第113話 ママの実家
ママの実家に行くと、ひまわりお姉ちゃんと元気君がいた。
「明けましておめでとう」
「おめでとう~~」
ひまわりお姉ちゃんとおばあちゃんは、明るく私たちを出迎えた。その後ろから、
「碧兄ちゃん~~」
と元気君が駆けてきた。
「元気、碧お兄ちゃんは来ていないんだって」
ひまわりお姉ちゃんにそう言われ、元気君は一気に元気をなくしてしまった。
碧って、なんで子供に人気あるのかなあ。
だけど、パパが元気君と思い切り遊んであげて、元気君も元気を取り戻した。
ママはというと、久々に会ったひまわりお姉ちゃんやおばあちゃんと盛り上がっている。そして私は、おじいちゃんとテレビゲームをしている。
「おじいちゃんが、テレビゲーム好きになるとはねえ」
「暇になっちゃってね、仕事も最近は落ち着いているし、家ですることもないからなあ」
「釣りは?」
「行ってないねえ。聖君がまだ江ノ島にい頃はよく行っていてんだけどなあ」
「うん。私と碧も連れて行ってもらったよね。ルアーフィッシング楽しかったなあ」
「そうだったね。凪ちゃんは、上手だったよねえ」
おじいちゃんはそんなことを言いつつ、釣りのゲームを私と楽しんでいる。
「あ、引いてるよ、おじいちゃん」
「本当だ」
テレビゲームでも釣りをしちゃうところが、おじいちゃんらしいと言えば、おじいちゃんらしいよなあ。
「私たちも、ひまわりお姉ちゃんたちもいなくなって、寂しい?」
「寂しいよ。今じゃ、猫一匹だけだしね」
「しっぽ?そういえば、どこにいるの?」
「和室のこたつの中にいるよ」
ママの実家の猫のしっぽは、2代目だ。私がまだ小学生の時、1代目のしっぽが死に、中学生の時、茶太郎が死んじゃってから、またおじいちゃんが友人から猫をもらってきたそうだ。
今度のしっぽは、前のしっぽと違い、しっぽが長い。黒と白のブチ猫だ。
「明日は元気と遊べないんだ。ごめんな?」
元気君と戦いごっこをして疲れ果てたパパが、どっかりとリビングに座りながら元気君にそう言った。
「なんで~?なんで~~~?」
「元気、聖お兄ちゃんだって、いろいろと忙しいのよ。明日にはパパも来るから、パパに遊んでもらいなさい」
ひまわりお姉ちゃんが、ダイニングから元気君にそう言ってなだめた。元気君は口をとがらせながら、パパのあぐらをかいた膝の上に座った。
「あれ?そういえば、かんちゃん、仕事?」
パパは元気君の頭を撫でながら、ひまわりお姉ちゃんにそう聞いた。
「うん。フリーになったら、年末年始関係なく仕事引き受けるようになっちゃったの」
ひまわりお姉ちゃんがそう言って、ぷっくりとほっぺたを膨らませた。その顔はさっきの元気君そっくり。
「大変なんだなあ、フリーって」
パパがそう言いながら、テレビゲームの画面を見て、
「凪、変わって。このゲーム楽しそう」
とわくわくと目を輝かせた。
「はい、どうぞ」
「サンキュ。お義父さん、勝負しましょう」
「お、いいぞ~~。どっちが大きな魚を釣るか、勝負しようじゃないか!」
ああ。まったく。パパって、ママのお父さんとほんと、仲いいよね。
違った。パパは誰とでも仲がいいんだった。ママのお母さんとも仲いいし、誰とでもすぐに打ち解けちゃえるんだった。
「お~~~~!お義父さん、すげえでっかいの釣った~~~!」
「しゅご~~い」
パパの膝の上でゲームを見ている元気君も、拍手をしている。
「あははは。すごいだろ」
おじいちゃんも嬉しそう。おじいちゃん、パパのこと大好きだもんなあ。
「凪ちゃん!どう?凪ちゃんの恋は進展したかな?」
ひまわりお姉ちゃんが突然、リビングにいる私に聞いてきた。
「進展?」
私はリビングからダイニングに移動して、ひまわりお姉ちゃんの隣に座った。
「そう。凪ちゃんと空君の場合、キスはちいちゃい頃からしていたみたいだから、それ以上の進展」
そう聞かれ、私は思い切り首を横に振った。
「ないの?」
「だって、空君、まだ高校1年だし」
「…そうなんだ。ふ~~~ん」
ひまわりお姉ちゃんは、つまらなそうな顔をして、またママに話しかけた。
「お兄ちゃんは、明日どこかに行っちゃうの?」
「うん。お昼から友達と新年会だって。多分、飲みまくるんじゃないの?昼間っから」
「友達?」
「基樹君、葉君、桐太も来るらしい。男同士で集まって飲むみたいだよ」
「え~~~。そうなの~~?」
「でも今日は、ここにいるって」
「でも明日いないんでしょ?かんちゃんがっかりするなあ」
「明後日はいるよ。私たち伊豆には4日に帰るから」
「明後日ずっとここにいる?」
「萩原家にちょっと顔を出しに行ってくるけど、あとはいると思うよ。ここに小百合ちゃんも来るし、午後はずっといると思う」
「小百合さん?ああ、息子の名前なんだったっけ?」
「和樹君」
「そうそう。凪ちゃんと仲良かったよね?来るの?」
「うん。来るよ。凪に会いたいって言ってたし」
「え?!和樹君も来るの?」
私がびっくりしてそう聞くと、ママは、
「なんで驚いているの?」
と聞き返してきた。
「だって、中学入った頃から、江ノ島の家にも遊びに来なくなっちゃったり、もう会いに来ないんだろうなって思っていたから」
「一番、照れる年頃だったんじゃない?」
ママじゃなく、ひまわりお姉ちゃんがそう答えた。
「和樹君、すっかり背も伸びて大人っぽくなったらしいよ」
「イケメンになったのかな。どうする?凪ちゃん」
「か、関係ないよ。だって私は」
「空君がいるもんね?」
ひまわりお姉ちゃんはそう言って、ウインクをした。
そうだよ。私、空君一筋だもん。
心の中で言い返した。
「小百合さんって娘もいたよね」
「今、学校のスキー学校に行ってるんだって。明日は来れないらしいよ」
「え?じゃあ、和樹君だけ?」
私がまた驚いてそう聞くと、
「凪、なんでさっきから、びっくりしているの?」
とまた、ママが聞いてきた。
「うん。和樹君と会うの、久々だからちょっと緊張」
「あっれ~~~~?空君一筋だって言っておきながら、浮気心出てきちゃったかな?凪ちゃん」
「ち、違うよ、ひまわりお姉ちゃん。何言ってるの?」
「イケメンになってたら、どうする?どうする~~?」
「どうもしない!私には空君が一番かっこいいし、一番可愛いの」
「ひゃ~~。言ってくれる~~~~」
ひまわりお姉ちゃんが、私の腕をつっついた。でも、その後ろに怖い顔をしてパパが立っていて、私は焦ってしまった。
「凪。ここまで来て空、空って、うるさいよ。空がいない時くらい、パパ、パパって甘えてくれてもいいだろ」
「お兄ちゃん、まだ、凪ちゃんが恋人なわけ~~?面白~~い」
ひまわりお姉ちゃんがそう言って、ゲラゲラ笑った。
「明後日には和樹君が来るんだよ。聖君、気が気じゃないね」
「え?!あの和樹来るのか?俺、絶対に凪から離れるのはよそう」
「なんで?」
「だって、和樹って、凪に気があったんじゃないのか?」
「ないよ。何言ってるの?パパ」
「あれ?和樹の初恋の相手、凪だろ?」
「そうそう。小百合ちゃんがそう言ってた」
え~~~。ママまで何を言い出すの?
「でも、5歳か6歳の頃の話だよ」
なんだ。びっくりした~~。
「凪、その頃一回和樹君のことふってるし」
「え?私が?」
「そう。和樹君が、凪と結婚したいって言ったら、凪、私は空君と結婚するからダメってはっきり言ってたもん。あれ、和樹君、相当ショック受けてたよ」
「……。覚えてないよ」
「そのあとも、和樹君、しばらく凪のこと思っていたって、小百合ちゃんが言ってた」
「危ない。凪に手を出す気があるかもしれない。明後日は俺、凪にべったりくっついているからな!」
「だ、大丈夫だって、パパ」
本当にパパは~~。
「あはは。やっぱり、お兄ちゃん、変わってない。面白~~~い」
ひまわりお姉ちゃんは、また大笑いをした。
久々の椎野家。おばあちゃんもひまわりお姉ちゃんも明るくて、パパも明るくて、笑い声が絶えない。でも、いつもより気持ち静かに感じるのは、碧がいないからかな。ほんのちょっと物足りなさを感じるなあ。
夜、お風呂に入ってゆっくりして、和室に行った。パパとママは、まだママの部屋に大きなベッドがあって、そこに二人で寝る。ひまわりお姉ちゃんは、もともとのお姉ちゃんの部屋を和室にして、椎野家に来るとそこに家族3人で泊まっている。
私は、碧と一階の和室で寝る。こたつを片付け、布団を二つ並べていつもは寝ていた。碧は私が横に寝ることに、特に違和感はないみたいだった。それは私もだ。
和室には、かつてママが使っていたベッドがあった。でも、碧が生まれる前にベッドを捨てて、榎本家のみんなが泊まりに来た時、和室で布団並べて寝るようにしていた。
だけど、それも私が中学に入るまでの話。もう、二人ともでかくなったんだから、パパとママが一緒じゃなくても寝れるよな、とパパが言って、ママと二人で2階に泊まるようになっちゃったんだよね。
まあ、そろそろ4人で和室で寝るには狭いよなあって思っていたから、いいんだけど。
今日は和室に一人で寝ることになる。布団を真ん中に敷き、天井を見上げた。なんだか、寂しいかも。
「にゃ~」
「しっぽ」
わあい。しっぽが来てくれた。これなら寂しくない。
「おいで」
しっぽは私の布団に潜り込んできた。そしてしばらく、ぐるぐるぐるぐると同じところを回り、やっと位置が決まったのか、丸くなった。
「可愛い」
本当は猫も飼ってみたかった。一緒に寝ることができるって、いいよね。
しっぽはあったかかった。それに、無臭だ。特に綺麗好きな猫なのか、どの猫もそうなのか、わかんないけど。
空君のことを思ってみた。そういえば、空君の意識、一回も今日は感じていないなあ。
空君~~!
ふわり…。
あ!空君のオーラ。もしかして来てる?
私はオーラを感じるほうを見た。すると寝たと思っていたしっぽまでが、その方向を見ている。まさか、空君の意識が見えるのかな。
じっと耳を澄ませながら、しっぽは一点を見つめている。私もその一点を一緒になって見ていた。とっても優しくてあったかい空気を感じた。
しっぽはまた顔を前足の間に入れ、気持ちよさそうに目を閉じた。私も、
「空君、おやすみ」
と言ってから、目を閉じた。
癒された空間は、とってもとっても気持ちが良かった。
翌日、朝起きてすぐにメールを送った。でも、返事はなかった。
朝ご飯をみんなで食べ終え、しっぽと和室で遊んでいると、携帯が鳴った。
「あ、空君!」
電話くれたんだ。嬉しい。
「おはよう、凪」
「おはよう。今起きたの?」
「うん。碧と9時まで寝てた」
「そうなの?じゃあ、遅くまで起きてた?昨日12時ごろ、空君来てなかった?」
「行ったよ。可愛い猫と凪が寝てた」
やっぱり!
「碧も起きてた?その時」
「うん。まだリビングで碧はゲームしてた。でも、俺、ちょっとだけ寝るって碧に言って、自分の部屋で幽体離脱してた」
「器用なんだね、そんなに自由自在にできるようになったの?」
「うん。簡単にできるよ」
すごいなあ。
「今日は何するの?凪」
「なんにもしない。パパも出かけちゃうし、家でテレビ見ながらごろごろするだけ」
「じゃあ、俺とおんなじだ。碧とゲームしたりテレビ見て、あとはごろごろしてると思う」
「…碧、いいなあ。ずうっと空君といられるなんて」
「あはは。碧は本気で俺のこと見張ってるみたいだけど」
「え?」
「今日は夜しかまりんぶるーにも行かないって。だから、舞花ちゃんが拗ねるだろうなあ」
「見張るって?」
「俺が他の子と仲良くできないように。でも、凪以外の子と仲良くするつもりなんかないのにね?」
「そ、そうなんだ」
もう。碧ったら。
「そうだ。昨日空君が来てた時、しっぽが気が付いてたよ」
「うん。俺のほう見てたね」
「やっぱり?そうなんだ!」
「可愛い猫だね。しっぽっていうの?」
「うん」
ああ。空君!声を聴いているだけじゃ物足りない。会いたいよ~~。顔が見たいよ~~~。抱き着きたいよ~~。
「光、一段と強まったんだけど…」
空君がぼそっとそう言った。
「ほんと?今、空君に抱き着きたいって思ってた」
「そ、そう…」
あ。空君、きっと今照れてる。
「また、夜、そっちに意識飛ばすね」
「夜だけ?」
「昼間は、碧がいるから。そうそう体から抜け出せそうもないし」
そうか。そうだよね。
「わかった。また、今夜ね?」
「…凪。俺は浮気なんかしないけど、凪もしちゃダメだよ」
「しないよ~~。する人だっていないし」
と言ったあと、あ、和樹君が来るんだっけ、と思い出した。でも、なんとなく空君には言えず、黙っておいた。
特に男の人が苦手っていうこともないと思うんだけど、鉄だって、峰岸先輩だって普通に話していたし。でも、和樹君が来るって聞いて、どうして緊張しちゃったんだろうなあ、私。
年明け2日目、ママの実家でのんびりと過ごし、夜は空君のオーラを感じて、空君を思い、ちょっと切なくなり、そして3日目、空君が特別なんだってことに、ことごとく気づくことになった。




