第11話 2匹のクマノミ
どうしよう。
「空君が好きだって気がついて、空君にいきなり告白は無理だなって思ったの」
どうしよう。
「でも、同じ部になれたんだし、空君、星に興味持ったみたいだし、これから部活になるべく顔を出して、空君と星の話とか、いろいろしていこうかなって思って」
「…」
そんなこと、考えてたの?
「ほら、あの山根さんも空君狙いみたいだし、ライバルは他にもいそうだし、ちょっと頑張らなくちゃって思ったんだ」
「…」
「凪、びっくりしてる?もしかして」
「うん」
「ごめんね、いきなりこんな話をして。でも、GW中に星の観察にも行くでしょ?その時からアタックしていこうと思ったから、凪に応援してって前もって頼みたいなって思ったんだ」
「あ、アタック?ど、どうやって?」
「わかんないけど…。空君の好みのタイプとかわかればいいんだけど。凪、それとなく聞いてみてくれない?」
「無理。そんな話、したこともないから」
「じゃ、鉄ちゃんに聞いてもらおうかなあ」
「谷田部君にも、応援してって言うの?」
「どうしよう。鉄ちゃん、そういうの嫌がるかな?様子見てからにしようかな」
「…様子?」
「凪!凪だけが頼りになるかもしれない。よろしくね!」
「……」
ヒク…。顔が引きつった。
「こういうの、もしかして苦手?」
そうじゃなくて、私も、空君が…。空君が…。
ダメだ。言えない!!
思い切り首を横に振ると、
「苦手じゃないの?じゃあ、応援してくれるんだね。ありがとう」
と千鶴に両手で手を握り締められ、
「それじゃ、今度は星の観察の日だね。よろしくね!」
と千鶴は元気に去っていった。
しまった。断れなかった。
私も空君が好きだから、応援できないって言えなかった。
千鶴の応援なんて出来るわけない。自分のことで精一杯で、とてもじゃないけど。それに、千鶴と空君が付き合うことになったら、私、二人のそばにも辛くていられないかも。
ど、ど、どうしよう~~~~。
暗くなりながら、私は水族館に入った。
「凪、こっち」
入口を抜けると、空君が待っていてくれた。
フラ…。あ、体がちょっとよろけたかも。
「どうしたの?大丈夫?」
「う、うん」
大丈夫じゃないよ、空君。どうしよう…。
「みんな先に行ってるよ」
「うん」
「…ゆっくり見ていこうか?久しぶりに来たし、なんだかのんびりと魚、見ていきたいな」
「え?うん」
ドキン。もしかして、空君と二人きりで回れるってこと?
うわ~~~。なんだか、急に「二人きり」ってことを意識してしまった。とは言っても、さすがゴールデンウイークだけあって、人がいっぱいいることはいるんだけど。
でも、周りはみんな知らない人ばかり。そんな中、空君と二人で、水槽を見る。
「…綺麗だね、熱帯魚」
「うん」
「あ、これ、ニモだよね?」
「うん」
空君は「うん」しか言わないけれど、水槽に映った顔を見ると、なんだか楽しそうな表情をしている。
良かった。喜んでいるんだよね?
「こっちのでかい水槽、俺、好きだなあ」
「うん」
「魚の群れって、面白いよね」
「…そういうのが好き?」
「群れもだけど、悠々と一匹で泳いでるエイとか好きかな。自由な感じがしてさ」
「空君みたいだよね」
「え?」
「空君って、群れは嫌がりそう。一匹で悠々と泳いでいたいんじゃないかなって思って」
「……俺はエイみたいに、悠々とはしていないよ」
「そう?」
「もっと、そうだなあ。サンゴの陰に隠れている魚とか、海底の砂に潜って周りを警戒している魚とか、そんな感じ」
「……そうなの?」
「うん。臆病で、群れの中にも入れないし、一匹で悠々と泳ぐこともできない」
「そうかな…」
「…それに、本当は一匹でいるより、寄り添っていたいって、心の底では願ってる」
「他の魚たちと?」
「ううん。魚たちじゃない。一匹でいいんだ」
「え?でも今」
「一匹、俺の隣に寄り添ってくれる魚がいたら、それで十分」
ああ、そういう意味か。
あれ?それって、もしかして恋人とか、そういうことかな。
え?も、もしかして、空君、好きな子がいるとか?寄り添ってもらいたい人がいるとかなの?!
「凪は?」
「え?!」
びっくりして声が裏返った。
「凪もあんまり、群れないでしょ?」
「う、うん。そうかも。でも、一匹は嫌だよ。寂しいもん」
「……。凪の場合は、集まってくるよ、ちゃんと」
「周りから?」
「うん」
「……そうかな」
私はそう呟くと、ぼ~~っと水槽の中を見た。エイがまた、悠々と水槽の中を泳いでいく。
「あのエイは、パパみたい」
「でも、聖さんも桃子さんがいつも寄り添ってるよ」
「……ママはね、そんなエイを見守るこの水槽の海水かな」
「へえ、すごいね」
「だから、いっつもママが見守ってるってわかっているから、パパはいろんなことに挑戦していけるんだって言ってた」
「………なんか、すごい夫婦だね」
「うん」
また、空君はクマノミを見に行った。
「凪、見て」
「え?」
「このクマノミ、2匹でサンゴに隠れてるよ」
「あ、本当だ」
「……いいよね。こんな感じかな」
「何が?」
「凪」
「私?」
ど、どういう意味?サンゴに隠れているのが私みたいってことかな。
「小さな頃の、凪と俺みたいだ」
「え?」
「このサンゴは、じいちゃん、ばあちゃんのリビング」
「ああ、二人に守られながら、遊んでた?」
「……でも、あれかな」
「え?」
「サンゴから出たとしても、凪がいたら大丈夫だったな、俺…。公園や海や、どこでも凪がいたら」
え?どういう意味?
「このクマノミ、家族かな。そういうのって魚にあるのかな」
「どうだろうね」
空君はしばらくクマノミの前にいた。でも、杏樹お姉ちゃんが私たちを呼びに来て、私たちはアシカのショーを見に行くことになった。
「何か飲み物でも買ってこようか?空君」
私が聞くと、空君は「俺も行く」と言って、売店にくっついてきた。
そして、ジュースを買って、アシカのショーのステージの前にあるベンチに腰掛けた。
もうすでに、ベンチはいっぱいの人がいて、いちばん後ろしか空いていなかった。
「ごめんね。凪ちゃんと空君の席、取っておいたのに、座られちゃってる」
杏樹お姉ちゃんが、わざわざまた私たちのところに来てそう言った。
「いいよ、ここ座れたから。杏樹お姉ちゃんの席はあるんでしょ?舞花ちゃんが寂しがるから戻って?」
「舞花、お兄ちゃんがいるから、ママがいなくても大丈夫みたいなんだけどね。でも、お兄ちゃんに舞花を見てもらって、私はやすとデート気分を楽しんじゃおうかな。じゃ、前に行ってるね。お昼ご飯は一緒にみんなで食べようね」
「うん」
杏樹お姉ちゃんは軽く手を振り、ステージの真ん前あたりに座った。あ、あんな前の席を取っていたんだ。もしかしてパパ、職員の特権を使って、席を取っていたんじゃないだろうなあ。
「聖さん、仕事の方はいいの?舞花ちゃんに付きっきりだけど」
「午後は子供たちに海の生物の説明をするから、一緒に回れないって言ってたよ。でも、午前中は他の仕事を入れず、一緒に回るんだって張り切っていたから」
「聖さんって、子供好きだよね」
「空君は?」
「…ちょっと苦手」
「そうなんだ」
「凪は、舞花ちゃんになつかれてるよね」
「うん」
「……でも、わかるな」
「何が?」
「凪は、一緒にいても害がないっていうか」
「な、何それ」
「あ、言い方悪かった。えっと、安心感があるっていうのかな」
「……舞花ちゃんが私と一緒にいて?」
「うん。多分ね」
害がないってどういう意味だ?私も子供みたいってことかな。それとも、なんだろう。
「波風がない、つまらない状態」
あ、今、前に鉄が言っていたこと思い出した。そういうことかな。
空君とアシカのショーを見た。空君は、やっぱり嬉しそうにちょっと微笑みながら見ていた。
私は、すぐ隣に空君がいるから、緊張もしちゃってドキドキしていた。時々、腕と腕がぶつかり、その度、キュンってしてしまった。
顔、また、赤いかも…。
アシカのショーが終わると、私と空君をやすお兄ちゃんが迎えに来た。
「一緒にお弁当食べよう」
「うん。パパも一緒に食べれるのかな」
「大丈夫だって言ってたよ。1時には仕事に戻るって言ってたけど。ただ、今、職員さんにつかまってる」
「え?」
ステージの前からは、どっと人が移動し始めた。私と空君とやすお兄ちゃんは、その人の波に逆らって、階段を降りて行った。
すると、ステージの真ん前で、若い女の職員さんがパパに話しかけていた。
「え~~~!榎本さんの娘さんかと思った。じゃあ、姪っ子で、こちらの人が妹さん?」
「初めまして。兄がいつもお世話になっています」
杏樹お姉ちゃんが、その人に挨拶をしている。
「お世話になってます!」
パパに抱っこされていた舞花ちゃんまでが、挨拶をした。
「わあ、ちゃんと挨拶できるんだ。可愛い」
若い女の人の職員さんは、あんまりここで見かけたことがない人だ。最近、入ってきた人かな。
「榎本さん、子供の扱い方いっつも慣れててすごいなって思ってたんです。でも、姪っ子さんがいたからなんですね」
「俺?いや、もともと子供は好きだけど」
「そうなんですか!」
あ、目が輝いたぞ。ピピン!パパに気があるんだ、この人。そういうのはなんでだか、すぐにわかってしまう。
「いいですね。私、子供好きな男性っていいなって思っていたんです」
「……あの、え~~と、お名前」
杏樹お姉ちゃんが聞いた。
「私は久石です」
「久石さんって、最近ここに務めたの?」
「はい。4月からです」
「入社したて?」
「はい。まだ、右も左もわからない状態で、榎本さんとこうやって話すのも、初めてかも。でも、館内でよく見かけてたんです。子供たちに魚のことをいろいろと教えていたのも見ました。それで、素敵だなあって。あ、言っちゃった!」
やばいぞ!!!
「パパ!」
私は空君の隣につったって、ちょっと離れたところから見ていたけど、パパの近くに走り寄った。
「お弁当早く食べようよ。どこで食べる?どこが空いてるかな」
「ああ、そうだな。いい場所があるんだ。穴場のいい場所。俺がいつもお昼食べてる場所」
「もしかして、ママがたまにお弁当を持ってくると、一緒に食べる場所?」
「そう。あれ?ママから聞いてる?」
「うん。海が見えて、パパと二人きりで食べると、ロマンチックなのって、目をハートにさせて言ってた」
「ええ?まじで?もう、桃子ちゃんったら、そんなこと凪にばらしたりして!」
あ、パパが頬を染めちゃった。
「あ、あの、パパって?」
その隣で、久石さんって言ったかな?若い職員さんが目を丸くして聞いてきた。
「久石さん。この子、俺の娘の凪。今、高校2年生。で、そっちのが空って言って、俺の従兄弟なんだ」
「……む、娘?」
「あと、碧っていう中3の息子もいる。今日は部活で来れなかったけどさ」
「………。え、榎本さんって結婚してるんですか?」
「してるよ。ほら、結婚指輪もしてるけど」
「あ!」
久石さんはパパの左手を見て、顔を青ざめさせた。
「で、で、でも、まだ若いですよね?」
「俺?そうでもないよ。もう35歳」
「ええ?!まだ20代かと」
「うそ。お兄ちゃんがそんなに若く見えるの~~~?」
杏樹お姉ちゃんがそう言って、パパの顔をまじまじと見て、
「もうシワだってあるのにねえ」
とそう言った。
「うるへえ!杏樹だって人のこと言えないだろ?」
「私はシワなんてない!」
「……」
そんな二人の会話をよそに、久石さんは放心状態になり、
「え。でも、高校2年の娘って、いったいいくつの時の子?」
と、一生懸命に計算しようとしているようだ。
「18だよ。奥さんは17だった」
パパはそうきっぱりと言うと、舞花ちゃんに向かって、
「さ、お弁当食べに行こうね?舞花!」
とにっこりと微笑んだ。
「うん!」
舞花ちゃんは嬉しそうに笑った。
「18?!17?!」
まだ、久石さんは青ざめたまま。でも、みんなでほっておいてその場を移動した。
「さすがねえ、凪ちゃん」
「え?何が?」
「今さっき、久石さんって人から、お兄ちゃんを守ったでしょ?」
杏樹お姉ちゃんに言われてしまった。
「だってママに、ちゃんとパパを守ってくるからねって言ってきたから」
「ええ?お姉ちゃんに?あはは。頼もしいね、昔から凪ちゃんは」
杏樹ちゃんが大笑いをした。
「あ、あれれ?そういえば、爽太パパは?」
「父さんなら、館長の部屋で、パソコンいじってるよ」
「え?どうして?」
「あれ?凪、知らなかった?この水族館のホームページ、父さんがデザインしているんだ。で、館長といろいろと新しくフォームを変えようかって、いじくってるみたい」
知らなかった。
「そういうのパパがするのかと思った」
「俺?しないよ。俺、忙しいもん。この水族館の仕事以外に、研究所の仕事もあるしさ。っていうか、そっちのほうがメインの仕事になってるしね」
「そうなんだ」
「うん。研究所にいると、ここの職員さんにも会わないし、だから、さっきの久石さんだっけ?ほとんど会ったことなかったなあ」
「それでパパが結婚してるのも知らなかったんだ」
「な~~~ぎ」
「何?」
「パパって若く見える?」
「ええ?若いって言って欲しいの?それで、女の人にモテたいの?」
「まさか~~~~!!パパ、ママだけにモテたらいいもん。ただ、桃子ちゃんって、見た目若いじゃん?ヘタすりゃ、20代前半でも通る」
「う、うん」
「そんなママとまだ、釣り合っているかなあって思ってさ」
「パパが?」
「そう。パパだけ年食っちゃったなんて嫌だから」
「……パパなら、いつでもかっこいいって、ママ言ってたよ?」
「まじで?あ、かっこいいってそれだけ?」
「ううん。可愛いって言う時もあるし、今日は、爽やかって言ってたなあ。昨日はねえ、どうして聖君ってあんなにセクシーなんだろう!って顔を赤くしてたよ?」
「え?!」
あ、パパまで赤くなった。
「聖お兄ちゃん。セクシーって何?」
「い、いいんだよ?舞花。まだその言葉は覚えなくっても」
「何?何?何~~~?」
「う、う~~~ん。パス。やす、はい。舞花ちゃん、やすに返す」
あ、パパ、困るとすぐにパスしちゃうんだから。
「パパ、セクシーってなあに?」
まだ舞花ちゃんはしつこく、やすお兄ちゃんに聞いている。
「なんだろうね?パパにもよくわかんないけど、舞花お腹空かない?パパ、ペコペコだよ」
「お弁当食べる~!」
あ、さすがやすお兄ちゃん、うまく誤魔化した。
そしてみんなで移動して、爽太パパも呼んで、たくさん作ってきたお弁当を広げた。
「いただきま~~~す」
パパは大喜び。爽太パパも一緒に、
「うめ!」
と喜んで食べている。
空君は?ちらっと空君を見た。空君は、一番端で海の方を眺めながら、おにぎりを食べていた。
隣に行きたいなあ。
私は、目の前にあったタッパーを持って、空君の隣に座りに行った。
「空君、卵焼きとか、唐揚げ食べる?」
タッパーを空君の前に置くと、
「うん」
と空君はちょっと微笑んだ。そして、卵焼きを口に入れた。あ、それ。私が焼いた卵焼き!
「お、美味しいかな」
「え?」
「甘い卵焼きって、パパがあまり好きじゃなくて…。空君は甘いほうがよかったかな」
「凪が作ったの?」
「うん」
「そうなんだ。うん。うまいよ。俺も、甘いのより、こっちの味のほうが好き」
「ほんと?」
「うん」
やった~!良かった~~~。嬉しいかも。
私はそのまま、空君の隣で、おにぎりを食べた。
すると視線を感じた。うわ。パパだ。また、何か言われちゃうかな。と思っていると、パパは優しい目で私と空君を見てから、隣にいる爽太パパに何か話しかけた。
爽太パパも私を見た。そしてまた、パパ同様優しい目で私たちを見た。
何かな?
「凪」
「え?」
「今日のおにぎり、美味しいね」
「うん」
「…天気よくって良かったね」
「うん!」
空君がはにかんだ。可愛い。
空君の隣は、あったかかった。
そして私はすっかり千鶴のことを、忘れてしまっていた。




