第132話 キスの進展?
空君が、二人きりになるのを嫌がったりしなくなってきた。
私は相変わらず、塾ではむさくるしい男子が苦手だし、近寄られると、ゾワッと寒気もしていた。でも、空君に対しては、いつでもほわほわした気持ちのまま。
ううん。それだけじゃないかな。空君の家に遊びに行って、一緒にDVDを観ている時、空君が私の手を握ってきただけで、ドキ!ってなったし。
そのあとも、空君の隣にいると、胸がキュンってして、ちょっと苦しいくらいになったし。
嫌だからとかじゃなくって、なんなんだろう。自分でも持て余すようなこの感覚は。
時々、ああ、そうか。空君って男なんだ。私と違うんだって、そう感じることがある。例えば、私の手を握ってきた空君の手が、やけに大きく感じたり。隣で空君の横顔を見ていると、喉仏が大きいことに気が付いたり。
あ。髭…。けっこう濃い髭が生えているんだな。顎にちょっと伸びた髭がある。
「髭、剃らないの?」
そう聞いてみると空君は私を見て、
「あ、髭生えているのに気が付いた?」
と聞いてきた。
もしや、わざと剃らないでいたとか?
「うん。碧はまだ、産毛っぽいけど、空君のはしっかりとした髭なんだね」
「碧もそのうち生えてくるよ」
「……触ってもいい?」
「え?!」
「あ、ダメ?」
「う、うん」
ダメだったか…。
空君はそのまま、そっぽを向いてしまった。でも、突然私のほうを見ると、
「キスしていい?」
と、逆に聞いてきた。
「え?う、うん」
聞かれると照れる。今迄、聞かないでいきなりキスして来ていたのに。
「ほんと?」
「え?うん。いいよ」
どうしたのかな?なんで、「ほんと?」って、確認したんだろう。
「凪、キスって言っても、その…」
「?」
「その…」
「なあに?」
きょとんと首を傾げると、空君は俯いてしまった。
あれれ?キスはしないのかな。
「やっぱ、いいや」
「え?」
なんで?
「凪、嫌がるかもしれないし」
「嫌じゃないよ。今迄だってキスしてたよね?」
「その…。今迄みたいなキスじゃなくって…」
「え?」
………。今迄みたいなのじゃないってことは?
空君はこっちを向くと、私の唇を見た。そしてまた私の目を見て、
「い、嫌だったら、すぐに離れていいから」
とそう言って、顔を近づけてきた。
えっと、えっと、えっと。今迄みたいなキスじゃないってことは、あれだよね?千鶴が言ってた、ディープキス。
どうしよう。
ドキ。空君が手で優しく私の頬に触れた。私の髪を耳にかけ、顔を斜め右に傾けた。
ドキ!目を閉じた。空君の唇が私の唇に触れた。
ドキドキ。なんだって、今日はドキドキするのかなあ。なんて思っていると、私の唇の隙間から、空君の舌が入ってきた。
きゃあ。やっぱり!どうしたらいいんだろう。
嫌だったら、離れてもいいって言っていたけど、どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう…。
そのまま、私は動かなかった。胸のドキドキとキュンキュンと、空君からの優しいオーラと、ほわほわと、いろんなものを感じながらも、動かなかった。
だって、全然嫌じゃない…。
空君はゆっくりと、唇を離すと、しばらく黙ったまま私を見ている。
私も空君を見た。目が合うと空君が、ふっと目線をそらし、それからまた、私を見た。
「い、嫌だった?」
「ううん」
「…だよね。光、思い切り出ていたし」
「見えてたの?あ、目、開けてたの?」
「ごめん。うっすらと」
うわあ。恥ずかしい。私、どんな顔をしていたんだろう。
なんだか照れくさくなり、私は下を向いた。光もしっかりと出ていたんだ。
「凪…」
「え?」
ドキン。また、手を握ってきた。
「映画、内容わかんなくなったから、巻き戻してもいい?」
ガク…。なんだ。
「いいよ」
空君は、リモコンを手に取り、映画を巻き戻した。
私はその隣で、ちょっとがっかりしていた。
なんで、がっかり?
え?まさか、もっと進展するのを期待していたとか?
もう一回キスされるかもって、どこかで期待もした。
キス以上があるかもって、そんなことも脳裏をかすめた。
一瞬、この前、空君に胸を触られたことも思い出した。その時の感触や、手の大きさやぬくもりまで。
ああ。なんか、私、意識しすぎているかも。
空君は、真剣に映画を見始めた。テーブルにあったコーラを飲んだり、ポテトチップスを食べたりしているから、私と繋いでいた手も離してしまった。
もしや、キスしただけで、満足しちゃったのかなあ。
ずっと手を握っていたかった。もうちょっと、キスの余韻に浸っていたかった。なんて思っているのは、私だけかなあ。
実を言うと、空君の家に来て、空君が胸を触ってきた時から、二人きりになる時には、可愛い下着をつけるようになった。
ううん。実を言うと、シャワーだって浴びてきちゃっている。空君には内緒だけど。
歯だって磨いて来たり、汗臭くないかも確かめてみたり、もちろん無駄毛の処理もしっかりとしてきている。
ママに、「念のために…」と言われて以来、毎回、念のために準備をしてきている。
でも、今日やっと、キスが進展しただけで、胸を触ってきたこともないし、手を握るだけで、おしまいだ。
あんなことがあったから、もしや、その先もすぐに経験しちゃうのかも…と、かなり覚悟を決めているのに。
千鶴に相談もした。最初は痛いけど、そのあとは平気だよ…なんて言われた。
今日もまた、映画を見るだけで、私を家まで送ってくれるんだろうなあ。そして、私の家では雪ちゃんの世話をしたがり、もし、碧がいれば、雪ちゃんの争奪戦をするんだよね。
そんなに、私よりも雪ちゃんがいい?なんて、雪ちゃんに嫉妬してもしょうがないんだけど。
「ねえ、空君」
映画に夢中になっている空君に、聞いてみた。
「ん?」
空君は、テレビ画面から目を離さず、私に返事をした。
「15~16歳の年齢差でも、恋は成立するよね」
「え?何それ。凪、誰か大人の男の人で、いいなって思う人がいるの?学校の先生とか?」
空君がびっくりした目で、私を見て聞いてきた。
「違うよ。私じゃなくって。空君の話」
「俺より16歳上?」
「16歳下」
「それって、赤ちゃんになるけど」
「うん。だから、雪ちゃん。雪ちゃんが16歳くらいになって、空君が34歳」
「危ない。そんな子に手を出したら、俺、捕まっちまう」
「……あり得ると思う?って聞いているんだけど」
「ないよ。雪ちゃんが大きくなっても、娘みたいに思うんじゃないかな」
「娘?」
「凪に似てるし。きっと凪と俺の子も、あんな感じになるかもね」
ドキ。私と空君の娘?
「う、うん」
なんだ。ほっとした。ほっとして、私は空君に寄りかかった。
「なんでそんなこと聞いたの?」
「なんとなく。将来、雪ちゃんがライバルになったら嫌だなあって思って」
「まさか。なるわけないよ。だいいち、俺、凪だけなのに」
キュン!
嬉しくって、私は空君の腕にしがみついた。空君、また照れるかな。かたまるかな。と思っていたら、
「あ!また見逃した。今のシーン、一番のクライマックスなのに」
と言いながら、またリモコンを手にして映画を巻き戻した。
………。あれ?前はもっと、私がべったりくっつくと、照れたり戸惑ったりしていたのにな。こんなに空君の腕に胸もくっつけちゃっているんだけど。なんとも思わなくなっちゃったのかな。
だったら、もっとギュウってしがみついてみようかな。
ギュム。
「………」
無言で、真剣に映画を見ている。別にかたまりもしなけりゃ、困っている様子もない。
なんで?
ちょっと相手にしてもらえなくて寂しいかも。と思いつつ、空君の肩に私の頭を乗せた。空君は、まだ映画に夢中。
でも、10分もすると、映画が終わった。本当に最後のクライマックスシーンだったんだな。私はほとんど内容が入ってこなかったから、よくわかんなかったけど。
「終わった?」
「うん」
映画はエンドロールの画面だ。音楽が流れながら、スタッフたちの名前がズラズラと書かれているだけの画面が続く。それをぼけっと見ていると、空君の視線を感じた。
ふっと空君を見てみると、空君の視線は私の胸にいっていた。それから私と目が合うと、カッと顔を赤くした。
あれれ?照れてる?
「………。凪って柔らかいよね」
「え?」
「なんか、なんかさ」
「うん」
「前は、どうしようって、戸惑っていたんだけど」
「え?うん」
「今は、胸が腕に当たっても、気持ちいいっていうか」
え?!
「あ、変なこと言った。ごめん」
「ううん」
空君は下を向いて顔を赤くした。でも、すぐに私のほうを向き、
「凪に引っ付かれるのも、ハグされるのも、嫌じゃないし、もう逃げないからね」
と、はにかみながらそう言った。
そうなんだ。なんでOKになったのかわかんないけど、それはよかった。いつも、べったりしていていいってことだよね?
「じゃあ、私も」
「ん?」
空君が、不思議そうに私を見た。
「私もね、空君が触ってきても嫌じゃないし、舌も嫌じゃなかったよ」
「え?あ、うん…」
カッと空君の顔が赤くなった。
「だから、空君、別に私の胸触ってもいいし、嫌がったりしないから安心してね」
そう言うと空君は目をまん丸くして、相当驚いたのか、ソファからドスンと転がり落ちてしまった。
「空君、大丈夫?」
「………」
まだ、絶句するほど、驚いているみたいだ。
「あ、でも、俺、そ、そういうのはちょっと」
「え?」
「この前も、やりすぎたって、すげえ反省して」
「平気だったよ。私…」
「いや。凪が平気だとしても、俺がダメだから」
「?」
「……」
空君は床に座ったまま、頭をぼりって掻くと、
「あ~~~~~~~~~。そんなこと、言われるとは思わなかった。びっくりした」
と、呟いた。
耳、真っ赤だ。やっぱり、空君、可愛い。
ブワッと光が飛び出ると、
「なんで?何で今、光出したの?」
と空君がまたびっくりした顔で聞いてきた。
「だって、可愛いんだもん」
「俺が?」
「うん!」
「う…。凪、よくわかんない。俺のどこが可愛いんだか」
そう言うと、空君は真っ赤になって俯いた。
可愛いものは可愛いんだもん。今だって、すっごく可愛いよ。
「まいった」
空君は体育座りをして、両ひざに頭を乗せた。そして、両足を両手で抱え、ずっと恥ずかしがっている。
こんな空君を見ていると、今後の進展はなさそうだなあ…なんて思えてくる。まあ、いいか。
私と空君は、こんな感じで、ゆっくりと進んでいってもいいよね。