第115話 空君!!!
お昼ご飯を食べ終わると、小百合さんと和樹君は帰って行った。私はキッチンでの手伝いを終え、ダイニングにいるママの隣に行き、小声でママに話しかけた。
「ママ、話があるの。いい?」
「うん。どうしたの?具合悪いの?」
ママは私の顔色が悪いことにすぐに気が付いた。
「あのね、あんまりパパに聞かれたくないから小声で話すね」
そう言うと、ママは私に顔を近づけた。
「私、和樹君といて、男の人がダメなんだってわかったんだ」
「男の人が?」
「うん。なんか、寒気がしたし、怖かったの」
「……そうか。和樹君、男っぽいもんね」
「うん。空君といる時は全然平気なのに。ううん。安心すらするのに」
「空君、また少年ぽさが残っているもんねえ」
「……前に、健人さんにも感じだ。いやらしいっていうか、男に人っていやだってそう思ったんだ」
「…空君には男って感じないんだっけ?」
「うん。一回もない」
「そうか~~~。今は?まだ寒気ある?」
「ううん。ない。もう大丈夫。でも、パパのそばにいったらもっと元気になれそうだから、甘えてくる」
「うん」
私はママに話せたことで、ちょっと気持ちがすっきりとしてダイニングからリビングに移動した。そして、リビングでおじいちゃんと話しているパパのすぐ隣に座り、べったりとくっついた。
「なんだ?凪、どうした?」
「甘えたくなったの」
「なんだよ~~~。まだまだ、凪は子供だな?」
パパはそう言って鼻の下を伸ばし、私にハグをした。あ、体が一気にあったまった。
「凪ちゃんは、まだパパに甘えてるんだねえ」
おじいちゃんはそんな私を見て、にこにこと笑った。
「まだまだ、パパっ子だもんな?凪は」
パパはそう言ってにやけている。
ここに空君がいたら、パパじゃなくて空君に甘えてるよ。とは言わなかった。それを言ったら、パパがいじけるのがわかっていたから。
パパの隣もあったかい。ほっとする。でも、やっぱり空君に会いたい。会いたくってしょうがない。
夜、11時過ぎ、ようやく空君の意識が飛んできたみたいで、空君の優しいあったかいオーラに包まれた。
空君!涙が出そうになった。
空君がそばにいる。それだけで、胸があったかくなって、一気に幸せに包まれる。でも、やっぱり、空君のぬくもりをじかに感じたいな。
お正月まるまる三日離れてみて感じたこと。遠距離恋愛はつらいかもしれない。
だけど、いつか離れていることになるかもしれないんだよね。今から、その時のことを思うだけで寂しくなってきてしまう。
翌日、お昼ご飯は椎野家で済ませ、私たちは椎野家を出て車に乗り込んだ。元気君がなかなかパパを離そうとしなかったけど、
「また、伊豆に遊びにおいで、碧も待ってるから」
とパパはなんとか元気君をなだめて、運転席に乗った。
かんちゃんさんが元気君を抱っこして、ひまわりお姉ちゃんや、おじいちゃん、おばあちゃんと私たちを見送ってくれた。
「可愛いなあ。元気も」
パパも寂しそうだった。
「もうすぐ、生まれてくるよ、聖君の子供。そうしたら、思い切り可愛がることができるよ」
ママがそう言ってお腹をさすった。
「そうだな。あとひと月もしたら、赤ちゃんに会えるんだよな。楽しみだなあ」
パパは一気に気持ちを上げ、鼻歌まで歌いだした。
私は後部座席にいた。ママに何かあったらすぐにわかるように。でも、ママは今も、お正月の間もずっと元気だった。
「お腹の中でまだ、赤ちゃん動いてる?」
「動いてるよ。ものすごく元気。男の子かな~?凪より、碧のほうがお腹で暴れていたし。その時くらい、元気だもん」
「じゃあ、凛君?それとも…」
「名前?」
「うん。それとも…」
私の頭に「瞬」という字が浮かんだ。あ、これは私と空君の子供の名前だったっけ。
「颯もかっこいいよ」
ママがそう言った。
「はやくんっ呼ぶの。良くない?」
「うん。可愛いね」
「男の子だと、また桃子ちゃんに取られちゃうなあ」
ぼそっとパパが、寂しそうにそう呟いた。まったく、30過ぎにもなって、そんなことを言い出すなんて、可愛いパパだよなあ。
「聖君だって、女の子だったら、私ほっぽらかして可愛がるでしょ?凪の時みたいに」
「ほっぽらかさない。桃子ちゃんのことはずっと大事にする」
「ほんと?」
「本当に!ちゃんとデートもするし、夜も一緒に寝るし、風呂も一緒に入るし、今までどおりずうっと、べったりくっついているから」
「本当にほんと?」
「本当に、ほんと!」
ああ。車の中でバカップルぶりを発揮しないで。この二人は、娘がいても関係なくいちゃつくからなあ。
私だって、空君といちゃつきたいよ~~。でも、数時間後には会える。会ったら絶対に抱き着くんだから!
空君~~~。早く会いたいよ~~~!
そんなことを心でずっと思っていた。きっと今頃、空君は思い切り光に包まれているだろうなあ。
車が我が家に到着した。私は、急いで荷物を家の中に置いて、
「空君の家に行ってくる」
と家を飛び出した。
「凪~、帰る時、碧も連れてきてね」
ママにそう言われ、私は元気に返事をして海沿いの道を自転車で走り抜けた。
空く~~~~ん!会いたいよ~~~~!
そして、空君の家の前に自転車を止め、
「お邪魔します」
と大きな声で言いながらドアを開け、階段を一気に上った。
「あら!凪ちゃん、いらっしゃい。空なら部屋よ」
「はい。碧もですか?」
「碧君は、今日は舞花ちゃんに連れ去られた」
「じゃあ、まりんぶるー?」
「うん。空は、舞花ちゃんにあんまりなつかれていないから、置いてけぼり。一人でごろごろしているわよ」
部屋?入ってもいいかな。なんて、一瞬考えたけど、私の体は勝手に空君の部屋のドアを開けていた。
「空君。ただいま」
全速力で走ってきたから、一気に力尽き、ドアの前でぜえぜえ言ってしまった。
「凪?!」
空君はベッドに横になっていた。でも、びっくりした顔でこっちを向いた。
「た、ただいま」
息を整えながらそう言って部屋に勝手に入り、空君に飛びついた。
「う、わ」
空君が固まったのがわかった。でも、そんなのおかまいなしで、私は空君に抱き着いて、空君のオーラを胸いっぱいに感じた。
あっかたい。可愛い。優しい。癒される。
え~~~ん。空君、大好き~~~~!
「ずっと光で包まれていたけど、まさか、もう帰ってきてるって思わなかった」
空君は体を硬直させたままそう言って、コホンと咳ばらいをした。
「あ、凪ちゃんが空を襲ってる」
ドアのあたりから、春香さんの声が聞こえて、私はびっくりしてベッドから起き上がった。
「あ、襲っていたわけじゃ!」
そう言って、おたおたとベッドに腰かけ、また息を整えた。
「くすくす。思い切り走ってきたんでしょ?はい、水持ってきたから」
「あ!ありがとう」
私はすぐに春香さんからコップを受け取り、水を飲んだ。
「ごゆっくり~~」
春香さんはそう言って、部屋を出て行くとバタンとドアを閉めた。空君も私の横に座って、ぼりぼりと頭を掻いた。
「びっくりした。凪がいきなり抱き着いてくるから」
「ごめん。でも、早くに会いたくって会いたくって、走ってきたの。空君に抱き着きたくって、だから、つい」
「だ、抱き着きたい?」
「空君!」
私はコップを空君の机の上に置き、空君にまたハグをした。
「…なんか、あった?」
「うん!」
「何?一瞬だけ、俺、昨日凪の声が聞こえた気がして、意識飛ばしたんだけど」
「いつ?」
「昼間…。いや、午前中。まだ、起きたてでぼけらっとしてて、ベッドで寝っころがってたんだ。碧も一緒にベッドの布団でごろごろしてて。その時、幽体離脱して、凪のそばに行ってた」
やっぱり!一瞬空君を感じたけど、空君が来ていたんだ。
「で…」
空君は黙り込んだ。そして、私の顔を覗き込み、
「知らない男の人が凪のそばにいた。あれ?誰?」
と聞いてきた。
「和樹君」
「え?」
「椎野家に遊びに来たの」
「……ふ、ふうん」
空君、なんか、顔引きつってる?
「それでね、私、男の人が苦手なんだって、はっきりとわかっちゃった」
「なんで?なんでわかったの?なんか、されたの?」
「ううん。なんにも。話しただけなの。それだけでも、嫌だったの」
「嫌って?」
「寒気がしたり、怖かったの」
「話しているだけで?」
「健人さんと話している時みたいに、悪寒みたいなのを感じたの」
「……そういえば、やけにがっちりとした男だったよね」
「うん。ラグビーしているんだって。体格もいいし、髭も生えていたし、なんか男臭かった」
「…和樹を男だって意識したの?」
空君が聞きづらそうにそう聞いてきた。
「うん。感じた。それで、嫌な感じがして」
「……それ、俺にはまったく感じないの?だよね。じゃなかったら、こんなふうに抱き着いていないよね」
私はまだ、空君をハグしたままだった。空君は両手をだらんとして、固まったまま。
「うん。早くに空君に抱き着きたかった。空君、あったかいし、可愛いし、優しいし、すっごく安心できるもん」
「そ、そう」
空君の声は、困ったような、戸惑っている感じに聞こえた。
「和樹君が帰った後は、ずっとパパに抱き着いて甘えていたの。じゃないと、なかなか寒気がおさまらなくって」
「聖さんに抱き着いて落ち着いた?」
「うん。一気に癒された」
「霊が寄っていたのかな」
「でも、パパが近くにいたら、霊は寄ってこないでしょ?」
「うん。そうだよね。聖さん、ずっと家にいた?」
「いたよ。リビングでずうっと、ゲームしたりしていたし」
「だったら、家の中に入ってこれないと思うし…」
ギュ~~。私はもっと空君を抱きしめている腕に力を入れた。
「凪?」
「ごめん。でも、離れたくない。空君をしばらく感じていたい」
「………」
空君、もっと固まっちゃった。
「ごめん。空君、嫌がってる?」
「ううん。嫌がってない。でも」
「…でも?」
「なんでもない」
空君はそう言って、黙り込んだ。
本当は空君にも、ギュってしてほしいだけどな。空君、私に霊がくっついちゃうと抱きしめてくれるけど、そうじゃないと、こうやってただ、抱きしめられるだけになっちゃうからなあ。
「空君も…」
「え?何!?」
あ、今、空君、ドキッてしたのがわかった。
「空君もギュってしてくれない?」
「俺が?」
「うん」
「………」
空君は黙って私を一回抱きしめた。でも、すぐに手を離した。
「え?もう終わり?」
「俺、今でもいっぱいいっぱいなんだけど」
「………でも、もう一回だけ」
そう言うと、空君はまたギュウって私を抱きしめた。さっきより力強く。
うわ。嬉しい!
「おしまい!凪、離れて」
「え?なんで?」
「俺、やばいから。心臓の音聞こえてるよね?」
「空君の?うん。鼓動早く鳴ってる」
「だから、離れて」
え~~~~~~~~。離れたくないよ。
「今度は、俺のことが怖くなっちゃうよ?俺、凪を怖がらせたくないから」
「……」
私はしぶしぶ空君から離れた。空君を怖がるだなんて、あり得ないことなのにと思いながら。
離れて空君の隣に座りなおした。空君を見ると、耳まで真っ赤だった。
「空君」
私はそんな空君が可愛くて、つい、チュッとキスをしてしまった。
「わ!」
空君が慌てた。そこまで慌てなくても。
「腹減った!俺、なんか食ってくる」
そう言って空君は、勢いよくベッドから立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。
あ~~~~~~~~~。空君、もっと隣で空君を感じていたかったのに!
とぼとぼと私も部屋を出て、ダイニングの椅子に座った。春香さんが、
「凪ちゃんも何か食べる?」
と聞いてきた。
「そういえば、お店は?今日はもうまりんぶるー空いてるんじゃ」
「お客さんいないんだもん。くるみママと爽太パパとで十分だって。それに、杏樹ちゃんも手伝うって張り切っているし。家族水入らずだから、私は遠慮して戻ってきたの」
春香さんがそう言いながら、パウンドケーキを切って持ってきてくれた。
「そうか。たまにしか会えないんだもんね、杏樹お姉ちゃんとは。爽太パパ、喜んでいるでしょ?」
「鼻の下伸ばしっぱなし。なんで娘の父親は、あんなふうになっちゃうんだろう。私のお父さんもそうだけど、聖もよねえ」
そう言いながら、春香さんはキッチンに戻って行った。どうやら、ケーキつくりをしている最中のようで、キッチンからいい香りが漂っていた。
「空君」
私はパウンドケーキをほおばっている空君を呼んだ。
「ん?」
「呼んでみただけ」
空君の名前を言うと、返事が返ってくる。それだけで嬉しい。
今日の空君も可愛い。淡いサーモンピンクのセーターを着ている。パステルカラーが似合っちゃうなんて、空君が可愛いからだよね。絶対に和樹君じゃ似合わないよ。昨日は黒のパーカーを和樹君は着ていたけど、それだけでも威圧感があった。
空君を見ながら、私はまた幸せに浸った。やっぱり、空君の隣が一番いい。
空君は顔が涼しげなのに、なんだってこんなに可愛いのかなあ。
「凪」
「え?」
「いいんだけど」
「うん?」
「光、前よりさらに増してるよね」
「……嫌?」
「まさか!」
空君は首を横に振ると、はにかんだ笑顔を見せて、
「俺も。早くに凪に会いたかったよ」
と、小声で囁いた。
嬉しい!それに可愛い!
やっぱり、空君が私は大好きだ。




