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第1話 遠い空

 ザザザ、ザーン…。

 今日も、青い海が広がっている海沿いの道を私は、自転車で駅まで走っている。

「お先~~~!凪、おっせ~~~ぞ~~!」

 そう言って、私を追い越して行ったのは、最近もっぱら生意気になった弟の碧だ。背も、やたらと伸びてしまい、パパと変わらないくらい高くなった。


 悔しいなあ。でも、いいや。あいつは中学のバスケ部の朝練があるから、あんなに急いでいるけど、私は余裕で電車に乗れるし。


 シャ~~~~ッ。あ、もう1台、私を思い切り追い抜いていった自転車が…。

 空君だ…。


「よう!碧!お先!」

 そう言って碧も追い抜こうとした。でも、碧も必死でこいで、二人ですごいスピードで走って行ってしまった。

 ああ。もう二人の姿も見えない。


 それにしても…。空君、今日も声、かけてくれなかったなあ。


 今日の空は、とっても綺麗だ。空君の走り抜けていった時に吹いた風のようなちょっと冷たい風が、吹いてはいるけれど。



「おはよう、凪」

 駅について改札を抜けると、中学からの友達の千鶴が声をかけてきた。

「おはよう、千鶴」

 二人でホームに行くと、空君が一人で立っていた。


 私を追い抜き、かなり前に駅に着いていたんだろうけど、なにしろ電車は30分に1本しか通ってないし。

「おはよう、相川君」

 千鶴が空君に声をかけた。

「…」

 空君は何も言わず、千鶴にちょこっとお辞儀をした。


「相川君、もう高校慣れた?」

「ああ、はい、まあ」

「何部に入ったの?水泳部?」

「まだ、決めてないです」


「まだ?もう仮入部の期間も終わっちゃうでしょう?」

「……あんまり、面白そうじゃなかったし」

「水泳部?そう?でも、中学水泳部だよね?」

「……先輩は、何部ですか?」

 あれ?珍しいな。空君から質問なんて。


「私は天文学部だよ。あ、凪もね」

「そんな部、ありましたっけ?」

「あるよ。部員がたったの5人で、どうにか部活動をできているギリギリの部なんだけどねえ」

「……」

 空君は、黙ってしまった。


「私も凪も、去年、名前だけでいいからって、入部させられたの。部長がさあ、しつこくって。ね?凪」

「え?うん」

「……」

 ああ、もう、空君、だんまりだ。こっちを見ようともしない。


「空!お~~っす」

 後ろから、でっかい声がして振り返ると、

「あ、小浜先輩、おはようございます」

と、千鶴に愛想よく挨拶をして、そして、

「あ、なんだ、榎本先輩もいたんだ」

と、私には、そんな生意気なことを言ってきた…。一個下、空君と同じ年の、谷田部鉄。


「谷田部君は、高校何部?水泳?」

 千鶴がにこやかにそう聞いた。

「はい。入部するつもりです」

「へえ。そうなんだ。相川君は入らないみたいだけど」

「え?!入んね~のかよ、空。一緒に入ろうぜ」


「……つまんなさそう。俺、部活出るより、海で泳ぐか、サーフィンしていたい」

「あ、なんだよ。だったら俺もそうする。入るのや~~めた」

「谷田部君って、なんでいっつも相川君に引っ付いてるの?」

「え?だって、家も近いし、小学校からの仲だもんなあ?」


 谷田部鉄がそう言っても、空君は無視をしている。どこか遠くを見つめ、聞いているんだか、聞いていないんだか…。


「空~~~、無視してるなよなあ」

 谷田部鉄はめげない。普通なら、空君に無視されると、みんな、怒るか、ほっておくかだ。 

 空君のこの変わった空気は、前と変わらない。


 電車のドアが開き、私たちは乗り込んだ。でも、乗っている時間はわずかなので、空君と谷田部鉄は、座らずにドアのところに立っていた。


「相川君、変わってないね、中学の頃から」

「え?」

 小声で、そう千鶴が言ってきた。

「昔から、あんまり話す子じゃなかったけど、もしかして、さらに人を寄せ付けなくなったかなあ」

「……うん」


 空君は、外を眺めながら、谷田部鉄の話をほとんど聞いていない。

「谷田部君も変わんないね。相変わらず、うるさいし」

 電車を降りてから、千鶴がそう言ってきた。その割には、千鶴、いろいろとにこやかに話しかけていたなあ。

「ね、凪は谷田部君が苦手?」

「うん」


「やっぱり?」

「だって、いつも生意気だし」

「あの子、いい子なのに凪にだけは意地悪なこと言うしね。もしかして、凪のことが好きだからじゃないの?」

「ま、まさか~~~」

 それはないと思うよ。


「私は、相川君のほうが苦手。話しかけても、反応薄過ぎて」

「…」

 え?そうなの?でも、いつも話しかけてるよね。あ、でも、千鶴は誰にでもそうか。社交的なんだよね。私と違って。


 千鶴とは、中学3年の時同じクラスで、仲良くなった。転校して来た私に、いろいろと話しかけてくれたのが千鶴だった。

 家はちょっと離れているが、家も時々行き来した。それに「まりんぶるー」にも遊びに来たことがある。


 まりんぶるーは、私の祖母が経営しているカフェで、ママも手伝っているし、空君のお母さんも手伝っている。だから、たまに、ごくたまにだけど、空君もまりんぶるーに顔を出す。

 そこで千鶴も空君と会ったことがあって、私と空君が親戚同士なんだっていうことを知った。


「親戚でも、凪、相川君と話さないもんねえ。それだけ相川君って、人と関わろうとしない子なのかな?ね」

「……うん」

 空君の話をされられると、返答に困ってしまう。なんて言ったらいいのか。なるべく空君の話はしたくない。


 だって、空君と私は、本当に話をしないし、仲良くないし……。

 空君は、私が伊豆に越してきた時にはもう、ガラリと変わってしまっていた。

 もう、前のように私に話しかけることもなくなったし、あの、可愛い空君は、どこかに消えてしまっていた。


 その日の午後、体育の時間が1年生と重なった。それも、空君のクラスだ。

 空君のクラスは、バレーボール。私たちのクラスは、バレーボールのコートの横で、高飛びだ。

「あ!小浜先輩。ちわ~~~っす」

 千鶴を見つけて、谷田部鉄が挨拶をした。やたらと千鶴に話しかけてくるし、谷田部鉄は千鶴に気があると私は思うけどなあ。


「榎本先輩もいたんだ。高飛びの棒、飛べるの?っていうか、怪我しないよう気をつけたほうがいいんじゃないの?」

 グサ。なんで、そういう頭に来ること言うのかな。

 ふん!無視してやる。


「榎本先輩!無視すんなよ。話しかけてるんだから」

「先生が睨んでるよ。もう行ったら?」

 私がそう言うと、谷田部鉄は鼻で笑い、コートの方に駆けていった。


「今、あいつ鼻で笑ったよね?」

 私が千鶴にそう言うと、千鶴は、

「やっぱり、凪に気があるよね」

と、またそんなことを言ってきた。


「ないよ。きっと千鶴に気があるんだよ、あいつは」

「私に?ないよ~~。だって、私がなんにも返事しないでも、谷田部君、なんにも言わなかったじゃない?」

「え?」

「私に声をかけたついでに、凪に声かけてるみたいに見せかけておいて、実は、凪狙いなんだよ。わかりやすいよね?」


「わかりにくいよ。それに、私、からかわれてるだけだもん、いつも」

「好きな子をいじめたくなるってやつだよ、きっと」

 そういうの、よくわかんないな。もしそうだとしたら、なんだっていじめるのかなあ、わざわざ。


 そして、体育の時間が始まり、私たちは順番に高飛びをしていった。待っている間はけっこう暇で、私と千鶴は隣のバレーのコートを見ていた。


「きゃ~~、スパイク、かっこいい」

「あ、また決めた!さすが、空君!」

 え?


「凪、今の聞こえた?」

「うん。空君が、女子に騒がれてるみたい」

「あの、相川君が?私らが中学にいた頃は、地味で、誰にも名前を覚えられていないくらいだったのに」

「いるかいないか、わかんないくらい静かだったもんね。あ、でも、変わり者っていうことで、ちょっと浮いてはいたかな」


「だよねえ」

 しばらく私と千鶴は、黙ってバレーをしている空君を見ていた。確かに。空君は運動神経がいい。背も今は多分178センチはある。パパと並んでみたら、同じくらいだったから。


 サーフィンをしているからか、日に焼けているし、髪はほんのちょっと茶色。顔は春香さんに似て、整った綺麗な顔立ちをしている。


「きゃ~~。空君、また決めた!すご~~い」

 そう言って、空君を応援している女子が、若干どころじゃない。けっこういるけど、どうなっちゃってるの?


「中学3年の時に、相川君、もてるようになっちゃったのかな」

「そ、そうなのかな」

 知らなかった。でも、なんだか…、なんだか…。


「親戚の子がモテてるって、嬉しいでしょ?凪」

「え?」

 嬉しくないよ。その逆だよ、とても複雑。

「あ、そういえば、凪の弟の碧君も、今、モテモテみたいだけどね?」

「ああ、碧…。そうなんだよね、天狗になってて生意気なの」


「天狗?あはは、そうなの?でも、モテちゃうのは仕方ないよね。あんなかっこいいパパに似てるんだもん。凪のお父さん、本当にかっこいいもんね」

 あ、今、目がハートになった。ここにもパパに憧れている女子がいたよ…。


 パパの勤めている水族館の近くに千鶴は住んでいて、よくパパに会いに行ってるみたいなんだよね。パパも私の友達だから、千鶴のことは邪険にしないみたいだし。ほかの女の人には、すっごくクールなんだけど。


「まだフリーのうちに、碧君にアタックしようかな、私」

「え?それ、真面目に言ってるの?碧はやめたほうがいいと思うけど」

「どうして?」

「だから、天狗になってるの。すごく生意気で、幼くって、パパとは顔が似てても、性格が違うんだよ?」


「そうなの?凪のパパとどう違うの?」

「パパはクール。とにかくクール。子供には優しいから、水族館でも子供に人気あるけど、女性には冷たいんだよ」

「いつも私には優しいよ?」

「それは私の友達だから」


「そうなんだ。あ、そういえば、ママが一緒の時、ママにはそっけなかったかも」

「でしょ?パパはモテる分、ママがヤキモチ妬いて大変だからって、ほかの女性には、すごくクールに接してるの。ママ、一筋なんだよね」

「そういうところが好き」


「でしょ?私もそんなパパが好きだけど、碧は違うから。女の子からラブレターもらって、鼻の下伸ばして自慢してるような、そんなやつだから」

「そうなの?」

「クールな点からしてみたら、空君のほうが…」


 あ、私、変なこと言った、今。

「相川君は、苦手。クールっていうよりも、変わってるよね」

「…。うん」

 良かった。ばれなかった。


 また、空君を見てみた。試合が終わって、コートの外に出て、どこかみんなと違う方を見ている。どこかな。あ、校庭の脇にある木を見ているのかな。

 ときどき、空をただ眺めていることもあるし、学校の帰り道に海をぼ~~っと眺めていることもある。


 そんな空君には、近寄りがたい。どこか、誰も近づけさせないような、そんなオーラを放っている。


「かっこよかったね、空君」

 更衣室で空君と同じクラスの女子が、そんな話をしながら着替えている。

「空君って、不思議だよね。なんか話しかけづらい」

 一人の子がそう言った。あ、やっぱりそう思ってるんだ。だから、みんなから浮いてる感じだったんだけどな。


「そんなクールなところが、いいよね」

 え?

「ほかの男子と違って、大人のイメージあるよね」

 え?


「ふざけてばっかりの男子はガキみたいだし、アホだしね」

「あ、ほら、鉄とか、アホ丸出し。いつもうるさいし、なんであいつ、空君のそばにいるの?なんか、邪魔」

「鉄って、私らのこと馬鹿にしてない?うるさいとか、うざいとか言って」

「あいつのほうがうざいよね~~~」


 そう言いながら、その子達は更衣室を出て行った。

「あれまあ、谷田部君は女子に嫌われてるんだね。確かにうるさいけど、いい子だと思うけどなあ」

 今まで黙っていた千鶴がそう言った。あ、今の話を静かに聞いていたんだな。


「相川君は、人気者なんだ。ちょっとびっくり。大人の雰囲気とか、そういえば、前よりあるって言えばあるかな」

「そ、そうかな。変わったかな?空君」

「凪はそう思わない?」

「うん」


「ふうん。まあ、どっちにしても、私は苦手なタイプ」

「…」

「凪もでしょ?」

「うん」


 ああ、うんって言っちゃった。嘘ばかり。


 その日、帰り道、自転車で海沿いを走っていると、また空君が浜辺で海を見ていた。

 自転車を止めて、私は空君の背中を見つめた。

 うん。私も思ってた。空君、ぐっと大人っぽくなったって。背もだけど、肩幅も広くなった。腕とかもたくましくなった。


 そして、その背中は、さらに私を寄せ付けないような、そんな空気が増した気がする。

 もう、どこにも、あの可愛かった空君の面影はない。


 な~たんって、呼んでくれてた。伊豆に来ると、いっつも一緒にいた。可愛い声で、可愛い笑顔で、私を出迎えてくれた。

 私が江ノ島に帰る日には、行かないでって言って泣いた。あの、可愛い空君は、もうどこにも見当たらない。


「凪、空君と結婚する」

「うん。な~たんと空、結婚する」

 そんなことを言っていたのは、もう遠い遠い昔の話…。




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