第138話 流星群
「凪、起きて」
ん~~~。この声は、空君の声だ。あれ?なんで空君の声がするの?ああ、夢かな。これ…。
「凪、3時半になるから起きて」
「空…君。まだ、眠いよ~~」
ああ。きっと、子供の頃の夢だよねえ。可愛い空君と一緒に寝ちゃったんだ。私…。
「凪!とっとと、起きろ!流星群見れないぞ!」
え?!
なんで、碧の声?
目が覚めた。目の前には碧の顔…。
「何よ、碧~~~。今、いい夢見てたのに」
「どんな夢だよ」
「空君と一緒に寝ていて、空君に優しく起こされた夢…」
「うん。起こしたけど、凪、なかなか起きないから…」
そう右の方から空君の声が聞こえて、私はそっちに顔を向けた。すると、私の隣に空君が座っていた。
「あれ?」
「あれ?じゃないって~~の。ここ、学校。家じゃないからな」
「あ!そ、そうだった」
「もう、みんな起きてて、凪だけだぞ。グースカ寝ていたの…」
「え?あれ?文江ちゃんは?」
「はい。起きてます」
文江ちゃんは、もうすっかり眠気の無い顔で、ちょこんと碧の隣に座っていた。
「ごめん、起きる」
「……」
もそもそと、起き上がり空君の隣に座った。すると、空君がなんだか嬉しそうに私の顔を覗き込んだ。
「な、なあに?」
「寝顔、可愛かったなあって思って」
ええ?
「くーくーって寝息は、昔と変わらないよね、凪」
恥ずかしいかも。
「あのさ、いきなり二人だけの世界作ってないで、早く屋上行こうぜ。向こうの連中はもう行ったみたいだぞ」
「え?鉄たち?」
「あいつら多分、寝ていないよ。俺が起きた時、わーわー騒いでた。で、みんなで出て行ったみたいだから」
「元気だなあ。徹夜するのかなあ」
「流星群見たら寝るんじゃないの?」
碧はそう言うと、立ち上がり、
「文江ちゃん、行こう」
と、文江ちゃんのほうに手をさし出した。
ありゃま。手、繋いでいっちゃうんだ。文江ちゃんが真っ赤な顔をして、おそるおそる碧のほうに手を伸ばしたよ。で、その手をさっと碧は握りしめ、
「それじゃ、お先」
と、和室のドアを開け、出て行ってしまった。
「凪、俺らも行こうか。そろそろ、流星群の時間になるから」
「うん」
まだ、私は眠かった。よっこらしょと立ち上がり、ぼおっとしながら歩き出すと、空君は私の手を取って歩き出した。
わあ。私と空君も手を繋いじゃった。嬉しい。ほんわかと空君のあったかいぬくもりが伝わってくる。
それから、屋上に向かって階段を上りだし、屋上に到達すると、屋上から賑やかな声が聞こえてきた。
どうやら、みんなずっと起きているから、ハイテンションになっているようだ。
「あ、凪、空君!」
千鶴が私たちを見つけ、思い切り手を振っている。
「遅いよ~~。二人きりで何してたの~~?」
「二人きりじゃないよ。碧も文江ちゃんもいたし」
「和室で寝てたの?カップルでいて、寝ちゃうなんて」
「本当だよ。碧も寝ちゃったのかよ。彼女が横にいるのに」
千鶴と鉄までがひやかした。すると、
「だって、凪がいたからさ。凪がいると、眠くなるんだよね」
と、碧はひょうひょうとそう答えた。
「榎本先輩がいるから?」
「凪といると、癒されちゃうからかもな」
鉄にそう言ったのは空君だった。
「じゃあ、空もぐっすり寝たわけ?」
「うん。よく眠れた」
「彼女がいても、平気で眠れるんだ。へ~~~」
鉄の言葉に、千鶴まで、
「なんか、みんな可愛いんだね」
と、いきなり子供扱いしてきた。
「そんなことより、流星群来るんだろ?みんな、ちゃんと見ようぜ」
碧は、バツの悪そうな顔をして、空を見上げた。その声でみんなも、上を見て、
「まだかなあ」
と、流星群を見る体勢になった。
屋上は静かになった。
「今日、天気良くて良かったね、凪」
ぼそっと空君が、すぐ隣でそう囁いた。
「うん」
空君と私は、また手を繋いだ。さっき、千鶴に声をかけられ、空君はすぐに手を離したけれど、みんなが空を見上げていて、私たちを見ていないからか、手を繋いできた。
ドキン。すぐ隣にいる空君の優しいオーラ。それから、手から伝わるぬくもり。安心するけど、ドキドキする。
そして…。流れ星が、一つ、また一つと現れ、
「わあ!すごい~~~!!」
とみんなで歓喜するほど、星が次々と空を流れて行った。
しばらく流れ星のステージを見た。最初は声を上げたみんなも、だんだんと声がなくなり、ただただ、空を見上げていた。
「綺麗だったね。凪」
「うん。なんだか、ロマンチックだった」
「え?凪からそんな感想を聞けるとは思わなかったな」
「どうして?」
「ごめん。なんか、子供の頃みたいに、ただただ、素直に感動しているのかと思っていたから」
流星群のショーが終わり、みんなは、一気に眠気に襲われたのか、
「また部屋に戻って、寝よう」
と、みんなして部屋に戻り、私、空君、碧、文江ちゃんは、また和室の布団に転がった。
碧は、眠いと言って、また寝たようだ。文江ちゃんからも、スースーという寝息が聞こえる。でも、私と空君は眠れずにいた。そして、二人で布団に横になり、また手を繋いで小声で話をしていた。
「感動したよ」
「俺も」
そう言って空君は、満足そうに笑った。それから、じっと私の顔を見つめてきた。
「な、なあに?」
「子供の頃、こうやって布団に二人で寝っころがって、話をしたよね」
「うん。でも、一つの布団でだった」
「ああ、そうだったよね。でも、今、一つの布団に寝ちゃうと、すごく接近してやばいことになっちゃうよ」
「え?」
びっくりして、空君のことを目を丸くして見てしまった。
すると、
「あ、うそうそ。碧も黒谷さんもいるんだから、変な気は起こさないから安心して」
と、空君は顔を近づけ、もっと小さな声でそう私に言ってきた。
ドキン。顔が近づき、耳に空君の息までかかり、胸が高鳴ってしまった。私も一つの布団で横になったら、空君にすごく接近しちゃって、心臓がもっと早く鳴り、大変なことになっちゃうかもしれない。
結局、空君も私も、そのあと眠れなかった。なんとなく二人で見つめ合い、小声でひそひそ話をして、6時過ぎまで布団に寝っころがっていた。
「もう、目冴えちゃったね。起きる?凪」
「うん」
空君と校庭に歩いて行った。天気も良くて、気持ちのいい朝だった。
「ん~~~~~」
空君は大きな伸びをした。それから、空を見上げて、
「綺麗な空だね」
と、呟いた。
「うん」
「なんか、不思議だ」
「え?」
「凪と朝を迎えているなんてさ」
「……うん」
「でも、いいね」
「うん」
何を話すでもなく、私と空君は校庭で空を見上げ、ぼんやりとした。空君はそっと私の手を取り、優しく私の手を握りしめ、私の顔を見てはにかんで笑った。
キュン!
可愛い!!!
「朝から、凪、光出しまくりだ」
やっぱり?だって、朝から空君、すっごく可愛いんだもん。
校庭をぶらぶらと歩き、中庭に行ってベンチに腰かけた。そして、二人でまたなんでもない話をし始めた。
私と空君はまだ、手を繋いでいる。そして、隣で時々声を出して笑う空君を見て、私はときめいている。
「あはは」
目を細め、空君は笑う。可愛いやらかっこいいやらで、ドキドキしちゃう。
みんなが起き出してくるまで、私と空君はそのベンチに座っていた。
遅い朝食を、みんなで部室に行き食べた。そして、流星群について、空君が説明をしてくれて、一人ずつ感想を言い、その日の部活動は終わった。
ぞろぞろと学校を出て、みんなで駅に向かった。みんなは、寝たから元気だったけれど、私はだんだんと眠気に襲われていた。
どうにか、家までたどり着き、空君と別れた。空君も眠くなったらしく、家に帰って寝るね、と私と碧に言い、そのまま自転車に乗って帰って行った。
碧はしっかりと寝たから、元気みたいだ。でも、私は今にもばったりと倒れて寝そうなくらいだ。
「ただいま。ママ、寝るね」
「え?今から?」
「うん。おやすみなさい」
リビングで雪ちゃんとまったりとしていたママにそう告げて、私は2階にふらつきながら上がった。
そして自分の部屋に入り、ベッドにバタンと横たわり、そのままグースカ寝てしまった。次に起きた時には、すでに外が薄暗くなっていた。
「わあ、今、何時?」
ベッドからから起き上がると同時に、ドアをノックする音がして、
「凪、もうすぐ夕飯だって。起きた?」
と、ドアの外から空君の声がした。
「空君!?うん、起きた!」
なんで、我が家にいるんだろうと思いつつ、ドアを開けた。すると空君は私の顔を見て、くすっと笑った。
「なあに?」
「髪、くしゃくしゃだよ、凪」
わ~~~。鏡、見てなかった。
慌てて部屋の中に入り、鏡を見た。本当だ。髪がぼっさぼさ。
「中に入ってもいい?」
「え?うん」
私は鏡を見ながら、髪をとかした。とかすのに夢中で、なんにも考えていなかった。でも、髪のぼさつきがおさまる頃、空君が私のベッドに座っているのに気が付いた。
あ。空君と、私、部屋に二人きりだ。なんか、こんなの、久しぶりかも。
「そ、空君、しっかり寝れた?」
「うん。爆睡した。で、碧からの電話で起きて、夕飯食べに来いって呼び出された」
「そうだったんだ」
「碧、いろいろと話がしたかったらしくて」
「流星群の話?」
「まさか。黒谷さんのことじゃないかな」
「碧、そういう話を空君にはするんだね。私にはあんまりしないけど」
「凪には恥ずかしいんじゃないの?」
空君、なんだか、今日は私と二人きりでも、私のベッドに座っちゃっていても平気みたいだ。前は、二人きりになるのを本当に避けていたのになあ。どっちかっていうと、私のほうが意識しているかも。さっきから、ドキドキだ。
別に空君が何かしてくるかも…とか、そんなことを考えているわけじゃない。ただ、空君が私の部屋にいる。私のベッドに座っている。それだけでも、ドキドキしちゃっている。変だよね、私。
「空君、部屋に二人っきりでいるよ。大丈夫なの?」
「あ、そうだよね。あんまり大丈夫じゃないかな」
「え?!」
あ、私の声、裏返っちゃった。
「そろそろ、下に行くね。碧が雪ちゃんを独り占めにして、俺に貸してくれないから、つまらなくなっちゃってさ…。でも、もうそろそろ、雪ちゃんのこと、抱っこさせてくれるかも」
そう空君は言うと、さっさとベッドから立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。
あれ?
もしや、雪ちゃんを抱っこできていたら、わざわざ私を起こしに来ることもなかったってこと?
なんか、雪ちゃんに会いに来たのかも…、空君。
いいんだけどね。雪ちゃんはさらに可愛くなり、きゃっきゃと声をあげて笑ったりすると、本当に私ですらメロメロになっちゃうし。碧や空君が、雪ちゃんの取り合いをするのもわかる気がするし。
だけど、やっぱり、妬ける…。時々、パパと碧が雪ちゃんを取り合っている時、ママが寂しそうにしているけど、その気持ち、すっごくよくわかっちゃうなあ。パパ、最近、私にかまってくれなくなったし。
いいんだけどさ。空君と一緒にいるほうが、嬉しいし!あ、でも、その空君も最近は雪ちゃんに夢中だしなあ。
本気で、今後雪ちゃんがライバルになったりしないか、心配になってきちゃった。
一階に行くと、雪ちゃんを抱っこしているのは空君だった。目じりを下げ、にっこにっこの顔で雪ちゃんを抱っこして、遊んであげている。
「いいね、雪ちゃんは。空お兄ちゃんに遊んでもらって」
ママがそんなことを、雪ちゃんの顔を覗き込みながら言った。雪ちゃんはわかったのか、
「あ~~~」
と嬉しそうに答えた。
「赤ちゃんって可愛いっすよね。俺、この分なら、自分の子供を育てるのも、できそうだな」
「え?どういう意味?」
「子供、苦手だったから、自分の子供まで苦手だったらどうしようって、そんなふうに思ったりもしていたんで…」
「凪と空の子?」
そこで、すかさず碧がそう空君に聞いた。すると、空君は顔を赤くして、
「えっと、うん、まあ」
と、照れながら頷いた。
「自分の子供だったら、もっともっと可愛いかもよ、空君」
ママがそう言うと、空君は、「そうっすか?」と、また照れながら呟き、雪ちゃんの顔を見た。
「凪に似ていたら、雪ちゃんみたいかな」
あ。空君の独り言、聞こえちゃった。なんだか、照れる…。
「空君と凪も、すぐに結婚して赤ちゃんできちゃうのかしらね」
ママがにこにこしながら、空君に聞いた。すると、空君の顔はぼわっと赤くなり、
「い、いいえ。そんな、すぐには」
と、慌てふためいている。
「母さんと父さんと違って、凪と空は奥手みたいだから、そんなに早くに赤ちゃんはできないんじゃないの?」
な、生意気なことを、平気な顔をして碧が言った!!!
「あ、碧だってそうでしょ?文江ちゃんと、まだまだでしょ!?」
私はすかさず、そう言い返した。
「そりゃ、あの文江ちゃんだからさ~~」
碧はちょっと口を尖らせながら、誰にともなく呟いた。
まさか、碧。早くに手を出したいなんて思っていないよね。キスはしたみたいだけど、その後の進展なんか、まだまだしていないよね?!
「碧、文江ちゃんのこと、大事にしなきゃだめよ」
「え?大事にするに決まってるじゃん」
ママに言われ、碧はちょっと怒ったように言い返した。
「だったらいいけど…」
ママはにっこりと笑った。
「空君は凪のこと、本当に大事にしてくれているから、安心だけどね?」
にっこりと笑ったまま、ママは空君のほうを見てそう言った。空君はさっきから、ずっと顔が赤いまま。
「あ、はい」
さらに赤くなったかもしれない顔で、空君は頷いた。
そしてきっと私も、今、顔が真っ赤だろうなあ。
いつまで、こんな二人でいるのかわからない。なかなか二人の距離は縮まらない。それが前はじれったかった。でも今は、こんな距離感にすら、ドキドキしている。