第104話 文化祭前
空君は、星の本をたくさん天文学部の部室から家に持ち帰った。それを読んで勉強して、みんなに教えてくれるのだそうだ。
「ちょっと、自分で説明できるようになるまで時間かかりそうだから、部活の活動日を9月は週1か2でしてくれないかな」
空君は学校帰り、私を家の前まで送ってくれてそう言ってきた。
「うん、わかった。あ、その本家で読まない?わからないところとか、パパに聞いたらいいよ。パパ、なぜか星のこと詳しいもん」
「いいのかな、お邪魔しちゃっても」
「もちろん。ママも碧もパパだって喜ぶよ」
っていうか、私が一番喜んでいるけど!
「あ。光がすげえ出た。凪、思い切り喜んでる?」
「う、うん」
ばれたか。もう、光が出ちゃうからすぐにばれちゃうなあ。
「クス。凪がそんなに喜んでくれるなら、俺、毎日寄っちゃおうかな」
「うん、そうして!!!」
「あはは。今度は顔でわかった。すげえ今、嬉しそうな顔した。子供の頃と同じ顔だった」
そう言って空君は、笑いながら家に入ってきた。
「あら、いらっしゃい、空君」
リビングに行くとママがソファに座っていた。
「お邪魔していいですか?」
「いいわよ。夕飯も食べて行って」
「それは悪いですから、いいです」
「いいのよ。たくさん作っちゃおうと思っていたから食べてって。碧も塾から帰ってきて空君がいたら喜ぶし、聖君だって喜ぶから。ね?凪」
「うん」
「それじゃあ、すみません、お言葉に甘えて」
「ちょくちょく食べに来てよ、空君。家で一人で食べること多いんでしょ?」
「はい。母さんがまたまりんぶるーに行くようになったから、一人で夕飯食べるようになりました」
「春香さん、怪我よくなったの?」
私がそう聞くと、空君はにこりと頷いた。
「一人は寂しいでしょ。春香さんが家にいる時以外はうちで食べて行ってよ。櫂さんもお店終わってから食べるんでしょ?」
「はい」
「じゃ、今までもずっと一人で食べていたんでしょ?寂しかったでしょ?」
「いえ。なんか、慣れてたからあんまり寂しいとかは思わなかったけど」
「そうなの?じゃ、これからはうちでみんなで食べよう。わいわいと賑やかで楽しいよ、きっと」
「はい」
ママの言うことに空君は嬉しそうにはにかんだ。ああ、可愛い笑顔だ。
ギュ!空君の腕に引っ付いた。そして、
「リビングで本読むでしょ?私も一緒に見てもいい?」
と空君をリビングのカーペットに座らせた。
嬉しいな。これからは空君がちょくちょく来てくれるんだ!
幸せいっぱいになりながら、本を見ていると、
「いいね。凪が隣にいるといつも光に包まれるから、すごく癒される」
と空君がボソッと言って、嬉しそうに笑った。
「私も、空君が隣にいるとふわふわ幸せな気持ちになれるよ」
「うん。凪から出てる光ってきっと、凪のことまで癒しているよ」
「私からの?でも、空君からも伝わってくるよ。あったかくって、ほわほわした空気」
「じゃあ、俺も出しているのかな」
「うん。きっと出てるよ」
そんなことを言いながら、二人でほわほわしていると、そこに元気に碧が帰ってきて、空君がいるから喜んだ。
そして、パパも帰ってきて、賑やかに夕飯を食べ、またリビングに移動して、パパは空君にいろんな天文学の知識を教えてあげていた。
空君は目をキラキラと輝かせている。ああ、その目、好きだなあ。
「聖さんってすごいですね。説明わかりやすいし、面白いし」
あ、空君、そういうこと言っちゃうとパパが思い切り喜んじゃうよ。
「そうか?でも、聞いたぞ。空も天文学部でいろいろと説明したりするんだろ?」
「はい。なんか、そういうことになっちゃって。でも、俺、もともと話ベただし、うまくできるかどうか…」
「星、空も好きだろ?」
「はい」
「じゃあ、大丈夫だよ。俺だって海のこととか、好きだから話してる。そういうのって案外、気持ちで伝わったりするもんだよ。でさ、子供たちが俺の話を聞いて、今の空みたいに目をキラキラさせると、こっちも嬉しくなって、もっと気持ちこめて話し出したりしてさ…」
「へえ…」
「話がうまいとか下手じゃないと思うよ。多分、どっかで繋がるんじゃないかな」
「繋がる?」
「心をこっちが開くと、相手も開いて繋がっていくんだと思うよ。特に子供はハート全開にして聞いてくるから、話しててすごく楽しいよ」
「そうですよね。聖さん、いっつも楽しそうに子供たちに話してますよね」
「空、変わったな」
「え?」
「心、閉じていたのに、最近はちゃんと開いてるね」
「……それ、多分、凪のおかげだと思います」
「ああ、そっか。そうかもね」
パパはそう言うと、私を優しく見た。空君も私を見てはにかんだ可愛い笑顔を見せた。
可愛い!
ぶわ!
あ、今、自分でも光が思い切り出たのがわかっちゃった。すご~~い。
空君も光が見えたみたいで、ちょこっと宙を見てからまた微笑んだ。そして、嬉しそうにまたパパと話をしだした。
碧はその横で、二人に邪魔をしないように寝っころがって参考書を読んでいる。私は星の本を眺めながら、空君とパパの話を聞いていた。
ママもソファに座って、二人の話を楽しそうに聞いている。
なんだか、すごく幸せであったかい空間になってるなあ。いつも空君がここにいてくれたらいいのに。
1時間後、空君は家に帰って行った。
「空君、また明日ね」
玄関でそう言うと、空君はにこりと笑って、
「おやすみ、凪」
と可愛い笑顔を見せた。
「空、暗いから気を付けていけよ」
「はい」
隣にはパパがいて、碧も見送りに来た。二人きりだったら絶対に空君にハグしたのになあ。
部屋に行ってベランダに出た。夜空には星が瞬いている。
「瞬いているの、瞬っていう字、男の子だったらいいかも」
なんて突然思い立った。そしてすぐに空君にメールした。
10分後空君からメールが来た。
>うん。いいね。
それだけのメールだったけれど、嬉しかった。
「なんか、幸せ」
ベランダでそう呟き、携帯を握りしめた。するとまた、私からぼわっと光が出たのを感じた。それに反応して、キラキラと何かが輝き、そのうちにその光が天に昇って行った。
「もしかして、霊、成仏させちゃったかなあ」
その光はとっても綺麗だった。
翌日の昼休み、広香さんと一緒にサチさんと久恵さんも私たちのもとに来て、
「天文学部に入部したいんです」
と言い出した。
「え?」
いきなり二人も入部?
「ぜひ、星の話とか聞きたいし」
あ、もしや、広香さんに空君が星の話をしてくれるよ、なんて聞いちゃったのかも。
そうだよ、この二人だって空君のことが好きだから、黒谷さんをいじめていたんだもんね。どうしよう。また、空君が好きな子が天文学部に入ってきちゃったよ。
「いいよ」
そう言ったのは空君だ。
「え?」
いいの?
「でも、当分の活動は週1になるけど、それでもいい?」
空君がそう聞くと、二人は嬉しそうに頷いた。
かくして、天文学部は一気に8人になった。
空君は話ベただなんて言っていたけど、とんでもない。空君の話はみんな、食い入るようにして聞き、楽しみにするようになった。
みんなが喜んで聞いているのが伝わっているのか、空君も嬉しそうだった。そして、また本を持ち帰り、我が家のリビングで読んだり、パパに話を聞いたりして、空君の天文学の知識はもっと増えていった。
こうなったら、空君に部長になってほしいくらいだ。来年は空君が部長かもなあ。
時々だけど、昼休みに峰岸先輩もやってきて、空君とマニアックな話で盛り上がる。そこにはさすがに私たちもついていけなかった。
そんなこんなで、9月も終わり、10月。11月にある文化祭に向けて、学校全体が盛り上がり始めた。
クラスでの出し物はないので、私と千鶴は天文学部の展示だけになる。それも例年、星の写真を飾るだけのとっても簡単な準備だけのもので、二人でのほほんと構えていた。
が、10月最初の部活の日、
「うちのクラス、何もしないし文化祭つまらないから、天文学部で何かしませんか?」
と広香さんがとんでもない提案をした。
「何かって、何?」
千鶴も顔をひきつらせている。私同様、文化祭は楽をしたいタイプの人間なので、そんな申し出はなるべく乗りたくないらしい。
「聞いたら、毎年星の写真を飾るだけだって。でも、それって絶対にみんな見に来てくれるわけないし。もうちょっと趣向を凝らした何かをしてみてもいいかなって思うんですけど」
「趣向ってどんな?」
今度は鉄が聞いた。
「俺、面倒なのは絶対に嫌だけど」
まだ、広香さんが答える前に鉄はそう断言した。
「星占いとか」
サチさんがそう言った。
「それ、天文学と違うし却下」
鉄がすぐにえらそうにそう答えた。
「じゃあ、星座は?星座の話とか、ロマンチックかもしれない」
「げ~~。ロマンチックとか絶対に勘弁してくれって感じだよ、なあ?空」
「うん。だったら、もっとマニアックなものにする?」
空君まで!
「マニアックなものこそ、人が寄ってこないって」
鉄が空君の意見まで反対した。
「あ、こういうのは?教室をプラネタリウムにしちゃうとか」
「え?」
「家庭用のプラネタリウム、お店にあるの。まりんぶるーに。ね?空君も覚えてる?小学生の頃、おじいちゃんが買ってくれてお店でみんなで見たよね?あれ、綺麗だったなあ」
「うん。まだ、きっとあるね」
「プラネタリウムなんて、素敵!ロマンチック」
「げ~~。ロマンチックなのはだから、勘弁だって」
鉄がそう言っても、もう誰も鉄の話を聞かなかった。
「プラネタリウムだったら、教室暗くして天井に映し出すだけだし、簡単かも」
空君がそう言うと、
「いいかも。カップルに受けるよ。人もきっとたくさん来るんじゃない?」
と千鶴までが、賛成した。
「星の説明は空君がして」
「え?俺?む、無理。誰かほかの人がして」
空君が顔を曇らせてそう言うと、
「そういうのが得意なのは、サチじゃない?中学演劇部だったよね」
と、広香さんが言った。
「私?う~~ん。原稿があって、読むだけならいいよ」
「じゃあ、原稿は俺が考えてくるよ」
空君がそう言って、すっかり文化祭はプラネタリウムをすることに決まっていった。
面倒くさいって思ったけど、だんだんとわくわくしてきた。あの空君が、やる気になってくれているのにも感動だ。やっぱり、空君は変わったと思う。
人と接するのを嫌がり、なんに対してもやる気を見せなかった空君。唯一興味を示していたのはサーフィンで、他のことには関心を示さなかった。
水泳部だって、よくさぼっていたらしいし、クラスでも浮くくらい、一人でいる時が多く、言葉数も少なかった空君が、今は輪の中心にいる。空君の一言で、いろんなことが決まっていく。
そして、8人で力を合わせ(鉄まで協力的だった)、文化祭の準備は着々と進んでいった。時々峰岸先輩も顔を出し、手伝ってくれた。でも、その間先輩は何かと千鶴に声をかけていた。きっと千鶴に会いたかったんだろうなあ。
千鶴はというと、文化祭には彼氏も来るから、その時は一緒にプラネタリウムが見たいと言っていた。もし、その時に峰岸先輩とかち合っちゃったら、先輩、ショックを受けちゃうかもしれない。
碧は黒谷さんもいるから、絶対に文化祭を見に行くと言っていた。黒谷さんは週1で我が家に顔をだし、碧に勉強を教えていた。時々空君とも一緒になり、我が家はさらに人が増え、賑やかになっていた。
黒谷さんはうちにくると、かなり安心するのか、顔つきも違うし、とても朗らかになる。よく話すし笑うようになった。
笑顔がとても可愛いと私も思う。特に碧の前ではとっても嬉しそうに笑う。それが可愛らしい。
文化祭を前にして、黒谷さんは張り切っていたのか美容院に行って髪を切ってきた。なんとなく重たかった髪を肩のラインまで切りそろえ、前髪もそろえてきた。すると黒谷さんの可愛らしさが、さらに増したようだ。
色白で黒い髪、ふせ目がちだった目は、今はちゃんと前を向き、くりんとした目で見つめられると、私ですらドキッてする。小柄な体は線が細く、お人形さんみたいだ。
最近はクラスでも、久恵さんたちといるからか、いじめられることもなくなったようだし、一人ぼっちでいることも少なくなったようだった。それでどころか、
「なんか最近、黒谷可愛くなってない?」
なんていう声が、食堂に行くと1年の男子陣から聞こえてくるくらいだ。
あわわ。碧、のんびり構えていられないかもしれないよ。高校に入ってくる前に告白だけでもしておいたほうがいいかも。
それにしても、黒谷さんといい、空君といい、こんなにも人って変わるんだなあ。
「俺は凪のおかげ。黒谷さんも凪の影響力もあるけど、やっぱり碧じゃないのかな」
学校の帰り道、自転車に乗って空君にそんな話をしたら、空君はにこにこしながら答えてきた。
「黒谷さんを変えたのは?」
「うん。碧といると嬉しそうだし、すごく安心するみたいだし」
「あ、もしや、恋のパワーかな」
「恋の?」
なぜか空君が赤くなった。
「うん。黒谷さん、碧を好きになってから変わったかも」
「あ、ああ。黒谷さんの話か。俺のことかと思った」
「え?」
「…でも、俺も…かもだな」
「恋のパワーで変わったの?」
「うん」
それ、私との恋ってこと?だよね。わ、なんだか照れる。
そんなこんなで、文化祭の前の日になった。教室の準備を終えたのは4時。みんな、
「そろそろ帰ろうか」
と帰って行ったが、部長の私は文化祭実行委員との打ち合わせがあり、残ることとなった。
「俺も行くよ」
空君がそう言ってくれて、一緒に打ち合わせに行った。そして、天文学部の割り当てられた教室に戻ったのは5時を過ぎたころ。
「まだまだ、準備をしているところもあったね」
「うん」
そう言いながら、私たちは教室に入った。
教室の机は後ろや両サイドに追いやり、椅子だけを並べていた。その真ん中あたりに私は座り、空君は、
「プラネタリウム、先に二人で見ちゃわない?」
といたずらっぽい目をしながら言ってきた。
「うん」
空君は教室のドアを閉め、電気を消した。そしてプラネタリウムのスイッチを入れ、私の隣に静かに座った。
天井に星が映し出された。それを見上げながら、
「わあ、綺麗」
と私は小声で呟いた。
空君は黙って上を見ている。
「綺麗だね、空君」
そう言って空君のほうを見ると空君も私を見て、突然チュっとキスをしてきた。
わあ。ふいうちはいつもドキッて胸が高鳴っちゃう。
「いいね、二人きりでこういうの…」
空君がそう言った。
「宇宙に二人きりみたいだね、空君」
「うん」
空君はまた天井を見上げた。そして私と手を繋いだ。
こんなふうに二人きりになるのって、すごく久しぶりかも。キスですら久々な気がする。
「瞬…か」
「え?」
「いいね。男の子なら」
「うん」
「女の子だったら何がいいかな」
空君がまだ天井を見ながら、そう聞いてきた。
「そうだなあ」
私は空君の横顔を眺め、
「空君は何がいいと思う?」
と逆に聞いてみた。
「う~~ん」
空君も私を見た。それからしばらく見つめ合ってしまった。
ふわわわ~~~。ああ、暗い教室に私の光が広がっていくのが見えた。
「あったかいなあ、凪の光って」
「今、出たよね。自分でも最近見えるんだ」
「そうなの?」
「うん。教室が明るくなったよね」
「うん」
空君はにっこりとほほ笑んだ。ああ、可愛い笑顔だ。
「ひなたぼっこでもしている感じだよね。凪といるとさ」
「ひなたみたい?」
「あ、可愛いね。女の子ならひなたにする?」
「どういう漢字?」
「ひらがなでもいいし、漢字なら、う~~ん。太陽の陽だけでひなた…とか?」
「可愛いかも」
「あったかそうな名前だよね」
「宇宙にもちなんでいるよ。太陽の陽だもの」
「だね」
そう言って二人でしばらく、微笑み合った。
そしてまた、天井を見上げた。
「何年先の話をしているんだろうね、俺ら」
「うん」
「でも、きっといつかくる未来なんだろうなあ」
ぽつりと空君はそう言って、黙り込んだ。
不思議だね。そうなるってどうして確信しているのか、私にもわからないけど、最近ひしひしと感じるんだ。きっとくるであろう未来。空君の隣にいる未来。
空君と繋いだ手が、離れる気がしなくて、この優しいぬくもりを私はずうっとこれから先も感じているんだろうなって、そう確信している。
きっと、今、空君も同じ思いでいるね。




