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第25話 喜びと苦しみと

 私の家に着くと、

「家に誰かいるのか?」

と鉄が聞いてきた。鉄、もう私が先輩だって意識も消えてない?

「わかんない。いないかも」


「いないって、一人で大丈夫なのかよ」

「うん。寝てたら治るよ。あ、カバンありがとう」

 玄関の前で傘を閉じ、鉄からカバンを受け取った。するとその時、

「あれ?凪?」

と碧が帰ってきた。


「なんで、谷田部先輩といんの?」

「送ってもらったの。ちょっと、お腹痛くなっちゃって」

「お腹壊したのか?凪」

「ううん。胃痛…」


 そう言うと、碧の顔色が変わった。

「胃痛って、なんか学校であった?まさか、またイジメ…」

 碧はそこまで言いかけて、鉄が聞いていることに気がつき、

「先輩、姉貴を送ってくれてありがとうございます。もう大丈夫ですから」

と、鉄を追い返そうとした。


「ああ、弟が帰ってきたんなら、もう大丈夫だな。それじゃ榎本先輩、お大事に」

 鉄はそう言うと、もと来た道を引き返していった。


「今、ドア開けるから。大丈夫かよ、凪」

 碧はポケットから鍵を出して、玄関を開けた。

「ほら、入って。部屋に行って、すぐに横になれよ」

 碧がまるで、お兄さんみたいになってる。


「ごめん。心配しないでいいよ。学校で何かあったわけじゃないから」

 そう碧に言ってから、私は自分の部屋に行った。

 そしていったん部屋に入ってから、すぐに部屋を出て、

「碧、パパとママには何も言わないでね」

と2階からそう言った。


「なんで?」

「だって、なんでもないのに、変に心配かけたら悪いもん。ちょっとお腹痛くしただけだから」

「わかったよ。いいから寝てろよ」

 碧が1階から大きな声でそう言った。


 また部屋に入り、ベッドに潜り込んだ。薬が効いているからか、今は痛くない。

「は~~~~」

 でも、心が痛む。それに思い切り気が重い。ああ、明日、学校休んじゃおうかな。


 そのうちに私は眠っていた。そして、誰かの気配を感じて目を開けた。

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

「碧?どうしたの?」


「うん。なんかさ…」

 碧の顔色まで悪い。それに、なんで私のベッドにもたれかかるようにして、座りこんでいたのかなあ。

「母さんがさっき、帰ってきたんだ。顔色が悪くて、気持ちが悪いって言ってトイレで吐いてた」

「え?」


「凪もお腹痛くして寝てるって言ったら、胃にくる風邪でも流行ってるのかしらって言って、そのまま母さんも部屋に行って寝ちゃったんだけどさ」

「ママまで?」

「母さんも凪も寝込んじゃったから、俺、ちょっと…」


 ああ、心配で不安になった?それとも、いきなり寂しくなったのかな。

「今何時?」

「5時…」

「じゃ、パパはまだ帰ってこないか」

「うん」


「碧、いいよ。ここにいて。私の机で勉強する?」

「勉強する気にはなれないよ。ゲーム機でも持ってくる」

「うん」

 碧は自分の部屋から、ポータブルゲームを持ってきた。そしてまた、ベッドにもたれかかって座り、ゲームを始めた。


「凪…」

「なに?」

「谷田部先輩って、よく凪のことからかってるじゃん」

「うん」


「大丈夫?」

「何が?」

「傷ついたりしてない?」

「私?うん。平気だよ」

「ならいいんだけど…」


 碧、心配してくれてるんだな。口が悪くなっても、優しいまんまだね。

「私、寝るね?」

「うん。俺、ここにいるよ。またお腹痛くなったり、気持ちが悪くなったら言って」

「ありがとう」


 私は、碧の優しさを感じながら目を閉じた。

 ああ、また学校休んだりしたら、みんなに心配かけちゃうな。どうしようかな、明日…。


 晩御飯は、パパがまりんぶるーに寄って、持ち帰ってくれた。私はあまり食欲がなかったが、ほんのちょっとだけ食べ、また部屋に戻った。

 ママはおかずに一口も手をつけず、家にあったオレンジだけを食べ、部屋に戻っていった。


「凪、入るよ」

 パパが私の部屋のドアを開けた。

「大丈夫?」

「うん」


「風邪かなあ。ママまでダウンしちゃったもんなあ」 

「そうかも。でも、寝てたら治りそうだよ」

「そうか?無理しないで、明日も調子悪かったら休むんだぞ」

「うん」

 パパは私のおでこにキスをして、部屋を出ていった。


 私の次にきっとママのところに行って、思い切り優しくしてあげるんだろうな。

 いいな~~~。夫婦って。パパには甘えられるけど、やっぱりママがパパに甘えるのとは違うもん。

 私も大好きな人に、ギュって抱きしめてもらったり、優しい言葉をかけてもらったり、ずっと隣にいて欲しい。って、それ、空君にして欲しいんだよね…。


 そんな日が来るのかなあ。いつか、そんな日が…。



 翌朝、やっぱり胃がキリキリ痛み、私は1階に行って、パパに学校は休むことを告げた。

「そうか。うん。休んだほうがいいな。今日は家でゆっくり休むんだぞ、凪」

「ママは?」

「桃子ちゃんは、元気になってた。今着替えてるから、そろそろ下りてくるよ」


「そうなんだ。ああ、良かった。なんか、心配しちゃった」

「大丈夫だって。凪も具合悪いんだから、心配なんてしないでゆっくり休まなきゃ」

 パパが私の髪を撫でながらそう優しく言ってくれた。


「おはよう、凪。もう大丈夫?お腹痛いの治ったの?」

 5分後、2階から下りてきて、ママが私に聞いてきた。本当だ。顔色もそんなに悪くない。


「まだ、ちょっと痛いから今日は休むよ」

「まだ痛いの?大丈夫なの?」

「ママは治ったの?」

「うん。気持ちわるいのは治ったけど…」


 ママはそう言ったあと、いきなり眉をひそめ、

「聖君、朝ご飯何作ったの?」

とパパに聞いた。


「え?何って、今朝は和食にしてみた。お味噌汁と納豆と…」

「ごめん。吐きそう…」

 ママが真っ青な顔をして、トイレにすっ飛んでいった。


「ママ?」

 大丈夫なの?さっき、もう治ったって…。

「凪、大丈夫だよ?パパが、様子見てくるからね?」

 パパはそう言うと、トイレの方に行った。その時、碧も大あくびをしながら階段を下りてきた。


「おはよ。凪、学校行くの?」

「ううん。休む。碧は?今日も朝練ないの?」

「だって、雨だもん。で、母さんは?」

「今、気持ち悪くなってトイレに駆け込んだ。パパが様子を見に行ってるよ」


「まだ、母さんも調子悪いの?」

 碧が暗い顔をした。

 胃にくる風邪って、長引くのかな。ママ、大丈夫なのかな。私も心配だよ。


「ごめんね、聖君。まりんぶるーも行けそうもない」

「そんなに気持ち悪い?」

 パパがママに寄り添って、ダイニングにやってきた。


「部屋にあったよね?今、確認してみるよ」

「うん。2階のトイレ使う?俺も、すぐに行くから」

「うん…」

 そう言ってママは、鼻を押さえながら階段を上っていった。


「母さん、大丈夫なの?」

 碧が心配そうに聞いた。パパは、

「大丈夫だよ。それより、飯、食っちゃって」

と碧の朝ご飯を食卓に用意して、それから、急いで2階に上がっていった。


「パパ、あんなふうに言ってるけど、パパも変だよね」

「うん。母さんのこと、やたらと気にかけてる。どうしたのかな」

 私もダイニングの椅子に座り、なんとなく碧が食べる様子をぼんやりと見ていた。


「凪は食べた?ご飯」

「ううん。なんか食欲ないから」

「平気なのかよ。そんなんで」

「大丈夫。今日寝てたら治るよ」


「たちの悪い風邪かな。母さんもそれにやられたのかな。病院行かなくていいのかな」

「うん…」

 しばらくすると、ようやくパパが2階から下りてきた。でも、なんとなく足取りが軽く、顔がにやけている。


「ど、どうしたの?」

 また、ママといちゃついてたとか?

「今日、パパ、水族館休んで、ママと病院に行ってくるよ」

「え?やっぱり、母さん、そんなに悪いの?」


「違うよ、碧。病院って言っても、産婦人科」

「え?」

 碧がキョトンとした。でも、私はピンときてしまった。


「ママ、気持ち悪かったのって、つわり?」

「うん。そうみたい。今、妊娠検査薬で確かめたら、陽性だったんだ」

「よ、陽性?」

 碧がまだキョトンとしている。


「だから、妊娠してるってことだよ、碧」

「母さんが妊娠?」

「そう。お前に弟か妹ができる」

「……まじで?」

「まじで!」


 パパはそう言うと、いきなり目をギュってつむり、そのあと、

「やった~~~~!!!!!3人目だ。やっほ~~~~!!!!」

と大きな声を上げ、ぴょんぴょんとその場を飛び跳ねた。


「パパ、そんなに喜んでいるけど、大丈夫なの?」

「何が?ああ、ママのつわり?」

 パパは飛び跳ねるのをやめて聞いてきた。


「高齢出産とかじゃないの?ねえ」

 私は心配になってそう聞くと、

「まさか!ママ、まだ34歳だよ?高齢出産っていう年齢じゃないって」

と、パパはにやけながらそう言った。


「俺に、妹ができんの?」

 碧も顔をにやつかせた。

「弟かもしれないって、碧!」

 パパはそう言うと、いきなり碧の髪をくしゃくしゃにして、

「碧が、兄貴になるんだぜ~~。イエ~~~~イ!」

とまたハイテンションになり、そう叫んだ。


「すんげ~~~!」

「すげえだろ?!」

 碧まではしゃぎだした。そしてパパは、

「やっべ~~。めっちゃ嬉しい!!!また、可愛い赤ちゃんの世話ができるんだ。やっべ~~~!」

と喜びまくった。


 ああ、パパってば。子供みたいだ。でも、でもでも、私も嬉しい。

 

「ママ、今、部屋にいるの?」

 パパに聞くと、

「うん。休んでるよ。今回は凪の時みたいに、つわりがひどくなるかもしれない」

と、落ち着いた声でそう答えた。


「ちょっとママのこと見てくるね」

「俺も行く!」

 碧も一緒に2階に上がった。そしてドアをノックして、寝室に入った。


「ママ、大丈夫?」

「うん。大丈夫。それより、パパの大騒ぎしている声が聞こえたけど、もう凪と碧に話したんだよね?」

「うん」

 ママは嬉しそうな顔をして、起き上がってベッドに座った。私はその横に腰掛け、碧はママの隣に寝転がった。


「碧、お兄ちゃんになるね」

「いつ生まれんの?」

「来年の1月頃かな」

「ママ、つわりひどくなるの?つわりって、大変なんだよね?」


「そうだね~~。凪の時みたいだったら、ひと月か、ふた月は続くかな」

 そうなんだ。私がお腹にいた時も、大変だったんだ。

「でも、ちゃんと病院に行って調べてもらわないと、わかんないから。まだ、他の人には内緒ね?」

「うん」


「桃子ちゃん」

 パパも部屋に入ってきた。

「水族館に電話したら、今日休んでも平気だって。ただ、研究所に夕方顔を出しに行くから、午前中のうちに産婦人科行こうか」

「うん」


 パパはそっとベッドに座り、ママの髪を優しく撫でた。

「しばらくは、まりんぶるーもお休みしないとね?」

「みんなに迷惑かけちゃう」

「何言ってるんだよ。みんな、赤ちゃんができたって言ったら、めっちゃ喜んじゃうって」


「そうだよね…」

「父さんも母さんも喜ぶだろうなあ」

 パパはそう言って、またにやついた。

「聖君が一番喜んでるね?」


「そりゃそうだよ。女の子なら、また桃子ちゃんに似てるかも」

「男の子なら、聖君似だね」

 おっと。これはもしや、ラブラブモード?

 私は碧の手を引っ張り、寝室を出た。そしてそうっと1階に下りた。


「うわ~~~~~~」

 碧が顔を赤くして興奮している。

「どうしたの?」

「俺、赤ちゃんの世話ってしたかったんだ。ほら、舞花が生まれた時は、まだ俺らも江ノ島にいたじゃん。でも、俺まだあの時、小学生であんまり世話させてもらえなかったからさ」


「ああ、そいえば、碧、舞花ちゃんの世話がしたくて、ウズウズしてたのに、パパが舞花ちゃんが遊びに来ると、ずっと世話しちゃってたもんね。爽太パパと競って世話してたっけ」

「ってことは、赤ちゃんが生まれてもパパがほとんど世話しちゃうのかな」

「仕事行ってる時はできないよ。だから、その間がチャンスだよ?」


「凪も赤ちゃんの世話したい?」

「うん。もちろん。赤ちゃん大好きだもん」

「だよな~~~!ああ、すげえ楽しみだ!」

 私も碧も一気にテンションが上がった。


「碧、ほら、早く学校に行く準備しないと、遅刻しちゃう」

「うわ。そうだった。なんか今日は休みの日の気分になってた」

 碧は慌てて支度をすると、

「行ってきます」

と元気に家を出ていった。


 パパはまだママと2階にいる。きっと二人で、いちゃついてるんだろうなあ。

 私は自分の部屋に戻った。そしてベッドに横になった。


 ママが妊娠したのは嬉しい。でも、千鶴のことを思うと、また一気に胃がキリキリと痛み出す。

 ママにもパパにも、こんなこと言えない。特にママには、心配かけられない。確か、妊娠してすぐって、ストレスが一番よくないんだよね。杏樹お姉ちゃんが妊娠した時、爽太パパがそう言っていたっけ。


 赤ちゃんができたこと、喜んでばかりいられない。杏樹お姉ちゃんの時みたいに、流産しちゃうこともあるんだもんね。

 ママのこと、ちゃんといたわらないと。


「はあ…」

 溜息が出た。ああ、こんな時、すぐ隣に空君がいてくれたら。

 そう思うと、今すぐにでも空君のところに飛んで行きたくなった。




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