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第12話 すぐ隣に

 午後、パパが子供たちに海の生物の話を聞かせているところにお邪魔した。舞花ちゃんも喜んで前の方に行って、話を聞いていた。


 私と空君は、1番後ろで静かに見ていた。パパの話は何回か聞いているけれど、今日もまた絶好調だ。

 子供たちはみんな、パパの話に目を輝かせている。そして、そのお母さんたちは違った意味で、目を輝かせながらパパを見ている。


 20代後半から30代前半のお母さんが中心かな。子供は幼稚園、小学生が対象だから。


「聖さんって、やっぱりすごいね」

 パパの話が終わり、パパが子供一人一人に質問をされ、それに答えているのを見ながら空君が言った。

「すごいって?」

「敵わないな」


「…何が?」

「同じ男として憧れる。でも、絶対に負けてるってわかるから悔しいんだ」

「負けてる?空君が?」

 空君はその場から離れ、屋外に出た。


 そしてベンチに腰掛けた。私もその隣に座った。

「空君、負けてないよ」

「そうかな」

「パパのこと私も尊敬してるけど、でも、空君には空君の良さがあるし」


「俺の?どの辺?」

「え?」

「あるのかな。俺に良さなんて」

「あるよ。絶対にあるよ」


「具体的にはどの辺が?」

「だ、だから。えっと…」

「無理しないでいいよ」

「無理してないよ。ただ、言葉に表現しにくいっていうか」


「…」

 ああ、私ったら。なんでこういう時に気の利いたことが言えないんだろう。

「空君、私の方こそ、なんにもないの」

「え?」


「谷田部君が言ってたみたいに、波風のないつまんないやつなの」

「ああ、鉄、そんなこと言ってたね」

「冴えないって言ってたよね。あれ、本当だよね」

「そんなことない。凪はすごいよ?」


「どこが?私こそ、どこが?ママは、私も取り柄がなんにもなくってって言ってたことがあった。でも、ママはお料理上手だし、編み物とかもすごく上手なの。器用なんだよね」

「凪も、卵焼きうまかったけど」

「そんなことない。形くずれてたし、焦げてたし」


「でも、美味しかったよ」

「だ、だけど、あれも時間がかかっちゃって。私、すごい不器用なの」

「……でもさ、凪には凪マジックがある。あれ、すごいと思うよ」

「凪マジックって、何?」


「凪がいるだけで、平和になっちゃうじゃん」

「波風のない状態になるってこと?」

「うん」

「でも、それ、面白い?つまらないんじゃない?一緒にいても」


「俺、喧嘩とか争いごと苦手だし、平和な方がいいけどな」

「……でも、それ、別に私なんにもしてないし。だから、取り柄でもなんでもないよ」

「そんなことない。ほかの人にはない特技だよ」

「そ、そうかな」


「俺は壁作っちゃうし、人といても窮屈な思いしかさせないと思うから、凪はすごいって思うよ」

「私も、そんなに人と接するの得意じゃないよ。どっちかっていうと苦手」

「え?」

「なんか、ダメなんだよね」

 私は小さくため息をした。それを空君は見てしばらく黙り込んだ。


「…でもさ、昔は平気だったよね。誰に対しても対等っていうか、心開いてたっていうか。だから、凪と一緒に海に行ったり公園に行って遊ぶと、周りにいつの間にか子供たちが寄ってきてて、みんなで仲良く遊んでた」

「……それ、相当昔の話だよ」

 私は、俯いてしばらく黙り込んでしまった。


「凪?」

「あ、ごめん。なんでもない。あ!舞花ちゃんが来た」

「凪お姉ちゃ~~~ん」

 舞花ちゃんが手をブンブン振って、こっちに向かって走ってきた。


「舞花ちゃん、これからどうする?イルカのショー見ようか?」

「うん!」

「聖は仕事に戻ったから、ここからは爽太パパが舞花ちゃんをエスコートするよ」

 そう言って、杏樹お姉ちゃんと一緒に爽太パパが舞花ちゃんの後ろからやってきた。


 そのまた後ろから、リュックを二つも抱えたやすお兄ちゃんがやってきた。あ、一つは爽太パパのリュックだ。舞花ちゃんを見てもらうために、二つもリュックを持つことになっちゃったのかな。


「じゃ、やすと私はまだデートを楽しんでもいい?」

「いいよ。空と凪ちゃんも二人で楽しんでおいで」

「え?私と空君?」


「さてと、舞花ちゃん、イルカのショー見に行こうね~~」

 そう言って、爽太パパが舞花ちゃんと手をつないだ。

 私は、ちらっと空君を見た。空君は、どこかを見つめていたけど、私の視線に気がつきこっちを向いた。


「空君、イルカのショー、どうする?」

「俺、海、見ていたいかな」

「そ、そう?」

 そっか。じゃあ、一人になりたいのかな、もしかして。


「さっきの弁当食べた場所に戻らない?あそこ、気持ちよかったし」

「え?」

 うそ。私も一緒でいいの?

「あ、凪はイルカのショーが見たいのか」


「ううん。私も海を見ていたいな」

 本当は、空君と一緒にいたいだけなの。海でもイルカのショーでもどっちでもいい。とはとてもじゃないけど、言えないよね。


「じゃ、行こう」

 そう言って空君は、ゆっくりと歩きだした。

 うわ~~~~。今日は本当に空君と二人で、行動できるんだ。ああ、爽太パパに感謝!


 そして、さっきの場所に来ると、空君は椅子に座り海の方を見た。私もその隣にある椅子に腰掛けた。

「空君、海、好きだよね」

「うん」


 空君の海を見つめる目、綺麗だなあ。

「空君は海を見ていると、癒されるの?」

「うん。自然を見てると、心が安らぐ」

 そう言って空君は、今度は空を見上げた。


 あ、今も、癒されたかったのかな。じゃあ、私、静かにしていたほうがいいかな。

 本当だったら、一人で来たかったかもしれないし。

 そう思って、私は黙って空君みたいに空を見上げた。青い空に、白い雲が浮かんでいる。


「気持ちいいな~~」

 そう言って目を閉じた。風がとっても心地いい。

「………」


 あれ?なんか、空君の気配がする。それもすぐ近くに…。


 パチッ!!!

 え?!!なんで、空君の顔、真ん前にあるの?!


「ごめん!」

「え?」

 え?え?え?

 空君が慌てたように私から飛び退いて、赤くなって下を向いてしまった。


 え?

 何が今、起こったの?


「あ、キスしようとしたんじゃないよ。ちょっと、凪の顔、子供の頃と同じだなって思って見ていただけで」

 キス?!

 じゃないって今言った。そ、そうか。わ~~~!焦った!な、なんだ~~~~。


「ごめん」

「ううん」

 か~~~~。私の顔も赤いかもしれない。今、とっても熱い。

 びっくりした。そうだよね。空君がキスしてくるわけないよ。


 でも、もし今キスしてきたら、私のファーストキスだ。それも、ずっと思い描いた通りの、大好きな空君とのキス。

 うわ!そんなことを思ったらますます顔が火照った。ダメだ。顔、上げられない。


 夢で見たことがある。空君とのキス。でもいつもなぜか、空君も私も、幼い子供で、

「な~たん」

「空君」

と呼び合っている。そんな夢。


 でも、空君の笑顔が可愛くて、「な~たん」って声が可愛くて、思わず私から、キスしちゃうんだよね。そんなとんでもない夢を見ているの。こんなこと空君には言えない。


 しばらく私は顔が熱くて、顔を上げられずにいたし、どうやら空君もずっと下を向いていたようだ。


 ただただ、海からの潮風が吹いてくる中、小一時間私たちはそうやって過ごしてしまっていた。



 その日の夜は、やっぱりまりんぶるーを閉めてから、みんなで集まってパーテイのようになってしまった。

「やす!お前も飲めよ」

 パパがやすお兄ちゃんにからんでいる。あ~あ。やすお兄ちゃん、そんなにお酒強くないのになあ。


「ダメだぞ、聖。明日は朝早くから、やすも一緒にサーフィン行くんだからな」

「え?そうなの?」

「はい。櫂さんと空君と一緒に行きますよ。聖さんも来ますか?」

「俺?俺はサーフィンしないからなあ。なんだ、つまらない。じゃあ、やすも櫂さんも飲めないじゃん」

 パパがへそ曲げちゃった。


「じゃ、いいよ。父さん、飲もう。あ、母さんも一緒にどう?」

「そうね、ワインだったら飲もうかな。桃子ちゃんも一緒に飲まない?」

「ワインですか?」

「そうよ。桃子ちゃんもビールや日本酒より、カクテルやワインがいいでしょ?」

「はい」


「桃子ちゃんと俺が酔っ払ったら、家に帰れないね」

「そんなに飲まないよ~~。聖君は明日も仕事でしょ?」

「そうでした。桃子ちゃんと酔っ払いたかったけど、仕事でした」

 あ~~あ、そんなことを言いつつ、パパったらもうママに甘えてる。お酒が入ると、いつも以上にママに甘えちゃうんだよね、パパは。


 夕飯を食べ終わったら、空君はすぐに家に帰っちゃったし、寂しいなあ。パパとママ、お酒飲んじゃうみたいだし、碧連れて、さっさと帰ろうかな。でも、碧、舞花ちゃんにべったりくっつかれているしなあ。


「舞花。もう9時過ぎたから、寝る時間だろ?」

 あ、碧がさすがにお守りが辛くなったみたいだ。

「まだ寝ない。眠くない」

「ダメよ、舞花。もう寝なくちゃ。さ、ママと2階に上がろうね」

 杏樹お姉ちゃんがそう言って、舞花ちゃんの手を引いた。


「碧お兄ちゃんと遊びたい~~」

「舞花、明日だったら部活午前だけだし、午後は遊べるよ」

「本当?やった~~」

 舞花ちゃんはようやく碧から離れ、杏樹お姉ちゃんと2階に行った。


「碧、そろそろ帰る?」

「俺?まだいるよ。空も戻ってくるし。凪一人で帰れば?」

「え?空君、帰ったんじゃないの?」

「いや、また戻るって言ってたから。あ、ほら、戻ってきた」


 本当だ!空君が来た!

「空、ばあちゃんとじいちゃん、リビングに行ったから、俺らも行こう」

「うん。あ、凪も来る?」

「え?リビングに?」


「ばあちゃんに写真集見せたくて持ってきたんだ」

 そうか、それで一回家に戻っていたんだ。

「私も見たいな」

「…海の夕景のは持ってきてないよ?」

「そうなの?あ、でも、星空の写真集も見たかったから」


「じゃ、海の夕景は、うちに来た時にでも見て?」

「う、うん」

 それっていつ?いつでもいいの?

 ドキドキ。聞いてみようかな。


「空君のおうち、いつ行ったらいいかな」

「いつでもいいけど?」

「ほ、本当?」

「うん。俺がいなくても、母さんに凪が写真集を見に来るって言っておくよ」


 え?空君がいなくっても?


 なんだ~~~~。

 あ~~~、がっかりだ。


 私はてっきり、空君と一緒に写真集が見れるのかと思った。

 じゃあ、本当に空君の家に遊びに行ってもいいってだけで、空君と一緒にいられるってわけじゃないんだね。


 そうか。私ったら、馬鹿だ。期待しちゃったよ。

 ああ、ちょっと落ち込んじゃった。


「ばあちゃん、昨日言ってた写真集持ってきたよ」

 そう言いながら、空君はリビングに入っていった。その後ろをちょっと暗くなりながら、静かに私は入っていった。

「あら、本当?もう持ってきてくれたの?」

 おばあちゃんが嬉しそうに空君にそう言った。


 そして、おばあちゃんと空君とで、写真集を見始めた。私は、その横に座ってみたけれど、空君がずっとおばあちゃんに楽しそうに話しかけているから、なんだか二人の間に入るのも気が引けて、ただ、真ん前をぼんやりと見ていた。


「眠い~~~。部活のあとの舞花のお守りはきつかった~~。俺、ちょっと横になる。帰る時、凪、起こして」

「え?また寝るの?碧」

「うん」

 碧はそう言うと、絨毯にゴロンと横になってしまった。


 おじいちゃんは、テレビを見ていた。そして時々笑っている。私も、一緒にテレビを見ることにした。

 テレビもついている賑やかな中で、よく碧は眠れるよなあ。どこでも寝ちゃえるところが碧の特技かも知れない。


「アハハ」

 おじいちゃんが笑った。私も一緒に笑った。すると、一瞬空君が私を見た。

「?」

 でも、すぐにまた目線を写真集の方に向け、おばあちゃんに星の説明を始めた。


「綺麗な星空ね。それにオーロラ、すごいわねえ。一回生で見てみたいわ」

「だよね。俺も目の前で見てみたい」

 空君はそうポツリと言って、しばらくオーロラの写真を見つめていた。それから、おばあちゃんがゆっくりと、写真集をめくり出すと、空君はソファの背もたれにもたれかかり、どこか遠くを見つめた。


 空君は私と一緒にソファーに座っていた。昨日と一緒。ううん、小さな頃からリビングに来ると、二人掛けのソファーに二人で座っていた。そして、べったりとくっつき、そのまま寝ちゃうこともあった。


 今は、べったりと肩と肩をくっつけ合うことなないけれど、でも、すぐ横にいる空君の空気や、あったかさは伝わってくる。

 ほわんとしたあったかい空気。子供の頃から変わらない、優しくて可愛い空気。


 グガ~~~。

 あ、碧、寝ちゃった。あっと言う間だなあ。

「…俺も、なんだか眠い」

 空君が隣でぼそっと呟くと、眠そうな目を擦った。


 うわ。今の仕草、可愛かった。これ、子供の頃もよくやっていたっけ。そして、そのあと、知らない間に私の肩にもたれかかり、スウって寝ちゃうの。


 でも、さすがに今は、私にもたれかかったりしないよね?


 私は、すぐ隣にいる空君にずっとドキドキしていた。でも、空君にバレないよう平静を装って、テレビを見ていた。半分位内容は入ってきていないけど、おじいちゃんが笑う時には、一緒に笑ったりもしてみた。

 すると、スウっていう可愛い寝息が隣から聞こえてきた。


 あ、空君も寝ちゃったんだ。碧と違って、寝息が可愛い。

 チラッと隣を見た。うわ。寝息だけじゃなくって、寝顔まで可愛い。碧なんて口開けたまま寝てるのに。


「スウ~~」

 ドキドキ。空君の可愛い寝顔、子供の頃と変わっていない。

 フワ…。

 うわわ~~。空君が、私の肩にもたれかかってきた!


 空君の髪が、頬に当たる。なんだかくすぐったい。うっわ~~~~!胸がキュンキュンしちゃって、大変なんだけど!!


「あらあら、空君まで寝ちゃったの?」

「本当だ。可愛い寝顔で寝てるなあ。碧も空も寝顔が子供の時のままだな」

 おじいちゃんとおばあちゃんがそう言って笑った。そしておばあちゃんは二人に、ブランケットを掛けてあげた。


「凪ちゃんマジックね」

「え?」

「凪ちゃんがいるだけで、優しくてほわっとした空間になっちゃうから、二人とも安心して寝ちゃったのよ。子供の頃もそうだったわね、圭介」


「うん。俺も凪ちゃんがいると、眠くなっちゃうもんなあ」

「え?おじいちゃんも?」

「優しい気持ちになるんだよ。不思議なオーラに包まれてるって感じになるね」

 不思議なオーラ?


「ほら、空君のこんな安心しきった顔、久しぶりに見るわ。まりんぶるーに来ても、いつも緊張している感じだったのにね」

「本当だな~」

 おばあちゃんとおじいちゃんは、すごく優しい目で空君を見つめた。


 空君はまだ、スウスウと寝息を立てて眠っている。

「凪ちゃんも寝ていいわよ?あとで起こしてあげるから。このブランケット大きいから、二人でも入れちゃうの」

 おばあちゃんがそう言って、ブランケットを広げた。私は一瞬躊躇したけど、空君と私におばあちゃんはブランケットを掛けてしまった。


 ドキドキドキ。うっわ~~~。空君のぬくもり、あったかい。

 ドキドキするけど、安心する。この安心感、すごく懐かしい。


 私もどんどん眠気が襲って来て、いつの間にか寝てしまった。

 隣からはスースーっていう空君の寝息。そして空君のぬくもり。それから子守唄のような優しいおじいちゃんとおばあちゃんの話し声。


 まるで昔にタイムスリップしたみたいだ。

 そして夢の中でも、私は空君とひっついて眠っていた。でも、夢の中の私たちは、幼い私たちだったけれど。





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