」
千鶴がこわごわ転入生に聞いた。
「……」
その子は黙ってしまったが、
「黒谷さんも、見えるんだよ」
と空君がポツリと言った。
「そうなんだ。見えちゃうんだ。霊感強いんだ」
「……」
転入生は、小さく頷いた。それから、峰岸先輩も来て、転入生も交えて、部室にみんなで入った。
「名前は、黒谷さん?」
千鶴が聞くと、
「はい。黒谷文江です」
と、転入生は答えた。
「黒谷さんも、子供の頃から見えちゃうの?」
私が聞くと、
「はい。でも、そういうことを言うとみんなが怖がるし、だから、あんまり言わないようにしているんですけど」
と黒谷さんは俯いたまま、小さな声で答えた。
「でも、黒谷さんは怖くなかったの?」
今度は千鶴が聞いた。
「怖いです。でも、誰にも言えないし、わかってもらえなくて」
黒谷さんがそう答えると、空君が小さく頷き、
「気味悪がられたりするしね」
と呟いた。
黒谷さんは空君を見ると、
「相川君も、子供の頃から見えてたの?」
と聞いた。
「うん。俺も見えてた。でも、別に害はないし、近寄っても来ないし、だからほっておいてるけど」
「怖くないの?」
「うん、別に」
「……あ、相川君はすごいんだね」
「なんで?」
「だって、普通怖いよ」
黒谷さんはそう言って、また俯いた。
「……それにしても、こんなふうに見えちゃう人っているもんなんだね、世の中」
千鶴の言葉に、黒谷さんはまた顔を上げ、
「私以外で、幽霊が見えちゃう人に会ったのは、初めてです」
と空君をじっと見つめながらそう言った。そして、そのあとは俯くこともなく、空君を見つめていた。
空君は、黒谷さんにちょっと微笑んだ。それから、
「俺も、俺以外で霊見えちゃう人は初めて会ったな…」
と、黒谷さんをじっと見たままそう答えた。
なんか、見つめ合ってる?
「よ、良かった。初めて私のことをわかってくれる人に出会えた…」
黒谷さんは、嬉しそうに微笑んだ。空君は無言のまま微笑んだ。
なんだか、二人の間には、初めて理解し合える人に出会えて喜び合っているような、そんな空気が漂っていて、私も千鶴も先輩も、二人に声をかけることもできなくなっていた。




