第2話 一方通行
私が伊豆に転校してきたのは、中学3年の春。空君は、まりんぶるーで会って声をかけても、ちらっとこっちを見て、軽く頭を下げたり、「ああ」とか、「ども」とか、そんなことしか言わなくなっていた。
あまりにも空君が変わってしまい、私は愕然とした。その年の正月には、空君はインフルエンザでまりんぶるーに顔を出さなかったし、その前の年の夏休みは、私がいろいろとあり、伊豆にも行けなかったし。
中2の夏、私は家に引きこもっていた。そんな私を見るに見かねて、パパが家族全員で沖縄に行こうと言い出し、伊豆には行かず、沖縄に一週間旅行に行っていた。
沖縄の綺麗な青い海、大きな水族館、石垣島にも行ったし、素潜りだけど海にも潜ったし、とても楽しい一週間だった。それで私は救われた。
その年、夏休みに入る前に、私はいきなりクラスの子からいじめにあったのだ。原因は、ある男の子が私に、夏休みに花火を見に行こうと誘ったのがきっかけ。
その男の子を好きだった同じクラスの吉井さんが、どこからかその話を聞きつけ、私はちゃんと断ったのにも関わらず、変な噂を流した。
榎本さんは、男の子と二人きりで、夏休み、夜、出かけるらしい。それは先生の耳にも入り、先生からも注意をされた。そして、ママが学校に呼ばれてしまった。
そこからまた、噂が流れた。
ママとパパの結婚の時のこと、誰かが勝手に尾ひれをつけて噂を流したのだ。
「榎本さんのお父さんって、まだ高校生だった子に手を出して妊娠させたんだって」
「え~~~!不潔」
「そんなお父さんだから、榎本さんも、男と夜出かけるなんてしようとしたんだよ」
「見た目大人しそうなのに、裏で何してるかわかんないよね」
出処はすぐにわかった。クラスを仕切っている吉井さんだ。そのうえ、吉井さんのお母さんは、クラスのお母さんたちにまで、私のパパとママの噂を流した。
ものすごく悔しかった。パパまで侮辱されて、私は吉井さんと吉井さんのお母さんに頭に来て、吉井さんに食ってかかった。そしてまた、それを先生に報告され、今度はパパまで学校に呼ばれてしまった。
その翌日から、私はクラス中の子から無視された。その3日後、夏休みに入った。
もう学校にも行きたくなかった。でも、パパとママは夏休みの間に、先生とも吉井さんのお母さんとも話をしていたようで、学校の先生が家に来て、学校に来るようにと話をしてくれた。
旅行に行って元気になった私は、2学期、どうにか学校に行った。
そして2学期初日、パパは私のクラスに来て、海の生き物の話や、命の神秘の話など、生徒たちの心をつかむ、ものすごい話を聞かせてくれた。命については、自分の出生の時のことや、私をママが身ごもった時のこと、ひいおじいちゃんがガンで死ぬかもしれなかった話までにいたり、クラスの子たちを感動させた。
それは一気に学校中で噂になり、全校生徒の前でも話をすることになった。そこには、お母さんたちも呼ばれ、パパの話で、もうパパとママを悪く言う人もいなくなった。それどころか、パパは一気に人気者になった。
もともと、うちの店や、パパとママを知っている人は、ママやパパの悪口は言わなかった。小学生からの同級生は、みんなパパのこともよく知っているので、
「凪ちゃんのこと無視してごめんね。吉井さんが怖くって、声かける勇気出なかったんだ。でも、もうそんなことしないからね」
と言ってくれたし、隣のクラスにいた日菜ちゃんは、幼稚園からの仲良しで、
「凪のこといじめるやつは、私がとっちめてやる」
と言って、私のクラスにまで来て私を守るようになった。
だけど、そんなことをしなくても、クラスの子たちは、
「榎本さんのパパ、すっごく素敵~~」
と羨ましがり、もう無視をする子も、いじめる子もいなくなってしまった。あの、吉井さん親子ですら、私やパパやママに、謝ってきたほどだ。
花火を見に行こうと誘ってきた男子は、パパが、
「凪に直接声をかけるなんて、100年早い。俺の了解を得てから凪を誘え」
と言って、けちらしてくれた。
中学2年は、そんなこんなで、とにかく大変な年だったのだ。
だから、一回も空君には会えていない。
中学1年の冬。お正月は、私がなんだか空君に対して恥ずかしさがあって、話をすることができなかった。
なぜかというと、中1の夏、空君に私が着替えているところを見られてしまったからだ。
中学に入り、胸がどんどん膨らんできて、ママにブラジャーを買ってもらった。その前の年まで、平気で空君と同じ部屋で寝泊りも出来たし、着替えもしていた。でも、空君にブラジャーをしているところを見られるのが恥ずかしくて、中1の夏は夜も私はママとパパと同じ部屋で寝て、碧を空君の家に行かせたし、着替えも空君がいる部屋ではけしてしないようにしていた。
だけど、浜辺で花火をした日の夜、まりんぶるーに戻り、部屋で浴衣を脱いでいるところに、空君が入ってきてしまったのだ。
「凪ちゃん、今日はうちに来る?どうする~?」
空君はニコニコしながら入ってきた。ノックもしなければ、悪気もなかったようだった。
でも、私の方は恥ずかしさで、思い切り空君を怒ってしまった。
ドアを開け、浴衣を脱いで、ブラジャーとパンツだけになっていた私を見て、空君は「あ」と一瞬目を丸くした。そんな空君に向かって、
「空君、なんで勝手に入ってきてるの!出てってよ!!」
と、私は手にしていたTシャツも空君の顔に投げつけ、ものすごい剣幕でそう怒鳴った。
「ごめん!」
空君は慌てて部屋から出て行き、かなり動揺したのか階段も踏み外し、一階までゴロゴロと転げ落ち、あちこちを打って、そのまま櫂さんに病院に担ぎ込まれた。
空君の怪我は打ち身や擦り傷だけで、たいしたことはなかったが、心のショックが大きかったらしく、熱を出して寝込んでしまった。だから、その夏、それっきり空君には会わなかった。
しばらくして、空君が電話をくれた。ごめんと言われたけど、私はなんて言っていいかわからず、切ってしまった。そのあと、何度かスカイプで話をしようと言われたが、それも断った。
恥ずかしくて、早くに忘れて欲しかったし、私も忘れたかった。だから、蒸し返すこともして欲しくなかった。
お正月、どうにか普通に空君と話をしようと思いながら伊豆に行った。でも、ダメだった。空君の顔を見たら、また恥ずかしくなった。
それに、空君はまだ気にしていて、
「夏にごめんね?凪ちゃん」
と謝ってきたので、
「空君、しつこい」
と言って、そのまま無視してしまった。
今思えば、空君を私は相当傷つけてしまった。悪気もなかっただろうし、まだ小学6年の空君には、私が着替えるところを見られるのを恥ずかしがるなんて、思ってもみなかったことなのだ。
なのに、私があんなにも怒りまくり、そのうえ、ずうっと空君に対して話もしようとしないでいたから、空君の方が、どうしていいかもわからなかったと思う。それっきり空君は、電話もスカイプもメールもくれなくなった。
私からもしなかった。だけど、中2の夏、思い切り落ち込んで部屋に閉じこもっていた時、空君にメールした。
>空君、もう学校行きたくない。
空君から、その日の夜メールが来た。
>伊豆に越してきちゃえば?
空君は、春香さんから、私の学校でのいじめのことを聞いていたらしい。
>そんなに嫌なら、さっさと伊豆に来たら?
私はその言葉が嬉しかった。
>うん、そうだね。
そう返信をした。それでその時はメールが終わったけど、私はどこかで空君は、私を待っていてくれていると思ってしまったのだ。
だから、中3の春に引っ越した時にも、ものすごく期待した。空君はきっと私を歓迎してくれる!
でも、実際は、引っ越してからも、私の家に来たこともなければ、私が空君の家に行っても、部屋に入ったきりか、どこかに遊びに行っちゃうかで、会えなかった。
まりんぶるーでようやく空君に会えた。だけど、空君の反応はあまりにも変わってしまっていた。
声変わりもしていて、前のような可愛い声ではなかったし、背も伸びていて、私を越してしまっていたし…。
「空君?」
ものすごく冷たい空君に私はもう一度話しかけた。でも、無視をされた。
「空、凪ちゃんに対してその態度は、なあに?!」
春香さんが空君に怒った。でも、そのまま空君はまりんぶるーを出て行った。
「ごめんね?凪ちゃん。あの子、反抗期で」
「へえ、空が反抗期を迎えるなんてなあ」
パパはそう言ったけど、ちょっと嬉しそうだった。
「聖君、なんで嬉しそうなの?」
ママがそれに気がついてパパに聞くと、
「だって、もう空に凪、取られなくてすむし」
と、パパはちょっとにやけながらそんなことを言った。
「もう!聖君は…」
ママは呆れた顔でパパを見てから、私を優しい目で見て、
「空君、久しぶりできっと照れてるんだよ。そのうちにまた、仲良くなれると思うよ?」
と言ってくれた。
ママはその時から、なんとなく気づいている。私が空君のことを、すごく意識していること。
パパは、いまだに呑気に、
「凪はパパのそばにいたらそれでいいから。お嫁に行かないでもいいからね?」
なんて言ってくるけど。
「そうだね。パパみたいに素敵な人、そうそう現れそうもないしね」
なんてパパに言うと、パパは目尻を下げ、思い切り喜ぶ。
だけど、ママは、本当に時々だけど、まりんぶるーで空君がいると、私が空君を見て寂しそうにしているのに気がついている。
「空君に思い切って話しかけたら?」
と私のところに来てそっと言ってくる。
「ううん。きっとまた無視されちゃうから」
「無視されるのが怖いの?凪」
「うん」
「そっか。うん、その気持ちわかるなあ」
ママはいつでも、私の気持ちをわかってくれる。親子と言うより、友達に近い。だけど、そんなママにも、直接は言っていない。空君に対しての気持ち。でも、きっと気づいているね。
空君が、好き。
変わってしまった空君に愕然とした。冷たい空君なんて、もういいやってそう思った。
ずっと好きだった空君は、可愛くて優しい空君だから。あんな冷たくて、そばにいてくれない空君なんて、もういいやって。
何度もそう思った。何度もそう思って、空君なんて忘れちゃえって思った。
だけど、空君を見かけるたび、心が痛んだ。
どんどん遠くなる空君に、胸が痛んで、切なくなって…。
そして、いつの間にか、知らない間に空君を探すようになった。
海を見つめている空君。学校の行き帰りに探している。学校でも、廊下や校庭で、空君に会えないかって探している。
たとえ、見つけたとしても、会話をすることもない。ただ、遠くから空君を見ているだけなのに。
そして、この気持ちは知られないよう、ばれないよう、顔に出さないように気をつけている。パパにもママにも碧にも、親友の千鶴にも内緒。
私の心の中でだけの片思い…。
「凪~~~、まりんぶるーに行くけど、凪も行く~~?」
土曜日、ママが部屋でゴロゴロしている私に聞いてきた。
「ううん。家にいる」
「でも、夜はちゃんと来てよ?できれば、5時くらいに来ていろいろと手伝ってね?」
「爽太パパと春香さんの誕生日会でしょ?私、たいしたプレゼント用意してないけど、大丈夫かなあ」
私はベッドに寝転がっていたが、ベッドに座ってママに聞いた。ママは私の隣に座ってきた。
「凪が刺繍をしたハンドタオルだっけ?」
「うん」
「春香さん、喜ぶよ、きっと」
「爽太パパは?そんなのもらって喜ぶかなあ」
「お父さんは、凪からだったらなんだって喜んじゃうから。お父さん、凪にベタ惚れだし」
爽太パパと言っているけど、本当はおじいちゃんだ。でも、おじいちゃんと呼ぶには若すぎて、ずっと爽太パパと呼んでいる。
今日は、夜、まりんぶるーを貸し切って、爽太パパと春香さんの誕生パーテイをする。毎年恒例だ。
榎本家は、誰かの誕生日にはみんなでパーテイを開き、お祝いをする。3月は私、碧、そしてママがお祝いをしてもらった。
今日は、5月生まれの爽太パパと4月末の生まれの春香さんのお祝いをする。ゴールデンウイークに突入してしまうと、まりんぶるーは混むし、櫂さんのサーフィンショップもパパの務める水族館も混んでしまい、みんなでゆっくりパーテイを開く時間もなくなるので、毎年ゴールデンウイーク前にパーテイをしているようだ。
4月生まれの空君も、一緒にお祝いしていたが、昨年から、お祝いしてもらわないでもいいと、空君は辞退した。だから、空君の誕生日は、空君の家で春香さんがケーキを焼いて、それを食べて終わるらしい。
そこには、私は呼ばれなかった。でも、碧はちゃっかりお邪魔して、ケーキを食べていた。
空君にプレゼントも渡せなかったし、おめでとうも言えなかった。そして、空君は3月の誕生パーテイにも、来てくれなかった。
碧には、別の日に何かプレゼントをくれたらしい。空君は碧とだけは、仲がいいから。
でも、私には何もなかったし、おめでとうもなかった。
きっと今日も来ない。自分のお母さんの誕生日会でも、私がいるから空君はきっと来ない…。
5時。うちから歩いても10分とかからないまりんぶるーに自転車で向かった。
そして自転車を置いて、中に入ろうとドアを開けると、クロが私を見つけて走ってじゃれついてきた。
「わふわふ!」
クロというのは、れいんどろっぷすから連れてきた犬で、黒色のラブラドールだ。私は生まれた時から、クロとは一緒にいた。
もともとまりんぶるーには、ボーダーコリーの「クロ」がいた。でも、私たちが引っ越してくる前の年に、病気で死んでしまった。
れいんどろっぷすから連れてきたクロは、我が家で飼う予定だったけれど、クロが一番なついているのは爽太パパなので、まりんぶるーで飼うことになった。
「クロ、散歩は碧に連れていってもらって。碧、そのうちに来るから」
碧は今日も部活で、そろそろ帰ってくるはずだから。
「榎本さん」
クロの背中を撫でていると、そう呼ぶ聞いたことのある声が後ろからした。
「え?」
振り返ると、天文学部の部長の峰岸先輩がいた。
「あ、あれ?先輩、なんでここに?」
「あ、ケーキを買いに来たんだけど、今日、もしかして店、定休日とか?クローズの札がかかってるね」
先輩がドアにかかっている札を見てそう言った。
「あ、定休日じゃないけど、今日は身内でパーテイがあって貸切なんです」
「そうか~。じゃあ、ケーキ、どうしようかな」
「先輩の家、こっちのほうですか?」
「いや。こっから自転車で、30分いったところ」
「ですよね?近所で見かけたことないし」
「妹の誕生日で、ケーキ頼まれたんだ。ここのケーキが好きらしくて」
「そうなんだ。あ、待ってください。もしかすると、ケーキあるかもしれない。聞いてみます」
私は先輩も連れて、まりんぶるーの中に入った。
「春香さん」
キッチンの奥にいる春香さんを呼んだ。春香さんは、パティシエで、まりんぶるーのケーキは春香さんが作っている。
「凪ちゃん、手伝いに来てくれたの?あ、ママは今、リビングの方に行ってるわよ」
「あの、ケーキって残ってますか?」
「ケーキ?」
春香さんはキッチンからホールの方に出てきて、先輩を見つけた。
「あらら。誰?もしかして、凪ちゃんの彼氏!?」
「え?ち、違います。学校の先輩です。妹さんの誕生日でケーキを買いに来たんだそうです」
「あら、そうなの?誕生日用のホールのケーキはないけど、残っているわよ。あとで、碧君と空に食べてもらおうと思っていたの。ちょうど良かった」
「え?それ、売ってもらえるんですか?」
先輩がそう春香さんに聞いた。
「もちろんよ。4個残ってるの」
「あ、ちょうど良かった。うち、4人家族で」
「待ってて。包んでくるから」
そう言って春香さんはキッチンの奥に行ってしまった。
「先輩、なにか飲みませんか?そこに座っていてください」
私はそう言って、テーブル席に先輩を座らせ、キッチンに入った。そして、ジュースを入れて、またホールに戻った。
「わふわふわふ!」
クロがまた店のドアのところに、尻尾を振りながら飛んでいった。あ、碧かな?
「クロ、散歩は碧に連れてってもらって」
そう言いながら店の中に入ってきたのは空君だ。
うわ!空君、来たんだ!それもこんなに早く!
「あ、空、待ってたわよ。頼んだもの持って来てくれた?」
「ああ、持ってきた」
空君は、なにかダンボールに入れて両手で持っている。
「ありがとう。こっちの奥に置いてくれない?」
「うん」
空君はそれをキッチンの隅に置いた。
「サンキュ。そうそう、お腹すいてるでしょ?ケーキは今、全部売れちゃったから、スコーンでも食べていったら?桃子ちゃんが作ったのがあるから」
「うん」
え?まだ、空君、ここにいるの?
私は先輩の前にジュースを置いてから、どうしようかと佇んだ。すると先輩が、
「榎本さんもここに座ったら?」
と先輩の前の椅子を指差した。
「え?あ、はい」
私は言われたとおり、そこに腰掛けた。空君はこっちを見ようともせず、私たちの横のテーブル席に着いた。
「はい。お待たせしました」
春香さんが、ケーキを入れた箱を持って来て、会計を済ませた。
「助かったよ、榎本さん、ありがとうね」
「いえ…」
「凪ちゃんの学校の先輩ってことは、空の先輩でもあるのね?」
春香さんが私に聞いた。
「あ、はい」
「今年、うちの息子も入ったの。この子がそう。相川空。愛想無いんだけど、よろしくね」
春香さんが、空君の頭をぽんぽんと叩きながらそう言った。
「相川君?僕は3年の峰岸です。天文学部の部長をしているんだ。よろしく」
峰岸先輩はわざわざ立ち上がり、空君の方に行ってそう言った。でも、空君は座ったまま、
「どうも」
と軽く頭を下げただけだった。
「ね、君、何部に入るか決めた?」
「いえ」
「じゃ、天文学部に入らないかなあ。あ、名前だけでいいんだ。3年生が僕以外、やめちゃってさ、今部員が3人だけになっちゃって」
「え?そうなんですか?」
私がびっくりしてそう聞くと、先輩は暗い顔をした。
「助けてくれると思って、入ってくれないかな。部を存続できるかどうかの瀬戸際なんだよ。もしよかったら、もうひとり、誰かいないかなあ」
「……いるって言えばいますけど」
「ほんと?じゃ、お願いできないかな。ほんと、名前だけでいいんだ。部にも出ないでも全然大丈夫だから」
「…幽霊部員ですか?」
「そう」
「それじゃ、誰が部活動するんですか?」
「僕と榎本さんだよ。榎本さんは昨年も真面目に出てくれていたしね。ね?」
「え…」
嘘。私だって幽霊部員だよ。そんなに真面目に出てないよ。部活の半分も出なかった。そりゃ、先輩に頼まれた日には出ていたけど。
「もうひとり部員がいて、小浜さんっていうんだけど、彼女はたまにしか出てくれないけどね…」
先輩はそう言うと、小さなため息を漏らした。それを私は見逃さなかった。
「…ああ、小浜先輩」
空君がそうつぶやくと、
「あれ?知ってるの?」
と先輩は聞いた。
「同じ中学でした」
「あ、そうかあ。君、このへんに住んでいるのか。じゃ、同じ中学だよね、小浜さんとも榎本さんとも」
「はい」
「じゃ、頼んだよ!月曜にちょっとだけ部室に顔出して。あ、入部届け書いてもらうだけだから。もうひとりの人はなんていう名前?」
「…谷田部鉄」
え?谷田部鉄~~~?!
「その谷田部君も連れてきてね?ああ、良かった。今日来て、本当に良かった。じゃあね、榎本さん」
そう言うと、先輩は嬉しそうにケーキの箱を抱え、お店を出ていった。
「空、天文学部なんかに入ったの?水泳部は?」
「つまらなさそうだったから」
春香さんの質問に、空君はぶっきらぼうに答えた。
「凪ちゃんと同じ部に入ったんだ」
春香さんがそう言うと、空君はこっちも見ないで、
「でも、俺、部に出る気なんてないし」
と、そうつぶやいた。
うん、わかってるよ。私には関わらないようにしているんだよね。さっきから、ずっと私のことを見ようともしないしね。
「凪ちゃん。峰岸先輩って、もしかして凪ちゃんのことが好きなの?」
「は?」
春香さんが突拍子も無いことを言ってきたよ?なんでそう思ったの?
「凪ちゃんが部活に出てくれて嬉しいって感じだったじゃない?」
「それは、部活の存続がしたいから」
「それだけ?そうかな~~」
春香さん、変な誤解をしている。そんなこと言って、空君まで本気にしたら…。
でも、空君は、まったく気にしていない様子で、クロの背中を撫でている。
「空、あんた、ウカウカしていると、凪ちゃんをあの峰岸先輩って人に取られちゃうわよ?」
「……」
空君は春香さんの言ったことに、全く何も答えず、
「俺、もう帰っていいよね?スコーンは持って行く」
とそう言って、スコーンを片手にお店を出ていった。
「あ~~あ。空ったら、まだ余裕こいちゃってんだから」
春香さんがそんなことを言って、キッチンの奥に戻っていった。
余裕?なんの?
空君は私のことなんか、興味もなければどうでもいいんだよ?だから、ああやって、無視してるんだよ。私が誰と仲良くなったって、どうでもいいんだよ。
店のドアから空君の背中を私は見ていた。空君の背中はやっぱり、私を拒絶しているように見えた。