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第38話 ほわほわした空気

 翌朝、ホームにはもう鉄がいた。

「…おはよう、榎本先輩」

 鉄は私にだけ声をかけ、空君には挨拶も何もしなかった。


 空君も鉄の方をチラッと見たが、無視をした。

「先輩、無視すんなよ」

 う。また言われた。でも、今日は特に挨拶を返す気になれない。


 空君は鉄の横を素通りして、ホームの真ん中まで歩いて行った。私もそのあとに続いた。

 そして、後ろから元気な千鶴の、

「おはよう~」

という声がして、私は一気にホッとした。


「おはよう、千鶴」

「今日、いい天気だね。暑いくらい」

「うん」

「あ、山根がきた」


 千鶴は改札口を抜け、ホームの方にきた山根さんを見た。山根さんは友達と一緒にいて、こっちまでは歩いてこなかった。

「やっと空君のこと諦めたみたいだね」

「うん」


 でも千鶴、今は山根さんより鉄の方が気まずいんだよ。

「鉄ちゃん、なんでそんなに離れたところにいるの?」

「別に~~~」 

 千鶴の質問に鉄は、違う方向を向いたまま答えた。


 千鶴は空君と鉄を交互に見て、

「なんかあった?」

と空君に聞いた。


「……なんにもない」

 空君は俯き加減でそう答え、黙り込んだ。

「…ふうん」

 千鶴も相槌をうつと黙り込んだ。


 ああ、なんかこの空気、重くて嫌だなあ。なんて思っていると、空君が、すっと私のすぐ隣に来た。

 あれ?なんか、一気に気持ちが楽になった。ふわわんって。

 ちらっと空君を見た。空君も私を見て微かに微笑んだ。


 …ちょっと嬉しい。


 電車に乗り、千鶴と二人で椅子に座ると、なぜか空君も私の横に座った。それも肩と肩がくっつくくらいに。

 ドキドキ。嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいなあ。

 でも、いつもはドアの付近に立ったままなのに、なんでかな。


 それに、空君からふわふわしたあったかい優しい空気を感じる。

 なんとなく空君を見ると、空君は窓の外をぼんやり眺めているだけだった。でも、その向こうに鉄の睨むような視線を見つけてしまい、私は慌てて千鶴の方を向いた。


 うわ。鉄、空君のこと睨んでた。私の隣に座ったりしているからかなあ。


 駅から学校までも、空君は私のすぐ横にいた。話しかけてくるわけでもなく、ただ速度を合わせ歩いているだけなんだけど。

「じゃあ、また放課後」

 昇降口に入ると空君はそう言って、1年生の下駄箱の方に行ってしまった。


「う、うん。部活でね」

 私は慌てて空君に向かってそう言ったけど、空君はちらっとこっちを見るだけで、上履きに履き替え、とっとと廊下を歩いて行ってしまった。


「ね、空君、やたらと凪にひっついていたけど、あれ、アピール?」

「え?何に対して?」

「ほかの人にだよ。山根とか、鉄ちゃんとか」

「アピールって?」


「だから、俺たちは恋人同士なんだぞっていうアピール。もしかすると鉄ちゃん、凪のことが好きなんじゃない?」

「なな、なんでそれ?」

 思い切り動揺すると、千鶴は声を潜め、

「やっぱり?だと思った。だから、私に空のこと諦めるなって葉っぱかけたんだよね」

と言った。


「どういうこと?」

「私が空君とうまくいったほうが、鉄ちゃんにとっても好都合だから。あの時、ピンときたんだ。で、鉄ちゃんから凪、告られたの?」


「うん。あ、でも、今日ちゃんと断るつもりでいるから」

「断るもなにも、空君と付き合ってるの知ってるんだし、ほっといてもいいんじゃないの?」

「……でも、谷田部君が空君は付き合うってどういうことか、わかっていないみたいだって」


「ああ、ほっといていいよ。そんなもん、みんなわかってないよ。付き合っていくうちにわかっていくんじゃない?凪は、空君から好かれてるんだし、堂々としていたらいいと思うけどなあ」

「堂々と?」


「それに空君のことが好きなんでしょ?」

「うん」

「じゃ、堂々と空君にくっついていたらいいんじゃないかなあ」


「くっついてるの?」

「甘えたり、デートしたり。もう学校の行き帰りは一緒なんだしさ、今朝の電車の中のあれ、しっかり付き合ってるってわかったよ。誰が見たって」


「そうなの?」

「うん。ちょっと羨ましいくらい。空君って、女性苦手そうだし、まさかあんなふうに彼女とべったりできちゃうとは思えなかったけどね」

 だよね。私もそう思う。空君ってそういうのできなさそうだから、無理してたんじゃないのかなあ。


 ところで、千鶴、羨ましいっていうのは、空君のことをもしかしてまだ…。

「あの、千鶴はもう空君のこと…」

 どうしても気になり聞いてみると、千鶴は、

「う~~~ん。未練はないなあ。ただ、私も彼氏がほしいなって思うけどね」

とにっこり笑ってそう答えた。


 放課後、部室に行くと、空君が一人で椅子に座り、星の本を読んでいた。

「谷田部君は?」

「来ないって」


「え?」

「……凪に近づくなってもう一回言ったら、帰ってった」

 空君、そんなこと言ったの?


「小浜先輩は?」

「千鶴も来ないよ。今日も用事があるって」

「…さぼり?」

「ううん。本当に用事があるみたい。多分、中学の時の仲良かった子達と会ってると思う」


「ふうん」

「なんかね、よく遊んでいた子達らしいけど、真面目に部活の方に出ようと思ってるんだって」

「じゃ、なんで来ないの?」


「だから、もう最後のつもりで二日間は遊ぶって、そんなようなこと言ってたけど」

「変なの」

「変だよね」

「なんか、変な連中なの?」


「ううん。ちょっと派手だけど、そんなでもないよ」

「凪とは仲良くなかったの?」

「うん。私はちょっと苦手な人たちだったから」


「そう」

 千鶴、なんかややこしいことになっているんじゃないよね。あ、いきなり心配になってきた。友達といざこざとか、そんなことになっていたりしないよね。


「凪」

 え?

 なんで空君、また私の方に来たの?椅子から立ち上がって、私のこと抱きしめてきたけど。

 な、なんで?


 うっわ~~~。心臓が!バクバクバク!!!


「あ、消えた」

「え?まさか霊?!」

「うん。最近やたらと好かれてるね。朝もホームで寄ってきてた」


「だから、すぐ隣にいたの?」

「うん。俺がいたら消えるから」

「……」

 そ、それでか。アピールでもなんでもなかったんだな。


「今、なんか落ち込んだ?」

「ううん。千鶴の心配してた」

「ああ、それでか。気が沈むと、すぐに寄ってきちゃうんだね」


「なんで最近そうなんだろう」

「でも、前もあったよ。遠くから見てて、ああ、寄って来てるなあって思ってた」

 え?


「でも、ごめん。俺、凪に近づく勇気なくて、守ってあげられなかった」

「勇気?」

「嫌われてると思っていたし…。昔と変わっちゃった凪とどう接していいか、わかんなかったし」


「昔と変わった?」

「うん」

 ガラ…。その時、部室に峰岸先輩が入ってきた。


「相川君と榎本さんだけ?」

「はい」

「なんだ。星の観察のこと、いろいろと話したかったのになあ」

 峰岸先輩はそう言うと、溜息をつき、

「まあしょうがないか」

と呟いた。


 それから、先輩はこの前の観察した星について話してくれたり、これからの季節に見える星のことも詳しく話しだした。

 空君はとても興味深そうに聞いていた。でも私は、これを聞くのが2度目だし、ちょっと飽きてきていた。


 だから、話も聞かず、空君のことを先輩にバレないように見ていた。

 横顔、指、ちょっとはねた髪先。それから、相槌の声。


 そして空君が醸し出す空気。は~~~。ホッとする。のと同時に胸がキュンってする。


「それじゃ、今日はこのくらいにして、もう終わろうか」

 先輩がそう言って席を立った。

 あ、あれ?もう終わり?まだ空君の隣にいたかったのにな。


「先輩、この辺の本、借りていっていいですか?」

「いいよ。へえ。こういうのにも興味持った?」

「あ、はい。ブラックホールとか、ホワイトホールとか…」

「ふうん。そうなんだ。じゃ、次回はそういう話もしようか?」


「先輩って、本当になんでも知ってますね」

「あはは。天文学オタクだからね」

 先輩は笑いながらそう言うと、私たちと一緒に部室を出た。


「もしかして、相川君は星だけじゃなく、宇宙とかに興味ない?」

「あります」

「SF好きでしょ?」

「はい」


「俺も。なんか、相川君とは気が合いそうだなあ」

 へえ。そうなんだ。先輩がSF好きだって初めて知った。

「それじゃ、また明日ね」

「はい」


 先輩は廊下を歩いていった。私と空君は昇降口に向かってとぼとぼと歩きだした。

「空君、宇宙にも興味あったんだ」

「うん。知らないことを知るのは、面白いよね」

「うん」


「俺、人と関わるのは苦手だけど、いろんな俺の興味のあること、知らないことを教えてもらえるなら別」

「え?」

「だから、峰岸先輩とは、いといろ話してみたいって思うし、聖さんも」

「パパも?」


「聖さん、すごいじゃん。海のことに関して、本当に詳しいし。聖さんが研究していることも、俺、興味あるんだ。前に水族館に行った時、ちょっと教えてくれたんだけど、もっと知りたいって思っちゃって」

「そうなんだ。それ言ったら、パパ喜んであれこれ話してくれるよ」


「……そうだよね。尻込みしないで聞いたらいいんだよね」

「え?あ、パパのこと苦手だった?話しづらい?」

「ううん。そうじゃなくって、緊張しちゃうっていうか、なんていうか」


「ど、どうして?」

 あんな能天気で明るくて、話しやすい人いないと思うんだけど。

「憧れてたからかなあ」


 あ、そうか。空君の中でのパパはクールでスマートなんだっけ?

「でも、もう違うでしょ?パパ、いつも碧とふざけたりしている子供みたいな性格してるし」

「うん。そうだね。びっくりしたな」


「ガラガラと崩れた?パパのイメージ」

「うん。あ、でも、ガッカリはしてないよ。逆に話しやすくなったっていうか…。だから、今度、いろいろと話してみるよ」

「うん。パパ、喜ぶよ」


「クス」

「なに?」

「凪、いつでもそういうこと言ってくれる」

「え?」


「俺、いつも励まされてる」

「そ、そう?」

「うん。サンキュ」

 うわわ。そんなふうに言ってもらえるとすごく嬉しい。


「ああ、わかりやすいね」

「何が?」

「凪。喜ぶと一気にパワーが上がるんだね。そうすると、霊も寄ってきても弾かれちゃう」


「今、寄ってきてた?」

「来ようとしてたけど、バ~~ンって弾かれて消えちゃった」

「そ、そうなの?」


「本当の凪は、それだけの力があるんだよね」

「え?」

「無邪気で、明るくて、太陽の日差しみたいな」

「な、ないよ。そんな力持ってない」


「持ってるよ。あたたかくって、純粋で」

「それを言うなら空君もだよ。隣にいてあったかいもん」

「……凪だからじゃない?」

「え?」


「凪だと、俺、心閉じないから」

「…そっか」

 じゃあ、空君だって、本来はとっても優しくてあったかいんじゃないの?だから、隣にいると癒される。


 空君と一緒に帰るのは、ホッと出来て嬉しい。

 やっぱり、ただこうやって隣にいるだけでいいなあ。

 そんな気持ちになりながら、私は空君の隣を歩いていた。



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