第10話 まさかが本当に?
翌日、ママとまりんぶるーに行って、杏樹お姉ちゃんたちを出迎えた。
「凪お姉ちゃん!」
「舞花ちゃん」
舞花ちゃんは私のもとに飛んできて抱きついた。
「凪ちゃん、久しぶり~~~」
「杏樹お姉ちゃん」
杏樹お姉ちゃんも、手を振りながらお店に入ってきた。見た感じはとっても元気そうだ。
「おはようございます。お世話になります」
荷物を持って最後に、やすお兄ちゃんが入ってきた。
「ママ~~、ジュース飲みたい」
「こら、舞花。着く早々何を言ってるのよ」
「いいわよ、舞花ちゃん、ここに座っててね、ジュース持ってくるから」
「ごめんね~~、お姉ちゃん」
杏樹お姉ちゃんが言う「お姉ちゃん」っていうのは、私のママのことだ。
「杏樹ちゃんも何か飲む?」
「う~~ん、じゃ、アイステイ貰おうかな」
「やす、杏樹、舞花ちゃん。よく来たね」
「朝早くて大変だったでしょ?やすくん」
爽太パパとくるみママもみんなを出迎えた。
「しばらくお世話になります」
「やあ、杏樹ちゃん、いらっしゃい」
おじいちゃんとおばあちゃんも、リビングから出てきた。
「じ~~じ、ば~~ば」
「舞花ちゃん、いらっしゃい」
ああ、おじいちゃんもおばあちゃんも嬉しそう。
「舞花ちゃん、また大きくなった?今、何歳だっけ?」
「5歳!」
「そうか。もう5歳か~~。早いなあ」
「凪お姉ちゃん、碧お兄ちゃんは?」
「碧はねえ、学校に行ってるの」
「じゃあ、聖お兄ちゃんは?」
「パパは仕事。でも、あとで会えるよ。水族館行くでしょ?」
「うん!」
舞花ちゃんは嬉しそうだ。あっちに行ったりこっちに来たりしながら、はしゃいでいる。
「ほら、舞花。ここに座って落ち着いてジュース飲んだら?」
杏樹お姉ちゃんがそう言っても、まったく座る気配がない。
「小さな頃の杏樹にそっくりだよな」
爽太パパが舞花ちゃんを、目を細めて見ながら呟いた。
「ええ?あんなにおてんばじゃないよ、私」
「いやいや、いっつも店の中をウロウロしていて、聖が杏樹の世話するの、大変そうだったもん」
「お父さん、全部お兄ちゃんに私の世話任せっきりだったとか?」
「そうだよ。だって、俺は仕事があったし」
「お兄ちゃんが、やたら私にうるさくて世話焼いてたのわかったよ。お父さんがあまりにも放任だったから、お兄ちゃんの方が責任感じちゃったんだ」
「あはは。それ、ずいぶん前にも杏樹に責められた気がするなあ。でもさ、あいつが杏樹の世話をしたがったの。それに、世話焼くのが好きなのも、あいつの性格。だからいまだに、凪や碧にもべったりだよ?あいつ」
確かに。
「それに、舞花ちゃんにも、べったりになるじゃん」
「あ、そういえば、頼んでもいないのに世話焼いてくれてる」
「だろ?」
「お兄ちゃんが見ててくれるからって、つい、私もやすも安心しちゃうし」
「だろ~~~?」
そんな会話を杏樹お姉ちゃんと爽太パパがしている横で、やすお兄ちゃんが、クロと舞花ちゃんに交互にじゃれつかれていた。やすお兄ちゃんって、優しいから子供や犬にじゃれつかれていることが多いよね。っていう私も小さい頃、やすお兄ちゃんが大好きで、いっぱい遊んでもらっていたんだけどさ。
「やすお兄ちゃん」
「凪ちゃん。空君は?」
「家にいるのかなあ?」
「まだ、あんまり話をしたりしないの?」
私はやすお兄ちゃんと一緒にクロを撫でながら、小声で話を始めた。
「今ね、同じ天文学部なの。それから、ちょっとずつ話ができるようになって」
「へえ、良かったね」
「うん。今日も空君、水族館一緒に行くよ」
「そうなんだ。空君が一緒に行くなんて、すごく久しぶりだね」
「うん」
「あ、凪ちゃん、嬉しそう。良かったね」
「ほ、ほんと?嬉しそうなのわかった?」
「うん。わかったよ」
顔に出ているのか。そういえば、ほっぺ、熱いかも。
私は慌てて、両頬を両手で隠した。
「あ、そういう仕草は、桃子さんに似てるよねえ。やっぱり、ママ似だね、凪ちゃんは」
「そう?」
「だから、聖さん、凪ちゃんにべったりなんだろうなあ」
「ママは、碧を見て、聖君に似てるって喜んでる」
「もしや、あの二人、いまだにあつあつのラブラブ?」
「うん。碧といっつも呆れながら見てるよ」
「あはは、そうなんだ」
「パパ~~~。遊ぼう~~~」
あ、やすお兄ちゃんの背中に舞花ちゃんが乗っかってきた。やっぱりパパが一番好きなのかな。
「よ~~し、何して遊ぶ?舞花。この連休は、パパ、ずっと舞花と遊べるよ」
「本当?!」
「でも、遊んでくれる人が、パパ以外にもいっぱいいるね?」
「うん!碧お兄ちゃんと、聖お兄ちゃんとも、いっぱい遊ぶ~~」
聖お兄ちゃんって…。パパがそう舞花ちゃんに呼ばせているんだよね。そして、爽太パパは舞花ちゃんにも、爽太パパって呼ばせている。
「爽太パパとも、おじいちゃんともいっぱい遊ぶの~~~」
正確には、おじいちゃんとひいおじいちゃんだけどね。舞花ちゃんはわかっていないだろうなあ。
私も最初説明されても、なんだか、よくわかってなかったし。
「きゃ~~~~!」
やすお兄ちゃんが、舞花ちゃんを抱っこしてグルグル回ると、舞花ちゃんは大喜びをした。
ああ、なんだか懐かしいな。私もこうやって、遊んでもらったっけなあ。
「おはようございます」
え?
「あら、空君!久しぶり~~~~!」
空君がもうやってきた!
「あ、どうも」
「背、伸びたわね」
杏樹お姉ちゃんにそう言われ、空君はちょっと困った顔をしている。杏樹お姉ちゃんも苦手なのかなあ。
「やあ、空君。久しぶりだね」
「あ、どうも」
「サーフィンしてる?俺も一緒にサーフィンしてもいいかな?」
「え?連休中にですか?」
「うん」
「あ、大歓迎です」
空君、やすお兄ちゃんは苦手じゃなさそう。でもそうだよね。やすお兄ちゃんって雰囲気がとっても優しいし、あと、よく伊豆に来ると、空君と泳いだりサーフィンもしていたみたいだし。
「おはよう、空君」
ドキドキしながら、空君に声をかけてみた。すると、
「おはよう」
とはにかんだ可愛い笑顔で答えてくれた。
う、嬉しい~~~~~~。ああ、顔がまたどんどん火照っていく。
「あはは。可愛いね」
やすお兄ちゃんがそんな私を見て、笑った。うわ。見られてた、喜んでいるところを。恥ずかしい!
空君にも見られてて、私は慌てて、
「ママの手伝いしてくる!」
と叫んで、キッチンに入っていった。
「あら、どうしたの?凪、顔赤くない?」
「うん。あのね、ママ」
私はママに、空君におはようと言ってもらえて嬉しくて…と耳打ちした。
「そうなの?良かったね、凪」
「うん、でも、顔が赤いのをやすお兄ちゃんが見て、笑ってた。それで、恥ずかしくなって」
「わかる!ママもすぐに顔に出ちゃうから、よくパパに笑われてたもん」
「や、やっぱり?って、今もよく「桃子ちゃん、真っ赤!」ってパパにからかわれているよね」
「そうなんだよねえ。聖君、いっつもからかってきて…」
ママはそう言ってから、
「あ、ママのことはいいの。それよりも空君、今日水族館に一緒に行くんでしょ?」
と小声でそう聞いてきた。
「うん。それも、嬉しくて」
「良かったね!どんどん距離が縮まってるね」
「…うん!」
「あ、凪、嬉しそう~~。可愛い~~」
ママにまで言われた…。
チラリ。ホールにいる空君を見てみた。あ、やすお兄ちゃんとまだ話してた。舞花ちゃんは、爽太パパに遊んでもらっている。
あ、空君、また笑った。あ、今度は、はにかんだ。
なかなか見れない笑顔とはにかんだ可愛い顔。いっぱい見れて嬉しいかも…。
親戚の集まりに、ずっと顔を出さなかった空君がいる。昔に戻ったみたいだ。嬉しいけど、なんだか夢見てるみたいだ。
これ、夢でしたってことはないよね…。
そしてお弁当も出来上がり、ぞろぞろとみんなで車に乗り込みに行った。お店は今日も開けるので、ママ、春香さん、くるみママはまりんぶるーに残った。
「じゃ、行ってくるね」
私はママにそう言って、車に乗り込んだ。ああ、ママ、ちょびっと寂しそう。きっとママだってパパに会いに行きたかったんだろうなあ。
「ママ」
「何?凪」
車のウインドウを下げて、
「あのね、パパが他の女性に言い寄られていないか、ちゃんと見てくるね。ううん。もし、言い寄られてたら、蹴散らしてくるから!」
とママに言った。
「凪、ありがとう」
ママに手を振って、車は発進した。私は爽太パパが運転するワゴンの助手席に乗っていた。後ろには杏樹ちゃんと舞花ちゃん、その後ろにはやすお兄ちゃんと空君が座っている。
「凪ちゃんは小さい頃から、パパを他の女性から守っているよね」
「え?私が?」
「うん。いくつの頃からか、聖に女の人が寄っていくと、ギャピ~~って泣いて。あれ、最初はヤキモチ妬いてるのかと思っていたけど、ママのために守っていたんだよね」
「よく覚えていないけど。でも、小学校の運動会、パパのところに他のお母さんたちが話しかけると、ママが悲しそうな目をしていたから、なんとかしなくっちゃって思って、わざとパパにくっついたり、他のお母さんから引き離そうとしたりしてたのは覚えてるよ」
「あはは。やっぱり、あれはママのためだったんだね」
「うん。でも、私も嫌だったもん。パパを取られるの。パパ見てかっこいいって言われても嫌じゃなかったし、羨ましいって言われるのは嬉しかったけど、やたらパパに引っ付いてくる人は、嫌だったから」
「クス。でも、聖はいつでも、そういう女性にクールだったでしょ?」
「うん。そういうところがパパのすごいところ。ママに一筋なのがいいんだよね~~」
「あの二人は本当に仲いいもんね」
「爽太パパとくるみママもだよ。ずっと仲いいよね?」
「まあね」
「爽太パパだって、くるみママ以外の女性、どうでもいいでしょ?」
「うん。どうでもいいね。だけど俺は聖みたいにモテたりしないし」
「そうかな。爽太パパもかっこいいと思うけどな」
「ありがとう、凪ちゃん」
「…碧も今、モテてるみたいだけど」
「みたいだね」
「実はね、空君もモテるの」
「え?…空も?」
「中学の頃は、浮いてる存在だったけど、今は、なんだかモテてるからビックリしちゃった」
私は後ろの席に聞こえないくらいの小声で、爽太パパと話していた。
「それじゃ、凪ちゃんもハラハラドキドキだね」
「え?なんで?」
「なんでって、そりゃ、空がモテちゃったら、心配でしょ?」
「………」
私が空君を好きだっていうのは、もしかしてみんなにバレてるのかなあ。
「顔に出るのかな」
「え?」
「みんなにバレてるんだね」
「ん?何が?」
「だから、私の気持ちとか」
「あはは。だって、昔から凪ちゃん、空のこと大好きじゃんか」
「え?」
「でしょ?」
「う、うん」
「クスクス」
「なあに?爽太パパ」
「いや、また昔みたいに、仲良しになれたらいいね?」
「空君と?」
「そう」
「…うん」
爽太パパは優しい目をして私を見ると、また前を向いて運転をした。みんなが、昔みたいになれたらいいねって思ってるんだなあ。
後ろからは、舞花ちゃんの元気な歌声と、杏樹お姉ちゃんの笑い声、そして時折、空君の声も聞こえてきた。やすお兄ちゃんと楽しく、サーフィンの話をしているみたいだ。
ワゴンの中はとっても平和だった。
そして水族館についた。水族館の前で、パパが待っていた。
「いらっしゃい~~~~。杏樹、やす、久しぶり」
そう言ってから、パパは、
「舞花~~~!!!!」
と舞花ちゃんを抱っこして、ギュウッて抱きしめた。
「聖お兄ちゃん!」
「今日もいっぱい、お魚さん見ような?舞花」
「うん!」
舞花ちゃんも嬉しそうだ。そしてそのまま、舞花ちゃんを抱っこして、パパは水族館に入っていった。
私はなんとなく空君のそばに寄りつつ、ゆっくりと水族館に入ろうとした。でも、その時携帯がなって、入口に入る手前で、私は電話に出た。
「凪?」
「あ、千鶴?」
「今、どこにいるの?家?」
「ううん。今日は杏樹お姉ちゃん家族が来てて、水族館にいるけど」
「じゃ、うちから近いね!」
「うん」
「話があるの。これから私も水族館に行くから」
「え?」
「外で待ってて。自転車飛ばして行くから」
「う、うん。わかった」
なんだろう。話って。
「凪?入らないの?」
空君が聞いてきた。
「あ、なんだか今、千鶴が来るって言うから」
「小浜先輩?」
「うん。話があるって。あ、空君、先に入ってていいよ」
「……うん」
空君はちょっと考えてから頷いて、水族館に入っていった。
私は水族館の前にあるベンチに腰掛けた。
空はいい天気で、青空が広がっている。気温は高くなるかもしれないなあ。
「ごめん、凪。お待たせ」
それから10分くらいして、千鶴がやってきた。
「ううん」
千鶴は本当にすっ飛んできたのか、息が上がっていた。
「親戚の人たち、来てるんだよね?」
「うん。舞花ちゃんって5歳の従兄弟も」
「じゃ、あんまりゆっくり話せないね」
千鶴も私の隣に座り、息を整えた。
「手短に話すね」
そう言うと千鶴は、ゴクンと生唾を飲み込み、
「私ね、考えたの」
と話しだした。
「考えた?」
「うん。なんで気になるのかなあって。それで、わかったんだけど」
「?」
「それから頑張ろうって思ったんだけど」
なんのこと?
「でもその前に、凪にだけは聞いて欲しくて。それに、応援して欲しくて」
「な、何を?」
あ、まさか。あの、「まさか」?
「私、ここ最近、空君のことがずっと気になって」
やっぱり!
「空君に恋しちゃったみたいなんだよね」
やっぱり?!!!
あの「まさか」が本当になっちゃった!!!!
「凪、応援してくれるよね?」
「え?」
「応援してくれるよね?」
「………」
ど、どうしよう~~~?!!




