第37話 昔のままで
夜、ベランダに出て海を見た。真っ暗な海に月が映っている。
ザザザザーン。
波の音がする。風もあるし波は高いかもしれない。
「は~~~あ」
夜空を見上げると、月が綺麗に見えた。ちょうど雲から月が現れ、それが海にも反射したんだなあ。
あれから、何を話していいかもわかわず沈黙のままご飯を食べた。食べ終わり、食器を片付け、とっとと私は帰ってきてしまった。
どう接していいかわからないって、どういうこと?
一気に気持ちが沈んで行く。
あ~~~。重い。
「ただいま~~。凪」
パパが部屋に入ってきた。
「パパ、おかえりなさい」
私はパパに抱きつきに行った。
「あれ?どうしたの?」
「なんか、抱きつきたくなって」
そう言うとパパは、しばらく私を抱きしめ、髪を優しく撫でていた。
落ち着いた。気持ちがすうって軽くなった。
「パパ、ご飯は?今日は私と碧とで、ナポリタン作ったの」
「食べてないから、食べたいな」
「じゃあ、今すぐに準備するね」
私はそう言って、碧の部屋に行き碧も連れて下におりた。パパは寝室に入っていき、ママと話をしているようだった。
「碧、ピーマン切って」
「う~~~ん」
やる気のない返事だな。お料理頑張るって言ってたのに。
「あのさあ」
「え?」
「空となんかあった?」
「なんで?!」
どうしてわかったの?私顔に出てる?
「メール来た。凪、元気にしてる?って」
「空君から?」
「うん」
え~~~。碧にはメールするんだ、空君。
「凪、落ち込んでない?ってきたけど、空と喧嘩?」
「ううん。そんなんじゃないよ」
「空、なんで直接凪にメールしないの?」
「だって、メアド知らないし」
「え?なんで?」
「聞かれてないし。だから交換してないの、メアド…」
「…あれ?凪と空って付き合ってるわけじゃないの?」
「よく、わかんない」
「なんだ。俺、てっきり付き合うのかと」
「私もそう思ってたけど」
どう接したらいいかわからないなんて言われたら、もう付き合えなくなるかもって思っちゃうよ。
「空から助言があってさ」
「え?」
「これ、言ったほうがいいのかなあ。凪を怖がらせそうだけど」
「な、な、なに?」
「凪、落ち込むとエネルギー下がって、霊とか寄ってきやすいから気をつけてって。まあ、父さんがいたら大丈夫らしいけど」
「あ!」
「なに?」
いきなり大声を出したからか、碧がびっくりして切ったピーマンを床に落とした。
「さっき、海を見てて、なんか気が重くなって…」
「ベランダに出て、海見てた?」
「うん。でも、パパが来て、抱きついたら、一気にスウって気持ちが楽になった」
「ああ、それ、寄ってきてたね」
「そうなの?」
「で、父さんが追っ払ったんじゃないの?」
「それ、前に空君が言ってたことがある」
「父さんがいると、霊が追っ払えるって?」
「そう」
「うん。あの能天気さは、霊もドン引きしちゃうんじゃないの?」
「…能天気って。まあ、そうだけど」
「俺も、あんまり霊を寄せ付けないらしいから、凪が落ち込んでいたらそばにいてあげてってメールに書いてあった」
「空君から?」
「でも、空が凪のこと守るんじゃないの?」
「え?」
「そう言ってたよね、この前。だから、それを空にメールしたら、返信が来ないんだけど。なんかあったの?」
「…なんにもないよ」
「だったらいいけどさ」
空君、そんなこと碧に頼んできたの?
嬉しいような悲しいような…。直接空君に守ってもらいたいような気もする。
「どう?ナポリタンできそう?パパ、手伝わなくてもいい?」
パパが2階から元気に下りてきて、私に聞いた。
「大丈夫。パパはゆっくりテレビでも見てて」
「わお!なんか凪が、新妻に見える」
「は?」
「新婚間もない奥さんみたい」
「ママもそうだったの?新婚当時」
「ううん。桃子ちゃん、やっぱりつわりでまいっていたから。そのあともほどんどパパが、ご飯作ってたかなあ」
「そうなんだ」
パパはソファに座り、テレビをつけた。
「横にいるのが碧じゃなくて、空だといいね」
「へ?」
「でも、空は手伝ったりしないかな?ソファに座ってテレビ見て、ご飯できるのを待ってる感じかな」
「パパ。そういう妄想はやめて。それに、そういうこと絶対に空君には言わないで」
「いいじゃん。昨日も空、嬉しそうだったし」
どこが?パパ、空君が固まってたのわかんなかったの?
「でもあいつは、シャイだね。照れまくって、俯いたまま顔もあげられなくなってたし」
そうじゃないよ。あれは、困ってたんだよ。
「顔、真っ赤だったもんなあ」
「私?」
「ううん。空。な?碧」
「うん。赤かった」
ええ?空君が?!
「まじであいつ、シャイだよね。からかい甲斐ありそう」
「父さん、空で遊ぶのはやめてあげて。多分空、また熱出すよ」
「あははは。有り得る!」
もう、信じられない、パパ。でも、空君が照れてたなんて思えないよ。
それから、もう私も碧も夕飯を済ませたのに、パパが夕飯を食べ終わるまでダイニングにいた。そして、パパと3人で話をしたり笑ったり。
ああ、気持ちが楽になっていくなあ。
空君。空君と一緒にいても、嬉しかったのになあ。
あ、そうか。私が空君にもドキドキして欲しいとか、そんな欲が出ちゃったから、一緒にいても気まづくなっちゃったのか。
ただ、喜んでいたらいいだけだったのになあ。
翌日の日曜日。やっぱり私はまりんぶるーのお手伝いに行った。でも、空君は来なかった。
お店は爽太パパが出ていたし、前にまりんぶるーでバイトをしていたという人も、お手伝いに来ていた。
ああ。空君に会う口実もなくなっちゃったし、寂しいなあ。
そんなことを思いながら、昼過ぎ、まりんぶるーを出た。
自転車に乗って帰ろうとすると、
「榎本先輩」
と後ろから、鉄の声が聞こえてきた。
「谷田部君?まりんぶるーに用事?」
「榎本先輩の家に行ったら、まりんぶるーに行ってるって教えてもらった」
「…私の家?えっと。なんで?」
「…話があって」
「私に?」
「そう」
なんだろう。顔、怖いんですけど。
私は自転車を手で押しながら、家に向かって鉄と歩き出した。まりんぶるーからうちまでは、ほんのちょっと空君の家の方に回る形で、大通りに出る。大通りから後ろを振り向くと、空君の家が見える。
ちょっとだけ、私は振り返り空君の家を見た。
「空に会わないの?」
「え?」
「今日、デートしてるかもって思ったんだけど」
「で、デートなんてしないよ」
「ふうん」
「それより用事って何?」
「うん。ちゃんと話してなかったから、話そうと思って」
?何を?
「この前は、はずみで告白したけどさ」
うっわ~。そういう話?!ちょっと、心の準備をしていなかった。どうしよう。
「空には、諦めろって言われた。俺、山根さん見てても、諦め悪いし、カッコ悪いっていうか、しつこいって思ってたけど、自分のこととなったら、なかなか諦められそうもなくて」
「え?」
「最近好きだって気づいたばっかりだし」
「それ、おかしいよ。だって、ずうっと私はムカつくやつだったんでしょ?なのに…」
「ムカつくっていうか、気になるっていうか」
「私はつまらない、冴えない子なんでしょ?」
「なんでそんなこと言ってたのか、自分でもわかんない」
「は?」
「多分、怒らせて気をひこうとしたんだと思う。あ、ガキがよく好きな子のことからかうじゃん。あんな感じ」
あんな感じって…。そんな幼稚だったの?
「話しかけても反応がなくて、どうにか反応が見たくて…。それがいつの間にか、すごく気になる存在になってた」
「そ、そんなこと言われても」
ものすごく困るよ。
「空と付き合うんだろ?」
「……うん」
「でも、空はまだ、付き合うってどんなことかわかってないんだろ?」
「え?」
「そんな感じしてたし」
「…」
そう見えてたんだ、鉄にも。
「だから、まだチャンスがあるかもなって」
「え?」
「小浜先輩はさっさと空を諦めて、榎本先輩と友達の関係取り戻していたけど、俺は空との友達関係壊してでも、榎本先輩にアタックしていこうかって思っているし」
はあ?
「言いたかったことはそれだけ。そんじゃ!また明日!」
ま、待ってよ。なんで言いたいことだけ言って去っていくの?
でも、鉄は自転車に乗ると、勢いよくこいで、行ってしまった。
「ど、どうしよう」
また、ひと悶着あるの?
ガックリとうなだれながら、トボトボと歩き出すと、後ろから勢いよく走ってくる足音が聞こえてきて、びっくりして振り返った。
「空君?」
「今、鉄と一緒にいなかった?」
「え?うん」
「窓から見えて」
ああ、そうか。空君の家からこの道って見えるもんね。
「なんで鉄と会ってたの?」
「会いに来たみたいで」
「鉄が?なんで?」
「話があって」
「なんの?!」
「えっと……」
困った。内容は言えないよ~~。
「なんの?!」
空君、いつもと違う。なんか、すごく焦ってる。
「あ、諦めないとか、そんなようなこと…」
「あいつが、凪のことを諦めないって?」
私は黙って頷いた。
「…でも、俺と付き合うんだから、諦めろって言ったのに」
「空君と本当に付き合うのかって…。まだ、空君、付き合うっていうのもわかっていないみたいだし、だから、その…」
って、こんなことまで話してよかったのかな。
「だから、何?」
「わ、わかんない。私にもよく」
「俺から、凪を奪うとか、そういうこと?」
「……」
奪うもなにも。空君、私のこと、本当に好き?友達とか、兄弟のようにとか、そういうんじゃなくって…。
そう聞いてみようか、心の中で思い切り葛藤した。
こんなこと聞いたら、空君が考え込んで、また離れていっちゃうかもしれない。それは嫌だ。
黙っていたらいいんだよね。
でも、でも…。
「凪…」
「え?」
「……」
空君が私を見た。その目はなんだか、ものすごく悲しい、辛そうな瞳…。
「そ、空君?」
「なんでこうなるのかな。やっと凪が俺のもとに戻ってきたのに」
「え?」
「離れていって欲しくないのに」
空君はそう言うと俯いた。
「あ、あの。私、離れないよ?」
「……」
「でも、もし空君の方が離れていくなら、別だけど」
「え?」
ああ、今、変なこと言っちゃった。
「俺から?」
「あ、あの。だって、私とどう接したらいいかわからないって」
「……昨日俺が言ったこと?」
「うん」
「ごめん。やっぱり凪、気にしてた?」
「……うん」
「ごめん」
「ううん」
「…あれは、その…。凪が昔とは変わったんだって思ったら、今までどおりに接してていいのかわからなくなって」
「……」
「それで、すごくいろいろと考えちゃって。付き合うこととか、恋人とか、そういうこともいろいろと…」
「うん」
「でも、結局どうしていいかわかんなくって」
「……」
空君、相当悩んでいるの?今も頭抱えて考え込んでいるし。
「ごめんね。空君は空君のままでいていいよ?」
「え?」
空君が顔を上げた。
「変わらなくていい。昔のままでいい。昔のまま、接してくれていいから」
「……ほんと?」
「うん。そんなに悩まないで。付き合うとかそういうのも考えなくていいよ」
「でも、凪はドキドキしてたりしたんだよね?」
「う、うん。それは、これからもするかもしれないけど。だけど気にしないで」
「気にしないでって言われても」
「いいの。大丈夫。変に気を使われる方が嫌だから。今までどおりでいいの」
私がそう言うと、空君の表情が変わった。安心したようにほっと溜息をつき、
「そっか。そうだよね。いきなり変わらなくてもいいんだよね」
と呟いた。
「谷田部君には、ちゃんと断る。さっきは気が動転して何も答えられなかったけど、ちゃんと私は空君が好きだからって断るね」
「うん」
「それじゃあ」
私は空君に手を振って、自転車に乗った。空君も後ろを向いて家に帰っていった。
うん。今までどおりでいいよね。あんなに悩んじゃうなんて、空君にとって、付き合うっていうのは本当に気が重いことなんだ。
そういうのを無しにして、昔のままの二人でいる。それがきっと、空君の願いなんだ。
だったら、もう付き合うとか、恋人とか、そういうのは考えないほうがいいよね。
私も、そういうのをもう、空君に期待するのはやめよう。期待する分、きっと空君を苦しめちゃう。
自転車を走らせながら、風を感じた。うん。きっと空君は縛られるのが嫌いなんだ。だから、付き合うだの恋人だの、そういうのはきっと苦手なんだ。
そう思い込んで、もう忘れることにした。




