第123話 空君との未来
電話を終えロビーに戻ると、ちょうどパパも2階から降りてきた。
「桃子ちゃん、寝ちゃったから、いったん家に帰ろう。でもその前に、新生児室に行って、雪に会おうよ」
「雪ちゃんに会えんの?」
碧が目を輝かせてそう聞くと、
「中には入れないだろうけど、見れるよ」
とパパがそう言った。
私たちはわくわくしながら、一階の奥にある新生児室に向かった。
「わあ。赤ちゃん、いっぱい並んでる」
小さなベッドに入った新生児が、横一列に並んでいた。
「この子だ。足に榎本ってネームタッグがついてるよ」
一番に雪ちゃんを見つけたのは、爽太パパだ。
「カメラ、カメラ」
くるみママがデジカメを構えて、雪ちゃんを撮った。
「ちいちゃ~~い」
「寝てるね」
「猿みたいだ」
「おい、碧、妹に向かって猿はないだろう」
碧がパパに怒られた。
「可愛いわね~~」
「早く抱っこしたいなあ。雪~~~」
パパが目じりを足らしながらそう言った。
爽太パパも同じ表情をしている。
「凪が生まれた日を思い出すなあ」
パパがぽつりとそう言うと、
「俺は聖が生まれた日を思い出すよ」
と、爽太パパは懐かしそうな目をした。
「俺?何年前だよ」
「何年たったって、昨日のことのように思い出せるんだよ」
「そうね~~」
くるみママも爽太パパの言葉に頷いた。
「雪ちゃんはどんな女の子になるのかしら」
「そりゃ、パパのお嫁さんになる!って言うような、パパ大好きな女の子だな」
「それ、凪の時にも聖、言ってなかった?で、凪が言い出したのは、空のお嫁さんになる!だったよな」
「う~~~。空は予想外のライバルだったよな。でも、雪にはそんなライバルもいないし」
「俺がいるって。もしかしたら、碧のお嫁さんになるって言い出すかもしれないよ」
「爽太パパのお嫁さんになる!って言われちゃうかもなあ」
男3人並んで、そんな馬鹿な話をしている横で、くるみママは写真を撮りまくっていた。
そして、さんざん雪ちゃんの寝顔を見た後、私たちは車に乗り家路についた。
「お茶でも飲んで、ゆっくりしてってよ、父さん、母さん」
「そうしたいけど、お店、春香に任せっきりで出てきちゃったし、後片付けしないとならないしね、まりんぶるーに戻るよ」
家に着くと、私、パパ、碧をおろして、爽太パパはそう言うと、くるみママを乗せたまま、まりんぶるーへと引き返して行った。
「ただいま~~。空君!」
私は一番に家に入った。
「おかえり」
空君は可愛い笑顔で出迎えてくれた。
「空、悪いな。留守番頼んじゃって」
「いえ。勝手にご飯食べちゃいました」
「ああ、いいって。いいって」
「あと、勝手にお風呂、沸かしちゃいました」
「え?まじで?」
「はい。風呂、掃除ちゃんとしたから、すぐに入れますよ」
「悪いな~~。いろいろと。空から入っていいよ。そんで、今日も泊まっていけよ」
「風呂は最後でもいいっす。聖さん、入ってください」
「そうか~~?じゃあ、一番に入っちゃおうかな。あ、凪、一緒に入るか?」
「ええ?!」
私より、空君が思い切り驚いて奇声を発した。
「冗談だよ、空君。パパと一緒に入るわけないじゃない」
そう私がクールに空君に言うと、空君はほっとした顔を見せた。
「なんだよ。俺と凪が一緒に風呂入ったらだめなのか」
「あ、い、いえ」
パパはジロッと空君を睨み、それから2階に上がって行った。
「空~~、空~~~、空~~~」
碧は今までぼおっとダイニングの椅子に座っていたけれど、思い切りにやついた顔でそう空君を呼んだ。
「何?」
「赤ちゃん、可愛かったよ。雪って名前にしたんだ。猿みたいだけど、ちっちゃくってさ。明日、空も見に行こうよ」
「うん。母さんも父さんも行くって言っていたから、俺もその時一緒に行くよ。それより、受験どうだった?」
「あ!そうだよ。碧、今日受験だったんだよね。どう?手ごたえあり?」
「うん。多分、大丈夫だと思う」
ママの出産ですっかり碧の受験のことを、忘れてた。きっと、パパも忘れてるよね。
パパは2階から着替えを持ってくると、さっさとバスルームに入りに行った。そして、お風呂から出てくると、
「碧!お前、今日試験どうだった?」
とようやく思い出したのか、碧に聞いた。
「うん。なんとかできたよ」
「そうか!」
パパは碧の髪をくしゃくしゃにした。それから、
「ビール飲んじゃおうかな~~~」
と冷蔵庫を開けに行った。
「パパ、今日はママのところにもう行かないの?」
「うん。明日の朝、仕事に行く前に寄るよ。あれ?なんか、箱が入ってる!」
あ!冷蔵庫の中に空君にあげたチョコ入っていたんだ!
「だ、ダメ!それは空君の…」
と慌てて、キッチンに行くと、冷蔵庫からパパが大きな箱を取り出した。
「あれ?」
私の作ったチョコじゃない。あんなに箱大きくないし。
「カードがついてる。パパと碧へ、ママよりだってさ!碧、半分は碧の分だぞ」
「え?まじで?」
ダイニングテーブルにパパが箱を置いて、中からチョコケーキを取り出した。ちょっと小さ目のホールチョコケーキだ。
「うわあ、うまそう」
「今、食う?碧」
「うん!」
「じゃあ俺も、ビールはやめて、お茶でも淹れてチョコ食おうっと」
「ママ、ちゃんとパパと碧にチョコケーキ作ってたんだ」
「桃子ちゃんの愛情感じるなあ。桃子ちゅわん、愛してるよ」
パパがそう言いながら、さっそくチョコケーキを分け、お皿に乗せた。
まったく。娘の前で、愛してるよなんて言っちゃうんだから。そんなことを思いつつ、嬉しそうなパパと碧を見ていた。
「空も食うか?」
パパがリビングにいる空君に聞いた。
「いえ、いいっす。遠慮しておきます」
空君がそう答えると、
「空は凪からもらえるからいいんじゃないの?」
と碧が、ケーキをほおばりながらそう言った。
「あ!そうか。明日のお楽しみか!」
「………」
パパの言葉に空君は苦笑いをした。そりゃそうだよね。だって、もうあげちゃったもん。
「それにしても、雪、可愛かったなあ」
パパがそう言うと、碧もうんうんと頷いた。
「超嬉しいなあ。これから、楽しみだよなあ」
「パパ、あんまり雪ちゃんばっかり可愛がっていると、ママが怒っちゃうよ」
私がそう言うと、パパはにっこりと笑い、
「もちろん、桃子ちゃんのこと、ほおっておいたりしないから安心して」
とそう私に言った。
それから、私はお風呂に入りに行った。そのあと、空君が、そして碧がお風呂に入った。
空君は普通に我が家になじんでいる。お風呂から出てきても、コップに水を入れてゴクゴクと普通に飲んでいるし。
「ぷは…。うまい」
水を飲み干すとそう言って、コップを綺麗に洗っている。
「パパはもう寝るから、明日の朝ご飯、作っておくからな。どうせ、3人とも寝坊するんだろ?」
「しない。俺も雪ちゃん見に行くし!」
碧がそうにこにこしながらパパに言った。
「ダメ。パパが一人で朝は行くよ。桃子ちゃんと二人きりになりたいし!」
そうパパは言うと、ふっといきなり寂しそうな顔つきになり、
「そうだった。今日からしばらく一人寝だ。寂しいなあ。凪、一緒に寝ない?」
と聞いてきた。
「い、嫌だよ。パパ一人で寝て?」
「ちぇ~~~。小学生の頃だったら、喜んで一緒に寝てくれたのに!あ。凪、空を襲いに行ったり」
「しないから!おやすみなさい!」
「おやすみ~~」
パパはふてくされながら、階段を上って行った。
「まったく、子供みたい、パパって」
「聖さん、可愛いよね」
空君がくすくす笑っている。
「凪、父さんと一緒に寝てやったらいいのに」
「私、そんな、子供じゃないもん。それに」
添い寝だったら、空君のほうがいい。なんて、碧にも空君にも言えないから言わないけど。
「それに、何?まさか、私、空君と寝たいもんとか言い出すんじゃないよね?凪」
うわ。碧、超能力あるの?
私がびっくりして碧を見ると、碧は、
「あ、図星なんだ」
と横目で私を見た。
そして、私の隣から、しゅ~~っと音が聞こえてきたような気がして隣を見ると、空君が真っ赤になって、頭から湯気を出していた。
「あ、あの、俺、それは、その」
わあ。空君が、本気にして動揺している。
「も、もう!碧が変なこと言うから。空君、本気にしないで。碧、冗談を言っただけだからね」
「え?う、うん」
そして、3人でリビングでテレビを観ながらのんびりした。
ああ。いいなあ。空君がいるこの空間。めちゃくちゃ幸せだ。
「やっと受験が終わって、遊びまくれる~~~!いや、まずは寝まくるか。あ、ダメだ。明日はデートもあったんだ!」
碧はそう言うと、突然立ち上がり、
「赤ちゃんが生まれたこと、先輩に報告してくる」
と言いながら、2階に駆け昇って行った。
「電話で話すのかな」
そう私がぽつりと言うと、空君は隣でただ頷いた。
「長くなるのかな。じゃあ、その間は二人きりだ」
わあい。嬉しい!と思い切り空君にへばりつくと、
「な、凪。近すぎだって」
と言われてしまった。
残念。
「早く空君にも雪ちゃんに会ってほしいな。本当に可愛いんだよ」
「うん。俺も、ちょっと雪ちゃんの世話、させてもらおうかな」
「え?でも前、赤ちゃん苦手だって言ってなかった?」
「うん。小さい子ダメなんだけど、でも、いずれは自分の子供育てるんだし、その時の練習もかねて」
「自分の…子供…?」
「うん。少しは子育て手伝うから。だって、全部凪にさせたら大変でしょ?」
「…え?」
「あ~~、でも、聖さんとかちょくちょくやってきて、俺らの子供なのに世話焼いたりしてね?」
きゃ~~。俺らの子供!私と空君の子供ってことだよね?
嬉しいやら、恥ずかしいやら。
ぶわっと光が出たのが自分でも見えた。
「…凪?」
それを見て、空君が不思議そうに私を見た。
「あ。あの。私と空君の子供って考えたら、なんか、嬉しくなって」
そう正直に言うと、空君は可愛いはにかんだ笑顔を見せた。
「俺ら、どこに住むんだろうね」
「え?」
「もし、俺も凪も水族館で働くとしたら、このへんかな」
「え、え、えっとねえ」
ドキドキ。私と空君が、結婚したらっていう話かな。あ、まさか、同棲とか。でも、働く前に大学に行く。その時から一緒に住めたらいいのに。
なんて!!!
「あ。ますます光がでかくなった」
そう言って、空君は頬を赤くさせ、私を見た。
「大学、私、アパートとか借りて住むと思うんだ」
「え?うん」
「そうしたら、空君も…」
「……。1年遅れるけど、一緒に住もうね、凪」
きゃあ。嬉しい!!!
べた!空君の腕にしがみついた。空君の腕は硬直したけど、でも、空君は黙ってそのままでいてくれた。
空君の未来に確実に私はいて、私の未来にも空君はいる。
そう思うと胸が熱くなる。
ずっとずっと私は、この空君の可愛いオーラを隣で感じていられるんだね。




