第30話 仲直り
翌朝、すっかり晴れて、私と碧は一緒に家を出た。
「凪、お腹痛いの治った?」
「うん。もう治っちゃった」
「良かったね。そいじゃ、お先!」
碧はそうニッコリと笑って、自転車を走らせて行った。
私も自転車に乗り、自転車をゆっくりとこぎ出すと、
「おはよう」
という空君の声が後ろから聞こえた。
「あ、おはよう。熱下がったの?」
「うん。今朝は平熱だったよ」
良かった。空君、顔色もいいし、本当に元気になったんだな。
「碧、また彼女と待ち合わせ?」
「うん。そうみたい。昨日の夜メールして、待ち合わせるように決めたみたいだった」
「メール?」
「うん。嬉しそうだったよ。彼女にメールしようって言ってにやけてた」
「ふうん」
あれ?空君、そこで私のメアド聞いてきたりしないの?やっぱり、私とメールをし合う気はないのかな。
そして駅に着き、空君と一緒に改札を通り抜けると、そこにはすでに鉄と千鶴がいた。
「……お、おはよう」
小さな声でそう言うと、鉄は、
「今日は来たんだ」
と私を見て言ってきた。
それってどういう意味かな。
「空も治ったのか?」
「うん。もう熱はないよ」
そう空君が言った矢先、
「空君、おはよう。もう熱下がったの?」
と、ちょっと離れたところにいた山根さんが聞いてきた。
あ、山根さんといえば、告白したとかなんとか、鉄が言っていたような。
「……あ、うん」
空君の顔が明らかに引きつった。
「良かった!心配してたんだ」
そう言うと山根さんは、私と空君の間に入り込み、
「熱出して保健室行った時には、私、どうしようって悩んじゃった。家にもお見舞いに行こうかどうしようか迷ったんだけど、それはあまりにも、図々しいよね」
と言ってから、何気にちらっと私を見た。
え?なんで私を見たの?まさか、私が保健室に行ったり、空君の家にお見舞いに行ったこと知ってるの?
まさかね。
「そこまでされられたら、空君も引くよね?」
山根さんはちょっとわざとらしいくらい、大きな声でそう聞いた。すると、ゴホンと鉄が咳払いをした。
まさかと思うけど、山根さんにそんな話を鉄がしたの?
「ねえ、空君。この前の返事なんだけど…」
「付き合えない」
いきなり空君がそう言った。
「え?」
あまりにも唐突だったからか、それとも意外な返事だと思ったのか、山根さんの顔色が一気に変わった。
「俺、付き合うとかそういうのって、よくわかんないし。だから、悪いけど」
空君はそう突き放したように言うと、ホームに入ってきた電車にとっとと乗り込んでしまった。
空君はドアの横に立つと、ずっと外を眺めている。そのすぐ横に鉄が立った。
私はちょっとその場から離れ、椅子に座った。山根さんは、空君と鉄とちょっと離れたところに立って、しらばく俯いていた。
泣きそう?まさか、もう泣いてる?
「あんなんでいいのかな」
隣にいきなり千鶴が座ってきた。
「え?」
なんで千鶴、私の隣に?さっきから一言も私に言葉をかけてくれなかったし、顔はずっと怒ってる感じだったのに。
「もっと空君、言えばよかったんだよ。好きな人がいるとか、付き合ってる子がいるとか」
「え?え?」
「山根、あんな断り方で、納得したかどうかわかんないよ。しつこそうだし」
「……」
千鶴は声を潜めてそう言うと、もっと私の方に寄ってきて、肩と肩をくっつけた。
「さっきのね、鉄ちゃんと私がちょっと話してたの」
「さっき?」
「凪が保健室に行ったとか、空君の家にお見舞いに行った話。鉄が、空君は人と関わるのが苦手だし、あんまり凪とも仲良くしていなかったのに、凪、やりすぎだよなって…」
え?そんなこと、鉄が言ったの?
「それを後ろで山根、聞いてたんだね。全然気付かなかったけど」
ああ、それで知ってたのか。
「それを、空君にあんなふうに言うなんて、ちょっと頭にきた」
千鶴はそう言うと、しばらく黙り、
「ううん。すごく頭にきた」
とぼそっと言った。
それからは千鶴は黙っていた。そして駅に着くと、一緒に改札を抜け、そのあとも黙ったまま私の隣を歩いていた。
絶交したんじゃないのかな。
空君は私の前を歩いていた。その横には鉄。山根さんは、私たちよりも後ろをとぼとぼと歩き、そして学校に着くと、
「空君!」
と私たちを追い越し、山根さんは空君に声をかけた。
「え?」
「私、諦めないよ。付き合うのとかわからないって、そんな理由で断られたって、諦められないもん」
「ほら、言わんこっちゃない」
私の横で、千鶴がそう小声で言った。
「私と付き合ってみてよ。そうしたら、付き合うってどんなことかわかるでしょ?」
「……でも、そういうのって興味ない」
空君はまた冷たくそう言った。
「だけど、付き合ってみないとわかんないでしょ?」
「そもそも、付き合うってどういうこと?」
「え?それは、その…。好きな人同士が」
「好きな人同士じゃない。俺、別に山根さんのこと好きじゃないけど」
「じゃあ、これから知ってよ。好きになる可能性もあるでしょ?」
「………。じゃあ」
え?じゃあって今言った?空君の一言で、山根さんの顔が一気に明るくなったよ。
「じゃあ、言い方を変える。俺、好きな子がいるから付き合えない。それで納得してくれる?俺、こういう話も苦手だから、もう終わりにしていい?」
空君は淡々とそう言って、昇降口に入っていった。
「待てよ、空」
その後ろを慌てて鉄が追いかけた。
「うわ~~~~~~~。やっとこ、言ったか。あれで諦めるかな」
隣で千鶴がそう言って、私の顔を見た。私はどんな反応をしていいか分からず、戸惑ってしまった。
「待って、空君。話終わってないよ。好きな人って誰?そんなの信じられないよ」
山根さんも靴を履き替えると、走って空君を追いかけた。
「げ~~。まだ、諦めてない。しつこい、あの子」
千鶴はそう言いながら靴に履き替えて、
「凪、しっかりと空君をつかまえておかないとね」
と私に言ってきた。
「え?!」
「あの山根に取られたくないじゃん。絶対に嫌だもん、私」
「……」
私はびっくりして千鶴の顔を見た。
「昨日、空君の家を飛び出たら、あとから鉄ちゃんが追いかけてきて、空君のこと諦める必要ないって言われたの」
え?
「でも私、昨日帰ってから考えたの。私ってそんなに空君のこと好きだったかなって。どっかゲーム感覚で、振り向かせようとかそういうこと考えていたかもって」
「…」
「空君のことより、私が悲しくて悔しかったのは、碧君に言われたこと。凪のことなんにもわかってないくせにって」
「……」
「私、碧君にああ言われて、すっごくすっごく悔しかったんだよ。友達だって思ってきたけどなんにもわかっていなかったんだって知ったら」
「千鶴…」
「私、凪のことずっと友達だって思ってきたのに、なんだったんだろうって…」
「ご、ごめんね」
「いいの。碧君の話を聞いてて、凪が心開けないのもわかる気がしたし。でもね、これからは私に心開いてほしいなってそう思った」
「千鶴…」
「だから、ちゃんと凪のそばにいることにした。それで、凪の心、開かせるから」
千鶴…!
「あ、迷惑?凪の方がもう友達としていられない?」
「う、ううん」
泣きそうだ。私。
「だってさ~~。昨日本気で思ったんだもん」
「え?」
「私、ずっと凪が近くにいてくれたの、嬉しかったんだなあって」
「千鶴?」
「絶交とか言っちゃって、あとでヤバイって思った。凪と絶交なんてしたくない。ずっと友達でいたいなって」
「…」
「朝ね、鉄ちゃんと話してたの。やすりぎだよなって鉄ちゃんは言ってたけど、それだけ空君が心配でそれだけ空君が好きだったのかもって言ったら、鉄ちゃん、顔引きつらせてた」
「千鶴…」
「鉄ちゃんなんかに、凪の良さは分かんない。そういえば、峰岸先輩もそう言ってたよね。でもいいよ。あんなやつにわかってもらえなくたって」
千鶴が、びっくりするようなことをいっぱい言ってる。
ボロボロボロ。一気に涙が溢れてきた。
「あ、泣かないでよ、凪」
「だって」
「嫌だな~~。凪が泣いたら私も泣く」
そう言うと、千鶴は目を擦って、
「さ、教室行こうよ」
と私の手を取った。
「うん」
私は、千鶴と一緒に廊下を歩きだした。すると、なぜか空君と鉄がすぐそこにいた。
「空君?もう行ったんじゃ」
「待ってた」
「でも、山根さんは」
「ああ、しつこいから、俺が好きな子は凪だって正直に言ったら、さっさと教室に行っちゃった」
うそ!言っちゃったの?
「言ったんだ。空君!そっか~~。これで山根も諦めるかな」
千鶴が大きな声でそう言うと、にっこりと笑った。
「仲直りしたの?」
空君が私と千鶴が手を繋いでいるのを見て、聞いてきた。
「あ、うん。だって、凪の友達をやめたくなくなっちゃって」
千鶴がそう言うと、空君はものすごく嬉しそうに笑い、
「良かったね、凪」
と優しくそう言ってくれた。
「なんか、つまんねえの。もう元の鞘に収まったわけ?」
鉄が憎たらしい口調でそう言った。
「鉄、あんたが凪のこと酷く言ったら、これからはただじゃおかない」
「げ。こえ~~~。小浜先輩ってそんなに怖かったっけ?」
「俺も、ただじゃおかないけど、鉄…」
空君までが怖い声でそう言った。
そして、私の教室の方までわざわざ空君は遠回りなのに来てくれて、
「じゃあね、凪。また帰りに」
とそうにこりと笑うと、廊下を歩いて行った。
「帰り?一緒に帰るの?」
千鶴が聞いてきた。
「多分、部活…」
「あ、そうか~~。なんだ。空君、すっかり天文学部、気に入ったんだね」
「うん」
「私も真面目に出てみようかな」
「え?」
「家に帰っても暇だし。前は、近所の子達と遊んでいたんだけど」
「遊んでたって?」
「カラオケに行ったり、ゲーセン行ったり。家に行ったり、うちに来たりしてゲームしたり」
ああ、中学の頃、仲良かった子達だよね。私とは違って、ちょっと派手な子達。
「でも、最近、一緒に遊んでいてもつまんなくなってきて」
「違う高校行ったんだっけ?」
「うん。話も合わなくなってきたし、それに、凪と一緒にいるほうが私、疲れないで済むんだよね」
「え?」
「なんか、凪ってさあ、気を使わないで済むし、ほわわんとしてるじゃない?」
ほわわん。また言われちゃった。
「楽なんだよね~~。変に盛り上げたり、明るくしなくていいしさ。そういうところに、きっと空君も惹かれたんだと思う。それから峰岸先輩もそんな凪のことわかってたんだね」
「そっかな」
「空君と付き合うようになったって知ったら、先輩、落ち込むね」
「え?誰が誰と?」
「空君と凪。付き合うんでしょ?」
「ううん!」
私は首を横に振った。
「え?付き合うんじゃないの?」
千鶴に驚かれた。でも、そこでチャイムが鳴り、すぐに担任の先生が教室に入ってきたから、慌てて私と千鶴は自分の席に着いた。
空君と付き合う?
でも、さっきも空君、山根さんに言ってた。付き合うとかってわからない。そういうのは苦手って。
好きな子は凪って言ってくれたのは嬉しい。
でも、付き合うかどうかはわかんない。
そういうの、きっと空君、考えていないんじゃないのかなあ。




