第17話 心の叫び
翌日、見事に晴れた。でも、ちょっと北風が吹いていて、肌寒く感じられた。
「は~~~、今日も空が綺麗で、気持ちいいなあ」
なんてベランダに出て、呑気に伸びをした。その直後、携帯が鳴り、
「凪?おはよう!今日、星の観察、あるよね?」
という千鶴の電話で、一気に気持ちがブルーになった。
そうだった。千鶴のこと、まだなんにも解決していなかった。
「お、おはよう」
「6時半に学校だったよね?」
「うん」
「それまで、凪、何してるの?空君も、暇していないかな」
「え?なんで?」
「午後から一緒にどっかで遊んで、それから学校に行くのもいいかな~~って」
「どこかで遊ぶって?」
「水族館とか、海とか、ゲーセンとか」
「空君、ゲーセンって行かなさそう」
「だよね~~。空君に連絡してみたいけど、メアドも知らないし。凪、知ってる?」
「私も知らないよ」
「そうなの?そっか~~。本当に仲良くないんだね」
う…。それ言われると、後ろめたい。最近は空君との距離がぐっと縮まっているし。
「空君の家、サーフィンショップだよね。行ってみようかな」
「え?なな、なんで?」
「空君、お店にいるかもしれないでしょ?手伝っているとか」
「いないと思う」
「そうなの?」
「接客とか苦手そう」
「…じゃあ、会えないのかなあ。でも、サーフィンにちょっと興味あるし、行ってみたい。凪も付き合って。暇してるよね?」
え~~~!!
お昼を食べ終わったら、2時に私の家に直接千鶴は来ることになった。
ああ、断れきれなかった。千鶴、すごい。こうやって、どんどん空君に近づこうとしているんだね。これがアプローチっていうやつなのかな。
「凪~~、今日もまりんぶるー混みそうなの。でも、夜、部活があるんだよね?」
ママが私の部屋に来て聞いてきた。
「うん。いつもみんなでご飯食べるから、今日もそうすると思うよ」
「学校で?」
「うん。コンビニで買ったもの持ち寄って」
「空君も一緒よね?」
「うん」
「じゃ、遅くなっても大丈夫ね。パパが迎えに行ったほうがいいかなって言ってたけど、空君と一緒だから大丈夫って言っちゃった」
「パパ、そっちのほうが怒らなかった?」
「うん。全然。空が一緒なら、安心だな。じゃあ、俺、仕事終わったらまたまりんぶるーに直行しようって言ってたよ?」
そうなんだ。空君のこと、パパ、信用してるんだな。
「さてと。今日は2日酔いもないし、まりんぶるーに早めに行って手伝ってくるね?」
「うん。いってらっしゃい」
ママは、軽やかに1階に下りていって、家を出ていった。
午後、お昼ご飯を簡単に済ませ、私は千鶴が来るのを待っていた。そして、2時をちょっと回った頃、千鶴がやってきた。
「凪~~。どう?この服」
「うわ。ミニスカート!」
「昨日買ってきちゃった」
「でも、寒くない?半袖のブラウスで。夜は冷えるかもよ?私のカーディガン羽織る?」
「大丈夫だよ~~。それに、もし寒かったら、それこそチャンスだし」
「な、なんの?」
「うふふ。まあ、いろいろとね」
何?あ、空君から上着でも貸してもらうとかそういう作戦?
「凪はその格好でいくの?」
「うん」
「ふうん」
え?変?でも、半袖Tシャツと、ジーンズと、パーカー。夜、冷えるかもしれないし、昼間は暑いかもしれないし、これが一番いいと思うんだけど。
「凪ってあんまりスカート履かないよね。履いてもキュロットとか、ショートパンツとか」
「うん」
「なんで?」
「え?なんでって言われても、なんとなく」
「もっと可愛い格好したらいいのに。きっと先輩、喜ぶよ~~?」
「先輩?峰岸先輩のこと?」
「そう」
「千鶴、誤解してる。私、先輩のことは何も…」
「先輩は思ってると思うよ~~」
何を~?
「じゃ、早速空君のお店に行こう!」
空君のお店じゃないよ。櫂さんのお店だもん。それに、空君は絶対にいないと思う。
千鶴と自転車に乗り、櫂さんのサーフィンショップまで走らせた。千鶴、すごいミニスカートなのに、自転車で来たんだ。大胆だなあ。太ももなんて、思い切り出ちゃってるけど。
自転車だと櫂さんのお店まで、あっという間だ。
「サーフィンショップ『ビッグウェイブ』…って、なんか、ありきたり」
店の脇に自転車を止め、看板を見て千鶴がそう呟いた。でも、店の中からすぐに櫂さんが現れたので、千鶴はさっと表情を変えた。
「あ、こんにちは!」
にこやかに千鶴は挨拶をすると、
「私、凪と同じクラスの、小浜千鶴っていいます」
と明るく櫂さんに自己紹介をした。
「やあ、いらっしゃい。買い物?もしかして、千鶴ちゃんはサーフィンをするの?」
「いえ。でも、興味あるっていうか」
千鶴はそう言って、店の奥を覗いた。
「あ、櫂さん、今日、空君は?」
私は千鶴がこっちを見て、聞いて欲しいっていう目をしたので、聞いてみた。
「空ならまりんぶるーにいると思うよ」
「え?」
めずらしい。
「やすと爽太に会いに行ってると思うよ。ダイビングの話でも聞きに行ってるんじゃないかな」
「え?ダイビングも空君するんですか?」
千鶴がその話に飛びついた。
「うん。最近えらく興味を持ったみたいで。聖の仕事が忙しくなくなったら、多分聖からいろいろと教えてもらうんじゃないかな」
「空君がパパに?でも、空君、パパは苦手そう…」
「え?そんなことないよ。あいつ、聖のこと好きだしっていうか、憧れてるし」
「パパを?」
そういえば、敵わないってわかっているから悔しいって言ってたな。
「凪、まりんぶるーに行って、お茶しない?」
千鶴が私の手をつっついて、そう聞いてきた。
「ごめん、千鶴。きっと今日は混んでいるから、お茶できないと思うよ」
「そうか~~~」
千鶴は残念がった。それを見ていて櫂さんが、
「あ、なんだ。空に会いに来たの?じゃ、まりんぶるーに行って、空を呼べば?」
と軽くそう千鶴に言った。
でも、そういうの、空君困るかも。
「じゃ、まりんぶるーに行こう、凪」
千鶴はさっさと自転車に乗って、まりんぶるーに向かって走り出した。私も慌てて自転車に乗った。
まりんぶるーはやっぱり、満員御礼。それどころか、ふた組のお客さんが入口のすぐ横のベンチで、空くのを待っている。
「本当だ。ゴールデンウイークだから、こんなに混んでるの?」
「うん」
自転車を停めてから、お店のドアの付近で千鶴が中を覗きながらそう言った。
「ねえ、凪。空君はお店にいないみたいだけど」
「リビングにいるんじゃないかな」
「家の中ってこと?」
「うん」
「凪、呼んできてくれない?」
「私が?!」
「あ、そうか。凪、そんなに仲良くないんだっけ。じゃ、空君のお母さん、中にいるよね?頼んでみてくれない?」
「私が?!」
「凪のお母さんもいるんでしょ?誰かに呼んでもらって」
え~~~~。なんで空君を呼ぶの?って思われそう。でも、
「お願い」
と千鶴は必死の顔をしているし。
お店に入ると、ちょうどお客さんの食器を片付けている春香さんがこっちを見た。
「あ、もしかして手伝いに来てくれたの?凪ちゃん」
「え?ううん」
私はなんて言っていいか困って固まってしまった。
すると私の後ろから、千鶴が顔を出し、
「友達?」
と春香さんが聞いてきた。
「今日、天文学部で星を見に行くんですけど、その打ち合わせで凪と会って。で、空君も一緒に行くから、いろいろと打ち合わせしたいなって思って」
千鶴はそんなことを春香さんに言い出した。そんな打ち合わせなんて何もないのに。どうするの?空君、困惑しちゃうよ。
「あ~~~。空か~~。今さっき出て行っちゃったのよね。携帯で呼び戻そうか?」
「いえ、いいんです。たいしたことじゃないから」
私は慌ててそう言って、千鶴の手を引っ張りお店を出た。
「どこに行ったのか聞きたかったな」
千鶴はまだ残念がっている。でも、私は自転車を手で押しながら、私の家に向かって歩き出していた。
「千鶴、また夜、空君には会えるよ?」
「そうだけど」
すごいなあ。千鶴がこんなに積極的だと思わなかった。もしかして、世の恋する女の子たちはみんなこう?
そういえば、山根さんも空君に積極的に話していたっけ。そのくらいしないと、空君と話したり、近づいたりできないのかな。
私も、何かアプローチをしたほうがいいんだろうか。
「お菓子でも買わない?今夜、学校でご飯食べたあと、みんなで食べるお菓子」
突然千鶴がそんなことを言い出した。
「それ、駅近くのコンビニで買ったらいいと思うけど」
私がそう言うと、
「それもそうか」
と千鶴も頷いた。
「私の家に来る?誰もいないんだ」
「うん」
結局、千鶴と私の部屋に行き、二人で時間になるまで雑誌を見たり、漫画を見たりしていた。
「空君に付きまとってた女いたでしょ?」
ベッドにもたれかかり、クッションの上で漫画を読んでいた千鶴がいきなり話しだした。
「山根さん?」
「うん。あの子って、男子に人気あるんだってさ」
「なんで知ってるの?」
「私の隣に住んでいる子、今、中学3年で、山根さんの部の後輩なんだ。昨日話してたら、なんとなくそんな話になったんだよね」
「そうなんだ」
そんな子が、空君を狙っているのか。
「ウカウカしてられない~~って思っちゃった」
千鶴はそう言うと、テーブルの上にあったポッキーをぱくっと食べた。
「空君は、彼女とか、付き合うのとか、そういうの無縁な気がするなあ」
私は千鶴が持ってきた漫画をテーブルの上に置いて、ぼそっとそう言った。
「え~~~。なんでそんな気がするの?」
千鶴が乗り出して聞いてきた。
「無縁っていうか、苦手っていうか。女の子苦手そうなんだもん」
「そんなのわかんないじゃん。苦手かもしれないけど、好きになってくれるかも知れないし、そうしたら、付き合うようになるかも知れないし」
そうかな。うん、でも、その可能性はゼロじゃないよね。ただ、想像つかないけど。
女の子とデートをしている空君。一緒に手を繋いだり、腕を組んだり?一緒にカフェでお茶したり、買い物したり?ああ、まるっきり想像つかない。空君はいつでも一人で、海を見ていたり、泳いでいたり、サーフィンをしているイメージしかないし。
「空君だって、男の子だもん。それも、今、多感なとき」
「は?」
「女の子を意識し始める年頃じゃない?だって、高校1年だよ?」
「うん」
「私、わざとミニスカートにしたの」
「え?」
「空君だって、男の子だもん」
うわ。それって、何?ミニスカートでどうするの?え?え?え?!
「よっし!」
千鶴はいきなりガッツポーズをすると、
「気合入ってきた~~」
と大きな声を上げた。
「き、気合?」
「空君ってさ、そんじょそこいらにいる男と違うから、落とし甲斐あるよね」
「は?」
「やっぱり、恋するなら、簡単に落ちる男より、難しい方がいいよ」
何それ!
「千鶴、そ、そんなこと考えてたの?」
「もちろん。だから、簡単に落とせないような凪のパパは人気があるんだよ」
「え?」
「クールで女の子を寄せつけない。そんな相手を自分に振り向かせられたら、最高じゃん」
何が?
「よっしゃ。私、頑張っちゃうよ。ああ、なんだか、久々だ、こんなの」
「前にもあったの?」
「うん。先輩と付き合ったって言ったでしょ?先輩もライバル多かったんだよね」
「…そうなの?」
「でも、見事に私が先輩のハートを射止めたんだよね。うわ~~、なんだか、ワクワクしてきちゃった」
恋って、そういうものなの?
ええ?!そうなの?!
私はちょっとびっくりして、しばらく黙って千鶴を見てしまった。
「凪も応援してね」
「え?」
「凪のことも応援する。凪には峰岸先輩みたいな人が合ってるよ。きっと大事にしてくれるよ」
え~~~~?!
ものすごい勘違い。っていうか、応援なんかしなくてもいい。っていうか、私は、私は、空君が好きなんだってば~~~。
心の中の叫び。でも、やっぱり私は言えないでいた。




