第22話 ファーストキス?!
私は、千鶴にいつ打ち明けようか、そればかり考えていた。
昼休みに二人になれるところに来てもらって、打ち明けようか?そんなことを考えながら、午前中は終わった。
昼休みになり、千鶴がお弁当を食べながら怒っていた。これじゃ、私の話なんてできそうもないくらいに。
「あの山根っていう子、頭にきた」
「え?」
「空君にべったりくっつき過ぎだよ。朝、学校までくる間、見てた?」
見てたよ、後ろから。山根さんが空君の左側、右側には千鶴が引っ付いてた。空君、心なしかいつもより、早足だったし、顔、ちらっと見えたけど、引きつってた。
「これは早めに告らないとな~~」
「え?な、なんで?」
「あの山根っていう子より先に告らないと」
「……」
なんだか、空君が物みたいに感じてきたよ。どっちが先に自分の「物」にするか。
だけど、空君は誰の「物」でもなくって、空君は空君なんだけどな~。
お弁当を食べ終わり、
「あ、やばい。英語のノートなかったんだ。売店付き合って、凪」
と千鶴に言われ、一緒に行くことにした。
これはチャンスかもしれない。売店の帰りに、千鶴に打ち明けよう。
「喉も渇いたから、自販機も寄りたいな」
私はドキドキしていたが、千鶴はそんな私の心を知らないから、呑気なことを言っている。
呑気な千鶴のあとを、ドキドキしながら歩いていると、食堂から鉄がひょっこり現れた。売店は食堂の奥にある。
「あ、鉄ちゃん。学食で食べてたの?」
「あ~~、どうも」
「空君も一緒?」
ワクワクした感じで、千鶴が聞いた。
「空は保健室っす」
鉄は、片手に缶コーヒーを持ったまま、そう答えた。
「空君、どうしたの?」
私と千鶴が同時に聞いた。
「発熱。多分、あれだな~~、原因は」
「え?何?」
千鶴が鉄が意味深な言い方をしたから、言い寄った。
原因もなにも、風邪だよ~。昨日から咳も出ていたし、一昨日、薄着で寒い中にいたからだよ。空君、熱出やすいんだから。
私はすぐに保健室に行こうとした。でも、鉄の言葉に、足止めされた。
「山根に告られたんだよね、さっき」
「ええ?!」
千鶴が青ざめた。私も、そこに立ち止まり、鉄の方を見た。
冗談を言ってるって顔じゃない。
「それから、どんどん空のやつ具合が悪くなって、頭痛もして、保健室行ったら、38度の熱があって…」
「告られたから、発熱?」
千鶴がびっくりしている。
「うん。空、熱出やすいんだ。それは子供の頃から。ちょっと精神的にまいることでも、熱出ちゃうし。でも、最近はそんなでもなかったんだけどなあ。久々にぶっ倒れたよな~」
「それで?空君はどうしたの?!」
「そのまま、保健室で寝てる」
「そうじゃなくて、山根になんて答えたの?」
「返事してないよ。山根に一方的に告られて、呆然としてただけで」
「…呆然?そ、その時、空君どんな顔してた?」
「だから、呆然と」
千鶴と鉄の会話を、私はただ聞いていた。
「山根に先を越された」
千鶴が悔しそうにそう言った。
「…あ、小浜先輩も告ろうとしてたの?でも、しばらくは無理なんじゃね?空、そういうこと苦手だし、ガードするっていうか、下手したら、まったく無視されられるかも」
「告ったら?」
千鶴が顔を青くした。
「うん。っていうか、今朝の時点で空、やばそうだった」
「どういうこと?」
「空、苦手なんだって。女同士の戦い、みたいなの。それだけでもまいっちゃうの。まあ、わかるけどね。俺もああいうの苦手。女、こえ~~って引いちゃうよ」
「……じゃ、私、どうしたら」
「ちょっと、距離置いたほうがいいかもね」
鉄がそう言って、持っていた缶コーヒーを飲みほし、空になった缶をゴミ箱に捨てた。
「ほんじゃ、今日は俺も空も、部活には出ないんで。峰岸先輩に言っておいて、榎本先輩!」
と、私にそう言うと、かったるそうに廊下を歩いて行ってしまった。
「凪~~~!私、どうしよう」
千鶴が私に抱きついてきた。
「え?ど、どうしようって?」
「空君だよ。今、近づいたら嫌われちゃうかもしれないってことかな」
「わかんない」
「う~~~ん。空君って、そんなに女の子苦手なの?あ、でも、山根の告白は断るってことだよね?付き合ったりはしないよね?」
「う、うん。多分」
でも、わかんない。空君は女の子苦手だけど、実は山根さんが好きでした…なんてことが、まったくないって言い切れないもん。
呆然としていたのも、熱出したのも、実は、嬉しさのあまり…なんてことだって、ありえるし。
だけど、発熱は風邪でだと思うんだけどな。空君、大丈夫なのかな。38度って高熱だよね。
櫂さんか春香さん、迎えに来れるのかな。
心配だな。空君、弱ってるのかな。
昼休みは終わってしまい、保健室には行けなかった。
今日は5時間授業だし、5時限目とホームルームが終わったら、保健室に行ってこよう。
私は、5時限目の古典の授業もまったく耳に入らないまま、ただ時間が過ぎるのを待った。そして、ホームルームが終わり、千鶴にも何も告げず、一目散にカバンを持って教室を抜け出した。
廊下も先生がいないところでは、全速力で走り、1階の保健室にあっという間にたどり着いた。
息を整え、そっと保健室のドアを開けた。空君、寝てるかな。
ドアを開けると、
「どうした~?怪我?」
とすぐに養護の先生に聞かれた。
「あの、相川君は?」
「ああ、榎本さん。相川君とは親戚よね?」
「はい」
「今、寝てるのよ。おうちの方にも連絡したから、もう少ししたら迎えに来ると思うわ」
「そ、そうですか」
「入って。ちょうど良かったわ。私、これから職員会議なの。相川君の親御さんが迎えに来るまで、待っているつもりだったけど、榎本さんがいたら大丈夫よね?」
「はい?」
「榎本さん、相川君の親御さん、面識あるでしょ?」
「え?それはもう、もちろん」
「じゃあ、よかったわ。迎えに来たら相川君が奥で寝ていること、教えてあげて。じゃ、私、職員会議行ってくるわ。今日、ちょっとね、重要な話し合いがあるんだ」
そう言うと、養護の先生は出て行ってしまった。
重要?よくわかんないけど、養護の先生も出ないとならないような話し合いなのかな。
そっとカーテンを開け、ベッドに寝ている空君を見てみた。空君は一番廊下側のベッドに寝ていた。
ここだと、外がまったく見えないね。空君は空が見えたり緑が見えるほうが良かったんだろうな。
ほら、あの窓際のベッド。あそこなら外が見えた。
でも、今日の空は曇り空で、今にも雨が降りそうだけど。
ベッドに近づき、そっと空君の顔を覗き込んだ。赤い顔をしている。でも、苦しそうな顔じゃなくて安心した。
「ス~」
空君からは、可愛い寝息が聞こえた。
ああ、本当に寝顔は、子供の頃のままだ。可愛いなあ。
ベッドの脇にしゃがみこみ、空君の顔を間近で見てみた。あ、おでこにニキビを発見。それから、目のすぐ下には小さなほくろ。
それから、長いまつげ。高い鼻筋。そして、形の整った綺麗な唇。
キュン!
うわ。今、思い切り胸がキュンってしちゃった。なんでかな。
わかんないけど、なんでかな。なんで私、どんどん空君に顔を近づけてるんだろう。
空君…。大好きだよ。
フワ…。空君の唇にそっと触れた。うわ!ハートからもっとあったかいものが溢れ出し、もっと胸がキュンキュンしてきた。
その時、視線を思い切り感じて、私は後ろを振り返った。
「凪…」
「ち、千鶴?」
「な、何してるの?」
千鶴が、青い顔をして、カーテンの隙間から私を見ていた。
今の、見られてた。絶対、見られた。それより、ドアの開く音聞こえなかったよ。もしかして、先生ドアを開けっ放しで出て行ったの?
って、今はそんなこと考えてる場合じゃないよ。
どうしよう!!!!
「なんで、凪が空君にキスしてるの?」
「あ、あの…」
ダメだ。頭真っ白だ。
「まさか、凪、私から空君を取ろうとしたの?」
え?
「抜けがけ?」
え?え?
「応援するって言っておいて、裏切るの?」
「違うの。これは…」
「ひどいよ。それも寝ている隙を狙ってキスって…。空君だって、そんなの嫌がるに決まってるじゃない」
「…」
そうだよ。私、大変なことしたんじゃ…。
後ろから、布団が動く音がして、私は慌てて振り返った。
うわ~~~!空君、起きてる!こっちを目を丸くして見てる!
「凪、空君のファーストキスかもしれないのに。ひどい。最低!!」
そう言い捨てて、千鶴はバタバタと保健室を出て、走り去って行ってしまった。
「待って、千鶴!」
誤解だ。裏切るとか、そういうんじゃないの!
「凪?」
ギク…。私は後ろを向いて空君を見る勇気がなくて、空君にそのまま背中を向けていた。ああ、空君、今の聞いてたよね?私がキスしたのバレてるよね?
どうしよう~~~~~!!!!
「ち、違うの」
何か、言い訳!
「い、今のは、あの…」
どうしよう。言い訳じゃなくて、謝らなきゃ!
「私、ごめんね?空君」
そう言いながら、空君の方を見た。空君は、まだ目を丸くして私を見ていた。
「ごめんなさい!私、空君の空君の…」
ファーストキス奪っちゃったんだ!
どうしよう。寝ているとは言え、こんなことしちゃうなんて、自分でも信じられないよ。
ああ、ほら、空君が放心状態に…。じゃないなあ。空君、みるみるうちに顔、赤くなっていってる。
あ!そうか。熱上がっちゃったんだ。
「そ、空君。寝てて?熱上がったのかも」
私はそう言って、空君にズレかかっていた布団をちゃんとかけ直してあげた。
「もうすぐ櫂さんか、春香さんが迎えに来るから」
「……」
空君から返事がない。それに目、合わせようとしていない。
どうしよう。き、嫌われたかも。
う…。今頃、大変なことをしたんだって、自覚が出てきた。泣きそう…。
私は空君のベッドから離れようとした。すると、
「な、凪?」
と空君が、弱々しい声を発した。
「帰るの?」
「う、ううん。迎えに来るまでいる。養護の先生にも頼まれたし」
「そう…」
空君は、ほっと溜息をついた。
「あ、あの」
どうしよう。もう一度謝ったほうがいい?
「ここ、座っていいよ」
空君はちょっとずれて、私がベッドに腰掛けるスペースを作った。
「うん」
言われた通りに私は、ベッドに座った。
「熱、出しちゃった。情けないよね」
「ううん。そんなことないよ。風邪こじらせちゃったのかな?しばらく家で休養してね」
「……ここ最近は、熱なんて出さなかったのにな」
「…つらい?」
「え?」
「頭痛とかする?」
「ううん。大丈夫」
空君はそう言うと、布団からニュっと手を出した。
「?」
「凪、手、繋いでくれる?」
「え?う、うん」
ドキドキ。い、いいのかな。私の手で。
「あ、安心した」
空君はそう言うと、目を閉じた。
「あのさ」
寝るのかと思ったら、また目を開けて空君は私を見た。
「な、なあに?」
「風邪、うつったらごめんね」
「ううん。大丈夫。私、頑丈だから」
「…そういえば、俺が熱出して寝込んでも、凪、俺の風邪うつった試しがないよね」
「うん。だから、大丈夫」
「良かった。キスしてうつったりしたら、悪いし」
え?!
ままま、待って。キス、私からしたんだよ?怒ってないの?うつったとしても、私からしたんだもん。空君の責任じゃないのに。
「空君、ごめんなさい」
私はもう一回謝った。
「なんで謝ってるの?」
空君がキョトンとした顔をして聞いてきた。
「だって、そ、空君が寝ている隙に私…」
「……?」
まだ、キョトンとしている。でも、
「あ、寝ている時だったから?起きている時じゃないから謝ってるの?」
と、的外れなことを言ってきた。
「そ、そうじゃなくて。あの、空君って、今まで誰かと付き合った事って」
「ないよ」
そうだよね?ないと思った。
「だから、今のは、空君にとって、ファースト…」
あ、そうだ。私にとっても、ファーストキス。
う、うっわ~~~~!私ったら、私ったら。今頃自分のしたことが、すごいことだったって、気がついた。顔から火が出そう!
「え?ファースト?…初めてのってこと?違うよ」
「え?!」
空君、ファーストキスじゃないの?
じゃ、じゃ、じゃあ。空君、いつ、誰と…。っていうか、付き合ったこともないのに、キスはしたことあるの?!
ガ~~~~~~~~ン。ショックだ。一気に今度は顔から血の気が引いた。
「えっと、何回目かな?数えたこともないから、わかんないけど」
え~~~~~~~~~~~!!!!!何回も、キス経験してるの?!
どどどどどど、どうして?付き合ったこともないのに、なんで?!
真っ青になっていると、
「えっと。凪?俺、怒ってないけど?」
とまた空君が、的外れなことを言ってきた。
いや、私が謝ったから、怒ってないって言ってくれたんだよね。私が、空君がキス経験者で、それも何回もしているってことを聞いてショックを受けてるなんて、空君には関係ないんだよね。
空君にとっては、今のはファーストキスでもなんでも…。
はっ!今、思い出した。千鶴。
どうしよう。見られちゃったんだった!
もっと青くなった。と思う。一気に血の気が引いていったし。それに空君が気がついて、
「怒ってないから、凪、安心して?」
と優しく言ってきた。
「ち、違うの。ううん。やっぱり、ごめんなさい。怒ってなくても、ごめんなさい」
そう言ってから、私はちらっと空君を見て、
「千鶴に、見られちゃった。どうしよう」
と、小声でこわごわ言ってみた。
「ああ、そっか。それで凪、青くなっていたのか。そっか」
空君は納得した感じでそう言うと、
「そうだな。見られたよね。でも、しょうがないよね」
と淡々と答えた。
しょうがないの?それで済んじゃうの?ううん。それで済むわけがない。
「千鶴、怒ってた。ものすごく」
「なんで?」
空君が不思議そうに聞いてきた。空君、千鶴の言ったこと聞こえてなかったのかな。
「あの…」
じゃあ、千鶴が空君のことを好きだって、今、言っちゃダメだよね。
「えっと…」
「そういえば…」
空君が思い出したように、
「小浜先輩、俺のファーストキスなのにひどいとか言って怒ってたけど、あれ、どうして?」
と聞いてきた。
「あれは、その…」
困った。
「ど、どうしてかな?」
なんて言おう。
「なんでだろうね?俺のファーストキスだろうがなんだろうが、小浜先輩には関係ないのにね」
空君は、千鶴が空君を好きだってこと、わかっていないんだ。まったく。
「それに、俺が怒るって言ってたね。なんでかな?」
「う、うん。あ、きっと空君のファーストキスだと思って」
「……それ、小浜先輩には関係ないよね?」
「う、うん」
チラ…。空君が私を見た。それから繋いでいる手も見た。それからまた、私を見た。
「凪…」
「え?」
「俺、さっき、子供の頃の夢見てたよ」
「子供の頃?」
「うん。凪がうちに泊まりに来てた時の夢」
ああ、私が伊豆に来ると、いつも空君の家に泊まってた。
「それで、凪が俺に、キスしていて」
え?
「起きてたの?さっき…」
「ううん。違うよ。夢の中で、まだ、4歳くらいの凪と俺で…」
ああ、びっくりした。夢の中で…か。
空君、そんな夢見たんだ。私も、小さな頃空君にキスしている夢、見たことあるけど。おんなじような夢、見たりするんだ。うわ~~~。
それって、まさか、私が空君にキスしちゃったから、空君がそんな夢見ちゃったのかな。
「夢の中で、なんか、嬉しくなってたら、目が覚めても、凪が目の前にいた」
「…嬉しく?」
「それに、俺にキスしたとか、小浜先輩と言ってたし、ちょっとびっくりした」
「ご、ごめんなさい」
「だから、謝らないでもいいよ」
「……」
空君の声、優しいけど、本当に怒ってないの?
それとも、空君にとって、キスってたいしたことじゃないの?何回もしているみたいだけど、それって誰と?
そんなこと聞いたら悪いよね。
「ただ…」
「え?」
「俺が寝てるから、凪とキスしたって自覚がなくて」
ああ、そうか。寝ていてわかんなかったから、自覚していないから謝らないでもいいってこと、かな?
「もったいないっていうか、惜しいっていうか」
………は?今、なんて?
「寂しいっていうか、残念っていうか」
……え?え?え?
「できたら、起きてる時にして欲しかったっていうか」
え~~~~?!!!!!そ、空君、何を言ってるの?
「ごめん。俺、アホなこと言ってる。きっと熱があるから」
……え?
「でも、また凪にキスしてもらえるなんて思ってもみなくって。あ、ちょっと浮かれてるかも」
また?またって言った?それに、浮かれてるって言った?
それに空君、顔、なんか嬉しそう。
え~~~~~~~~?!!!!!!!ど、どういうこと?!




