第35話 驚く空君
電車に乗ると、なんとなくドアの付近に、私たち4人は立った。
「それにしても、女の集団って怖いよな」
鉄がそう言うと、
「それに対抗したなんて、空君、変わったね」
と千鶴が空君に言った。
「……対抗っていうわけじゃ。ただ、あのまんまだったら、ずっと凪のこと、あいつら苦しめそうだったから」
空君は外を見つめたまま、そう答えた。
「凪のため?」
千鶴が聞くと、空君はほんのちょっと縦に首を動かした。
え?そうだったの?
「俺一人だけなら、ずっと無視してりゃいいけど…。凪のことまで、あれこれ言うなら、ほっておけないし」
うわ~~~。そうだったんだ。
「空君さあ、付き合うってよくわかんないって言ってたけど、もうしっかりと恋人してるよ」
千鶴がそう空君に向かって言うと、空君はびっくりした顔で千鶴を見て、
「そうなの?こういうのって、恋人ってことなの?」
と聞いた。
「うん。そりゃそうじゃない?お互い好き合ってて、お互いが支えあってて。なんか理想のカップルだよ、もう」
その言葉に私は顔が熱くなった。でも、空君はまだ目を丸くしたままでいた。
なんで、びっくりしているのかなあ。意外な言葉だったのかしら。
「理想のカップル?…って?」
「だから、二人みたいなのが」
「俺ら…が?」
「そうだよ。空君、凪のこと守ったりして、羨ましかったもん」
「………あ、俺、凪のこと、守れてた?」
「うん。そのためにあんなこと言ったんでしょ?」
「…でも、キスしたことまでバラして、悪かったなって」
「いいって。ね?凪。だって付き合ってるなら、そういうこともするし、山根、さすがに諦める気になったんだし」
「小浜先輩、あんなに榎本先輩がキスしたのを怒ってたのに、何、この変わりよう。気持ち悪い」
鉄がそう千鶴に言うと、千鶴は一瞬鉄を睨み、
「あ、そういえば、何回もしたって、どういうこと?」
と空君に聞いた。
「子供の頃のことだから。凪も覚えていないくらいの昔の話だよ」
空君はぼそっとそう言うと、ホームに電車が到着して、さっさと降りた。
「え?子供の頃?でも、凪とキスしたなら、保健室がファーストキスじゃないのね?」
「うん。違う」
空君はまっすぐ前を見たまま、そう答えた。
「なんだ~~。私、本当にあんなに怒ってバカみた」
千鶴は気が抜けたように言って、私の方を見た。
「それ、早く言ってよね」
「で、でも、私も、覚えていなかったから」
「え?」
「凪は忘れてた。すっかり。俺と何度もキスした記憶、すっかり抜けてた」
空君はまたぼそっとそう言うと、私をチラッと見て、
「ちょっと寂しかったけどね。忘れられてて」
と付け加えた。
そうなの?そうだったの?もしや、傷つけた?
「ごめん」
「いいけど」
「ごめんね?」
「いいよ。写真とか動画は、聖さんが消してたんでしょ?凪のせいじゃないし」
でも、4歳の時の記憶は、空君残ってたんだよね。なのに私、忘れてた。ううん。夢だと勘違いしてた。
「なんかよくわかんないけど、昔から仲良かったんだ。それが元に戻ったんだ。な~~んだ」
千鶴はまた、力の抜けたようにそう言うと、
「あ~~あ、やっぱり、私、凪を卑怯者呼ばわりまでして、バカみたい」
と溜息をついた。
鉄はずっと黙っていた。でも時々、鉄も溜息をついていた。
空君はふと鉄に視線を向けた。そして黙り込んでいる鉄に向かって、
「俺、凪と付き合うから。恋人になるから。だから、鉄、諦めて…」
とクールにそう言い切った。
「何を諦めるの?」
千鶴が鉄に聞いた。でも鉄は顔をカッと赤くして、
「なんでもねえよ」
と千鶴に言い返し、勢いよく歩いて行ってしまった。
「もしや鉄ちゃん、凪のこと?」
「…でも、いくら鉄が凪を好きになっても、凪は渡す気ないし」
空君はぼそっとそう言うと、俯きながら歩きだした。
それを聞いた千鶴が赤くなって、
「ひゃ~~。なんか、いきなりラブラブ?」
と私の腕を突っついてきた。
でも、当の本人の空君は、いたって冷静な顔。私は思わず赤くなったけど、その顔を見て、一気に熱から覚めた気になった。
ねえ、空君。付き合うとか、恋人とか、本当にそういう気持ちあるの?
ときめきとか、恋とか、そういう気持ちあるの?
パパが言うような、愛とかも、ないよね。
じゃあ、なんだろう。空君の私に対する気持ちって。
ぼんやりと、私はその日、考えてた。空君と私。
そして放課後、部室の前で空君と遭遇した。
「谷田部君は?」
「帰った。小浜先輩は?」
「今日は用事があるって」
「……峰岸先輩、まだだね」
「うん。今日って部活あるのかな。昨日なんて言ってたのかな、先輩」
「とりあえず、部室で待ってる?」
「うん」
私と空君は部室に入った。そしてしばらく、二人で黙り込んだ。
「空君、熱は」
「もう平気」
「そう…」
空君は黙り込み、俯いた。
「あ、えっと。空君、もう本は借りていかないの?」
「うん。先輩にオススメのを聞いてから借りる予定」
「そう」
「……」
し~~んとしてしまう。空君、なんで黙ってるのかなあ。
「空君、星に興味持ったんだよね」
「うん」
「えっと…」
「そういえば、さっき、廊下にまたいたんだ」
「え?まさか…、星の観察に来た時の…」
「でも、凪に近づいたけど、弾き飛ばされてた。凪、エネルギー強くなってるね」
「そうなの?」
「うん」
「良かった」
「この前は、沈み込んでいたけど。なんか落ち込んでた?」
「う、うん。千鶴とのことで悩んでて」
「あ、そうか」
「……」
「じゃ、今は悩みももうないんだね?」
「うん。ないよ」
嘘ばっかり。また悩みまくってるじゃないか。それでも、霊を弾いちゃうくらい、エネルギー強くなったとしたら、空君がそばにいてくれて安心してるからかなあ。
「俺、自分でびっくりしてるんだ」
「え?何を?」
唐突に空君が話しだした。
「鉄にあんなこと言うなんて、自分でも思わなかった。俺、鉄に嫉妬して…。っていうか、凪を誰にも渡したくないって、すごい独占欲が出ちゃって」
「そうなの?」
ドキン。でもそれ、ちょっと嬉しい。
「こんなの、迷惑だよね」
「ううん。そんなことない」
「ほんと?」
「うん」
「……はあ」
え?溜息?なんで?
「そういうの、無縁だって思っていたし、正直面倒くさいとも思ってた」
「え?」
「色恋沙汰。嫉妬とか、独占欲とか、俺には無縁なことだよなあって」
そうなんだ。でも、うん。空君とは無縁って感じしてたよ。ずっと。
「だけど、凪にはそういう思いもしちゃうんだな。俺…。自分でもびっくりだ」
え?
「それに、面倒とも思わないし」
「え?」
空君、思い切り俯いちゃった。だから表情が見えない。
「女子たちにあんなこと言い出すってのも、自分で驚いた」
ぼそぼそと俯いたまま、空君はまた話しだした。
「あれ、しつこかったし、エスカレートして凪を傷つけられるのが嫌だったし。そう思ったら、勝手に足が出てて、勝手にベラベラ話してたんだ」
「そ、そうなんだ。いつもの空君とは違うなって感じたけど」
「あれも、ごめん」
「ううん。全然…」
「俺、ちゃんと凪を守れてるかな?小浜先輩はちゃんと守れてるって言ってたけど」
「うん。大丈夫。嬉しかったよ」
空君はやっと顔を上げ、私が微笑んでいるのを確認したように私を見ると、ホッと安堵の溜息をついた。
そんなに気にしちゃったのかな。
「情けない」
「え?」
「凪が笑ってくれて、ほっとしたし、嬉しかった」
空君?
空君はそれから、じいっと私を見て、ふっと笑顔になり、
「うん。俺もそう思う」
といきなり呟いた。
何?なんのこと?
「昨日、聖さんに言われたこと」
「え?」
「ああ、いいや。うん。俺だけわかってたらいいよね」
よくない!
なんだろう。何をパパは空君に言ったっけ?えっと、えっと、えっと~~~?
「先輩来ないね。帰っちゃおうか」
「え?」
「それとも待ってる?」
「ううん。帰ろうかな」
私が席を立つと、空君も立ち上がった。そして、一歩私に近づいた。
空君?
また私を黙って見ているので、どうしたのかなと思いながら空君を見ていると、空君がいきなり私にキスをして、それからぱっと後ろを向いてしまった。
うわ!うっわ~~~~!なんでいきなり?なんで?
「俺からって、やっぱり、抵抗ある」
「え?え?え?」
「これからは、やっぱり、凪からして」
何を?え?まさか、キスを?
「小さな頃からそうだったし、うん。そっちのほうが、自然な感じがする」
空君はそう言うと、一人で何回か頷き納得していた。
でも、待って。
自然な感じ、全然しない。私からなんて、もう絶対に無理だよ!
一人で納得もしないで、空君!
突然すぎて、心の準備もなかった。心臓は一気に暴れだした。
もう、空君がちょっとわからなくなってる。
ただ、ドキドキがずうっと続いている。
「帰ろう」
空君はそう言うと、鞄を持って部室を出た。私は顔が真っ赤なのを知られないよう、下を向いて部室を出た。
「あ…また」
空君は廊下の奥を見た。やけにそこだけが暗い感じがした。
そのあと、背中がゾクッとした。空君は私の顔を見て、私の背中に手を回した。
うわ。
ドッキーーーーーン!
バクバクバクバク。また、心臓が。
「すげえ」
「え?な、何が?」
「凪、なんかやった?今、一瞬にして消えた」
「な、何が?」
「だから霊が。あれ?浄化でもしたの?」
「ううん。そんなのできない」
「でも、ぱっと光って消えちゃったなあ」
空君はしばらく宙を見つめ、
「凪のエネルギー、すげえパワーを持ちはじめてない?」
とぼそっと呟いた。
えっと。空君との恋のストーリーだよね。霊を浄化させたりするっていう、そんな物語じゃないよね?これ。
「空君」
空君はまだ、私の背中に腕を回したままでいる。さっきのキスで、私はすっかり舞い上がり、その手にすら意識しまくっている。
「何?」
「手…」
「え?」
「背中の手…。そろそろ離して?」
「…ああ、うん。あれ?嫌だった?」
「そうじゃなくて。ちょっとドキドキしちゃって」
「え?!」
空君が一オクターブくらい高い声を発した。
「何?」
「ど、ドキドキ?」
「うん」
「あ、顔赤いね。熱でも出た?」
「違うよ。そうじゃなくって」
もしや、空君って、こういうことに思い切り疎い?
それなのに、キスをしてきたの?
「ど、ドキドキするんだ。凪、そんなこと初めて言ったから驚いた」
そういえば、初めて言ったかも。
「でもいきなり、なんで?」
「いきなりじゃないの。前から、空君が近づくとドキドキしてた…よ?」
思い切ってそう言った。空君、引く?
「え?!」
また空君、思い切り驚いてる。なんで?そんなに驚くこと?
「お、俺にドキドキするの?」
「うん」
「………」
あ、引いたの?顔、固まったけど。
「凪が、びっくりするようなこといっぱい言う」
「へ?」
「もう、子供の頃の凪じゃないの?」
え?何、それ…。
それって、それってやっぱり、ドン引きしてるってこと?嫌がってるってこと?




