第18話 暗雲?
千鶴と家を出て、学校に向かった。駅のコンビニでお菓子や夕飯のお弁当などを買い、それから、
「うわ。千鶴、もう6時20分だよ!」
と慌てて、学校まで走った。
校門の前にはもう、空君と鉄がいた。
「鉄ちゃん、なんで制服~~?」
「…だって、学校に来るから」
「真面目~~~~!」
千鶴が大笑いをした。
「峰岸先輩は?」
空君がそう聞くと、
「もう中にいるんじゃない?」
と千鶴がそう言って、私から離れ、空君の横に行った。
「空君は私服だね」
「え?あ、はい。峰岸先輩が私服でいいって言っていたから」
「空、そういうことは俺にも教えろよな!」
一人制服の鉄が赤くなりながら、空君に言った。
「そういうの知らないの、俺だけかと思ったから」
空君はポツリとそう言った。
今日の空君は、オレンジ色のTシャツとジーンズ。そして、チェックの綿シャツを腰に巻いている。日に焼けている肌にオレンジのTシャツは似合っている。性格は大人しいけど、服はそうでもない。多分、櫂さんの影響…っていうか、全部が櫂さんのお店で売っている服だ。
でも、そんな色の服を着ていても、けして派手に感じさせない。どっちかって言うと、静かな印象を醸し出す。なんでかなあ。その存在感かしら。
みんなで校舎の中に入った。部室に向かう途中で、顧問の先生にばったり会った。
「お、今日は全部で何人だ?榎本」
「5人です。全員参加です」
顧問の先生は、40代後半の男の先生。夜に集まる部活動では出てくるが、他の時はまったく顔を出さない。でも、理科の先生で、天文学のことは専門知識をいっぱい持っている。
「部長は部室かな?」
そう言いながら、先生も私たちと部室に向かった。
「なんか、夜の学校って静か」
鉄がそう言いながら辺りを見回した。
「怖いの?鉄ちゃん」
千鶴がそう言うと、鉄は首を横に振り、
「べ、別に」
と慌てた。
「空君は、幽霊とか怖い方?」
千鶴が聞いた。空君は、
「別に」
と鉄と同じことを言った。でも、言い方が全く違っていて、冷静沈着そのもの。
「こいつ、幽霊とか見えても動じないんだよ。な?」
鉄がそう言って、空君の肩を叩いた。
「うん」
そうだった。思い出した。空君って、ちょっと不思議君だったんだっけ。
子供の頃一緒に遊んでいて、空君が、
「あ、あの子も一緒に遊びたがってる」
と指差したほうに誰もいなかった…なんてこと、何回かあった。どうやら、見えちゃうみたいなんだよね。
だけど、ただ見えるだけ、悪さもしないし、なんにもしないから、人間よりも楽って、小学生の時空君が言ってた気がするなあ。
「え?空君、幽霊見えるの?」
「……たまに。でも、子供の頃の話で、今はあんまり見ない」
空君は千鶴の質問に淡々と答えた。
「うわ~~~。そうなんだ。でも、怖くないんだね。すごいなあ」
千鶴はそう言って、また空君の隣にいき、
「なんか出たときは、空君に守ってもらおうかな?」
と、ちょっと可愛い声を出した。
部室に入ると、峰岸先輩がいろいろと準備をしていた。
「おう、峰岸。準備できたか?」
「はい、先生。持っていくの手伝ってもらえますか?あ、相川君と谷田部君も手伝って」
峰岸先輩はそう言うと、二人に荷物を持たせた。
先生も大きなカバンを持って、さっさと部室を出て行った。
「この荷物なんですか?すげえ重い」
「ああ、気をつけて。天体望遠鏡の部品が入ってるから。今から屋上に持って行って、そこで組み立てるからさ」
そう言われ、さすがの鉄も顔を引き締めた。その逆で、空君はちょっと嬉しそうな顔をした。
空君、本当に星の観察を楽しみにしているんだなあ。
屋上まで行くと、すでにあたりは暗くなっていた。学校に着いた時にはまだ、明るかったけどな。
「うん。雲もないし、絶好の星の観察日和だね」
先輩が嬉しそうにそう言った。
「寒い…」
北風が吹いてきて、千鶴が肩をすぼめた。その時、千鶴のスカートが風で揺れた。
それを、しっかりと峰岸先輩と鉄が見ていた。そして、峰岸先輩はすぐに視線を他に向けた。
「今日風あるし、そんな薄着で来なかったらよかったじゃん」
鉄がそう言った。お、鉄ってば、千鶴にもしっかりそういうこと言うんだね。
「だって、昼間あったかかったし」
千鶴がそう言って、空君の方を見た。空君はまったく無視して空を見上げている。
ビュ~~~。また風が吹いた。私はしっかりとパーカーを着ていたから寒くないし、鉄もしっかりと制服の長袖のシャツを着ているので、寒くなさそうだ。
先輩も長袖Tシャツ。そして半袖のTシャツでいた空君は、腰に巻いていたシャツを腰から外した。
それを千鶴が、ちょっと震えながら見ている。空君、もしかしてそのシャツ、千鶴に貸すの?
ちょっと嫌かも。
と思って私も見ていると、空君は自分でシャツを羽織ってしまった。
「え?」
千鶴が拍子抜けって顔をして、空君を見た。でもまったく、空君は気づいていない。
峰岸先輩と先生が望遠鏡を組み立てているのを、空君はすぐ近くまで行って見始めた。そして、小声で時々、先輩に何か質問をしている。
どうやら、相当興味があるようで空君は真剣そのものだ。
そして組み立て終わると先生が望遠鏡を覗き込み、
「よし。完璧だ」
と言って、峰岸先輩に替わった。
「あ~~、すごくよく見える。相川君、ほら見てみて」
空君に替わった。空君は、
「うわ~~~」
と小さく声を上げ、しばらく望遠鏡を覗いたまま、静止した。
きっと今、感動してるんだなあ。
「俺にも見せて、空」
「うん」
今度は、鉄が覗き込んだ。
空君は空を見上げた。するといつの間にかその横に、千鶴がすり寄って、
「どうだった?」
と空君に、自分の両腕をさすりながら聞いた。
「え、うん。よく見えた」
「そう」
言葉が続かなくなり、千鶴はわざとらしく、手にはあって息をかけ、寒がっている様子を空君に見せた。
「…上着、着ないんですか?」
空君がようやく、千鶴が寒がっているのに気がつき、そう聞くと、
「忘れてきちゃった」
と千鶴は、舌をペロッと出した。うわ!千鶴のそんな仕草、初めて見る!
「あ、そうなんだ」
「でも、大丈夫。どうにか、持ちこたえるから」
千鶴はわざとらしく笑ってみせた。
空君はしばらく、考え込んでいる。そして、周りを見回した。どうやら、他に千鶴に服を貸してあげる人はいないか見ているようだ。
空君は、先生を見て視線が止まった。先生は上着を着ている。でも、さすがに先生に上着を脱いで、千鶴に貸せとは言えないようだ。
それから、空君は私を見た。
え?私のパーカー?これを貸してあげろと言いたいのかな。じいっとこっちを見ているなあ。ど、どうしよう。
でも、それいいアイデアかな。そうしたら、千鶴が空君のシャツを着ないで済む。
私は、パーカーのファスナーを下ろそうとした。でも、それを見た空君はちょっと慌てたように、
「あ、これ、着ますか?」
と自分のシャツをパッと脱いで千鶴に渡してしまった。
ああ!渡しちゃった!
「え?いいの?でも、空君、寒くない?」
「俺は大丈夫です」
空君がそう言うと、千鶴は空君のシャツを着て、
「ありがとう。あったかい」
と嬉しそうに笑った。
空君はそれをちらっと見ると、さっと千鶴から離れた。そして、
「凪は、望遠鏡見ないの?」
と聞いてきた。
「うん、見る」
私は望遠鏡を覗いた。でも、星になんてまったく興味を持てなかった。
空君がちょっとでも着たシャツ。きっと空君のぬくもりが残っていたはず。それを千鶴が着ちゃった。
モヤモヤモヤ。心の中にまたさざ波が立つ。
私の次に千鶴が望遠鏡を覗いた。そしてまたすぐに空君の隣にいき、空君に話しかけた。
その時、風がまた吹いて、千鶴はスカートの裾を抑えた。
「今日風強い」
と言いながら。それ、わかっていてミニスカート着てきたんだよね?さっきから、スカートの裾がヒラヒラするたび、先輩も鉄も見てるよ。
でも、空君は一向にそんなことに気を取られることもなく、星を見ている。そして、わざとなのか、わざとじゃないのか、千鶴が寄っていっても、千鶴から離れ、先輩や顧問の先生に星のことを聞きに行った。
うん。わざとしているわけじゃなさそうだ。だって、先生から星の話をあれこれ聞きながら、嬉しそうにしているもん。星に相当心を奪われているんだなあ。
ちょっとホッとしたりして。
「凪」
千鶴が私の腕を突っついてきた。
「何?」
「あとで、ご飯終わってからでもいいから、空君と二人きりになれるようにしてくれない?」
「え?」
「なんとか、二人きりで話がしたい。あ、自販機に二人で行こうかな。ね、そう仕向けてくれない?」
「無理。私、そういうの苦手」
私は慌てて首を横に振った。そしてすぐに、
「ごめんね」
と謝った。
「さて、また1時間くらいして観察するとして、夕飯でも食うか?ここじゃ寒いから、一回校舎に入ろう」
先生がそう言ったので、私たちは階段を下り、部室に向かった。
「谷田部君、みんなにお茶でも買ってきれくれないかい?」
峰岸先輩がそう言った。
「え?なんで俺?」
鉄が顔を引きつらせた。
「俺、行ってきましょうか」
その横から空君が申し出た。それを聞き、チャンスと思ったのか、
「私も一緒に行くよ。一人じゃ大変でしょ?」
と千鶴が言い出した。
「じゃあ、たまには俺が買ってこようかな。小浜さん、手伝ってくれる?」
峰岸先輩がそう言って、さっさと廊下を歩きだした。千鶴は「え?」と顔を青くして、私の方に助けを求めたが、
「小浜先輩、俺、アイスティがいいです」
と鉄に言われ、千鶴はとぼとぼと先輩の後を歩いて行った。
よ、良かった。空君と千鶴が二人きりにならないで。でも、峰岸先輩、やっと千鶴にアプローチすることにしたのかな。今まで、こういうことあんまりしなかったのに。
あ、そうか、千鶴が自らお茶を買いに行きますなんて言ったの、初めてだったっけ。
「じゃ、俺は一回職員室もどるから、また1時間したら屋上に集合な」
先生はそう言って、廊下を歩いて行ってしまった。
「たる~~~い、俺、もう帰っていいかなあ」
鉄がそう言って、部室に入った。
空君はぼんやりと廊下を眺めている。
「空君?」
「うん」
「中に入らないの?」
空君に聞くと、空君は、
「あ…」
と言って私を見て、それからまた廊下の奥を見た。
「な、なあに?なんか見えちゃうとか?」
「うん」
「え?」
嘘!幽霊?!
「凪、俺から離れないでね?」
「なな、なんで?怖いから、とか?」
「ううん。凪って、ほんわかしてて心地いいから、たまに凪の空気を好む霊がいて」
「え?!」
何それ!
「でも、俺がいたら大丈夫だから」
「なんで?そういうの追っ払えるの?」
「そうじゃないけど。俺、見えちゃうけど、俺に近づいてくるのっていないんだ。多分、俺は心地よくないなんかを出しているんじゃないかなあ」
よくわかんないけど、なんか怖い。いきなり寒気もしてきた…気もする。
「あ!」
え?何?なんで急に空君、声を上げたの?
それに、私を引き寄せた。なんで?
「もう大丈夫」
「何が?」
「うん。もう消えた」
「今、まさか近くにいた?」
「うん。凪のすぐ後ろに来たけど、逃げちゃったみたい」
ギャヒ~~~~~ン。あの寒気って、幽霊がそばにいたからなの?
「そ、空君。絶対にすぐそばにいてね?」
「うん。いるから安心して」
空君が微笑んだ。あ、一気に安心した。
私と空君も部室に入り、椅子に腰掛けた。私は必要以上に空君のそばに椅子を近づけ座った。でも、
「お待たせ」
と先輩と千鶴が戻ってきて、
「空君、これで良かった?」
と言いながら、千鶴が私と空君の間から手を伸ばし、お茶の缶を机に置いた。
「うん。すみません」
空君は小声でそう返した。
「なんか、凪、空君に近い。もっとこっちに来たら?」
千鶴はそう言って、私の椅子を動かそうとした。
私は仕方なく、千鶴の椅子の方に椅子をずらした。
ああ、千鶴が空君に近づくのも気になるけど、幽霊が私に近づくのも嫌だ。そのうえ、
「先輩!もっと凪のそばに寄ったらどうですか?」
と突然千鶴が言い出し、ますます私は困ってしまった。
「え?なんで?」
先輩はきょとんとした顔で私を見た。私は、小さく首を横に振った。私、先輩が好きなわけじゃないですから、と心で言いながら。
そして、視線に気がつき振り返ると、空君が眉をひそめ私を見ていた。
う?何?まさか、この辺に、例の霊がいるとか?!
ビクビクビク~~~~!
ああ、なんだか、早く家に帰りたくなってきちゃったよ~~~~。
さざ波だけだったのに、いきなり雲行きが変わってきた。どんどん黒い雨雲が立ち込めてきたようだ。




