第3話 ほんの少し…
パーテイが始まってしばらくすると、櫂さんとパパがまりんぶるーに来た。櫂さんは空君のお父さんで、自宅でサーフィンのお店をやっている。
「あれ?櫂、空は?」
「来ないってさ」
「え~~?もう、あの子って最近本当に反抗期ね」
春香さんが、がっかりしている。そうだよね。息子に祝ってもらえないのって寂しいよね。
「じゃあ、あの子の夕飯、タッパーに入れて持っていこうかしら」
「あ、俺、持っていきます」
さっきからがっついていた碧がそう言った。
「碧君、悪いわね。じゃあ、今タッパーに入れるから」
春香さんはそう言って、キッチンの奥に行った。
「櫂さん、空のやつ、長い反抗期だね」
「ああ、あいつは別に、前と変わらないよ。ただ、前よりももっと人と関わるのが苦手になっちゃっただけで」
「俺らと関わるのも苦手ってこと?そういえば、俺、あんまり空としゃべったことってないなあ」
パパが櫂さんとテーブルについて、そんな話をしている。
「子供の頃から、あいつは人が苦手なんだよ。聖や桃子ちゃんと話をしていたのは、きっと間に凪ちゃんがいたからだ」
「凪?」
「うん。凪ちゃん、空の癒し役だったからなあ」
私が?
「その凪ちゃんにまであいつ、人見知りするようになっちゃったからなあ」
櫂さんがそう言うと、パパは、
「う~~~ん。俺としては嬉しかったんだけど、それって、けっこう問題あり?」
と櫂さんに聞いた。
「どうだろうね?でもまあ、人より海と向かい合っているのが好きみたいだから。まあ、そういう性分だからしょうがないさ」
櫂さんが苦笑いをしながらそう言った。
「俺も、どっちかって言ったら、人より自然、特に海の方が興味あるし、好きだからなあ。なんか、わかる気もするけどね」
パパがそう言って、それから突然立ち上がり、
「父さん、春香さん、遅くなってごめん。もう一回乾杯しない?」
と言いだした。
「そうだな。じゃあ、グラスにワインでも入れて乾杯するか。それとも、聖はビールがいいか?」
おじいちゃんがそう言って、グラスを持ってきた。この「おじいちゃん」というのは、実はひいおじいちゃんで、パパのおじいちゃんだ。ひいおじいちゃんと言っても、まだ若い。
「うん、俺、ビールがいいな。じいちゃん、注いでくれるの?サンキュー」
「聖、あんたまた櫂さんと飲み過ぎないでよ。飲み過ぎると平気でそのへんで寝ちゃうんだから。ちゃんと家に帰ってね?」
くるみママがそう言った。くるみママというのは、実はおばあちゃんだ。
くるみママの隣で、静かにみんなを見守っているのは、ひいおばあちゃん。足を悪くしてから、まりんぶるーをくるみママに譲り、今はひいおじいちゃんと国内旅行を楽しんでいる。
「さてと。みんなのグラスにも、飲み物入ったかな?凪のグラスにも入った?あ、乾杯だけは碧、していけよな」
パパがそう言った。それから、
「では!父さんと春香さんの誕生日をお祝いして、かんぱ~~~い!」
と元気にそう言ってグラスをかかげた。
みんなでグラスを鳴らし、爽太パパと春香さんにおめでとうと祝福した。
「ありがとうね~~!」
「みんな、俺らのためにありがとう」
爽太パパと春香さんがそう言った。このふたりは兄妹だ。とっても仲がいい。
爽太パパとくるみママも仲がいい。この家族は本当にみんな仲良しだ。一人だけ除いて…。
こんなにみんなあったかくって、優しい人たちなのに、空君はこんなみんなにも、どうして溶け込めないでいるんだろう。あの陽気で能天気のパパにすら、あまり話しかけようとしない。
「凪ちゃん、タオルありがとう。凪ちゃんは桃子ちゃんに似て、手先が器用だね」
爽太パパが、私のプレゼントを広げてそう言ってくれた。
「爽太パパ、そんなものしかあげられなくてごめんね?」
「凪ちゃん、何言ってるんだよ。最高に嬉しいよ?」
爽太パパはそう言って、笑ってくれた。
爽太パパはものすごく優しい。パパもだけど、パパとはまた違った優しさがある。
くるみママもとっても優しい。そしてくるみママと私のママも、仲がよくって、いつも楽しそうにまりんぶるーで働いている。
「そういえば、さっき、凪ちゃんの先輩っていうのが来ていたわよ、聖」
うわ。春香さん、それ、パパに言ったらパパが怒り出す。それも、お酒飲んでいる時に!
「え?まさか男?」
「けっこうイケメンだった」
「凪!なんで先輩がここに来てるんだよ」
「違うの、パパ。妹さんの誕生日だから、ケーキを買いに来ていたの」
「そうかなあ。あれは絶対に凪ちゃんに惚れてるって感じだったけど」
春香さん!だから、パパを煽るようなことを言わないでよ~~。
「先輩とどうして知り合ったんだ?」
「部の先輩だもん。天文部の部長なの」
「そんな部、今すぐやめなさい」
「聖君!冗談はやめてね」
ママがビシッとパパにそう言った。
「はい。今のは冗談です」
パパはママを見て、即、そう答えた。ああ、パパはママには頭が上がらないよね。
「でも聖、大丈夫よ。空がその部に入ったから」
「空が?」
「ちゃんと凪ちゃんのこと、守ってくれるんじゃないの?悪い虫がつかないように」
春香さんがまた、わけのわかんないことを言ってる!
「そうか。じゃ、俺からも空に言っておかなくちゃな。空に凪を守れって」
パパ、パパも何言ってるの。
「そうそう。空の友達の鉄君も一緒に入るみたいよ」
「鉄?見かけた事あるなあ。まりんぶるーに来てなかった?」
「来た事あるわね。それで、凪ちゃんのことからかっていたわね」
春香さんがそう言うと、パパは思い出したようだ。
「ああ!空と一緒に来て、やたらと凪にかまっていたやつだ。俺、あいつに一言言ってやろうと思っていたのに、さっさと空があいつ連れて、外に出ていったから、何も言えなかったんだよなあ」
「そういえば、あの時も空、鉄君から凪ちゃん守っていたし、大丈夫なんじゃない?わざわざ聖が言わなくても」
え?何それ。春香さん、何を言ってるの?
「そうだな。空も凪に引っ付かなくなったけど、凪に引っ付くやつはきっと、空が撃退してくれるよな」
ううん。ううん。そんなことないよ。私が谷田部鉄にからかわれても、空君無視してるよ?
それから、パパは櫂さんと陽気にお酒を飲んで、そのままお店のテーブルにうつっぷせた。
「眠い~~」
「聖君、ここで寝ないで。家まで帰って!」
「桃子ちゅわん。連れてって」
「無理だよ~~~」
「じゃ、俺、今日はここに泊まっていくね。2階の客室、いいよね?使っても、母さん」
「自分で布団敷いてよ」
「桃子ちゃん、敷いてきて。あ、もちろん、桃子ちゃんの分もね?」
「え?私もここに泊まるの?」
「あったりまえじゃ~~~ん」
「凪は?」
「凪も!」
「私は帰るよ。自転車で来ているし、すぐに帰れるから」
「ダメよ。女の子一人じゃ危ないじゃない。碧君と帰ったら?碧君、多分空とゲームして遊んでいるから、一緒にうちまで行きましょう」
春香さんがそう言ってきた。
「え、でも」
春香さんの家は、空君がいる。私が行ったら嫌がるかもしれない。
「凪もパパと泊まっていこうよ~~~」
「わ、私はいいよ、パパとママだけにしてあげるよ」
空君の家に行くのは、ちょっと、いやかなり憂鬱だけど、酔っぱらいのパパと寝るのは、もっと嫌だからなあ。
「え~~~。ママとふたりっきりにしてくれるの?優しい~~~、凪ってば」
そう言うとパパは、すっくと立ち上がり、ママの手を引いてさっさと2階に行ってしまった。
そうなんだ。パパはいつでも、ママとべったりだけど、お酒が入るとさらにべったりになる。思い切り甘え出すから、そんなふたりを見ているのは、さすがに耐えられない。
「はあ。仲いいのはいいけど、あそこまで仲いいのは考えもの…」
ぼそっとそう言うと、横でそれを聞いていた春香さんが笑った。
「ほら、櫂も家に帰るわよ。歩けるわよね?」
「ああ、帰りますよ~~~」
櫂さんはふらふらと立ち上がり、春香さんに引っ付いた。そうだった。このふたりもかなり、仲がいいんだった。
それだけじゃない。爽太パパとくるみママも、たまにべったりとしているし、おじいちゃん、おばあちゃんだって、すごく仲がいい。ここは仲のいい夫婦ばっかりだったんだ。
でも、いいな、みんな。そうやって、自分にピッタリの伴侶を見つけているんだから。
私にはいるんだろうか、そんな伴侶。
そんなことを思いながら、自転車を手で押して、春香さんと櫂さんの後ろをトボトボと歩いた。
春香さんの家は、まりんぶるーから歩いて、5分とかからないところにある。うちからだと、歩くと10分以上かかるかなあ。
「凪ちゃん、上がっていって。きっと碧君、ゲームに夢中になってて、簡単には帰れないと思うから」
春香さんにそう言われた。ああ、やっぱり、家に上がることになっちゃったか。
「お邪魔します」
空君の家、すごく久しぶりだ。引っ越してきてから、1回か2回くらいしか来ていない。
子供の頃は、伊豆に来ると、いつも空君の家に泊まっていたんだけどなあ。
「あ~~、ちきしょう。また負けた」
「碧、弱いね」
「空に言われたくないよ。じゃ、今度はっこっちのゲームしようぜ。こっちなら俺、負けないから」
2階から、碧の生意気な声が聞こえてきた。
空君の家は1階がお店で、2階が自宅だ。階段を上っていくと、リビングダイニングがあり、その奥に大きなキッチンがある。
そして、家具もソファも籐で出来ていて、壁にかかっている壁掛けや、タペストリーはハワイで買ってきたものだ。
大きな観葉植物もあり、ほんのちょっと南国のアロマの香りもして、ここに来ると一気に南国ムードに包まれる。それは昔と全然変わっていなかった。
壁やチェストには、家族でハワイにサーフィンをしに行った写真が飾ってある。昨年も空君は、受験だったのにもかかわらず、行ったみたいだなあ。
「碧君、聖と桃子ちゃんがまりんぶるーの2階に泊まっていくから、凪ちゃんと一緒に家に帰ってね」
「え~~。凪と?なんで?」
碧はこっちを見て、ものすごく嫌そうな顔をした。その横で空君は、テレビ画面を見たまま、こっちを振り向くこともしなかった。
「凪ちゃん一人じゃ危ないでしょ?もう外真っ暗だし」
「平気だよ。このあたり人もいないし、凪、自転車で来てるんだろ?」
「人があまりいないから、危ないんじゃないの。もし変な人でもいたら大変でしょ?」
「痴漢?凪なんか、未発達な体してるんだし、誰も寄ってこないって」
ムカ!碧、言っていいことと悪いことがあるんだよ。なんだか、ものすごくムカつく。
「碧君。凪ちゃんは立派なレデイなの!可愛いし、男が言い寄ってきたっておかしくないんだからね!」
春香さんがそう言うと、碧は私の方を見て、「どこが?」と鼻で笑った。ムッカ~~~。
小学校の頃は、すっごく可愛かったのに。お姉ちゃん、お姉ちゃんって言って、甘えてきたりして。でも、中学に入ってから、どんどん生意気になってるよ、こいつ。ママやパパの前では、いい子ぶっちゃってるけど…。
「凪、俺、空のうちに泊まっていこうと思ってたんだよ。なのに、帰らなくちゃならないなんて、面倒だよなあ」
「泊まる?」
「ゲーム、いっぱい対戦したかったしさ」
「明日も部活でしょ?」
「朝、早めに家に帰って支度すればいいだけだし」
「じゃあ、凪ちゃんも泊まっていく?うちに」
「い、いえいえいえ。私は帰ります」
春香さんの言葉に、私は思い切り首を横に振った。とんでもないよ。だって空君が絶対に嫌がるもん。
「凪、泊まるって言ってもどこに?春香さん。空の部屋は俺が寝るし、リビングのソファーにでも寝るか?凪」
碧がまたそんなことを言ってきた。
「我が家は客用の部屋がないからなあ」
櫂さんが、キッチンから水の入ったコップを持って来てそう言うと、水をグビグビと飲み干した。
「碧、このゲーム得意?」
空君はまったく私のことなんか無視して、碧に話しかけた。
「うん。すげえ得意。だから、これなら空に負けないぞ」
「じゃ、対戦はやめて、一人用の方にしてゲーム進めてくれない?俺、ボス戦でいっつも負けちゃうんだよね」
「いいよ」
そう言うと碧は、テレビ画面の方を見て、やる気オーラを出した。
「碧君、それやる前に、凪ちゃんのこと送ってあげてよ。また戻ってきて、泊まっていっていいから」
「え~~~~~。凪、一人で帰れるだろ?じゃなきゃ、爽太パパのところに泊めてもらえば?くるみママ、喜ぶよ、きっと」
碧はまったく私を送っていく気はないようだ。ああ、しょうがないなあ。私、一人で帰ろうかな。
「自転車飛ばせばすぐだし、私、一人で帰ります」
「ダメよ。じゃ、私が送って行くから」
「い、いえ。本当に大丈夫」
「碧、じゃ、ゲームしっかり進めておいて。俺が帰ってきたら、対戦の方をまたやろうな」
空君はそう言うと、立ち上がった。
「帰ったら?どっか行くの?」
碧が聞いた。すると、
「凪、送ってく」
と空君は言葉少なにそう言って、上着を着た。
え?
空君が私を?
「あら、空、送ってあげるの?」
春香さんもびっくりしている。
「母さんが送っていくよりましだろ」
空君はポツリとそう言うと、私の横を何も言わずに通り過ぎ、階段を下りていった。
「じゃ、凪ちゃん、気をつけて。空!ちゃんと凪ちゃんのこと頼んだわよ」
春香さんが大きな声で、もう1階に下りていった空君に言った。
「ああ」
空君の、こもった声が下から聞こえてきた。
うそ。空君と、二人で?!
私は、なんだかものすごく緊張しながら1階に下りて、それから外に出た。先に外に出ていた空君は、なぜか私の自転車にまたがっている。
なんで?
「後ろ乗って」
「え?」
「そっちの方が早いだろ」
「う、うん」
う、うわ~~~。空君の後ろに?もっと緊張してきた。
自転車の荷台に乗ると、空君は、
「ちゃんと掴まって」
と言ってきた。私はドキドキしながら、空君のお腹に両手を回した。
ドキンドキンドキン。ああ、心臓が早くなってる。この音、空君に聞こえてないよね。
空君は、自転車を走らせた。それもとても軽やかに。後ろに私が乗っていても、まったく関係ないくらい、とっても軽く走っている。
「お、重くない?私」
「え?」
「重くない?」
「全然。軽すぎるくらい。凪、細っこいし」
うそ。空君が、凪、凪って呼び捨てにしている。なんだか、それだけでも嬉しい~~~。
それに、こんなに空君に接近しちゃってる。空君の背中に、こんなにひっついてる!
空君の背中、あったかい。それに、意外と広い。碧の背中よりずっとずっと。
空君は黙っている。海の波の音、潮の匂いがする中、私たちは黙っていた。
このまま、ずっと空君の背中に、抱きついていたいなあ。空君のあったかいぬくもり、昔と変わっていない…。それが嬉しいなあ。
でも、そんな時間はあっという間に終わった。空君は、私の家の前に自転車を止めて、
「到着」
と一言小声で言った。
「あ、ありがとう」
そう言って私は自転車から降りた。空君も自転車から降りると、自転車を家の門の中に入れた。
「空君、自転車乗っていく?」
「そうしたら明日、凪が困るだろ?」
「大丈夫。明日は日曜日だし、歩いて取りに行くから」
「いいよ。俺、のんびり海でも見ながら帰るから」
「…そ、そう?」
「……」
空君は黙って門を出ようとした。
ああ、帰っちゃう!まだ、別れたくない。もっと話がしたい。こんなチャンスは滅多にない。
「そ、空君。自転車すごく早くこいで、喉渇かない?ジュースか、お茶でも」
「別に、喉渇いてないから」
「……」
ああ、こっちを見ようともしない。
「空君、天文学部、ほ、本当に良かったの?入っても」
「別に。出る気はないし。幽霊部員でいるつもりだし」
「…」
話が続かない。どうしよう。
「そ、空君」
私がまた話しかけると、空君はなぜか上を向いた。そして、
「あ、星、綺麗だ」
としばらく空を見ていた。
「うん。綺麗だね…」
私も空を見上げた。すると、空君がこっちを見た。でも、私が空君のほうを見ると、空君はさっと視線を外し、
「じゃ…」
とそう言って門を出て、走って行ってしまった。
ああ!空君。今、星空を二人で見て、かなりいい感じだったのに!
空君の後ろ姿が見えなくなるまで見ていた。って言っても、辺りは真っ暗だから、すぐに見えなくなったけど。
そして、静かに家に入った。
「はあ」
とぼとぼと2階に上がり、部屋に入った。ベッドにドスンと座り、空君の背中を思い出した。
あんなに空君のそばに寄ったのは、久しぶりだったなあ。
空君の匂い、変わらなかった。なんだか懐かしくて、胸がキュンってしたなあ。
それからベッドに仰向けになり、天井を見つめた。
星、綺麗だった。それを、なんでいきなり言いだしたのかなあ。
「ほんの少し、空君に近づけたのかな…」
独り言を言って、私はしばらく天井をぼんやりと眺めていた。