第127話 文江ちゃんの決意
彼女がいるのにもかかわらず、碧の人気はすごかった。彼女である文江ちゃんへの風当たりも強く、食堂でも廊下でも、女生徒たちに嫌味を言われたりしていた。
でも、必ず久恵さんたちが文江ちゃんを守っていたので、直接嫌がらせを受けたり、いじめられることはなかったが、ある日、ことは起きてしまった。
天文学部の帰り、みんなで昇降口に行った時のこと、碧はたまたまバスケ部のキャプテンに呼ばれてその場にいなかった。だから、昇降口にいる幽霊を追っ払う人がそこにはいなかった。
私も空君も、部室のカギを職員室に返したりしていて、みんなより遅れて昇降口に行った。すると、
「あ!榎本先輩、助けてください。文江が真っ青になって震えてて、広香も動けなくなってるんです」
と、久恵さんが私たちのところに飛んできてそう言った。
「うん。暗いし寒いね」
そう言いながら空君は、2年の下駄箱に近づいた。私も空君の後ろから着いて行った。
「あ、いる」
空君が、立ち止まった。下駄箱の前で、青い顔をして震えている文江ちゃんと広香さんがいて、その横でサチさんが、必死に二人を助けようと手を掴んだり、肩を揺らしていた。
「榎本先輩、空君!二人が動けなくなっちゃったんです」
「うん。見えてる。霊が黒谷さんに引っ付いてる」
「空君、ギュってして!すぐに消すから。広香さんも文江ちゃんも待ってて」
「だ、だめです。先輩」
文江ちゃんが、金縛りにあいながらも、必死に口を動かして私にそう言ってきた。
「ダメって?」
「あの霊、なんか言おうとしてる」
そう言うと空君は、文江ちゃんのほうに近づいて行った。
「大丈夫なの?空君」
私が後ろから聞くと、空君は「うん」と返事をして、文江ちゃんのすぐ横に立った。
「そ、空君、助けて」
震えながら広香さんが、空君に訴えた。
「大丈夫。ちょっと話を聞くだけだから。多分、伝えたいことがあるんだよ、この子」
空君はそう言うと、黙って文江ちゃんの肩あたりを見ている。
「この子って…子供の霊なの?」
「いいえ。女子高生です」
小さな声で文江ちゃんが言った。
「この学校の生徒だったのかな。制服、ここのだもんね」
空君はそう言うと、なぜか微笑んだ。そして、空君は文江ちゃんの下駄箱から靴を取り出し、
「ああ、これか」
と、中を覗いた。
「文江の靴がどうしたの?」
サチさんが、こわごわ空君に近づき、そう聞いた。
「画びょうが入ってるんだ」
「え?!」
画びょう!?
「それで、もしかして、教えてくれようとした…とか?」
文江ちゃんがそう言うと、いきなりガクンとその場に座り込んだ。そして、広香さんも同じようにしゃがみこみ、
「やっと動けた」
と、泣き出しそうになっている。
「凪、いいよ。成仏させてあげて」
「うん」
私は空君に近づいた。空君は私をハグして、その瞬間私から光が飛び出し、きらきらとその光は天井に向かっていった。
文江ちゃんは天井を見上げ、小さく「ありがとう」と囁いた。
「成仏できたよ」
空君もまぶしそうに天井を見上げていた目を、私に向けるとそう呟いた。
「この画びょう、誰が入れたんだろう」
「誰かはわかんないけど、酷いよ。もし、知らずに文江が履いていたら…」
そう言うと、サチさんはギリっと唇を噛み、広香さんと久恵さんも怒りをあらわにした。
「どうした?空、なんかあった?」
そこに碧がやってきた。何か異変があることに気が付いたようだ。空君は、
「黒谷さんの靴の中に、画びょうが入ってたんだ」
と、靴から画びょうを取り出して、碧に見せた。
「え?!まさか、文江ちゃん、怪我した?」
碧は、すぐに文江ちゃんのほうを見てそう聞いた。
「大丈夫」
「……よかった」
碧はほっとしたものの、すぐに怖い顔つきに変わり、
「誰がこんなことしたんだよ」
と、久恵さんたちと同様、怒りのオーラを発した。
「わからない。でも、碧の彼女だから、こういう嫌がらせを受けたんだろ」
空君はクールに碧にそう言った。碧は、ギュッと拳を握りしめ、
「わかった。誰がやったかはわからないとしても、こんなこと2度とないようにする」
と、文江ちゃんに力強い声でそう断言した。
「でも、この時間、昇降口暗いし、よく靴の中に画びょうが入っているって気が付いたね。良かった。怪我がなくって本当に」
碧はまた文江ちゃんのほうを見た。文江ちゃんは、黙っていたが、
「ここにさっきまで、女子高生の幽霊がいたんだ」
と、空君が碧に話し出した。
「え?うそ。凪、そいつやっつけてくれたんだろ?」
「その子が靴の中に画びょうが入っているって、そう教えてくれたんだよ。凪はちゃんと成仏させてあげた」
「教えてくれたって?空、霊の声聞こえんの?」
「うん。なんか、聞こえるようになった」
「悪い霊じゃなかったんだね」
「まあね」
空君は久恵さんの質問にそう答えた。久恵さんたちも、やっとほっとした顔になり、
「どうなっちゃうかと思って、怖かったよ。トイレに霊が出た時を思い出して、本当に怖かった」
と、サチさんと顔を見合わせた。
「広香さん、大丈夫?」
文江ちゃんは立ち上がり、もう顔色も良くなっているが、広香さんはまだ、呆けた顔をしていた。
「だ、大丈夫です。でも、怖かった~~~」
広香さんは私に抱き着いてきた。私も、広香さんにハグをした。
「肝心な時に、彼氏がいないってどういうこと?鉄は?」
久恵さんが広香さんに聞くと、広香さんは、
「そう言えば、空君と榎本先輩を呼んでくるって、小浜先輩と走って行ったきり、戻ってきてない…」
と、まだ呆けた様子でそう答えた。
「あれ?そうだよね。千鶴もいない。どうしたんだろう」
廊下のほうを見た。すると、タイミングよく千鶴と鉄が走ってやってきていた。
「あ、空君、凪!」
「千鶴、どうしたの?」
「もう、霊、成仏してくれた?」
「うん。もう大丈夫だよ」
「それより、黒谷、靴履くなよ。履いてないよな?」
鉄がそう言って、文江ちゃんの足元を見た。そして、まだ上履きを履いているのを見て、
「靴に画びょう入っているから、良かった。まだ、履いていなくって」
と、ほっと安心した顔をした。
「なんでそれ、鉄が知ってるんだ?」
空君が目を細めて、鉄に聞いた。
「職員室まで、凪たちを呼びに行く途中、女子トイレから、文江ちゃんにいたずらをしたっていう声が聞こえてきたんだ」
そう答えたのは、千鶴だった。
「それで、しばらくトイレの前で、鉄と耳をそばだてて聞いてたの。2年の女子だよ。なかなか、何をしたかを言わないから、鉄と辛抱強く聞いてたら、今頃靴を履いて、画びょうが足の裏に刺さっている頃だよって声が聞こえて、慌ててこっちに走ってきたんだけど…」
「まだ、そいつら、いる?」
碧が怖い声で、千鶴に聞いた。
「トイレにはいないかも。でも、検討はつく。去年、同じクラスだった女子だ。声でなんとなくわかった」
鉄が碧に答えた。
「行ってくる」
「え?碧、どこに行くの?」
「そいつらに、こんなこと2度とするなって、言ってくる」
「碧、待てよ。俺も行く」
「私たちも行くよ!」
鉄と一緒に碧と空君が走って行ってしまい、そのあとを久恵さんとサチさんも追いかけた。広香さんは、まだぼ~っとしているのか、すぐには走って行けず、私は広香さん、文江ちゃん、そして千鶴とみんなの後を歩きながら追った。
「そこのトイレにいたの」
千鶴が教えてくれた。でも、そこにはもう誰もいなかった。それに、碧たちの姿もない。
「2年の教室かも」
階段をみんなで上った。2年の教室は3階にある。3階に着くと、廊下から碧の怒鳴る声が聞こえてきた。
「いた。あっちだ」
私たちは小走りで、声のするほうに行った。すると、3組の教室から明かりが見え、中から碧の声が聞こえてきた。
「今度、あんなことしてみろ。ただじゃすまないからな!金輪際、黒谷先輩に嫌がらせなんかするなよな!」
吐き捨てるように碧はそう言うと、教室から飛び出してきた。そのあとを、久恵さんたちも、
「私たちも許さないからね」
と捨て台詞を吐き、教室から出てきた。
「さいって~だな、お前ら」
今のは鉄だ。鉄まで文句を言い、教室から出てくると、最後に教室に残った空君は、冷たい声で教室にいる2年の女子に向かって言った。
「今、碧、怒りまくっているから、あんたらについてる霊も、逃げ出さないでいる。このまま、陰険なことをし続けると、そこにいる霊、あんたらから離れなくなるよ。ずっと憑りつかれるけど、それでもいい?」
「れ、霊って、何を言ってるの?空君」
「俺、見えるって言ってなかった?幽霊、見えるんだよね」
空君、わざと怖い声出してる。でも、確かに感じる。教室の中暗いし、寒気もする。
「空君」
私は空君に近づき、空君の手を握った。そして、空君のことを思った。
ぶわっと光が飛び出し、教室は一気に明るくなった。
「凪、なんで浄化したの?」
空君が私に聞いてきた。
「だって、空君も言ってたでしょ?凪マジック。霊と共にきっとあの子たちの心に宿った、暗い気持ちも消えたと思うんだ」
空君は、彼女たちを見た。そして、
「ああ。そうだね。顔つきがガラッと変わってる」
と、空君は呟いた。
「もう、人を傷つけるようなことしないよね?」
私が教室にいる女の子2人にそう聞くと、2人はコクリと頷いた。
「大丈夫。霊は成仏しちゃったよ。もう、あんまり悪いことは考えないで。また、変な霊が寄ってきちゃうから」
「は、はい」
私の言葉に、2人は素直にまた頷いた。
嫉妬する気持ちに、きっと霊が寄ってきて、さらに、気持ちは暗くなり、人をねたんだんり、ひねくれた考えを持ったりするのかもしれない。
でも、さっきの女子高生の霊みたいに、どの霊も悪いわけじゃないみたいだ。多分、さっきの霊はわざと文江ちゃんを金縛りに合わせて、靴を履けないようにしてくれたみたいだし、広香さんはたまたま、霊感が強くて、文江ちゃんと一緒に、金縛りにあっちゃったんだろうな。
教室を出ると、碧たちがいた。碧は文江ちゃんのすぐ横で、文江ちゃんを守るようにして立っていた。
「もう大丈夫だよ、文江ちゃん」
文江ちゃんは、ぺこりと私に頭を下げた。
「碧、怒ると霊が逃げないんだってよ」
私は碧にそう忠告した。でも、碧の怒りはまだ収まっていないようだ。
「俺、決めた」
「え?何を?」
「優しくするのはやめる」
「文江ちゃんに?」
「違う。他の女に」
「は?」
私と同時に、みんなも碧に聞き返した。
「俺、父さんみたいに、硬派に生きることにした。それで、文江ちゃんにだけ優しくする」
「え?」
「他の女には目も向けないし、こっちから話しかけるのもやめた。冷たいと言われようが、嫌われようが、そんなの知ったこっちゃない」
「それ、文江ちゃんのためだけに?」
千鶴が碧にそう聞くと、碧はこっくりと頷き、
「怖がられようがなんだろうが、文江ちゃんをいじめるやつは許さないし、絶対に守ってやる」
と、力強く言った。
「そ、そんな…。碧君ダメだよ。碧君優しいし、みんなと仲良くしてて?私のために、みんなに嫌われるなんて…」
「いいんじゃない?それでも、碧君の良さを知っている人は、碧君と友達でいるよ。そういう子たちはきっと、文江のこといじめたりしないと思うしさ」
久恵さんの言葉に、サチさんも広香さんも頷いた。
「でも…」
「彼女を守れなかったら、付き合ってる意味ないし。好きな子は俺、守りたいしさ。守らせてよ、文江ちゃん」
碧はそう優しく文江ちゃんに言って、にこりと笑った。
わあ。我が弟ながら、恥ずかしいことを平気で言うよなあ。聞いてて、こっちが照れる。
「……碧君」
文江ちゃんは目を潤ませた。
「男らしい。碧君!」
千鶴がバチンと碧の背中を叩いた。
「いってえなあ」
「この前まで、シスコンの、お子ちゃまだったのにねえ」
「う、うるさいっすよ、小浜先輩」
碧は顔を赤くして、千鶴に言い返した。
「あははは」
千鶴は大笑いをした。でも、他のみんなは笑っていないで、真剣な目で碧を見ていた。
「うん。しっかりと文江を守ってね」
サチさんがそう碧に言うと、碧は力強く頷いた。
文江ちゃんは、目からぽろぽろと涙を流した。
「私、この学校に来て良かったです。ずっと一人だったのに、今はこんなに周りにあったかい人がいて」
「そうだよ。もう文江ちゃんは一人じゃないんだから。それに、私、思ったんだ。今まで文江ちゃんが見えちゃってた霊、悪い霊だけじゃなかったかもって」
「え?」
「もしかすると、文江ちゃんを守ろうとしていた霊もいるかもよ?ただ怖がってただけで、わからなかったのかも」
「私を守るって?」
「さっきの霊もそうだったでしょ?」
「はい。何か私に訴えていたんです。気を付けてって、そんなことを言っているんだろうなって感じました」
「ほらね?今までも、そういう霊いたかもよ?」
「そういえば、私、子供の頃、公園で遊んでいたら、女の子が来て、一緒に遊ぼうって言ってきたことがあったんです」
「うん」
「私、一緒に遊んだんですけど、そこに母が迎えに来て、バイバイってその子に手を振ったら、母が誰に手を振ったの?って聞いてきて」
「それで?」
千鶴が聞いた。他のみんなも興味深そうに静かに文江ちゃんの話を聞いている。
「それで、一緒に遊んでいた女の子だよって、砂場のほうを指差したんです。すると母が、砂場には誰もいなかったわよって」
「え?」
「幽霊だったみたいで。母は、変なこと言わないでねって、怖がりながらそう言っていました。それで、私も怖くなって…。思えば、あの時から私、幽霊が怖くなったんです。もしかすると、その前も一緒に遊んでいたこともあったかもしれないんですけど」
「俺もあるよ。それに、凪も一緒に遊んでた」
「凪も?」
碧が、空君の言葉に驚いて聞き返した。
「うん。凪もその頃は見えてたみたいだ。平気で一緒に遊んでたよ。ね?」
「お、覚えてないよ、私」
だけど、やっぱり、悪い霊ばかりじゃないんだな。あ、そうか。空君も、前に、霊は特に悪さはしないって言っていたっけ。
「怖がっていた頃は、霊の声は聞こえなかった。でも、これからは、聞けるようになるかもしれないよね?空君」
「うん。俺も聞こえてくるようになったし。黒谷さんも聞けるんじゃないかな」
空君がそう文江ちゃんに答えると、文江ちゃんはまっすぐ前を見つめ、
「うん。私も、みんなに守ってもらうばかりじゃなくって、強くなっていく」
と、力強い声でそう言った。




