第15話 二人でご飯?
碧と昼ご飯を食べ終わり、ふたりで音楽を聴いたり漫画を読みながら、リビングでまったりとしていた。
我が家のリビングは、二人がけのソファはあるが、そこにはいつもママとパパが座り、いちゃついている。そして私と碧は、絨毯の上で、寝転がっていることが多い。
だからなのか、パパとママがいなくても、私と碧は絨毯でゴロゴロしていることがほとんどだ。今日も碧は仰向けになって漫画を読み、私はうつ伏せになったりしながら、ゴロゴロとしていた。
「ねえ、碧」
「ん~~~?」
「もしさ、碧が好きな子のことを、碧の親友も好きになったらどうする?」
「げ?何?その質問」
碧は手で持っていた漫画を落としそうになった。
「え?だから、例えばの話だよ」
「……ふ~~~~ん」
「な、なに?」
なんで、横目で私を見たの?
「別に、どうもしないけどな」
「え?どうもしないって?」
「いいんじゃねえの。同じ人を好きになったって」
「気にならない?友達が好きな子と付き合うようになったらどうしようとか…」
「俺、好きな子とちゃんと付き合えるようになったし」
グ…。そうか、余裕なわけね。
「で、でもさあ、その友達が好きな子に告ったりしたらどうする?」
「別に~~」
「気にならないの?」
「だって、俺のことが好きだから付き合えないって、断るだろ?絶対に」
すごい自信家!こいつ、こういう性格だったのか!
「でででもね?すっごく友達がかっこよくって、その好きな子が、友達の方を好きになる可能性があったら」
「うぜ~~~。しつこいよ、凪」
「で、でも…」
碧はまた漫画を持って、読み出してしまった。
ああ、碧じゃ相談役にならないか。
「なんかさ…」
「え?」
「……俺って、誰よりもかっこよくって、素敵なんだって」
「………は?」
「ライバルも多くて、本当は部内恋愛禁止だし、夏休みに入って俺がバスケ部引退するまで、告るのも待とうと思っていたらしいけど、他の子に取られるのが嫌で、手紙くれたらしい」
「へ~~」
ノロケ?自慢?なんかちょっとムカつく。
「随分と勇気のある子なんだね」
「え?そうなのかな」
「碧も好きだったんでしょ?その子のこと」
「う、うん。まあ、なんとなく」
なんだ、その曖昧な返事は。
「じゃ、碧から告ろうとは思わなかったの?」
「……」
碧は漫画を絨毯に置くと、そのまましばらく天井を見つめ、
「うん、特には」
と淡々と答えた。
「でもさあ、他の子に取られちゃうかもっていう不安とかなかったの?」
「うん。告らなくても、なんとなく付き合っていける気もしたし」
「え?なんで?」
「向こうが告ってこなくても、なんとなく俺のこと好きなんだろうなってわかっていたし」
こいつ~~。自信過剰か!
「そういうのって、なんでわかっちゃうの?自分の勘違いだってこともあるじゃん」
「え?普通見てたらわかんない?」
「何を?」
「相手の態度」
「わかんないよ、全然」
「そうかな」
「どういうところを見て、碧のこと好きだってわかったの?」
「顔、いつも赤かったり」
「うん」
「なんか、目がうっとりしていたり」
「……うん」
「ああ!あれだ。母さんが父さんのこと見ている感じで、俺のこと見てたから」
「……そういうのって、一目瞭然なの?」
「うん。でも、他のマネージャーもおんなじ目で俺のこと見てたけど」
それ、どういう意味?まるでみんなが俺に惚れてますみたいに聞こえたけど。
「で、碧はその子のどこが好きになったの?」
「どこがって、どこかな~~~?ドンくさいところかな」
「は?」
「なんか、一生懸命なんだけど、たまに抜けてるっていうか…。他のマネージャーがしっかりしている分、そういうのが目立ってたっていうか」
「ママみたい」
「ああ、似てるかも」
マザコンか~~。碧はやっぱり。
「でも、その子、碧にちゃんと告白する気になったんだもんね。すごいね」
「………。俺が、その子を好きだっていうの、わかってたと思う…けど」
「え?なんで?どうして?碧、好きだって言ったことがあるとか?」
「ない」
「じゃ、なんでわかるの?」
「そりゃ、態度で」
「どんな?」
「…どんなって、例えば、帰り一緒に帰ろうって誘ったり、よく話しかけたりしてたし」
「それだけでわかるもの?」
「俺、あんまり女子に話しかける方じゃないから、わかりやすかったと思うんだけど」
「……」
そうなんだ。女子にちやほやされて、鼻の下伸ばして喜んでいたわけじゃないんだ。
「あのさ」
碧が突然、寝転がっていたのにヒョコッと起きてあぐらをかき、私の方を向いた。
「なに?」
私も思わず起き上がり、なぜか正座をしてしまった。
「友達っていったら、やっぱ、あの人?千鶴さん?」
「え?!」
「俺、空の好きなタイプじゃないと思うよ」
「ほんと?そうなの?あ、もしかして碧は空君の好きなタイプって知ってるの?!」
「う~~~ん。空も女子と話すの苦手みたいだし、女の子の話なんて、一回もしたことないけど」
「じゃ、どうしてわかるの?」
「なんとなく」
なんだ。なんとなくじゃわかんないじゃん。
「凪、別に心配する必要なんてないと思うけどなあ、俺」
「そうかな。千鶴は私よりもずっと可愛いし、スタイルもいいし、明るいし、やっぱり、男から見て、千鶴の方が好きになったりしない?」
「さあ?」
さあって…。
「私って、だって、つまんないでしょ?」
「つまんないって?」
「谷田部鉄に言われたもん。波風もない、なんにもないつまらない状態」
「それ、凪って言葉の意味のこと?」
「うん」
「谷田部鉄って、凪をよくからかってるけど、あれ、なんで?」
「知らないよ。あ、私がよく無視するからムカつくって言ってた」
「ふ~~~~ん」
碧はまた、ゴロンと横になった。
「それも、気にしないでもいいんじゃないの?だいたい、凪っていう意味は、つまらないって意味じゃないしさ」
「穏やかな状態のこと?」
「うん。波も風もあんまりなくて、心地いいな~~って感じじゃないの?凪、そのものじゃん」
「私?」
「そ。一緒にいて、すげえ楽」
それって、どうなんだろう。だいたい弟だから楽ってだけじゃないの?
「こうやって、一緒に家にいても、まったり~~~ってしてられるし」
「…」
それも、どうなんだろう。
「あ、そういえば、せっかく部活午前中で終わったんだし、デートしたらよかったのに」
「一緒に帰ってきたよ」
「それだけじゃなくって、どこか二人で行ったり」
「あんまり二人でいると、付き合ってるってばれるから。それは俺が引退してからかな」
「じゃ、うちに呼べば?バスケ部の子達にはバレないんじゃない?碧の友達、この辺に住んでいないでしょ?」
「いいんだよ。今日は4時くらいから、まりんぶるーに行って、舞花の相手しないとならないし。それまでは、家でゴロゴロしていたいし」
「彼女といるより漫画?」
「…うっせ~~~な。いつも部活で忙しいから、たまにはのんびりしたいの!」
「空君のところにでも、また転がり込みに行くのかと思ってた」
「俺、今日は夜、空のところに行くから、昼間は家でダラダラしようと思ってたんだよ」
「夜、行くよね?空君の家。私も写真集見に行くから、一緒に行こうね?」
「ああ、わかってるよ。そんな会話してたの聞こえてたし」
よかった~~~。
あれ?待てよ。今までの会話で、なんか引っかかるところが。あ!
「碧…。まさか、碧って、私が空君のこと…」
「空を好きなの、バレバレだよ?親戚中知ってるでしょ」
「え?!」
「凪見てたらわかるじゃん」
「……でででも、仲のいい親戚って感じでみんな受け取ってるんじゃないの?」
「なんだ、そりゃ」
碧が変な目で私を見た。
「だだだって、碧も言ってたじゃん。パパに…。親戚なんだから仲良しでもいいんじゃないかって」
「ああ、だってそう言わないと、父さんうるさそうじゃん」
「……じゃ、じゃあ、空君にも私が好きだって、バレてるかな」
「空、鈍そうだし、わかってないんじゃないの?それに、付き合うだのなんだのってことも、興味なさそうだし」
「だよね」
ガク。いや、バレてなくてホッとするところかな、今のは。
「ダラダラ~~。まったり~~~~。たまにはいいよね、家でこういう時間も」
碧は絨毯の上をクッションを抱きしめ、ゴロゴロと転がってそんなことを言った。
「そうだね。前はよくパパとママがいないと二人でこんなふうに一緒にいたね」
「うん。凪いると、安心なんだもん、俺」
「そうなの?」
「でも、それ、友達に言ったら、シスコンって言われたけど」
シスコン?ええ?碧、マザコンじゃなくてシスコン?!
碧はまた、漫画を読み出した。そして時々、「ゲハハハ」とパパのように大笑いをして、涙まで流している。
こんなののどこにみんなは惚れるのか。口も悪いしなあ。でも、内側は子供の頃のまま、あったかくて優しい碧なのかな。そういうところ、碧の彼女もわかっているのかな。
見た目は確かに、どんどんパパに似てきて、かっこよくなってきてるけど。見た目じゃなくって、中身を知って好きになってもらえたらいいね。
私は?見た目も中身も何もないような気がする。碧は心配することないって言ってたけど、やっぱり私は心配だよ。
空君の好みのタイプってどんな子?
ああ、そんなことを考えたらすっごく気になってきた。碧みたいに、好きな人に自分は好かれているって、そういう自信が持ちたいよ。
ゲハゲハ漫画見て笑っている碧が、ちょっと羨ましくなってしまった。
碧が電話で舞花ちゃんから呼び出され、まりんぶるーに行ってからは、私は自分の部屋に行き、ベッドでゴロゴロしていた。
碧の彼女は、相当勇気を出したんだろうか。それとも、碧が自分を好きだってわかっていて、断られる心配がないから告白できたんだろうか。
そもそも、付き合うってどういうことかな。彼女、彼氏になるって。
デートもしないのかな、碧は。だけど、二人で一緒に帰ってくるだけでも、付き合ってるってことになったりしないのかな。
あ、ならないか。空君と一緒に帰ってきたこともあるけど、ただ、それだけだもんね。
じゃあ、空君と付き合うってことになったら、どんなふうになるのかな。
空君と付き合う?
まったく想像もできない。そもそも、空君と恋って結びつかないな。海を見て、サーフィンして、あんまり人と関わらないようにしている空君に、彼女ができるなんて。
ぼわわん。あ、浮かんだ、今。空君がサーフィンをしているのを、浜辺から見ている千鶴。ううん、千鶴なら、一緒にサーフィンをしてしまうかもしれない。そして、仲良く海で泳いでいる二人。
ああ!自分と空君が付き合っているのは、まったく想像できないのに、なんで千鶴とだと想像できちゃうの?ダメだ。落ち込んだ。やめよう、こんな妄想。
時計を見た。いつの間にか5時半になっていた。ママは一回も帰ってこなかったから、まりんぶるー忙しいのかもしれないな。ちょっと手伝いに行ってこようかな。
ゴールデンウイークは、このあたりのペンションや、旅館に泊まりに来る人もぐっと増えるので、まりんぶるーもいきなり忙しくなる。毎年そうらしい。
サーファーもけっこう来るので、櫂さんのお店も忙しくなるし、もちろんパパの水族館も、連休中はたくさんの人出がある。
だから、家族でどこかに行くこともなく、私と碧は暇だ。碧はまだ、部活があるからいいけど、私は中学は帰宅部だったし、高校だって幽霊部員だし、たまに出るくらいだからなあ。
まりんぶるーに到着すると、やっぱり、お店にはお客さんがいっぱいいた。この時間まで、テーブルにお客さんがうまっているのは珍しいことだ。あ、夏休みは連日、こんな感じになるけれど。
おや、碧も舞花ちゃんもいない。杏樹お姉ちゃんもやすお兄ちゃんも、お店で手伝いをしているから、二人でリビングで遊んでいるのかな?
「あ、凪。どうしたの?」
ママが私に気がついて、キッチンから出てきた。
「忙しいの?何か手伝おうか?」
「大丈夫。人手は足りてるから。それより、夕飯どうする?また碧と奥のリビングで食べていく?」
「パパは?」
「水族館から、こっちに直行するって言ってた。やすくんと飲むんじゃないかな」
また~~?
「あ、凪ちゃん、ちょうどよかった」
春香さんが手に袋を持って、リビングの方からお店にやってきた。
「はい?」
「今、空に夕飯作ったの。あとで作る時間もなさそうだから。碧君の分まで作って、碧君に持って行ってもらおうとリビングに行ったら、舞花ちゃんが碧君から離れなくって」
「え?」
「夕飯も碧君と食べるって言い張ってるのよ。うちに一緒に行って、碧君と空と舞花ちゃんで食べてくる?って聞いたら、ここがいいって動かないし。舞花ちゃん、空が苦手だから、うちには来たがらないのよね」
空君が苦手なんだ。そっか~~。あんまり会わないからかな。
「それで、タッパーにおかずもいっぱい入れちゃったし、これ、空と凪ちゃんとで食べてくれないかなあ」
「は?」
「凪ちゃんが、空に持って行ってくれない?ご飯はうちにいっぱい炊いてあるから、それで食べて?」
「わ、私が?」
「うん。私も抜けられそうにないし、櫂も忙しいからお店抜けられないだろうし」
「はあ…」
「ごめんね?頼んじゃって。うちで夕飯食べたら、空に家まで送らせてね?」
「……はい」
うそ。
まりんぶるーを出て、私はとぼとぼと空君の家に向かって歩きながら、頭が真っ白になっていた。
空君と二人で夕飯?いや、二人じゃないよ。空君の家には、櫂さんもいる。とはいえ、櫂さんは1階のお店にいるから、やっぱり、空君と二人っきりになるんだ。
え~~~~~!!!!!
だ、大丈夫かな。空君、嫌がらないかな。
それより、私が大丈夫かな。なんだか、緊張で心臓がバクバクだ。
ああ!空君の家に着いちゃったよ!
空君の家は、お店の入口の真裏に玄関がある。玄関の前に佇み、チャイムを押すのをずっとためらっていた。
「お、お店の方から入ろうかな」
そうしたら、櫂さんが、空君に夕飯を届けてくれて、私はまりんぶるーに帰ってもいいよ…ってことになるかもしれない。あ、そうだよ。たくさんあるおかずは、櫂さんにも食べてもらうってことで。うん、そうしよう。
とぼとぼとお店の方に回り、お店の奥で作業をしている櫂さんに声をかけた。
「あれ?凪ちゃん」
「あの、春香さんから、夕飯を頼まれて持ってきました」
「そうなの?空の分?」
「はい。本当は碧が持ってきて、空君と食べるはずだったから、たくさん入ってるんです。でも、碧、舞花ちゃんに離してもらえなくなったみたいで」
「そっか。じゃ、凪ちゃんが食べていってよ」
「でも、櫂さんの分は?」
「俺はあとでまりんぶるーに行くよ。今日は聖と飲むつもりでいるしさ」
また~~?櫂さんまで?
「昨日はやすと俺、飲めなかったから、聖がっかりしてたじゃん?」
あ、そうか。なるほどね。
って、そんなこと納得してどうするの。このままだと、私が空君と一緒に食べることになるよ?
「こっちから上がっていいからね。空~~~!空~~~~!凪ちゃんが夕飯持ってきてくれたよ~~~」
櫂さんは、お店から家へと繋がっているドアを開け、2階に向かってそう叫んだ。
うわわ。空君まで呼んじゃったよ~~。
「上、来てもらって」
空君の声が2階からした。
「ほら、凪ちゃん、ここで靴脱いで、上がっていいよ」
櫂さんはニコニコしながらそう言った。そこにお客さんが来てしまい、
「じゃ、ゆっくりしてってね?凪ちゃん」
と櫂さんは、お客さんの方に行ってしまった。
ああ、これは、おうちに上がるしかないようだ。
ドキドキ。ドキドキ。心臓が高鳴るのを感じながら、私は靴を脱いで家に上がった。そして、階段を上り、空君のおうちのリビングに行った。
「…あ」
空君が、ソファに座ってこっちを向き、私を見た。
「碧は?」
「まりんぶるーで舞香ちゃんの相手をしているの」
「…え?じゃ、凪、一人?」
「うん」
空君、下向いた。あ、私一人じゃ嫌なのかな。
「あ、あの、たくさんタッパーにおかず入ってるから。食べきれなかったら、冷蔵庫入れたら明日までもつよ。それで、私は…、あの…」
ど、どうしよう。まりんぶるーで食べるからいいよって言う?それとも、家に帰る?
「たくさんあるんだ。じゃ、凪も食べていけば」
「い、いいの?!」
うわ。声がつい大きくなっちゃった。
「…うん、いいよ。写真集も見に来たんでしょ?」
「う、うん」
今、空君、私のでかい声でちょっとびっくりしたみたい。ああ、なんであんなにでかい声出しちゃったかな、私。
「ここで座ってちょっと待ってて。俺、腹減ってるから、もう夕飯にしていいよね?」
空君はそう言うとソファから立ち上がった。時計を見ると、6時を過ぎていた。
「うん」
「じゃ、DVDでも見てて。俺が見てた映画の途中だけど」
「私がするよ。夕飯の準備でしょ?」
「いいよ。凪、うちのキッチン、どこに何があるか知らないでしょ?」
「うん。ごめんね。今度春香さんにちゃんと教わっておく」
「…うん。…そう?」
あれ?私、何か変なこと言った?今、かすかだけど、空君笑わなかった?
そして、空君はダイニングテーブルにタッパーから出したおかずや、ご飯をよそったお茶碗を並べ、
「冷たいお茶でもいい?」
と私に聞いてきた。
「うん」
「じゃ、食べようか」
ドキン。空君にそう言われ、私もダイニングテーブルに移動した。そして、空君の前に座り、
「いただきます」
と二人で言って、食べだした。
あ、いけない。DVD付けっぱなしにしちゃった。
ダイニングとつながっているリビングから、DVDの映画の音だけが響いた。あ、このままでいいか。変に静かだともっと緊張しちゃう。
と思っていたら、いきなりキスシーンになってしまった。あわわわわ。
うわ~~!!気まずい!!!!
「ごめん。DVD止めるの忘れた。消すね?」
私は慌てて、テレビのスイッチをリモコンで切った。
ドキドドキドキ。胸の鼓動とは裏腹に、ダイニングはし~~~んと静まり返ってしまった。
ああ、もっと気まずくなったかも!




