第16話 沈黙
シ~~~~ン。静かだ。どうしよう。空君、なんにも話さないし。
「あ、あの」
「え?」
「明日だよね?星の観察」
「うん」
「空君も行くよね?」
「うん」
よかった。空君も来るんだ。あ!でも、千鶴に応援してねって言われてたんだった。千鶴、明日から空君にアプローチしてくるかもしれないんだ。
どんなアプローチをするのかな。話しかけるとか?それとも…。
ダメだ。そんなことをしたことも、しようとしたこともないから、全くわからない。
「もし、天気悪かったら中止かな」
空君がぼそっとそんなことを言い出した。
「雨とかなら中止かも」
「そっか。明日、大丈夫かな」
もしかして、やたらと楽しみにしていたりする?空君。
あ、またシ~~~ンとしてしまった。
パク…。モグモグ…。
空君は、黙っているけれど、どうやら食べるのを味わっているようにも見える。
「空君、よく一人でご飯食べてるの?」
「うん。ほとんどが一人。あ、でも、店が忙しくなかったら、父さんと二人でかな」
「春香さん、遅いの?帰ってくるの」
「うん。9時頃かな」
そうか。ママはいつももっと早いけど、春香さんはまりんぶるーが終わる時間まで、手伝っているんだね。
「寂しくないの?」
「……うん。あんまり、そういうの考えないし」
「え?」
「俺、一人の方が気が楽って思うことも多いし。まあ、父さんや母さんには気を使うこともないから、いても大丈夫だけど」
「他の人はダメなの?」
「うん…。碧は大丈夫。あと、鉄も…」
「どうして?」
「どうしてって…。なんか、俺があんまり話さなかったりしても、ほっておいてくれるからかな」
「谷田部君はうるさくないの?」
「……たまに、うるさい」
あ、そうなんだ。うるさいって思っているんだ。
「碧は?よく空君のところに遊びに来てるけど、邪魔じゃないの?」
「うん。碧も一緒にいると楽」
そうか。それはすごく羨ましいな。きっと私も昔はそんなだったんだろうけど、今は違うよね。
あれ?っていうことは、今は気を使っていて、空君、嫌だったりしていない?私がここにいること。
「私、やっぱり今日…」
来なかったらよかった?って聞くのはあまりにも、暗い質問?
「でも、一人で食べてると、美味しいって感じないこともあるけど」
「え?」
「味も素っ気もないっていう、そんな時もある」
「…じゃあ、今は?」
ああ。聞いちゃった。こんな質問、きっと嫌がるよね。
「今は…」
空君は一回私を見ると、また視線を他に向けた。
「凪、あんまり箸進んでいないね。お腹すいていなかった?」
ギク。実は緊張のあまり、食欲がないっていうか、喉を通らないっていうか。
「子供の頃は、凪、よく食べてたよね。いっつも美味しそうに。凪と一緒だと、食が細くて偏食だった俺も、ちゃんと美味しそうに食べてたって、母さんが言ってた」
「うん。なんとなくそれ、覚えてるかも」
「俺も覚えてる。凪が食べてるのを見てると、幸せっていうか、嬉しかったから」
「え?」
「一緒に食べてると、なんでも美味しく感じられた」
「そ、そうなんだ」
「うん。あ、今も」
え?今も?!
「でも、凪はあんまり今日、食欲ないのかなって」
「え、えっと。昼間、碧とゴロゴロしながら、お菓子食べちゃったから…かな?」
「碧と?へえ。二人で一緒にゴロゴロしていることもあるの?」
「うん」
「そうなんだ。碧がゴロゴロしながら、お菓子食べてるのは想像つくっていうか、うちに来てもいつもそんなだけど、凪もそんな時あるんだね」
「私も家だといっつもそんなだよ?自分の部屋でも、ベッドでゴロゴロしていること多いし」
「……ふうん」
空君はまた、ご飯を黙々と食べだした。
ドキドキ。私はまだドキドキしている。
「ごちそうさま」
あ、空君、終わっちゃった。
「凪、ゆっくり食べてていいよ」
空君はそう言うと、食べ終わった自分の食器をキッチンに持って行ってしまった。
はあ…。ゆっくりと言われても、もうお腹いっぱい。ううん。お腹じゃなくて、胸がいっぱい。
「食べられない?」
私が、お箸を置いちゃったからか、空君がキッチンから戻ってきてそう聞いてきた。
「うん。どうしよう」
「じゃ、俺食べてもいい?」
「え?まだ食べれるの?」
けっこう食べてたよ?
「うん」
すごいなあ。碧もすごい食欲で、私やママが食べきれなかったものまで食べちゃうけど、空君も育ち盛りなんだね。
空君はまた椅子に座って、私の分までバクバクと食べると、
「ごちそうさま」
とまた言って、席を立った。
「あ、ごちそうさまでした」
私もそう言って、食器を空君と一緒にキッチンに持っていった。
「これ、洗っちゃうね」
「いいよ、あとで俺がするから」
「でも、すぐ終わるし、洗っちゃうね?」
そう言って私は、シンクにあった食器を全部洗った。
空君は、リビングに行って、さっきのDVDの続きを見始めた。あ、キスシーンで消しちゃった続きを見ているのか。じゃあ、今もキスシーンかな。ゆっくりと、洗い物をしようかな…。
「あ、食器洗ったら、片付けるのはあとでするからいいよ」
空君はそうリビングから私に言ってきた。
「うん」
チラ…。テレビ画面に映っているシーンを確認した。あ、もうキスシーン終わってた。なんか、未来の街みたいな、そんなのが映し出されている。
「これ、SF?」
「うん」
「空君、こういう映画が好きなの?」
「うん」
空君の言葉って、いつもながら少ない。
私は、空君の隣に座るのも気が引けて、ソファではなく、床に直に座ってみた。
「お尻冷えない?うち、絨毯もしいてないし…。ここ、座れば?」
「え?」
ここって、空君の隣?
ドキン。
「う、うん」
空君の隣に、ちょっと隙間を開けて座った。
ドキドキ。でも、昨日だって、おじいちゃんちのリビングで、隣に座ったんだよね。それも、くっついて寝たりしていたんだよね。
私は黙って、空君とDVDを観た。空君も黙って見ている。
緊張する。でも、すぐ隣に空君がいて、すごく嬉しい。
フワ…。
フワ?
あ、あれ?!空君、私のすぐ横に来ていない?
「あ、寝そうになった…」
空君がぼそっとそう言って、体勢を戻した。
あ、私に寄りかかろうとしていたのか。それも、眠くって?
「凪が隣にいると、眠くなる」
「え?」
それって、つまらないから?
「……寝ちゃダメだよね?」
「う、ううん。別に、いいけど」
「じゃあ、ちょっとだけ。帰る時、ちゃんと起こして。家まで送っていくから」
「うん」
DVDは、戦闘シーン。途中から見たから、私には内容が全く分からず。それに、だんだんと私の方に空君がまた体を傾けてきて、そのうちにすっかり私にもたれかかってしまい、ドキドキで、テレビ画面なんか、目に入らなくなった。
わ~~~~。空君の体の重みも、寝息も、空君の髪からほのかに香るシャンプーの匂いも、全部がドキドキさせる。
どうしよう。寒くないかな。でも、しっっかりと私の肩にもたれかかっているから、動けそうもないな。
それにしても、これって、どうなのかな。私といると眠くなるって、喜んでいいのか、どうなんだろう。
空君はドキドキとかしないのかな。私って、そんな存在ではないのかな。
いや、これはやっぱり、嬉しいことだよね。だって、空君とはこんなに近づけなかったんだよ?今までずうっと、遠くで見ているだけだったんだから。
チラリ。空君の寝顔を見てみた。
うわ!やっぱり可愛い寝顔だ。子供の頃と変わっていない。
キュン!
それから私はDVDが終わっても、そのままじっとしていた。
1時間くらい経った頃、
「凪ちゃん、まりんぶるーに行ってくるけど、どうする?」
と櫂さんが2階に上がってきた。
うわわ!まだ、空君、寝てるんだけど!
「あれ?空、もしかして寝てるの?」
「はい」
私は空君がもたれかかっているから、動けないでそのまま頷いた。
「まったくしょうがないやつだなあ。空、起きろ。凪ちゃん、困ってるぞ」
ううん!困ってないよ。どっちかって言うと喜んでた。
「う、うん?」
ああ、空君、目を覚ましちゃった。
もそっと体勢を戻した空君は、
「あれ?父さん?」
と、櫂さんを見て、目を擦った。まだ寝ぼけているのかもしれない。可愛い。
「店閉めたから、これから俺はまりんぶるーに行ってくるけど、お前はどうするの?」
「俺?」
「凪ちゃん、送っていく?」
「うん」
「じゃ、ちゃんと鍵かけて、しっかり凪ちゃん、送り届けろよ?」
「わかった」
「じゃあね、凪ちゃん」
「はい」
櫂さんは、トントンと軽やかに階段を下りて行った。
「あ、そうだ。凪、写真集見に来たんだよね?」
空君はそう言うと、大きく伸びをしてから、ソファから立ち上がり、リビングにあるチェストを開けて写真集を持ってきた。
そしてまた、私の隣に座った。
「一緒に見よう」
「うん」
ドキドキ。空君、なんかぴったりとくっついて横に座ってきたぞ…。
「こういうの見てるとさ、俺も、いつかこんな写真撮ってみたいって思うんだ」
そう言いながら、空君は写真集をめくった。
「うわ~~~。綺麗な夕景!」
「でしょ?」
写真集はほとんどが海の夕景。たまに、もう日が暮れて、空の色が紫とオレンジの、まるでカクテルのような色をしたそんな写真もあったけれど、それもまた綺麗だった。
「綺麗だね」
「うん」
空君が好きなの、わかる気がする。あ、でも、この写真家を好きなのは櫂さんだったっけ。
「ハワイでもさ、すげえ綺麗なんだよ。夕景。父さんと母さんと3人で、サンセットクルージングってのにも乗ったりするんだ」
「船?」
「うん」
「いいな~~」
「海から見るサンセットも綺麗だよ。でも、俺はやっぱり、浜辺から見るのが一番好きかな」
「そうなの?」
「うん。日がどんどん沈んで行くのを見てるんだ。ただ、ぼ~~~っと。空の色がどんどん変化して、海も夕焼けに染まっていって。なんか、なんにも考えないでそういうのを見ていると、時間も忘れるし、自分のことも忘れるし」
「自分のことも?」
「うん。そうすると、嫌なこととか、いろいろと忘れて、すっきりする」
「嫌なことあったの?」
「あ、嫌なことっていうか、気になることっていうか」
「学校で?」
「……人、苦手なんだ。学校行くとどうしても、関わることになるから、疲れるっていうか」
そうか。空君、やっぱり海を見て癒されてるんだね。
「………ほっとする」
「海を見てると?」
「ううん、今」
「写真集見てると?」
「……ううん」
空君はゆっくりと首を横に振り、私の方を見ると、
「凪といると、ほっとする」
とそうボソっと言ってから、また写真集に目を向けた。
私?
空君は黙り込んだ。そして、写真集の夕景をしばらく二人で黙って見ていた。
写真集を見終えると、
「送っていくね」
と空君は言って立ち上がった。それから、静かに階段を下りて行った。
私も空君のあとに続いた。
外に出ると、ちょっと肌寒く感じられる風が吹いていた。
「空君、寒くない?半袖のTシャツで」
「うん。大丈夫」
空君はそう言うと、私の自転車を手で押して歩きだした。
「天気予報だと、明日も晴れだったよね」
「うん」
「じゃあ、星の観察できるかな。あ、今も、星綺麗だけどね」
空君は上を向いた。
「あ、本当だ」
私も上を向いて、しばらく二人で夜空を眺めた。
「……俺、こういう時間も結構好き」
「え?」
空君の方に目を向けると、空君はまだ上を向いていた。
「空をただ眺めたりっていう、そんな時間」
「うん。いいよね。私も好き」
「凪も、夜空見上げてる時とかあるの?」
「うん。たまにベランダ出て一人で…。あ、この前はパパが部屋に来て、一緒に波の音とか聞いてた」
「ああ、いいよね。波の音…」
空君はまた、ゆっくりと歩きだした。
「俺、たまにそういうの、理解してもらえなくって」
「え?」
「碧は、ぼ~~っとしたりするの、一緒にしてくれるし、鉄はべちゃくちゃ喋ってるけど、俺が黙っていてもほっておいてくれるし」
私が黙っていると、鉄は怒るけどなあ。
「でも、たまに、ぼ~~ってしてると、何考えてるの?とかって、聞いてくる人がいて…。なんにも考えていないから、そういうの聞かれても困るんだよね」
「そうだね。困るよね。あ、碧はなんにも考えていない子だから、私と一緒にぼ~~っとしていることも多いよ」
「うん。碧も楽…」
空君はそう言うと、黙ってしまった。
あ、じゃあ、今も特に何も考えていないのかな。黙っているからって、私、何か話そうとしないでもいいんだよね?
私も黙って空君と一緒にゆっくりと歩いた。海からの波の音がする中、なんだかとっても幸せな気分になれた。
空君の隣って、とっても私を幸せにしてくれるんだなあ。ああ、この時間って最高。ずっと続いたらいいなあ。




