第133話 なんでドキドキ?
6月。梅雨に入った。部活も塾もない今日は、空君とバスで帰り、空君が我が家に寄った。
「この前ね、文江ちゃんがうちに来た時、碧の部屋に碧が連れ込んじゃって」
「え?」
「なんか、帰り時、文江ちゃんがいつも以上に真っかっかだったの。碧も顔を赤くして、二人の間に変な空気が流れてて。なんだと思う?」
リビングに二人で座り、テレビを見ている空君にそう聞いた。
「え?何って言われても、さあ?」
「キス…でもしたのかなあ」
「あ、そ、そうかもね」
「あ!空君、知ってるんでしょ?」
「……。凪には言えない」
「そういうのって、男同士だと報告しあうの?」
「しないよ。碧が勝手に教えてくれるだけで…。っていうか、聞かれたって言うか」
「何を?」
「俺と凪、ちいちゃい時からよくキスしているけど、どんなタイミングでしたらいいかとか、どんなふうにしたらいいかとか、まあ、いろいろと」
「そんなこと碧は空君に聞いたの?!」
「やべ。碧には言うなよ」
「うん。弟にそんな話できないよ」
碧は今日部活だ。ママは、雨だと言うのにいなかったから、まりんぶるーに雪ちゃんを連れて行っているんだろう。
もう雪ちゃんも4か月。まだお座りはできないものの、寝返りをうてるようになり、くるくると寝返りを打って移動するようになってしまった。その分、ママが目を離せなくなることが多くなり、まりんぶるーに連れて行くことが多くなった。
まりんぶるーに行くと、誰かしら雪ちゃんの面倒を見る人がいる。たまに、リビングにクロを呼び、クロに世話をさせることもあるらしい。
クロったら、私や碧の時みたいに、しっかりとお守りをしているそうだけど、もう老犬だ。大丈夫なのかなあ。
でも。私はちょっと、いや、かなり嬉しい。だって、
「ママも雪ちゃんもいると思うから、寄っていって」
と言って、空君にうちに寄ってもらうとママも雪ちゃんもいなくって、
「ごめん。まりんぶるーに行っているみたい」
と空君に告げても、空君は我が家にいてくれる。
そして、しばらく二人きりになれる。
空君の隣にひっついて、テレビを観たり、漫画を読んだり、たまに宿題をする。
空君は、本当に最近、二人きりになるのを嫌がらなくなった。とはいえ、私の部屋や、空君の部屋に入るのは、いまだに躊躇しているけど。
だから、我が家か空君の家のリビングに、二人でいることが増えた。
「空君」
「ん?」
んちゅ!
空君がこっちを向いた瞬間、私は空君にキスをした。空君はちょっと顔を赤らめたけど、前ほど照れることがなくなった。
「こんなだもんね」
「え?」
「俺らの場合、いつキスをするとか、どうキスに持っていくかとか考えなくたって、二人になれば、キスしてるよね。なんか、普通に」
「え?え?そうだっけ?」
「うん。最近は、凪からしてくるのが多いよね。あ、子供の頃もそうだったけど」
「……。だって、空君、可愛いから、つい」
そう言うと、空君から顔を近づけた。
わ。空君からもキスしてくれるんだ。と喜んでいると、空君が私の頬を両手で掴み、するっと唇の間から舌も入れてきた。
このキスはいまだに慣れない。ドキドキして緊張する。それに、キスが終わった時が、ものすごく照れて、何を話していいかもわからなくなる。
だけど、空君は、なぜか照れる様子がない。
そして、毎回、私は空君の顔も照れくさくて見れなくなり、下を向く。すると、
「凪、嫌だった?」
と空君は不安そうに聞いてくる。
「ううん」
首だけ横に振った。
ドキドキ。ああ、まだ心臓がドキドキしている。
あれ?空君の方から、私の方に寄ってきた。べったりと私の体にひっついて、私の手を握ってきた。
ドックン。
テレビでは、再放送のドラマが流れている。CMに入り、いきなり明るい音楽が流れだした。でも、CMを開けると、何やらシリアスな画面。男女二人が見つめ合ったりしている。
ドキドキ。これってもしや、キスシーンじゃない?い、いや。ベッドシーンかも。こんな時間から、こんなドラマやってていいの?再放送とはいえ…。
「チャ、チャンネル変えない?」
「え?なんで?」
「このドラマ、面白くないもん」
「そう?でも凪、この俳優好きなんじゃないの?」
「もう好きじゃない」
私はそう言って、ベッドシーンが始まる前に、慌ててチャンネルを変えた。すると、どうやらサスペンス劇場をしているチャンネルになったらしい。
「あ、こういう方が、面白いかもよ」
なんて言って、しばらくそのドラマを見ていると、
「やめてください」
と、若い家政婦がスケベ親父に言い寄られ、嫌がっているシーンが始まってしまった。
わあ。やばい。このドラマもやばい。
「あ、つ、つまらなさそうだね。もう、テレビ消すね!」
慌ててリモコンでテレビを消した。
し~~~~~~~~~~~~ん。いきなり、家の中が静まり返った。
「雪ちゃんいないと、静かだね」
「う、うん。あ、雪ちゃんに会いたかった?」
「うん。最近、声出して笑うと可愛いんだもん」
「じゃあ、まりんぶるーに行く?」
「え?ううん。凪の家で夕飯もごちそうになるつもりだったんだけど」
「え?そうなの?じゃ、じゃあ、ご飯の用意しないと」
「もう?まだ、5時にもなっていないよ」
そうだった。今日は5時間授業。帰ってくるのがいつもより、早かったんだった。
ああ、なんだか、今日は立場が逆転してる?私、なんでこんなに動揺しているの?空君が近づいてきて、落ち着きがなくなっちゃってるかも。
し~~~~ん。また、静まり返った。空君、こんなに静かで、今、困っていない?
なんて思いつつ、すぐ隣にいる空君の顔をちらっと見てみた。すると、空君は私の胸元を見ていた。
えっと。でも、今日は制服だし。胸、強調している服じゃないし。なんだって、見ているのかな。
「夏服、いいよね」
「え?」
あ、ブラウスを見ていただけ?
「冬服だと、ベスト着ちゃうけど、夏服、ブラウスだけだし」
「……」
それのどこがどういいのかな?
「………」
空君が黙り込んだ。でも、思い切り視線を感じて、空君をまたちらっと見てみた。すると今度は、私の太ももに目がいっていた。
そうか。スカート短いから、太ももが露わだったっけ。普段、スカートだって、こんな短いの履かないし。
わ。なんだか、恥ずかしくなってきた。着替えてこようかな。
それにしても、こんなに空君、どうどうと私の足、見ていたりしたっけ?恥ずかしがって見なかったり、見たとしても、すぐに目線他に向けていたよね。真っ赤になりながら。
「凪」
「え?な、なに?」
「今年の夏も、海、行こうね。受験勉強あるだろうけど、泳ぎに行けるよね?」
「うん。もちろん」
「…ビキニ、着る?去年の」
「あ。う、うん。多分。小さくなければ」
「え?」
空君が、ちょっとびっくりしている。
「なんで?凪、身長まだ伸びてるの?」
「身長は伸びていないし、関係ないよ。ただ、カップが前のじゃ小さいかも」
「え?!そ、そうなの?それって、胸が大きく…」
そこまで言うと、空君は顔を赤くした。
「ごめん。変なこと聞いた」
「……お、大きくなったの。だから、去年のじゃもう、入らないかも」
「え?!そんなに大きくなったの?!」
空君の目が丸くなった。そして、おもむろに目線が私の胸に行った。
「あ、この胸のどこがでかくなったんだって、今、そう思った?」
そう聞くと、思い切り空君は首を横に振った。
「ち、違う。夏服だから、胸が目立つんだと思っていたけど、大きくなったのかって、今、ちょっと。あ、いや。その…」
空君は顔を赤くして、そっぽを向いた。
そうか。私の胸が前より目立っていたから、じっと見ていたのか。
し~~~~~~~~~~~ん。
ああ、また静かになっちゃった。なんか、話をしなくっちゃ。
でも、どんな?
今、ちょっととんでもないことが頭に浮かんでいる。だけど、そんなことを言ってもいいのかな。
「空君は、胸が大きいほうがいい?」
あ!口から思わず出てた。とんでもない質問したかも。
「え?!」
ほら。空君が真っ赤になった。
「ごめん、変なこと聞いて。で、でも、ほら。小さいほうがいいとか、スレンダーのほうがいいとか、その逆とか、いろいろと、好みってあるのかなあって」
わあ。もっと変なことを聞いたかも。
「俺は、別に好みとかない」
それだけ言うと、空君はバサバサと床に転がしていた、漫画を拾い上げ、
「えっと、さっきどこまで、読んだかな」
とページをめくりだした。
「ごめんね。変なこと聞いて」
私から少し離れてしまった空君に、ぽつりとそう言うと、空君は頭をぼりって掻いて、
「うん。変なこと聞かないで、凪」
と、可愛い声で言ってきた。
わあ!可愛い空君だ!
ムギュ!!
空君の腕に思い切りしがみついた。
やめてって言うかな?と思っていたら、空君は何も言わず、動きもせず、かたまりもせず、そのままでいた。
っていうことは、このまま引っ付いていてもいいのかな?
そう思って、思い切りそのまま空君の腕に引っ付いていた。すると、
「………。うん、確かに」
と、空君が呟いた。
「え?何?」
「あ。凪の胸、前より柔らかいなあって」
え?!!!
そんなことを言われて、私から離れてしまった。
「わかるの?そんなこと」
「え?う、うん」
空君は顔を赤くしたけど、戸惑う様子もなくそう答えた。
どひゃあ。なんか、そういうこと言われると、意識しちゃう。腕に抱き着くのも躊躇するって言うか。
もう。空君、そういうこと平気で言える感じじゃなかったのに。なんだって、平気なの?
「凪?」
「え?」
「何で離れたの?」
「う、ううん。喉乾いたから、なんか飲み物持ってくる。空君もいる?」
「うん。水でいいよ」
「わかった」
ドキドキ。ああ、今日の空君、ちょっと違う。
キッチンで水をグラスに入れ、それを持ってまたリビングに行った。漫画を読んでいる空君。胡坐をかいて、俯いている空君が、前より大きく見える。
あれ?あんなに肩幅大きかったっけ?
「はい、水」
「サンキュ」
空君は、右手を出してグラスを受け取ると、すぐにゴクゴクっと水を飲んだ。
あれ?こんなに喉仏、大きかったっけ?
「ぷは。うまい」
目を細めてそう言うと、空君はにっこりと笑った。
キュキュン。笑顔は変わらず可愛いのに、なんか、今迄と違ってる。
空君って、手、こんなに節々がごつごつしていたっけ?夏服になって、半袖になった空君。シャツから出ている腕がやけに、逞しく見える。
あれれれ。空君って、こんなに男っぽかったっけ?
ドキ。
ドキドキドキドキ。
わあ。意識し始めたら、なんだか心臓が暴れ出しちゃった。
「凪?どうしたの?さっきから、突っ立ったままで。座らないの?それに、水飲まないの?」
「飲む」
私はそのままゴクゴクと水を飲んで、
「ゴホゴホ」
とむせた。
「大丈夫?」
「う、うん」
グラスをテーブルに置いて、空君からほんの少し離れて座った。
「……」
空君は、私と空君の微妙にあいている空間を見つめ、
「あれ?なんで、離れたの?」
と聞いてきた。
「今日、蒸し暑いから、べったりくっつくと空君に悪いかなって思って」
「何それ。暑かろうがなんだろうが、かまわず、張り付いてきていたのに。どうしたの?凪」
「ううん!あ。そうだ。水ようかんがあるの。食べる?」
「いい。腹は減ってない。アイス食べたし」
そうだった。空君が来てそうそう、アイスを出してあげたんだった。
「凪、食べたかったらいいよ。でも、そんなに食って、お腹壊さない?」
「そうだよね。やっぱり、食べるのやめる」
そう言って、私も雑誌を持って広げた。
でも、内容がまったく入ってこない。
ドキ。
ドキドキドキ。
まただ。心臓が今日は変だ。
「あ~~~。なんか、眠くなってきた」
「え?じゃあ、寝る?碧の部屋のベッドで寝てもいいよ」
「まさか。そこまで本気で寝ないよ。でも、ここに横になってもいい?」
「いいよ。タオルケット持ってくる?」
「う~~ん。そうだね。あ、そうしたら、凪も俺の隣で寝る?添い寝してくれる?」
「え?!!!!」
私はびっくりして、思い切り大きな声を上げてしまった。
「凪?」
空君までが、その声でびっくりしたようだ。
「そんなに驚かないで。冗談だよ」
「そ、そうだよね?ああ、びっくりした。じゃあ、タオルケット持ってくるね」
「……凪?」
2階に上がろうとした私に、空君が声をかけた。
「え?」
「凪、今日変だよ。どうかした?」
「ううん!いつもと同じだよ。い、嫌だなあ」
私は作り笑いを浮かべ、そそくさと2階に上がった。そして、自分の部屋に入り、ベッドのドスンと座り込んだ。
添い寝。前なら、
「うん。添い寝する」
と、空君が嫌がっても、平気で横に寝ていたかも。でも、今は、なんだか、意識しちゃって。
意識って、何を?
空君が男だって意識しているのかな、もしかして。
わ~~~~~~~~~~~~~~~。本当に、私ったら、どうしちゃったんだ!