第33話 パパの仕返し
シチューが出来上がり、碧が私と空君を呼びに来た。
私たちは一緒にダイニングデーブルにつき、
「いただきます」
と食べだした。
「どう?凪。俺の作ったシチュー」
「うん。美味しいよ」
「本当にうまい。碧って料理するんだな。初めて知った」
「しないよ。シチューも初めて作った」
そう碧が言うと、空君は目を丸くして、
「え?初めて作って、こんなにちゃんとしたシチューって出来るんだ」
と碧に聞いた。
「ちゃんとしたも何も、市販のルー使っただけだよ。箱の裏に作り方だって載ってた。それをその通りに作っただけで、誰でもできるよ」
そうかな。碧は器用だから、簡単に作れたんじゃないかな。
「でも、サラダも切ったの空だろ?キュウリ、ちゃんと薄く切れてるよ」
「ああ、それ?時間かかっちゃった。でも、上手に切れてるだろ?あれ?もしや俺って、料理の才能ある?」
「あるよ。そういえば、聖さんも上手なんだよね?」
「父さん、すげえうまいよ。母さんも上手だけど、父さんのは、創作料理っていうのかな、いろいろと工夫して作っちゃう料理が超美味いんだよね」
「へ~~。なんで聖さんはなんでも出来るんだろうな。できないものってないだろうな」
「そうだなあ。父さんは、器用だからなあ。それに、アイデアとかすごいし…」
「息子でもそう思うんだな」
「うん。クラスのやつらとか、先生からも羨ましがられる。あんなお父さんいていいなって」
「だろうね」
空君が頷くと、碧が私に聞いてきた。
「凪もじゃないの?」
「高校では、パパのこと知ってる人って、あんまりいないもん」
「ああ、中学はまだ、いろんな行事があって、父さんも来るからなあ」
「高校も文化祭あるじゃん」
空君がそう言った。
「パパ、私のクラスがなんにもしないって言ったら、来てくれなかったの。水族館が忙しかったし」
「そうなのか。でも、体育祭は?」
「来たけど、ママと見て、さっさとママと帰っちゃった。多分、ドライブやランチを楽しんで帰ったと思うよ」
「あはは。デート気分で見に行こうって、父さん言ってたもんね」
「うん」
「桃子さんとデートなんてするの?」
空君がびっくりして聞いてきた。
「え?するよ。うちのパパとママ、いっつもいちゃついてて。知らなかったの?空君」
「うん」
「空、まりんぶるーにもうちにも来なかったから、あの二人のいちゃつきぶりを見たことないんだろ?」
碧が聞くと、空君は目を丸くした。
「そんなに、仲いいの?」
「櫂さんと春香さんも仲いいでしょ?」
「うん、まあね。でも、いちゃつくわけじゃないし」
「……うちの親は異常だな。あそこまで、いちゃついていられるって、なかなかないんじゃない?」
「うん。本人もバカップルって言ってる」
「ば、バカップル?」
あ、空君、もっと目を丸くした。
「空、なんでそんなに驚いてるの?」
碧が聞くと、
「だって、聖さんって、もっとクールなイメージが」
と空君は呟いた。
「あははは!それ、どこで見た父さんだよ。水族館?父さんは、家じゃクールのクの字もないよ。あ、まりんぶるーでも、いっつもはしゃいだり、母さんにベッタリしてるか、凪にベッタリしてるか。たまに、爽太パパと言い合っていたり、俺のことからかってきたり。ね?凪」
「うん」
「そうなんだ。知らなかった。もっと大人でスマートなイメージがあって、敵わないなってずっと思ってた」
「父さんに?すげえ!そんなふうにずっと思ってたわけ?笑える。父さんにばらそう。きっと父さんも大笑いするよ」
そんなことを言って笑っていると、パパが帰ってきた。
「ただいま~~~~。って、うわ!空がいた~~~!」
驚き方、変だってば、パパ。ほんと、テンション高いよね。いっつも。
「お、お邪魔してます」
空君のほうは一気に萎縮しちゃった。
「桃子ちゃんは?」
「母さんなら、寝室。匂いがダメだからって引っ込んでる」
「そうか~~。トマトか、果物なら食べられるかな。あ、これ?碧が作ったシチュー。メールでシチュー作るってきたから、楽しみに帰ってきたよ」
「うん」
碧ったら、パパにメールしたんだな。
「へえ。ちゃんとできてるじゃん。俺も食べるから、用意してくれる?碧」
「わかった」
「あと、凪、悪いけど、トマト切って。それとなんか果物あったっけ。オレンジとかグレープフルーツ」
「ネーブルならあるよ」
「あ、それなら桃子ちゃん、食えるかも。それも切っておいて。パパ、手を洗ってくる」
「うん」
洗面所にパパが行っている間にトマトとネーブルを切った。碧はパパのシチューを用意してテーブルに運んだ。
「空、熱は?」
パパがダイニングに来て空君に聞いた。
「あ、もう下がりました」
「で、なんでうちにいるの?あ、そっか。昨日うちにも来てって俺が言ったんだっけね」
「ちげえよ。空、学校で熱出して、凪と一緒に帰ってきて、うちで休んでたんだ」
「そうなのか。もう大丈夫なのか?」
「はい。すみません、なんか勝手に上がりこんで」
「ああ、うちはいいよ。いつでも来て。家だとひとりで飯食ってんだろ?うちに来てくれたら、凪も碧も喜ぶからさ」
そう言うとパパは、私が切ったトマトとネーブルを持って、
「ママのところに行ってくるね」
とにっこり微笑み、2階に行った。
「1時間は戻ってこなかったりしてな~」
碧がそう言いながら、また席についてシチューを食べだした。
「1時間?」
空君がキョトンとした。
「あ、パパ、よくママのところに行くと、そのまま部屋を出てこなくなるの。きっと部屋で二人で話しているか…」
「いちゃついてるんだろ、どうせ」
碧がそう言って、サラダをむしゃむしゃと食べだした。
「その、いちゃつくってさ、どういうこと?」
「グヘ!ゴホゴホ」
空君の突然の質問にびっくりして、碧がサラダをのどに詰まらせたらしい。
「大丈夫?ほら、水飲んで」
私は碧にコップを持たせた。碧は水を飲んで、
「ああ、焦った。いきなりそんなこと聞いてくるから」
と胸をとんとんと叩きながら、コップをテーブルに置いた。
「ごめん」
「そうだな。いちゃつくって言ったら…。ベタベタひっついていることかな」
「え?」
「それで、いちゃいちゃいちゃいちゃしてる。父さんが母さんを抱きしめてる時もあれば、母さんが父さんに抱きついている時もあれば」
「へ、へえ」
空君の顔、なんだか赤くない?
「それから、桃子ちゅわんって言ったり、甘えたり。一緒に風呂も入っちゃうし、家じゃ年がら年中いちゃついてるよ」
「一緒に風呂?」
空君、もっと顔が赤くなっちゃった。でも、櫂さんと春香さん、一緒に入っていないのかなあ。榎本家って、みんな夫婦揃ってお風呂に入っているのに。
「碧!」
後ろからパパの声が聞こえてきた。あ、いつの間に2階から下りてきていたんだろう。
「やべ」
碧がそう言って首をすくめたけど、パパは碧の頭をゴツンとこついてしまった。
「いて~!」
「お前なあ、空にばらしてるんじゃないよ」
「だって、空がいちゃつくってどういうの?って聞いてきたから」
「だからって、ばらすなよな。恥ずかしいだろ」
「うっそ~~。まりんぶるーでだって、平気でいちゃついてるじゃん。親戚中みんな知ってるんだから、空に知られてもいいだろ?」
碧がそう言うと、パパは照れくさそうに頭を掻き、
「あ~~~。ま、いいんだけどさ」
とそう言って席に着いた。
「いっただきます」
パパはシチューを一口食べると、
「うめ!」
と目を細め、喜んだ。あ、出る。このあと絶対にパパの褒め言葉。
「碧、すげえじゃん。初めて作ったとは思えないほど上手だよ。やっぱ、お前って天才じゃない?」
「やっぱり~~~?」
ああ、碧、天狗になるから、そんなに褒めないほうがいいのになあ。
「うん、うまいよ。これから、どんどん料理教えるから、碧、覚えていけよ。桃子ちゃん、しばらくキッチンに立てないし、凪と交代で料理作ってもらうことになりそうだし」
「いいよ、俺、料理面白いなって思ったし。いろいろと作ってみたい」
碧がそう言うと、パパは嬉しそうに笑い、
「さすが、俺の息子」
と頭を撫でた。
「……」
その光景を空君が見て、目を丸くした。
「ん?どうした?空」
「いや…。なんか、すごいって思って」
「何が?」
「聖さん。すごく碧のこと褒めるんですね」
「うん。でも俺、本当のことしか言わないよ」
そうパパは言うと、今度はサラダを食べだした。
「あ、すげえじゃん。キュウリが薄く切れてる」
「あ、それ、大変だったけど、薄く切ってみたよ」
「へえ。やっぱ、碧、器用だよなあ」
パパがそう言うと、また空君はパパを見た。
「クス。空も料理してみたくなった?」
「いえ。そうじゃなくって」
「じゃ、なに?」
「…ちょっと、碧が羨ましくなって」
「なんで?ああ、この親子関係?でも櫂さんもいいお父さんじゃない?一緒にサーフィンしたり、毎年ハワイに行ったり。いい親子関係してるなあって、俺、見てて思ってたよ」
「…はい。父さん、サーフィンしている時、いろいろと指導してくれるけど、いっつも的確だし」
「うん。だよね。俺も習ってた時があるけど、櫂さんの教え方うまかったよ」
「…俺、碧が羨ましかったのは、聖さんに褒められてたから」
「え?…なんで俺?」
「俺、聖さんにずっと憧れてたし」
「は?俺に?」
パパが目を丸くした。
「ああ、聞いて、父さん。空って、今の今まで、父さんはクールで大人でスマートな人だって思ってたんだってよ。だから、憧れの存在だったんじゃないの?笑えるよね」
碧がそう言うと、空君は恥ずかしがり、パパは、
「碧。笑えない。っていうか、クールで大人でスマートなのが本当の俺だろ?空は俺の本質を見抜いていたんだよ」
と、自慢げに言い返した。
「え?」
私と碧が同時に目を点にしてパパを見た。
「そうか。俺に憧れてたのか。そうか~~~~」
あ、パパ、にやけた。これのどこがクールでスマートなんだか。
「でもな、そんなパパより、凪は空の方がいいんだもんな」
「え?」
なんでいきなりその話題?
「いいけどさ」
あ、一気にパパ、拗ねた。
「えっと…」
ほら。空君は困っちゃってるよ。
「いいよ、空は唯一俺が認めた男だし」
「え?それって、なんでですか?」
空君がびっくりした表情をしてパパに聞いた。
「だって、凪がすっげえ好きになったやつじゃん?認めないわけにはいかないじゃん」
きゃ~~~~~~。パパ、何を言ってるの?
「それに、空なら、凪と結婚することになっても、遠く離れていくこともないだろ?空、伊豆にいるよな」
あ、空君、動かなくなっちゃったよ。きっと、びっくり仰天してるんだ。結婚の話なんてするから。
「パパ、そういう話は…」
止めようとしたけど、もう遅い。
「身内だから、凪が遠くに行っちゃうって感覚もないしなあ。それに、凪、春香さんや櫂さんにも子供の頃から可愛がってもらってるから、姑と嫁の関係も安泰だろ?」
うっわ~~~。
「パパ!」
お願い。空君が固まっちゃったのを見て。
「で、凪と空の子なら、絶対に可愛いだろうなって思ってたんだ。早く孫の顔見たいなって。赤ちゃんの世話したいし」
ぎゃ~~~~。そんな話まで?
「でも、桃子ちゃんが妊娠したから、かわいい赤ちゃんの世話、また出来るしさ。女の子なら凪に似てるかな。凪、赤ちゃんの頃、超可愛かったもんね?空」
「…え、はい」
「あ、もちろん今も!凪、めちゃ可愛いけど」
パパはそう言うと、目を細めて私を見た。それからすぐ、空君を見ると、
「空もそう思う?」
と聞いた。
「へ?」
あ、空君、完全に今、意識飛んでた。
「空も思うでしょ?昔も今も凪、超可愛いよね」
パパがそう言うと、空君は私を見た。
目が合うと、ぱっと視線を外し、思い切り俯いてしまった。
あ、もしや、すっごく今の質問、困ってるの?
「ってことで、空だけは特別に、許してるってわけ。わかった?空」
「…………」
沈黙だ。空君、困り果ててる?もしかして。
「結婚とか、まだ考えられるわけないじゃん。空、高校1年だよ?」
「なんだよ。空と凪は4歳で結婚を誓い合ってるんだぜ。今さら、考えられないもないだろ?」
「父さん、もしかして、それ、ずっと根に持ってるんじゃないの?そんで、今、空のこと軽くいじめてない?仕返ししてない?」
碧がそう言った。そうだ。私もそう思う。空君のことわざと困らせてるとしか思えないよ。
「ふ~~~~~んだ。俺の可愛い凪を、奪っちゃった罰だ!」
「あ、やっぱり!ほんと、父さんって、俺から見てもガキだよね。ガキ!」
「うっせ~~~~~。碧なんか、まだ青っ鼻たらしたガキじゃん」
「なんだよ、それ」
「彼女ができでも、バレるのが怖くてデートも出来ないくせに~~」
「うるせえな。俺はキャプテンなんだから、部内のルール、そうそう簡単に破れねえんだよ」
「キャプテンなら、部内のルール変えるくらいのことしてみせろよ」
「うるせ~~~~!」
あ、本格的な喧嘩?いや、これもまた、親子でじゃれついているみたいなもんだよね。ほっておこう。
「な、凪。止めないでもいいの?」
「うん。ほっておく。それより、空君、ネーブル食べる?」
「え?うん」
「今、切ってくるね。あと、パパの言ったこと、全部本気にしないでいいし、気にしないでね」
私は平静を装ってそう言うと、キッチンに行った。
ああ!パパのバカ。アホ。あんなこと言い出すなんて。空君、ドン引きしてた。結婚なんて、考えられるわけないし、それより付き合うってことすら、空君は考えられないんだよ!
キッチンでそう心で叫びながら、私はネーブルを思い切り切った。そして、ちょっと息を整え、落ち着きを取り戻し、切ったネーブルをお皿に乗せた。
ダイニングに戻ると、碧とパパはまだ言い合っていて、それを横で見ていた空君は、ずっと目を丸くしていた。きっとこれで、パパのクールでスマートなイメージは、ガラガラと音を立てて崩れたよね。




