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第129話 止まったまま

「ごめん、凪」

「え?」

 空君は視線を合わせようともせず、

「やっぱり、凪に嫌われるのは…」

と、それだけ言うと黙り込んだ。


「空君?」

「俺も、男だから」

「だから、何?」

「……。正直な話をしたら、きっと凪は俺が嫌になるよ」


「ならないよ」

「俺も、同じなんだ」

「わかんないよ。何と同じなの?」

「健人さんだよ」


「健人さんと同じって?」

 空君はしばらく黙り込んだ。でも、意を決したように話し出した。

「きっと、凪のこと、いやらしい目で見たりする」

「そんな目で空君、私のこと見たことないよ」


「だから!そうならないように、気を付けてるんだ」

「え?」

「俺、前より髭も濃くなったし、きっともっと、男っぽくなるよ。そうしたら、凪も俺を嫌になるかもしれない」

「………そんなこと…」


「ないって言い切れる?」

 空君が私を辛そうな目で見た。

「それは…」

 言い切れるよ。でも、やっぱりわからない。


 きっと空君は大丈夫。男臭くなんかならないし。そう思ってる。きっと、空君もパパや爽太パパみたいにずっと爽やかで。

 

 だけど、もし空君が言うように、いやらしい目で私を見たら?

 ううん!空君はそんな目で私を見ないよ。


 でも、いつか、空君が私のことを求めてきちゃったら?今はまだ、あどけないし、子供の頃みたいに可愛いから、だから、私も安心して空君のそばにいられるけど、もし、空君が、男になっちゃったら?


 私が黙っていると、空君は、

「帰るね」

と言って、自転車を走らせ、あっという間に姿を消してしまった。


 空君…。ずっと悩んでいたのかな。なんだか、すごく辛そうな表情だった。

 私、なんて言ってあげたらよかったのかな。空君なら平気、とか、そういう言葉をかけたらよかったのかな。


 それとも、男の人が怖くなくなるまで待ってって言うべきだったのかな。


 わからない。どうしていいかも、わからなくなってきちゃった。


 家に入ると、私の暗い表情にママが気が付いた。

「どうしたの?空君と喧嘩?」

 私は黙って首を横に振った。それから、ママに私の部屋に来てもらい、話を聞いてもらった。


 雪ちゃんは、碧が面倒を見ている。

「あのね…」

 空君に対して、どういう態度をとっていいかもわからなくなったと、ママに素直に告げた。


「そうか」

 ママは一言そう言ってから、しばらく黙り込んだ。そして、

「ママには、あんまり凪の気持ちはわからないけど」

と、珍しく私の気持ちに同意してくれなかった。


「男の人が怖いって、そんなに思ったこともないし。ただ、聖君以外の人は嫌だって、そう思ってはいたけど」

「うん」

「聖君は、すごくママのこと大事に思っていたし。それは、空君もだよね?」

「うん」


「待ってもらったら?そのうち、凪も男の人が大丈夫になるかもしれないし」

「そうかな?」

「菜摘がそうだったな。どこか、潔癖症なところがあって、葉君が悩んでいたっけ」

「そうなの?」


「大丈夫だよ。きっと時間が解決するよ。空君もまだ、子供と大人の狭間にいて、悩んじゃっているんだよ」

「……大人?」

「いつまでも、子供じゃいられないし。凪と一緒に成長していくよ」

「……」

 

 子供の頃の空君と、変わっちゃうの?

 あの、可愛くて、優しくて、あったかい空君じゃなくなっちゃうの?


 ズキン。なんだか、心の奥が痛んだ。私の知らない空君になっちゃうのかな。

 また、私から遠く離れたりしないよね?


 いつまでも、子供のままじゃいられないっていう、そんなママの言葉も私の胸に突き刺さった。

 


 月曜日、自転車で、空君と碧と私は駅に向かった。空君は、いつも通り、私と碧に「おはよう」と微笑んでくれたけれど、私のほうがぎこちない笑顔を作ってしまった。


 空君と、どう接していったらいいのかな。

 まだ、私の中で答えが見つからない。


 駅に着いてからも、私は二人の一歩後ろを歩いた。ホームで千鶴に会うと、なぜかほっとした。

 千鶴に相談してみようかな。千鶴は怖くなかったんだろうか。


 お昼休み、外のベンチに千鶴を誘ってお弁当を食べた。

「聞きたいことがあるんだ」

「なあに?」

「千鶴は…、小河さんと最初の時、怖くなかった?」


「え?空君、迫ってきたの?」

「違うの。ただ、どうなのかなって。だって、いつか付き合っていたら、そういう日が訪れるってことだよね?」

「やっと、そういう日が来るって、現実味が出てきた?」

「……うん。あ、でも、まだまだ先だと思うけど」


「空君、もう高校2年だよ。まだまだ、先じゃないかもしれないよ?」

 ギクリ。

 千鶴の言葉に、背中がひやっとした。やっぱり、私、怖いのかな。


「空君とは、そんなこと想像もつかなかったの。子供の頃のままの二人でいられるような気がしてた」

「まさか、そんなわけないじゃない。空君だって、どんどん大人の男になって行くんだし」

「うん。そうなんだよね」


「凪も覚悟決めなきゃ。私、覚悟決めたよ?小河さん、経験者だったし、私より大人だし」

「うん」

「いつか、そんな日がっていうより、すぐにそんな日が来るんだろうなって」

「でも、どう覚悟を決めたらいいのかわかんないよ」


「ねえ、キスってしてるんだよね?もう」

「うん」

「あ、そうか。ディープキスはまだなのか」

 私は黙って頷いた。


「私、怖さはあったけど、でも、遊ばれていたらどうしようっていう不安のほうが大きかったな。だけど、空君は本気で凪のこと好きみたいだし、将来、ずっと凪と付き合おうって思っているみたいでしょ?」

「うん」


「だったら、遊ばれているっていう不安もないわけだし、あんまり待たせるのもかわいそうだよ」

「かわいそう?」

「それこそ、待たせすぎて、空君が他の女の人のもとに行ったりしたら嫌でしょ?」

「そ、そんなこと、あるわけないよ。空君が、まさか」


「言い切れる?空君を他の人にとられないっていう自信があるの?」

「ない。自信じゃなくって…。多分、空君を信じていたいんだと思う」

「わかんないよ。空君だってさあ、健康な男の子なわけだし」

「……」


 一気に不安が押しよせてきた。久々に寒気がする。

「碧のところに行ってくる!」

「え?なんで?碧君に相談でもするの?」

「違う。霊が来ちゃったみたいだから、追っ払ってもらう」


 私はそう言ってお弁当をその場に残し、ダッシュで碧の教室に走って行った。でも、いなかった。

「食堂?」

 次に食堂に走って行った。すると碧は、空君や文江ちゃんと一緒にお弁当を食べていた。


 あ。空君も一緒だったのか。どうしよう。

「榎本先輩、どうしてくっついているんですか?」

 文江ちゃんが怖がりながら、私の肩のあたりを見ている。やっぱり、くっついちゃったんだ。


「碧…」

 私は碧に近づいた。すると碧は、のほほんとした顔をして、

「ほい、ほい。飛んでけ~~~」

と、手をグルグル回して、その手を天井に向けた。


 あれ?一気に軽くなった。

「除霊してくれた?」

「知らない。適当に言っただけ」


「凪が碧の近くに来た時から、霊は逃げてっちゃったよ」

 空君がそう教えてくれた。

「お弁当は?」

 碧が私が手ぶらなのを見て、そう聞いてきたから、

「あ。中庭で食べていたの。千鶴を置いてきちゃったから、戻るね。碧、ありがとう」

と、私はそそくさと食堂から中庭に戻った。


 どうしよう。今も、空君の顔がまともに見れなかった。

「凪、大丈夫?」

 中庭に行くと、千鶴が心配そうに聞いてきた。

「うん、碧が追っ払ってくれたから」


 私はまた、お弁当を食べだした。でも、お箸がなかなか進まない。どうも食欲がない。それに、気持ちが沈んでしまい、また寒気がやってきた。

「また、来たかなあ」

「え?」


「ううん。なんでもない」

 千鶴、けっこう怖がりだし、霊がまた引っ付いちゃったって言わないほうがいいよね。それにしても、前なら、空君のことを考えただけで光が飛び出したのに、今は、空君のことを考えただけで、霊が寄ってきてしまう。


 はあ…。このままだと、私、光を出すこともできなくなって、ずっと霊を背負って生きることになっちゃうよ。どうしよう。


 暗い。空君のことで、私はこんなにも気持ちがぐらつくんだって知らなかった。空君さえいてくれたら、怖いものなしだったのに。


 家の中は、不思議と雪ちゃんがいるせいか、寒気がすることもなかった。碧が学校から帰ってくると、さらに家の明るさは増した。


 困るのは学校だ。私は寒気や、体が重くなると、すぐに碧の教室にすっ飛んで行った。おかげで、姉弟仲がいいどころか、ブラコンじゃないかと噂されるほどだった。


 あれだけかっこいい弟じゃ、しょうがないか…とか、空君とは別れたの?なんて噂までが広がりだし、さすがの空君も、気にするようになった。


 なにしろ、碧に会えない時は、霊を引っ付けたまま、部活に行ったりもしちゃっていたし。

「きゃ!先輩、最近、よく引っ付いてます」

 部室に入ると文江ちゃんが、怯えながら私に言った。

「うん、わかってるんだ。でも、なかなか追っ払えなくて」


「その霊、成仏したいみたいですよ」

「そうなんだ。でも、どうやったら光って出るかなあ」

「ど、どうしたんですか?先輩。気持ちが最近沈みっぱなしなんですか?空君、もうちょっとしたら来ますから、そうしたらきっと光出ますよね?」


「……うん」

 どうだろう。最近、空君の顔を見ると、逆に気持ちが沈んじゃうからなあ。

「あの、先輩。霊が…」

「え?」


 怯えながらも文江ちゃんは、幽霊の言葉に耳を傾けているようだ。

「先輩のことを心配しています。気持ちが沈み過ぎると、変な霊が寄ってくるよって」

「え?」

「あ、だから、今は他に霊が寄ってこないよう、守ってあげているみたい。だったら、このまま引っ付いててもらったほうがいいですかね?」


「どんな霊?」

「男の子です。中学生くらいかな?可愛い感じの…。この学校に入りたかったけど、その前に死んじゃったって」

「そうなんだ。可愛い男の子なんだ」


 そんな話をしていると、空君が鉄と部室に入ってきて、

「あ!」

と、私の後ろを見ながら、慌てて私を抱きしめに来た。


 うわ!久々のハグ!

 ドキン。


 胸がドキッて高鳴った。それに、ものすごく嬉しかった。


「消えました」

 文江ちゃんがそう教えてくれた。

「光、今、すごく出ていましたよ。やっぱり空君がいたら、大丈夫ですね」

 文江ちゃんは、そう微笑みながら言ってくれた。


「でも、今の幽霊、私のことを守るって」

「凪!霊に守ってもらったらだめだ。そっちに引っ張られるし、だいいち今の霊、男だよ?」

 空君が、怒った顔でそうきつく言った。


「男っていっても、文江ちゃんが可愛い男の子だって」

「男の子じゃない。中学生くらいだ。変に凪のことをその子が気に入ったら、引きずり込まれる」

「引きずり込まれるって?」


「霊が憑いていると、寒気がしたり気分悪くなるだろ?体に異変が起きるかもしれないし、とにかく、悪い霊じゃなくても、波動は低いよ」

「そうなの?」

「…凪の波動が下がっているから、そういう霊が来るんだ。最近、元気ないよね?」


 ええ?空君がそんなことを聞いてくるの?だって、空君のせいで…。


 ううん。空君のせいにしたらダメだ。これは、私の問題なんだよね。私が、空君とどうかかわっていったらいいか、どう向き合ったらいいのか、決めないと。


「わかった。これから、気を付けるね、空君」

 そう言うと、空君はすっと私から離れた。

 その途端、また私は寂しくなった。


 あれ?


 そうだよ。空君にハグしてもらえたのは嬉しかった。

 私、今まで空君にハグしてもらったり、キスしてもらって、嫌だって思ったこと、一回もない。


 勝手にこれから、空君のことが怖くなるかも…とか、そんなふうに想像しちゃっているだけで、本当に怖くなるかどうかもわからないのに。


 空君だって、私に嫌われるのが嫌だとか、そんなふうに思っちゃっているけど、私が空君を嫌うかどうかだって、まだわからないんだし。


 まだ、何もわからない、どうなるかもわからないうちに、勝手に空君が私から離れて、私まで空君から離れようとしていたなんて、バカみたいだ。


「空君」

 私はその日の帰り道、自転車で帰りながら、空君に言ってみた。

「私、空君のそば、やっぱり離れたくないよ。だって、離れちゃうと気持ちが沈み込んで、幽霊寄ってきちゃうし」


「やっぱり、俺のせいだった?」

 空君が、元気のない声で聞いてきた。

「ううん。私自身の問題。空君とどう接していいかもわからなくなってたの。だけど、私はやっぱり空君が好き。大好きでそばにいたい。空君の隣にいられるのが幸せだから、離れないよ」


「…離れるとは俺も言っていない。ただ、二人きりになったりするのは…」

「そういうのも、あれこれ悩むのやめよう」

「え?でも」

「これから先、どうなるかわかんないけど、そういう時が来たらまた悩もうよ」


「そういう時が今、来ているって言ったら?」

「え?」

「…俺、自信ないよ?凪と二人きりでいたら、気持ちをセーブできるかどうか」

「セーブ?」


「…。凪といると、時々やばくなる」

「え?」

「抑えられなくなりそうなんだ」


 ドキン。

「……ごめん。やっぱり、距離を持とう」

「いつまで?」

「それは、だから、凪が…」


「私が怖がらなくなるまで?」

「うん」

 私の家に着いた。空君は自転車にまたがったままだ。

「うち、寄って行く?」


「帰るよ」

「空君!」

「え?」

「じゃあ、聞くけど、私が空君を怖がらなくなるのはいつなの?」


「それは、俺にもわからない」

「私にだってわかんないよ。だって、空君を怖がったこともないのに。全然怖くないのに、私はどうしたらいいの?」


「………」

「空君のことを嫌ってもいないのに、空君は何で私に嫌われるのを怖がっているの?」

「じゃあ、凪が男を怖がらなくなるまで」

「そんなの、いつ怖がらなくなるかもわからないのに」


 また、私は空君を責めてしまった。何回、こんなことを私たちは繰り返しているのかな。全然、前に進めていない気がする。




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