第20話 パパの変化
「びっくりだよ~。空君に霊感があったなんて」
翌日、早速千鶴から電話が来た。
「帰ってから大丈夫だった?凪」
「うん。全然」
「私の方が怖くなっちゃって、お風呂に入るのも怖くって、昨日は布団に潜ってすぐに寝たの。あ、でも、空君のシャツを着て寝たから、洗って返さなくっちゃ」
「え?じゃ、帰って本当にすぐに寝たの?着替えもしないで?」
「ううん。着替えた。でも、空君のシャツを着ていたら、守られてるみたいな気がしちゃって。あのシャツ、空君、くれないかなあ」
え?嫌だよ。そんなの…。あ、なんだか一気に気持ちが沈んだ、どうしよう。何か別の話をして、気分を盛り上げないと。
「峰岸先輩、ちゃんと送ってくれたの?」
「あ、ううん。私あのあとすぐにパパにメールして、駅まで車で来てもらったの。だって、先輩、なんか幽霊を怖がっちゃってて、てんで頼りにならいんだもん」
そうなんだ。それはお気の毒に。本当ならいいところを見せられる場面だっただろうになあ。
「早く明日にならないかな」
「どうして?」
「だって、空君に早く会いたいし」
うそ。千鶴、そんなに空君が好きになっちゃったの?
「明日も部活、空君出るよね。あ、朝会ったら聞いてみよう。じゃあね、凪」
千鶴はとっとと電話を切ってしまった。
ズズズ~~~ン。
このまま、千鶴がどんどん空君を好きになって、もっとアプローチしていって、そして空君が千鶴を好きになっちゃったらどうしよう。ダメだ。気持ちは上がらない。下がったままだ。
また杏樹お姉ちゃんに相談しようかな。うん。今日までまりんぶるーにいるんだよね。
慌てて私は、まりんぶるーに自転車ですっ飛んでいった。
「こ、こんにちは」
息を切らしながらお店に入ると、まだお昼前だからか、店内は空いていた。
「あ、凪ちゃん」
「杏樹お姉ちゃん。良かった」
「どうしたの?息切らして」
「ちょっと、相談…」
そう言いかけると、やすお兄ちゃんがやってきて、
「出かける準備できたよ」
と杏樹お姉ちゃんに声をかけた。
「どこか、行くの?」
「うん。下田の街をブラブラと。親子水入らずで観光してくるの。凪ちゃん、何か急用だった?」
「…ううん、大丈夫。いってらっしゃい」
やすお兄ちゃんと舞花ちゃんと杏樹お姉ちゃんは、3人で仲良くお店を出ていった。
「はあ」
なんだ。ものすごく急いで来たのになあ。
「凪、お昼今のうちに食べちゃう?もう少ししたら、お店混んじゃうから」
「うん、ママ。ここに座って食べてもいいのかな」
「いいわよ」
私は二人がけのテーブルに腰掛けた。
そして何気なく窓の外を見た。すると、空君が一人でやってきた。
「そ、空君だ」
ラッキー。会えちゃった!
カラン。ドアを開け、空君は私を見ると、
「あ…」
と微笑んだ。
うわわ~~。微笑んでくれちゃうんだ。嬉しい~~。
「空君もお昼食べに来たの?」
「いや。爽太さんにダイビングの本を借りようと思って。凪は?」
「私は杏樹お姉ちゃんに会いに来たけど、今、出かけちゃって」
「うん。すれ違ったよ。下田の街観光するって」
「それで、今ならお店がすいてるから、ちょっと早いお昼食べちゃおうと思って」
「そうなの?じゃあ、俺も食べていこうかな」
空君はそう言うと、キッチンにいる春香さんに、お昼を食べていくから用意してと頼みにいった。
二人がけの席は窓際にあって、海がここからはよく見える。
私は、一緒にお昼ご飯を食べられる喜びを噛み締めながら、海を見ていた。
ガタン。
あ、空君が私の前に座った。ああ!それだけで嬉しい。
「昨日帰ってから、大丈夫だった?凪」
「うん。ちょっとお風呂に入るのが怖かったけど、でも、風呂場の前からパパとママの明るい声が聞こえてきて、一気に安心しちゃった」
「へえ。やっぱり、聖さんと桃子さんって、霊を寄せ付けないんだね」
「そうなの?ママも?」
「あ、桃子さんは、癒すオーラみたいなの発してて、たまに寄ってきてたけど、でも、聖さんがいると、寄ってこれなくなるみたいだったなあ」
「そんなの、見えてたんだ」
「母さんと父さんにはそんな話をしたことがある。でも、怖がる人もいるから、あんまり外で話しちゃダメだって言われて」
「そうかも。それに、面白がっちゃう人もいるかもしれないし」
「気味悪がる人もいるしね…」
「気味悪がられたことがあるの?」
「うん。幼稚園の先生にドン引きされた。俺、園でも見えてたみたいで、誰もいないところに向かって、話しかけたことがあったらしくって」
それは怖そうだ。
「先生から、ちょっと変な子扱いされてたんだ。子供心にそういうのを感じて、傷ついてたかもなあ」
「そうだったんだ」
特に空君って、そういうの感じやすいのかも。感受性強かったもんね。だから、よく熱出したりしていたし。
「凪は救いだったけど」
「私?」
「うん。凪だけは…」
空君はそう呟くと、黙り込んで海を見てしまった。
凪だけは、何?そのあと、なんて続くんだったの?気になる。
でも、それ以上話を聞く前に、春香さんが私たちのお昼ご飯を持ってきたので、聞けなくなってしまった。
「いただきます」
空君は丁寧にそう言うと、黙々と食べだした。私もいただきますをして、食べだした。
あ、今日はお店でだからか、この前より緊張しないかも。
「ゴホ…」
あれ?空君、むせたのかな。
「大丈夫?水飲む?」
「あ、ごめん。ちょっと喉が痛くて」
「風邪?あ、昨日薄着でいたから」
「…まいるよね。あのくらいで風邪なんてさ」
「そんなことないよ。けっこう昨日の夜冷えたもん。今日は早くにあったかくして寝たほうがいいよ」
「……うん」
空君は私を見て、はにかんだ笑顔を見せ、また食べだした。
う、可愛かった、今の顔。でも、なんではにかんだんだろう。
そして食べ終わる頃、お客さんが入ってきたので、私たちはさっさとテーブル席を開け、家の中に入っていった。
空君は爽太パパから本を受け取り、
「じゃあ」
と、私に一言言って、帰っていってしまった。
「あ…」
あっけない。なんだか、寂しい。
でも、風邪ひいちゃったみたいだし、引き止めたら悪いよね。家に帰ってゆっくりするのが一番だよね。
「は~~あ」
「どうしたの?凪ちゃん」
爽太パパが聞いてきた。
「なんでもない。それより、私、暇だからお店手伝おうか?」
「うん。今日はやすも杏樹もいないから、助かるよ。ホールの方の手伝いしてくれる?」
「うん、わかった」
爽太パパもエプロンを手にして、お店に出て行った。私もエプロンをして、後に続いた。
忙しい時だけ、時々私も手伝う。だけど、たいした役には立てない。でも、いないよりもマシなんだそうだ。
ママは私くらいの年齢で、スコーンを焼いたり、野菜を切ったり、キッチンでの手伝いをしっかりとしていたらしい。だけど、私は不器用だし、作業も時間がかかるので、キッチンの手伝いはしないようにしている。
やっぱり、私ってなんの役にも立っていないよね。
忙しい時間帯が過ぎて、私はまりんぶるーから家に帰った。すると、碧が家に帰っていた。
「部活早くに終わったの?」
「うん。だから、これから空のところ行ってくる」
「あ、ダメだよ。空君、風邪ひいて家で休んでる」
「熱?また、空、熱出したの?」
「熱はないけど、咳してたから」
「そっか~~。じゃ、行くのやめとこう」
碧はそう言って、リビングの絨毯にゴロンと寝転がった。
「ねえ、碧」
「何?」
「空君って、霊感あるの知ってた?」
「知ってるよ。俺、一緒にいる時、見えちゃったことあったみたいだし」
「最近?」
「ううん。小学生の時。でも、碧がいると、すぐにどっかに消えちゃうって言ってた。俺も父さんも、強いんだって」
「何が?」
「よくわかんないけど。俺がいると、幽霊があんまり出てこないから、助かるって言ってたことあったな~~」
「う、そうなんだ」
私がいると、逆に見えたり寄ってきたりしたみたいなんだけどな。
「ふわ~~~~。俺、昼寝するよ。5時頃起こして」
「え?ここで寝るの?」
「うん。凪、ここにいるでしょ?」
「え?どうして?」
「凪いると、よく寝れるから」
「?」
「ちょっとね、俺、最近お疲れなの」
「何それ」
「バスケ部に入ってきた1年生、生意気なんだ。それに、受験受験って、3年生ともなると、先生もうるさくって」
「パパもママもなんにも言わないのに?」
「そう。学校は窮屈だよ。周りのやつ、みんな塾に行きだしたし。家の方がずうっと落ち着く。だから、凪、ここにいて」
「なんで私?一人で寝たほうがよく寝れない?」
「うん。一人だと考えたりして、なんか暗くなるし。凪いると、ほわわんとして、楽なんだもん、俺」
そう言うと、碧はすぐに寝息を立てた。うわ。早い。そういえば、寝付くのが早いのはパパもだよね。
それに、パパも、あんまり考え込んだり、悩んだりすると、眠れなくなるんだってママが言ってたことがあったな。
で、ママが一緒にいると、癒されちゃってグースカ寝れるって。今の碧みたいな感じ?こういうところも、碧はパパに似たのか。
なんにも考えていないようで、実は碧、けっこう考えたり悩んだりしやすいのかなあ。
グ~~~。スピ~~~~。
ああ、熟睡してる。昼寝ってレベルじゃないね。それとも、夜、あんまり眠れていなかったのかな。
私は碧の部屋に行き、碧のタオルケットを持ってきて、それを碧に掛けた。碧はゴロンと寝返りを打ち、またスピ~~~っと寝息を立てた。
なんか、こうしていると、小学生の頃を思い出すな。江ノ島の家のリビングで、クロがいて、私と碧はクロに引っ付いて、丸くなって寝ていたっけ。
パパも爽太パパも仕事でいなくって、ママもくるみママもお店に出て、私と碧とクロだけでリビングにいると、碧はよく私やクロに引っ付いてた。碧ってけっこう、寂しがり屋なのかもしれない。
空君は一人の方が楽って言ってたっけ。本当に寂しい時はなかったのかな。
私は碧の寝息を聞きながら、ソファにもたれて本を読んだ。あ、なんだか、碧の寝息って、安心するかも。
やっぱり、誰かがそばにいるのはいいな。それも、家族だったり、空君だったり。
ただ、空君の場合は、安心だけじゃなくって、胸きゅんやときめきもしちゃうんだけどね。
その日の夜は、パパはまりんぶるーにではなく家に帰ってきた。それも、ちょっと早めの帰宅だった。
「おかえり~~~。パパ、早かったね」
「ママ、今日まで忙しいみたいだし、パパ、今日は早めに仕事終えられたからさ、夕飯はパパが作るよ」
「ほんと?!」
うわ~~~い。パパの作るお料理、美味しいんだよね。ママも美味しいけど、パパのお料理はちょっと違うの。
「私も手伝う」
「うん!」
パパはにっこりと笑って、着替えに行った。
「今日は父さん飯?」
碧がキッチンに来て聞いてきた。
「うん。碧、先にお風呂入ってきたら?もう沸いてると思うよ」
「わかった~~」
碧も喜びながら、お風呂に入りに行った。
「さ~~てと。材料もばっちり買ってきたから、美味しいもん作っちゃうからね?」
「楽しみ!」
「じゃあ、凪は、トマト洗って、湯剥きして」
「うん」
何ができるのかな。パパの料理は一味違っていて、いっつもワクワクしちゃう。それに、パパの料理の手伝いは楽しいんだ。パパは本当に楽しそうにお料理をするから、一緒に私も楽しめちゃうの。鼻歌を歌ったり、たまにラップ口調にまでなってみたり。
それに、パパは、
「お!凪、トマトの湯剥きをさせたら、世界一」
なんて、思い切り褒めてくれる。そんなわけないってわかっていても、なんだか嬉しくなってくるんだよね。
そして、お料理が完成する頃、私はいつも口から出てくる。
「パパ、大好き」
なぜだか、言っちゃうんだよね~~。これは子供の頃からなんだ。
「パパも、凪大好き~~~」
パパはそう言って、思い切りにやける。
碧もお風呂から上がり、
「なんか手伝うよ」
とキッチンに来た。
「じゃ、碧はお皿出しちゃって。それから、スプーンやフォークも」
パパがそう言うと、碧は「ラジャー」と言って、食器棚からお皿を出した。
碧とパパって、本当に仲いいと思う。私の知らないところで、碧はパパに相談をしたりもしているみたいだし。彼女の話だって、パパだけにはしていたみたいだし。
食卓にみんなで座って、
「いただきま~~す」
と元気に言って、食べだした。
「うまい!」
パパと碧が同時に声を上げた。
「うん、美味しいよ、パパ」
私もそう言うと、パパは目を細めて喜んだ。
「俺も、料理できるようになりたくなってきたな。父さんって、いつから料理始めた?」
「俺は、高校入ってからかなあ。あ、卵焼きとか、ハムエッグとか、そのくらいは中学でもできたよ。って、碧も作れるじゃん。暇な休日、自分で朝食作ってるんだろ?」
「うん。だって、母さん、作ってくれないでまりんぶるー行っちゃう時あるし」
「碧に俺、料理教えてもいいよ?碧ならすぐに覚えるんじゃない?お前器用だし」
確かに。私よりもずっと器用で覚えもいい。
碧は頭もいい。運動神経もいい。歌も上手だから、カラオケに行くと、パパと綺麗にはもったりして、ママと私はうっとりと聞いている。
きっと全部パパに似たんだ。似ていないところといえば、パパはゴロゴロしているところを見たことがないけど、碧はしょっちゅう家の中でゴロゴロして、寝転がっている。
「パパ、私もお料理頑張りたいな。もっと上手になりたい」
「花嫁修業?まさか」
「え?!」
うわ。今の言葉に反応して、顔が熱くなった。やばい。パパにまた何か言われる。
「いいけどね。じゃ、今度の休み、一緒にまた料理しようか?」
「う、うん」
パパ、なんにも言わなかったな。凪は花嫁になんて行かなくていいから、花嫁修業もしないでいいとか、そんなこと言ってくると思ったんだけどなあ。
「そういえばさ、空がダイビングに興味持ったんだってな」
パパが突然空君の話を始めた。うわ。また、反応しちゃって、顔が熱い。
「あ、そうなんだよ。空、サーフィンしかしないのかと思ったら、最近、潜るのもいいかもなあって言い出してさ」
碧までが空君の話を始めてしまった。
「急にどうしたんだろうな。でもま、俺としては嬉しいけど」
「え?な、なんで?」
びっくりして私は思わず聞いてしまった。
「なんでって、ダイビング仲間が増えるのは嬉しいよ?」
そうなの?空君でも?
「凪も、ライセンス取るんだろ?」
「うん」
「碧も取ったら、家族4人で潜れるね」
「うん」
あれ?空君の話は?
「で、父さんも一緒に行って…。やすも杏樹も行くかな。あ!かんちゃんもいるし、ひまわりちゃんもライセンス取ったし」
ママの妹と旦那さんだ。
「そんで、空も取れば、すげ~~~。大家族でダイビング!楽しそう~~~!」
パパはにんまりと微笑み、
「あのさ、凪。パパ、思ったんだよ」
といきなり私の方を見て、真面目な顔つきに変わった。
「え?」
「凪はどこにも嫁に行かせたくない。でも、そういうわけにもいかないだろうから、どうせ嫁に行くんだったら、近くにはいてほしい。身内の中にはいてほしいなって」
「身内?」
「そう。まったく知らないやつのところに行って、それもどっか遠くに行ったら、パパ、すげえ寂しいもん。だからさ、伊豆にいてくれて、それもこの辺に住んでてくれて、そのうえ、ダイビングもしてくれるやつで、一緒に楽しめるやつなら最高だなって」
「それ、もしかして空のこと?」
碧が眉をしかめてそう聞いた。
え?!空君?!!!
「ご名答~~~!碧もいいだろ?空が兄貴になるんだぜ?」
「もう、そんなようなもんだけど」
「でさ、凪と空に子供が出来たら、俺、めっちゃ可愛がっちゃう!」
「こ、子供~~~~?!」
気が早すぎる。パパ。何言ってるの~~!!!
「母さんが、凪を生んだのって、確か17歳?」
「そうだよ」
「じゃ、今の凪より、一個上?」
「うん」
パパはニコニコして頷いた。
「じゃ、もし凪も17で産んだらさ、父さん、何歳でじいちゃんになっちゃうの?」
「来年だから、35?わははは!それ、すごくない?桃子ちゃんは、34歳でおばあちゃんだよ!」
「う、産まないから!そんなことにはぜ~~ったいにならないから!」
私は思い切り、否定した。
「なんだよ。凪、空と結婚するんだろ?」
「は?」
パパ、何をいきなり。
「だって、4歳の時にそう宣言したじゃん」
「したけど、でも、4歳だよ?」
「うん」
「そそそ、そんな時の約束、空君だって覚えていないだろうし、私と結婚なんて、空君が迷惑かも」
私は顔がどんどん熱くなるのを感じながら、思い切りパパにそう言った。
「なんだ~~~~。パパ、早く孫の顔見れるかもって、期待したのに」
孫~~~?!
「あ~~~あ。今日で舞花も帰っちゃったし、寂しいなあ~~~。早くに可愛い赤ちゃんの世話、したいな~~~」
パパ、それが目的?!
「凪の赤ちゃん、きっと可愛いだろうな。凪に似てたら、桃子ちゃんにも似てるってことだろ?可愛いだろうな。もし、空に似てても可愛いよ。空も赤ちゃんの頃、可愛かったもんな」
空君に似てる子って、なんで空君と結婚することが前提になってるの?
いや、嬉しいけど。そうなったら最高だけど。でも、パパ、ずっとブツブツ言ってたくせに、この変わりようは何?!
「ちぇ~~~~」
ちぇ~~~~って!何それ!
しばらく私は呆れちゃって、パパに何も言えなくなってしまった。




