第136話 今年は二人で
海が解禁になり、私と空君は朝早くから海に泳ぎに行った。去年はパパや碧、櫂さんや爽太パパまで来て、デートを邪魔されたけど、今年はみんな気を利かしてくれたのか、邪魔をしに来る人は一人もいなかった。
ビキニの上に、Tシャツを着た。去年買ったビキニが、なんだかきつくなっていた。胸、やっぱり大きくなったみたいだ。
浜辺に自転車で行くと、もう空君は来ていた。シートを広げ、海の家でパラソルも借りていてくれた。
「凪!」
私を見つけた空君は、爽やかな笑顔で手を振って私を呼んでいる。
う…。
まぶしい!!!!!
空君、もうすでに、海パン姿だ。上半身裸で、思い切りドキドキしてしまった。
空君、絶対に去年より逞しくなっているよね。
ドキドキドキ。胸を高らせながらそばに行った。
「お、おはよう、空君」
「おはよ。今日は聖さんも碧も来なかったね」
「パパは仕事だし。仕事に行くまではひとしきり雪ちゃんと遊んでいくの。その間にママは洗濯物とか干したりしているの」
「ああ、なるほど」
「碧はバスケ」
「そっか」
空君はなぜか照れくさそうに鼻の横を掻き、シートに座った。
「お弁当作ってきたよ。おにぎりだけど」
「サンキュ!」
うわ。可愛い笑顔。キュキュン!
「今日は、受験勉強も忘れて、泳ごうね?凪」
「う、うん」
「……どうかした?」
「え?」
「なんか、元気ない?」
「ううん。元気だよ」
ただ、ドキドキしているだけで。
隣に座っているだけで、ドキドキしちゃう。空君の腕や脚、こんなに筋肉あったっけ?筋トレとか、していないよねえ。
「何か、運動しているの?」
「へ?」
あ。唐突過ぎる質問だったかな。
「筋肉ついているから」
「ああ。サーフィンでじゃない?朝、けっこうサーフィンしに来ていたから」
「え?そうだったの?」
「うん。雨でも来てた。さすがに雨の日に凪を呼ぶのは悪いなって思ったし。ほら、雨降っていると、けっこう出やすいしね」
「幽霊?」
「うん」
「でも、空君、見えちゃって怖くなかった?」
「うん。そんな変なのは見ていないから。最近は、サーフィンしている幽霊を見たりしたけど」
「え?」
「サーフボードは見えないんだけど、どう見ても波乗りしているんだよね。若い男の幽霊。相当サーフィンが好きだったのかな」
「へ、へ~~。今日はいる?」
「いない。凪、光でまくっているし、いてもすぐに成仏しちゃうよ」
「そんなに出てる?」
「うん」
くすっと空君は笑った。
「最近、一緒にいるとすごい」
「え?」
「光出まくり…」
そうなんだ。恥ずかしいなあ。
「ちょっと寂しいなって思う時もあるけど、その光に包まれているから、癒されるし、安心するし…」
「え?寂しい?」
「うん。凪、最近抱き着いてこないから」
「え?」
寂しいって思っていたの?
「抱き着いたほうがいいの?」
「え?い、いや。抱き着かれても、困っちゃうんだけどね」
空君はそう言いながら、頭をボリって掻いた。
「そろそろ、泳ぎに行く?まだ、海が空いているうちに」
「うん」
空君は立ち上がった。私もTシャツを脱いで立ち上がると、空君はそんな私を見て顔を一気に赤くさせた。
「え?」
視線、胸にいってるよね。でも、私と目が合い、空君はパッと視線をそらした。
「ごめん。つい、目が…」
「ううん」
ドキドキ。
やっぱり、健人さんの視線が胸に行った時とは違う。空君だとなんだってドキドキしちゃうんだろう。それに恥ずかしい。
ワンピースの水着にしたらよかったかな。それに、この水着、ちょっと小さくなっちゃったし、胸がさらに強調されちゃってないかな。
とにかく、早くに海に入ってしまおう。そうしたら、胸を見られることもないよね。
そう思い、足早に海に行き、空君と泳ぎだした。
「冷たいね、海水」
「うん。気持ちいい」
空君は嬉しそうに空を見上げた。それから、無邪気に、
「凪、競争しよう」
と言ってきた。
沖まで私たちは競争した。でも、空君にはまったくかなわなかった。
「空君、速過ぎ」
「子供の頃は凪のほうが速かったのにね」
「もう、空君には勝てないよ」
「やったね!」
「え?」
「子供心に、凪にいつか勝ってやるって思っていたんだ」
「そうなの?」
知らなかった。勝ち負けとかまったく気にしている様子なかったのにな。
「背丈もなかなか、凪を越せなかったし、体も弱くてすぐ熱出していたし…。もっと俺、強くなりたいって思っていたんだよね」
「そうだったの?そういうの、全然知らなかったよ」
「うん。あんまり、そういうことも言えなかったし」
「空君が弱いとか、そういうのって、私、気にしたことないよ。空君は空君で、昔から私は大好きだったし」
「知ってる。凪は俺がよわっちくても、気にしていないってわかってた。でも、俺が気にしてた。だから、最近はちょっと嬉しいかな」
「嬉しい?」
「背も越した。泳ぐのも勝てた。それに…」
「うん?」
空君はプカプカと浮きながら、私をちらっと見て、照れくさそうに、
「凪、俺といてドキドキしているって言ってくれるから」
と、そんなことを言い出した。
「え?それ、嬉しい?」
「うん。やっと、男として意識してくれたのかって。子ども扱いしなくなったし」
「………」
そう言えばそうかも。いまだに可愛いって抱き着きたくなる時もあるんだけど、かっこいいって思うことの方が多いかも。
「男として意識したら、俺のこと怖くなって嫌われたりするかもって、そんな不安もあったけど、それもないみたいだし」
「うん」
それどころか、どうやら前よりさらに私の光はパワーアップしているようだしなあ。
「凪、今度は浜辺まで競争ね?」
「え?うん。でも、空君には絶対に勝てないから、ハンデをちょうだい。そうだな。私が泳いで、10秒したら、空君も泳ぎだして?」
「いいよ」
私は浜辺に向かって泳ぎだした。後ろから、10まで数えている空君の声が聞こえてきた。そして、あっという間に私に空君は追いついた。ああ、10秒じゃなくて、30秒にしたらよかった。そして私を余裕で追い越し、空君はあっという間に浜辺に到達した。
「また勝った」
そう言って空君は、私が浜辺に着くと、私のそばに寄ってきた。でも、一気にまた顔を赤くして、目をそむけ、
「あ、えっと~~」
と、言いにくそうにしている。
「なに?」
ハッ!まさか、またビキニが取れていたり?慌てて胸元を確認すると、ちゃんとビキニはついていた。
「凪、自分でも水着小さくなったかもって言ってたけど、そ、そうかもね」
「え?」
「ダメだ。ごめん。俺、やっぱりどうしても、目が胸に…」
空君はそう言いながら、まったく私のほうを見ることもなく、どんどんシートのほうに歩いて行ってしまった。
ああ。やっぱり、水着買い替えるんだったなあ。
シートに座った空君から、ちょっと距離を開けて私は座った。
「………。ごめん。俺、なんか、スケベな奴だよね」
ぼそっと下を向いたまま、空君はそう言った。
「え?ううん。そんなこと…。あ、待って。Tシャツ着ちゃう。そうしたら気にならないよね?」
「え?着ちゃうの?」
空君は残念そうにそう言いながら私を見た。でも、やっぱり、胸元に目線が行くらしい。パッとまた、後ろを向いてしまった。
「うん。空君、困っているみたいだし」
「困ってはいないんだけど…。その…。ごめん。凪が嫌だよね?」
「………。うん」
頷いて、Tシャツをかぶり、顔を出すと、隣で青い顔をして私を見ている空君の顔が見えた。
「な、なあに?どうしたの?」
「やっぱり、嫌なんだよね…。そりゃ、そうだよね。健人さんの時も、嫌がっていたもんね」
「え?あ!胸、見られること?違うよ。嫌って言うんじゃなくて。恥ずかしいの」
「…恥ずかしい?」
「うん。なんか、恥ずかしくて」
「………。凪、去年とはだいぶ変わったよね」
「え?」
「去年は、ビキニでも平気で抱き着こうとしていなかったっけ」
「そう言えば、パパに注意されたかも」
「だよね」
そうだよね。よく、抱き着けたなあ。胸の感触、空君にばれちゃってたよね。
あ。そういえば、空君に胸、触られたこともあったよね。
ドキドキドキ!
わあ。今頃思い出して、ドキドキしてる。
空君、最近はそういうことまったくしてこなくなった。私が抱き着かなくなったからかもしれないけど。それに、キスもまた、軽いキスだけになった。舌を入れてきたのも、1回か2回だけ。
「空君、きっと、空君が子供だったんじゃないんだよ。私が子供だったの」
「え?」
「最近になって、私、子供だったんだなあって思う」
「そ、そう?」
「うん」
「………」
空君は黙り込んで、俯いている。でも、
「喉乾いた。なんか飲む?」
と、突然、シートの上にあったクーラーボックスを開けた。
「うん。飲む」
それから二人で、ポカリを飲み、ぼけ~~っと海を眺めた。
空君は、ぽつりぽつりと、ハワイの話や、サーフィンの話をし始めた。波がでかくって、気持ちよかったとか、こんな失敗したことあるとか。
それから、話は天体の話になり、そのあと、パパから聞いた海の生物の話までし始めた。
私はただただ、聞いていた。空君は好きな話をすると夢中になって目が輝く。その目が大好きだから、聞いているだけで満足だ。
空君はそんな私から、ものすごい光が出ているから、私が黙っていても安心して話を続けている。
そしてまた、二人で海や空を眺めた。
「気持ちいい風が吹いているね、空君」
「うん。今日は海が穏やかで、気持ちいいな」
「サーフィン向きじゃないね」
「でも、デート日和だよ?」
「う、うん」
空君は、そっと私の手を握ってきた。
ドキン!
ああ。手を触れるだけで、胸が高鳴っちゃう。
「凪。あとで、かき氷買って食べようね」
「うん」
可愛く笑った空君。ああ。抱き着きたい。でも、抱き着けない。
手を繋いでいるだけでも、ドキドキで精一杯だ。
もしかして、パパが邪魔をしに来なくなったのは、私がこんなふうに空君に抱き着いたりしなくなって、安心しているからかな。あの二人は、まったく進展なんかなさそうだって。
でも、自分でも、あと何年も進展がないんじゃないかって気がしている。空君は、前ほど二人きりになることを避けなくなったけど、それって、私がベタベタしなくなったからっていうのもあるからなんだよね。
空君から抱きしめることも、幽霊が出ない限りないし、こんなふうに手を繋いで来たり、チュって、軽いキスはしてくれるけど、それだけだもん。
空君と付き合い始めて2年目の夏。去年よりさらに、私たちの間には距離が出来たような気もするけど、去年より、より付き合っている感を感じている。
隣にいる空君、去年より大人っぽくなって、男っぽくなった。そんな空君にドキドキしている私が、恋をしているという実感、感じまくりなんだ。
空君は?
ちらっと空君を見た。空君も視線に気が付き私を見た。目が合うと、なんだか二人して照れてしまった。
「あ。かき氷買ってくるよ。何がいい?」
「えっと…。メロンのシロップ」
「わかった。じゃあ、待っててね」
空君は、ダッシュで海の家に走って行ってしまった。
そんな後姿を見ても、去年より背中が逞しくなったなあ…なんて、思っている私。
塾もあるけれど、これから、花火大会もある。流星群が来るから、学校に泊まりでの星の観察もある。
ああ。今年の夏は、去年より、恋人気分を味わえるのかな。
なんて、そんなドキドキを感じながら、私の体は火照っていった。
早く、かき氷食べて冷やさないと。
クルッともう一度、空君のほうを見た。すると、海の家で女の子に話しかけられていた。
うわ!逆ナン?!
空君は私を指差して何か言っている。もしかして、彼女と来ているんだ…なんて言っているのかもしれない。女の子たちは、私のほうを見ると、残念がりながら、空君から離れた。
そうだった。去年も東京から来た可里奈さんに、逆ナンされていたんだっけ。ああ、油断ならない。
夏はそんな心配もしないとならないんだっけね…。
いったい、私の高校3年の夏はどうなるのかな。受験勉強一色にはならなさそうだ。