第131話 空君に抱きつきたい。
空君は、私のほうを見ない。斜め下を向き、困っている。
「凪、今日のTシャツ…」
「え?」
「胸元開きすぎてる」
「そうかな。でも、ちゃんとその下にタンクトップも着ているし…」
「それ。その、タンクトップも開いているから、ちょっと…」
空君はそこまで言うと、さらに顔を向こう側に向けた。
「ごめん。凪のことを見ると、視線が勝手に胸にいきそうで。そういうの嫌だよね。健人さんの時も嫌がっていたよね」
「……そうだった。私、夏に空君に胸見られちゃったんだった」
ぼそっと思い出してそう言うと、空君の耳がかっと赤くなった。
「ご、ごめん。あれはわざとじゃ…」
「うん、わかってる」
かーーーっ。空君の首まで赤くなっていく。
「ごめん、凪。わざとじゃなくても、嫌だったよね」
ぼそっと空君がそう言った。
「え?何が?」
「だから、俺に見られちゃったこと…」
「え?別に?」
「別にって?」
空君は私のほうに顔も向けずに聞いてきた。
「だから、別に…」
嫌だって思わなかった。そりゃ、恥ずかしいとは思ったけど。
多分あの時、空君に抱き着いて、胸を隠した。だから、しっかりと空君の肌にくっつけちゃったんだよね、胸を。
そんなことを思ったら、また恥ずかしくなってきた。私の胸の大きさとか、空君にばれちゃっているんだよね。
「は、恥ずかしいとは思ったけど」
そう言うと、空君はまた、小さな声で謝った。
なんだか、可愛いなあ。さっきから赤くなって、謝っている空君。だけど、そんなに謝らなくてもいいのになあ。
なんだろう。そんな空君が愛しくてきゅんってする。母性本能なのかな、これ。
「……」
黙って、そっぽを向いたまま隣に座っている空君。やっぱり、可愛いかも。いつもの、可愛い空君だ。
キュキュン。抱き着きたい。でも、さっき、抱き着いてこないでって言われたばかり。
でも、この可愛くってほわほわした空気を感じちゃうと、抱き着きたくなっちゃうんだよね。でも、抱き着いたら怒るよね。
ムズ。ムズムズ。抱き着きたい。でも、ダメ。
「空君」
「え?」
空君がほんのちょっとこっちを向いた。あ、顔、赤い。
「ごめん」
くるっとすぐに空君は後ろを向いてしまった。
「?何で謝ったの?」
「だから、どうしても凪の胸元見ちゃうから」
それで、顔を赤くしたの?
ぼりっと空君は頭を掻き、はあっとため息をついた。
「やべ…」
「え?」
「ちょっと、ドキドキしてて」
「え?」
ドキドキしてるの?なんか、空君可愛い!
ぶわっ!
「あれ?」
空君がびっくりして、顔を上げた。私から光が飛び出して、空君のことを包んじゃったみたいだ。
「え?」
空君は私の顔を見た。そして、
「なんで、凪、光出してるの?」
と、不思議そうに聞いてきた。
「空君が可愛いから」
「え?俺?ど、どこが?だって俺、今…」
そう言いつつ、空君の目線は私の顔から下がり、胸のあたりを見てからまた、顔を赤くしてそっぽを向いた。
そんなに色っぽい服でもないし、大きな胸でもないのにな。でも、意識しちゃって顔を赤くしているなんて。やっぱり、可愛い。
空君の背中が可愛い。空君の後ろ髪もちょこっとぼさついてて可愛い。空君の赤くなった耳も、全部が可愛い。どうしよう。
ムズ。ムズムズ。抱きしめたいよ~~。
ギュム!
空君の背中につい、抱き着いてしまった。
「わあ!凪?!」
うわ。空君が思いっきり動揺している。
「なな、なんで俺に抱き着いてんの?それ、やめてって言ったよね」
「うん。でも、空君が可愛いから」
「俺のどこが?可愛くなんかないよ。今だって俺、凪の胸思い出してたり、いろいろとスケベなこと考えてて」
え?スケベ?
「だから、今すぐ離れて」
「……」
「凪?」
離れたくないのになあ。
私はまだ、引っ付いていた。すると空君は、くるっと私のほうを向き、
「凪、いつまでもくっついていると、俺…」
と、最後まで言い終わる前に、私をソファに押し倒してきた。
え…。私の腕を掴んだ空君の力、強い。それに顔、さっきまでと違う。
「俺も、男だから。凪は可愛いって言うけど、そんなことないから」
「え?」
「もしかわいく見えるんなら、羊の皮かぶった狼だから」
「空君が?狼?」
「そうだよ」
ぶっ!
あ。いけない。笑っちゃった。
「凪?!」
うわ。空君が怒った。
「ごめん、笑っちゃって」
そう言うと、空君がいきなりキスをしてきた。
うわ~。なんだか、いつもよりも力強いキスだ。ドキドキしてきた。でも、空君、やっぱり狼なんかじゃないよ。空君から醸し出す空気、優しいもん。
……あれ?
…。何で空君、私のTシャツの裾から手を入れてきたの?
ドキ!タンクトップの中にまで入れてる。直に空君の手が私の脇腹触ってるよ。
わ。待って。その手がどんどん上にあがってきている。空君?!
「…そ…」
空君が唇を離したから、空君と呼ぼうとしたら、またキスしてきた。どうしちゃったの!?
とうとう、空君の手が、ブラジャーまで到達して、ブラジャーの下に入り込んできた。もしや、直で私の胸を触ろうとしているの?
どうしよう。
ドキ。ドキ。ドキ。ドキ。ドキ。心臓が大変なことになってきちゃった。あれ?でも、私の鼓動だけじゃない。空君の胸もドキドキしている。
空君が唇を離した。そして頬にキスをしてきた。その唇が、だんだんと下がってきて、私の首筋にもキスをしてきた。
バクバクバクバク!どうしよう。うわ~~~~~~~~~~~~~~~!!!!
ほわん。
あ。今、空君の匂いがした。きっと髪だ。
ほわわん。空君の匂い、いつもと同じ可愛い匂いだ。
うわ!なんか、胸がきゅんってなった。空君の髪が私のあごにかかってくすぐったい。髪、ほわほわしている。
それに、私の胸を触っている手があったかい。
ほわほわほわ。
ドキドキしているのに、いつもの優しいオーラに包まれてる。
「………凪?」
空君が、私の名前を呼んで顔を上げた。
「え?」
ほわわんってしながらも、私は聞き返した。
「な、なんで?」
「え?」
「なんで抵抗しないの?嫌じゃないの?」
「え?なんで嫌なの?」
「だって、俺…」
空君は、ハッと何かに気が付き、辺りを見回した。そしてまた私の顔を見て、
「なんで、俺、光で包まれてんの?これ、凪だよね?」
と、びっくりした顔で聞いてきた。
「わ。私、光出してる?」
恥ずかしい。そういうのもわかっちゃうんだよね。
「嫌じゃないの?凪、怒るかと思ったのに」
「え?何に?」
「……」
空君は、バツの悪そうな顔をして、私の胸から手を離し、服の中から手を引っこ抜いた。
「ご、ごめん。俺」
「ううん。全然」
「い、嫌じゃなかったの?凪」
「え?……うん」
「……」
空君がまた、目を丸くして私を見た。
「でも俺、なんか思い切り、狼になっちゃったって言うか」
「いつ?」
「今…」
「狼なんかじゃなかったよ。いつもの可愛い空君の匂いもしたし」
「へ?」
「空君の髪だよね。それに、空君の手、あったかかったし、空君のオーラ、優しかったし」
「え、でも、俺、思い切り押し倒しちゃったような気が…」
「そう?」
「………」
空君は、拍子抜けしたような顔になった。そして、
「そうか。こんなことしてもまだ俺って、男に見られないのか」
と、しょんぼりした顔になってしまった。
落ち込んだのかな。申し訳なかったかな。でも、本当に怖くなんかなかったんだけどな。それよりも、今も、ちょっとしょげている空君が可愛くて。
ムギュ!
「凪?なんで、抱きしめてきたの?」
「だって、空君が愛しいんだもん」
「だ、だから。そういうことをすると、俺も歯止めがきかなくなって…」
「でも、ハグしていたいんだもん」
「だから、凪!」
空君が私の腕の中で、おたおたしている。
「空君、大好き」
「え?」
「やっぱり、大好き」
そう言って抱き着いていると、空君はどうやら観念したらしい。私の腕の中で大人しくなった。
「はあ。凪は、子供なのかな」
「私が?」
「こんな状況でも、危機感感じないなんて」
「危機感って?」
「だから、俺に襲われる危機感」
「空君が襲う?え~~~?何それ」
「だからっ!こうやっていてもやばいんだよ?俺、いつまたその気になるか」
「……」
ギュム。また空君を抱きしめる腕に力を入れた。
「な、凪。苦しい」
「ごめん」
力を入れ過ぎたようだった。
「空君、さっき、ドキドキしてた?」
「してたよ」
「私も。心臓壊れるかと思っちゃった」
「………うん。凪の心臓ドキドキしているの伝わった」
「でも、怖くなかったよ。全然怖くないし、空君に触られても、寒気もしないし、嫌じゃないみたい」
「え?どういうこと?」
「だから、空君が胸触ってきても、嫌じゃなかったし」
「………え?」
「私、きっと空君なら平気みたい」
「何が?!」
「いろいろと…。やっぱり、空君のことを嫌になったり、怖がったりしないと思う」
「それ、今、俺のために無理して言ってる?」
「ううん!全然!」
私はまた空君を抱きしめた。空君はそのまましばらく動かないで黙っていた。でも、
「じゃ、じゃあ、まさかと思うけど、これ以上のことをしても、大丈夫ってこと?」
と、ぼそぼそと聞いてきた。
「………」
これ以上のことっていうのは、そういうことだよね。それはやっぱり、想像もつかない。だいたい空君がそんなことをしてくるなんて、思えないし。
「わかんない」
そう言ってから、あ、そういえば、下着だけはちゃんとしたものをつけてきたっけ。なんて、思い出してしまった。
「……うん。ごめん。変なことを聞いた。実は俺も、これ以上は勇気がまだ…」
勇気?
「はあ…」
空君はため息をつき、
「もうちょっとだけ、凪に抱き着いていていいかな」
と私に聞いた。
「うん。もちろん!」
嬉しい!空君に抱き着きたかったんだもん。
ブワッとまた、光が飛び出したようで、空君が、
「あ。すごい光だ」
と言って、くすっと笑った。
「あのさ、凪。俺、凪のことを避けるのはもうやめるよ」
「ほんと?」
「うん。なんか、バカらしいことしているってわかったし。でも、俺、セーブできなくなったら、凪のこと本気で襲っちゃうかもしれない」
「空君が?」
「わかんないよ。俺も、男だから」
「でも、狼じゃないよ」
「それも、凪はそう思っているかもしれないけど…」
「ううん。襲って来ても、狼じゃないよ。空君はきっと、いつもと同じあったかいオーラで私を包んでくれるもん」
「お、襲っても?」
「うん」
「…そうかな」
「空君、変なことを言ってもいい?でも、今、いきなりそう思ったから、言いたいんだけど」
「え?な、何?」
空君はぎくりとした顔をして、体を起こして私を見た。
「私が、男の人を怖がらなくなるまで待つって言ってたでしょ?」
「うん」
「待たなくてもいいよ」
「え?」
「私、他の男はやっぱり嫌かもしれないけど、空君は別だから」
「俺は別?」
「うん。空君だったら、怖くないから」
「……それって、えっと。そ、そういうことになっても、大丈夫ってこと?」
「多分」
「………。う、うん。わかった。うん。でも。やっぱり俺は、凪を傷つけたくないから、うん。無理強いだけはしないようにする」
「うん」
可愛い!空君。やっぱり、大好き。
ムギュ~~~。空君をまた抱きしめた。空君も抱きしめ返してくれた。
ドキドキ。空君の心臓の音が伝わってきた。その音も可愛い。
なんだってこうも、空君は可愛いんだろうなあ。ふわふわした空君の髪を撫でてみた。ああ、可愛い。それに愛しい。
ブワ、ブワっと私から光が出ているのがわかった。どれだけ私って空君が好きなのかなあって、自分でも思った。
ママもパパが怖かったことはないって、そう言っていたっけ。
それ、私もみたい。
もし、空君と結ばれる日が来ても、怖がらないで喜んで受け入れちゃうだろうなあ。
それ、今すぐでも大丈夫かも。
なんて、そんなことを思いながら、私はしばらく空君に抱き着いていた。