第137話 学校にお泊り
夏休みに入り、流星群を見るためにみんなで、学校に泊まることになった。
学校には、合宿のための部屋がある。部屋は二部屋に分かれていて、6畳の和室が一部屋と、やけにでかい板の間の部屋があった。
夕飯は、各自持参。みんなで部室で食べてから、合宿の部屋に移動した。運動部のためにシャワールームもあり、そこでシャワーを浴びてから、まず大きな部屋にみんなで入った。
「和室が女性陣の部屋よね」
久恵さんがそう言った。でも、千鶴が、
「6畳しかないんだよ。雑魚寝してもきつくない?」
と、そう私に聞いた。
「そうだよね。どうしようか」
参加者は全員で14人。女性陣は8人もいる。
ふと、私は文江ちゃんを見た。文江ちゃんは、空君と笑いながら話している碧のことをじいっと真剣な目で見ていた。
見惚れているとか、そんな雰囲気じゃない。ちょっと必死な感じもする。
「ねえ、空君。ここって、なんかやばいかなあ」
空君のそばに行って、そっと聞いてみた。すると、
「幽霊?碧がいるからここにはいないよ?」
と、空君はすんなりそう答えてくれた。
じゃあ、なんで文江ちゃんはあんなに、必死に助けを求めるように碧を見ているんだろう。
「でも、和室の奥が暗かったな。この部屋とちょっと離れているし…。あ、碧があっちに行けば、問題ないのか」
「え?和室に幽霊いるの?」
千鶴がびっくりして大きな声でそう空君に聞いてしまった。
「嫌だ~~。和室で寝たくない。こっちに寝ようよ」
そう叫んだのは、サチさんと広香さんだ。久恵さんも、嫌そうな顔をしている。この3人は前に金縛りみたいなのにもあっちゃっているし、霊って聞いただけで怯えるようになっちゃった。
「だけど、この部屋もでかいとはいえ、みんなで寝るにはなあ。それに板の間だよ?いいの?」
空君が女性陣に聞いた。
「だって、ここにはいないんでしょ?」
「うん。明るいし、広いし、空気の通りもいいしね。碧がいないとしても、ここは安全かな」
「じゃあ、私はこっちの部屋がいい。板の間だって布団敷けば大丈夫だよ」
「そうだよね。私もこっちにする」
女性陣のほとんどがそう言いだした。
「じゃあ、男性陣があっちの部屋?それも、きつくない?」
鉄がそう発言すると、
「もう、男子、女子、同じ部屋でもいいじゃん。こうなったら」
と、久恵さんが言いだした。
「あ、まあ、それでもいいけどね」
鉄はそう言いながら、広香さんを見た。広香さんも恥ずかしそうに鉄を見た。
「でも、いちゃつくのは、無しだからね」
久恵さんの言葉に、二人はぱっと視線を外した。
「この部屋は俺がいなくても、安全なんだろ?じゃあ、俺は和室に行くよ。空も向こうに行くか?」
「ああ、そうだな。俺は別に幽霊怖くないし」
「碧君、あっちの部屋に行っちゃうの?」
文江ちゃんが青ざめた。
「大丈夫だよ、先輩。俺がいたら、和室にいる霊もどっかに退散しちゃうから」
にこりと碧は微笑んだ。文江ちゃんはほっとした顔をして、
「じゃ、じゃあ、私は和室に」
と、碧の隣に並んだ。
「え?じゃ、私も」
私はすかさず、空君の隣に並んだ。
「和室6畳って、4人でいっぱいじゃね?残りは、こっちで寝るか」
鉄がそう言うと、空君も、
「ああ、そうしてくれ」
と言って、自分のカバンを持ち、とっとと和室のほうに向かって行った。
「空君、碧君が先に行ったほうがいいよ。私、さっき、ちょっと見えちゃったの。女の人の霊だったけど、怖い感じだったよ」
「見えたの?文江ちゃん。そういう時はすぐに俺に言って」
碧はそう言うと、先頭に立ち歩き出した。
ガラリ。碧が襖を開けた。一瞬冷たい空気が和室から流れ出てきた。でも、碧が電気をつけて、和室の中に入って行くと、部屋は一気に明るくなり、空気も変わった気がした。
「あ、なんか、いい雰囲気じゃない?畳も綺麗だしさ」
「そうだね。でも、碧が中に入るまで、ちょっとやばそうな雰囲気あったよ」
「そう?俺にはわかんなかったな」
「そりゃそうだろ。碧が入った途端、逃げ出したから」
「そうなの?文江ちゃん」
「はい。それに、先輩からも光出まくっているから、この部屋、今はすっごく居心地いいです」
なるほど。ダブル効果なわけね。
それにしても、結局いつもの4人になっちゃったなあ。なんて思いつつ、部屋にカバンを置いていると、
「流星群来るまで、まだまだ時間あるんだろ?凪。布団敷いてひと眠りする?」
と、碧が言い出した。
「そうだな。明日の4時過ぎっていう話だし、もう寝るか」
「もう?でもまだ、9時だよ」
「十分だよ。とりあえず、布団敷いて、その上でトランプとかしようぜ」
「トランプ持ってきたの?碧」
「うん」
何しに来たんだ、碧は。
「じゃ、布団敷くよ。2枚ずつ敷いて、頭寄せ合って寝る?」
そう言いながら、空君が布団を敷きだした。
「え?誰が誰の隣に寝るの?」
私がそう聞くと、
「俺が文江ちゃんの隣」
と、碧がにこにこしながらそう答えた。
「え?!」
文江ちゃんが真っ赤になった。
「そ、それは、まずいんじゃ」
と私が言いかけると、
「いいんじゃないの?黒谷さんも碧が隣だと安心だろうし」
と、空君までが淡々とそう言いだした。
っていうことはだよ?私が空君の隣ってこと?
ひゃあ。
どうしよう。
嬉しい気もするし、ドキドキが半端ない気もするし。
「凪、空を襲うなよ」
「うるさい。襲うわけないでしょ、碧」
もう~~~。最近はドキドキしちゃって、抱き着くこともできないんだからね。変なこと言わないでよ。
「3時半頃起きて、屋上に集合って、あっちのみんなに言ってくる」
そう言うと、空君は和室を出て行った。
「凪さあ、なんか、空と引っ付かなくなったよなあ」
布団の上に胡坐をかき、トランプを切りながら、碧がそんなことを言い出した。
「…い、いいでしょ、別に」
「いいけどさ。なんか変な雰囲気だよね?」
「だから、いいでしょ、別に」
「まあ、いいけどさ。それより、文江ちゃん、何する?トランプ」
碧は隣にちょこんと座っている文江ちゃんに、にやつきながらそう聞いた。
「えっと…。難しいのはわからないから、簡単なので」
「じゃあ、大富豪かな。ババ抜きのほうが簡単かな」
空君が戻ってくると、みんなで輪になって座って、ババ抜きを始めた。文江ちゃんが全部顔に出るから、文江ちゃんが負けてしまい、次は大富豪をした。
でも、やっぱり、文江ちゃんが負けてしまい、
「トランプやめて、もう寝る?」
と、暗くなっている文江ちゃんを見て碧が提案した。
「とりあえず、ゴロゴロしていようか。すぐに眠れそうもないけど」
空君もそう言って、布団に転がった。碧も転がると、私と文江ちゃんは、そんな二人の隣に恥ずかしがりながら横になった。
ああ。空君からあったかいオーラがやってくる。幸せだなあ。
「あっち、みんなでゲームするって盛り上がってた。3時半に起きれるのかな」
空君がぼそっとそう呟いた。
「ゲーム?」
「トランプだの、ウノだの、あれこれ持ってきてたよ」
「みんな、何をしに来たんだろう」
「そりゃ、遊ぶためでしょ」
私の言葉に碧は平然とそう答えた。
「流星群の観察に来てるんだよ?」
「真面目~~。さすが部長。でも、凪の目的は、空といちゃつくことじゃないの?」
碧~~~!なんだって、そういうこと言うの!?
「違うよ。凪は最近、俺といちゃつかないから」
空君がまじめにそう碧に答えると、碧までがまじめな顔をして、
「かわいそうにな、空」
と、なぜか空君を慰めた。
文江ちゃんはさっきから、とっても静かだ。ちらっと顔だけ上げて見てみると、碧の隣で真っ赤になっていた。
ああ、なんて可愛いんだ。きっと、今、ドキドキ半端ないんだろうなあ。
と、その時、グルンと空君が一回転して、私のすぐ近くにやってきた。そしてうつ伏せになって、
「なあ、碧。今日の流星群なんだけどさあ」
と、いきなり、嬉しそうに流星群の話をし始めた。
ドキドキドキ。すぐ横に空君の顔がある。肩と肩が触れ合うくらい近い。
きっと、私も文江ちゃん同様、真っ赤かもしれない。
碧も、うつ伏せになって空君に顔を近づけ、話を聞きだした。碧もさっきより、文江ちゃんに接近したから、文江ちゃんは、さらに赤くなっているだろう。でも、私は仰向けで、ただ天井を見上げるだけで精一杯で、文江ちゃんの様子を見る余裕がなかった。
「あはは。碧、どこで仕入れたんだよ、それ」
話は天文学から、他に発展し始めた。二人はいつものように、楽しく話をしている。
ドキドキ。
空君の笑い声が、すぐ横から聞こえる。空君の体温まで伝わってくる。
「あ、碧、もう寝よう。10時だ」
「へ~~い。じゃあ、電気消して。俺、明るいと寝れないから」
碧がそう言うと、空君はわざわざ立ち上がり、小さな豆電球だけにした。
「真っ暗のほうがいい?」
「ううん。ちょっとついていないと、怖い」
ずっと黙っていた文江ちゃんがそう答えた。
「俺が隣にいるから怖くないよ」
「う、うん」
碧め。そんなこと言っちゃって。
「じゃあ、寝るか。おやすみ」
空君も布団に寝っころがり、そう言った。みんな「おやすみ」と言って、部屋は静かになった。
和室は静かだった。時々、向こうの部屋で盛り上がっている声が聞こえてきた。
「あっち、まだ起きてるな。まさか、徹夜する気だったり」
「かもな」
碧の言葉に空君が答えた。
「碧は?あっちに行きたかった?」
「俺?まさか~~~」
まさか~~~の声が、にやついていたよ、碧。文江ちゃんと一緒がいいに決まっているよね。
「俺も」
空君がそう言うと、私を見てにこりと笑った。
ひゃあ。ドキドキドキ。笑顔可愛いよ。
「わあ。豆電球消しても、先輩の光がすごいから、大丈夫だったかも」
「だよね。電気消しても、明るいもんね。明るくて眠れないってことない?黒谷さん」
「大丈夫。先輩の光で癒されて、安心できるし」
「だよね」
空君と文江ちゃんが、そんな会話をしている。
「何?凪からまた光出てるの?俺には見えない」
「すごく綺麗な光、ずっと出ているの」
碧の言葉に、文江ちゃんが答えた。
「ごめんね。光を調節できなくて」
そう謝ると、
「いいんです。絶対に幽霊やってこないって安心感があるから、光が出ているほうがありがたいです」
と、力強く文江ちゃんがそう言ってくれた。
「俺も!」
隣で可愛く空君がそう言った。
わあ。可愛い。可愛すぎちゃう。抱き着きたい。でも、ドキドキしてできない。
なんて、思っていると、さらに光が飛び出てしまった。
「ごめん。今の、眩しかったよね?」
自分でも見えたから、二人に謝った。
ああ。部屋を暗くしたから、私の光が余計に目立つようになってしまった。
「ここらへんにいる霊が、一気に成仏したんじゃないの?向こうの部屋も安全だし、いや。学校全体安全かもね」
空君がそう言って、くすっと笑った。
「は~~~~~」
その時、文江ちゃんが安心しきったように息を吐いた。
「なに?」
「安心するなあって思って。ものすごくほっとしているんです」
「へえ、凪がいるから?」
碧の質問に、
「はい」
と、満足気に文江ちゃんが答えた。
でも、
「俺は?俺がいて安心は?」
と、どうやら、碧が顔を近づけ聞いたのか、一気に文江ちゃんは、
「え?えっと、あの…」
と、緊張しまくったようだ。
そんな二人のことには、まったく関心を示さず、空君はずっと私のほうを見ている。
「な、なあに?」
小声で聞いてみた。でも、空君は、首を横に振るだけ。
「?」
首を傾げて空君を見た。空君は嬉しそうににこりと笑った。
まさか、隣に私がいて嬉しいとかかな?なんてね。
ブワッ。私も嬉しくて、光がまた出てしまった。
「くす」
空君が笑った。ああ、可愛い。
結局、ドキドキしていて私はなかなか眠れなかった。そのうえ、先に寝ちゃった空君は、う~~んと寝返りを打ち、さらに私のすぐ横まで来て、体を引っ付けてきちゃったし。
ドキドキドキ。顔、本当にすぐ横だ。空君の髪が私の頬にあたるくらい。腕もぴったり引っ付いているし、どうしよう。
「う~~~~ん」
あ。今のは碧だ。碧も寝返りを打ったようだ。そして、
「きゃ」
という、文江ちゃんの小さな声が頭上から聞こえた。
頭をずらして、文江ちゃんのほうを見てみた。碧は文江ちゃんのほうを向き、文江ちゃんの体の上に腕まで乗せちゃってる。
「碧、寝相悪いね。腕重いでしょ?どけていいよ」
私が小声でそう言うと、文江ちゃんは「はい」と囁くように言って、碧の腕をどけようとした。でも、重すぎてどけられないようだった。
「い、いいです」
文江ちゃんは諦めた。でもきっと今、心臓はバクバクだろうなあ。
「凪」
え?
今、空君が呼んだ?と思って空君を見ると、空君はくすくすっと笑った。でも、寝ている。
夢を見ているの?寝言?
どんな夢?どんな夢だとしても、私の夢だよね。
ドキドキ。
碧と空君は寝ちゃったけど、私と文江ちゃんはしばらく眠れなかった。