第101話 碧、頑張れ
黒谷さんはその日、夕飯もうちで食べて行った。碧がいつもよりさらに元気で、はしゃいでいるのは一目瞭然。黒谷さんもはじめは緊張しているようだったけど、だんだんとパパや碧のバカ話に笑うようになり、我が家の食卓になじんでいった。
空君も、食卓にいた。だから、私もはしゃいでいた。それもきっとみんなが見たら、一目瞭然だろうな。
我が家の食卓は6人掛け。お客さんが来てもいいようにとちょっと大きめのテーブルにしたんだけど、こんな日はちょうどいい。
赤ちゃんが生まれたら、一つの椅子がどけられ、そこにベビーチェアを置くようになるんだな。そんなことを考えただけでもわくわくする。
「どれも、美味しいです。お母さん、お料理上手なんですね」
黒谷さんが頬を染めながらママに言った。
「ありがとう。でも、半分は聖君が作ったの」
「え?そ、そうなんですか?」
黒谷さんはリビングで私たちといて、ずっと碧に見惚れていたから、キッチンでパパとママが仲睦まじく料理していたのを知らないよね。
それにしても、弟だからあんまり気にしたことはないけど、碧はやっぱりイケメンの部類に入るんだよね。最近はパパに似てきたし。
私には生意気な弟。でも、他の女の子が見たらかっこいい男の子に見えるんだろうなあ。なんだか不思議だ。我が弟を見て顔をずっと赤らめている黒谷さんが。
そういう私は、空君が一緒にいるから嬉しくて、ずっとにんまりしている。空君って可愛い。いるだけでほわんとする。いつも我が家にいてくれたらいいのに。
夕飯が済み、ほんのちょっとリビングで休んでからパパが黒谷さんを車で送って行くことになった。
黒谷さんに、碧がなにやら今日はよく話しかけ、黒谷さんも必死に答えている。そんな二人の横で私は、空君にぴったりと寄り添って座っていた。
「今日も、すごいですね」
突然私を見て、黒谷さんがそう言った。
「え?何が?」
「光です。家全体が光に包まれるくらい出ちゃってます」
「私から?!」
「はい」
うわ~~~~~~~~。それって、やっぱり空君がいて嬉しくてしょうがないから、光がそれだけ出ちゃっているんだよね。なんだか、恥ずかしい。
「凪だけじゃないかな。この家って、聖さんや碧のパワーもあって邪気が入れないから、すごく心地いいよね」
空君がそう黒谷さんに言った。
「そうなんだ!だから、私もずうっと安心していられるんだ。家にいると母がいても怖いこともあって、特に雨の日はラップ音がしたり、たまに電気が消えたりして本当に怖くて」
わあ。自分の家にいても怖い思いをしないとならないって、大変だろうなあ。
「じゃあ、うちに住みつく?文江ちゃん」
パパがキッチンからリビングに来て、そんなアホなことを聞いた。
「え?!」
ほら、黒谷さん、真っ赤になってかたまっちゃった。でも、碧はパパの言うことに目を輝かせているけど。
「い、いえ。そういうわけにも」
わあ。真に受けて黒谷さん、うろたえてる。
「あはは!冗談だけどさ。じゃあ、たまに碧が遊びに行けば、いったん変な霊もどっかに逃げちゃうんじゃない?それか、凪でもいいか。成仏させちゃうんでしょ?」
「凪、もう商売にしたら?除霊屋とかってさ」
「碧、あほなこと言わないでよね!もう~~」
パパと碧はほんと、冗談ばっかり言ってるんだから。
「ほ、本当に先輩、家に来てくれますか?」
あれ?また、黒谷さんが真に受けてる。
「あ、俺が行ってもいいけど。今度、黒谷先輩の家に行って、勉強教わるってどうかな」
うわ!碧ってば、積極的~!
「え?!!」
でも、黒谷さんがかたまった。
「じゃあさ、私と千鶴も行く。その時碧も行けば?ね?」
「……は、はい。そ、そういうことなら」
黒谷さんがようやくほっとした顔になった。
そうだよね。碧のことが好きだからこそ、2人きりとか無理だよねえ。
「あ、そう」
あれ?碧ってばなんだか、機嫌をそこねた?
「さて、文江ちゃん。もう風もやんだし、送って行こうか」
パパにそう言われ、黒谷さんは立ち上がった。でも、碧がまだ、どっかりと座り込んでいる。
「碧も来ないのか?」
パパが聞いた。
「俺?だって、俺が行ってもなんの役にも立たないだろうし、父さんが送って行ったらそれでいいんじゃないの?」
あ。やっぱりへそ曲げた。
「……」
わあ、黒谷さんが顔をくもらせちゃった。
「碧、ちょっと」
私は碧の腕を引っ張り、ダイニングに連れて行った。そして、
「何拗ねてんの?黒谷さんがさっき、家に碧だけじゃなくて、私や千鶴も一緒に行くって言ったらほっとしたのは、碧だけだと緊張しちゃうからじゃない。それって、意識しているからだよ?」
と、碧にこそこそと黒谷さんには聞こえないように話した。
「え?」
「まだまだ、碧に緊張してるんだよ。だからこそ、こういう時も一緒に行って、もっと仲良くならなくちゃ。ビックチャンスなんだから、逃す手はないと思うけどなあ」
「あ、そっか!そうだよな、うん」
なんて単純。
「やっぱ、俺も一緒に行くよ、父さん」
そう言うと碧は、意気揚々として、玄関に走って行った。
ママも玄関まで見送りに行った。私と空君もママの後に続き、黒谷さんを見送ってからまたリビングに戻った。
「凪、碧になんて言ったの?いきなり、機嫌よくしていたけど」
空君が不思議そうに私に聞いてきた。
「仲良くなるビックチャンスだよって言ったの」
「何それ~~?それで碧、あんなにうきうきしながら出て行ったの?単純ねえ」
ママが後ろから私の言葉を聞き、笑いながらそう言った。
「うん。単純だよね、碧って」
「そっか。でも、碧の気持ちもわかるなあ。俺も、けっこう単純だし」
「え?!空君もなの?」
「あれ?わかってなかったの?凪」
……。うん。わかってなかったよ。
「男なんてみんな単純な生き物なのよ。聖君だってそうだもん」
え?今、ママが言った言葉?!ちょっとびっくり。もしかしてパパって、ママの掌で転がされていたりする?
「空君はまだゆっくりしていけるんでしょ?」
ママが空君に聞くと、
「え?いえ。そろそろ俺も帰ろうかと」
と空君は、カバンを持ってそう言った。
「え?もう帰っちゃうの?」
やだよ。まだいて欲しいのに。
「うん。あんまり遅くまでいても悪いし」
「碧が戻ってくるまでいてくれてもいいよ?なんなら、泊まっていってくれても」
そうだ。ママ、いいぞいいぞ!
「い、いえ。さすがにそれは…」
空君が困ってしまったのか、ママの言葉に顔を引きつらせた。
「碧も喜ぶと思うけどなあ」
そう言いながら、ママは片づけをしにキッチンに行ってしまった。ああ、ママ。あと一押ししてくれてもいいのに…。
「帰っちゃうのか。寂しいな」
ぽつりと私の口から、正直な言葉が飛び出していた。それを聞いて空君は私のほうを向き、
「じゃ、じゃあ、もうちょっといる」
と照れくさそうにそう言った。
「うん!」
嬉しい!
「な、凪…」
「え?なあに?」
「なんでもない」
?
「ただ、わかりやすいなって思って」
「何が?」
「光、喜ぶと本当にでっかくなるから」
「私から出てる?」
「………。凪さあ」
空君が俯きながら、何やら言いにくそうにしている。何かな。なんか、私変なことしたかな?
「俺と一緒にいるの、そんなに嬉しい?」
え?!
空君、顔赤い。もしかしてすごく照れながら聞いてる?
「うん。嬉しい」
素直にそう言うと、空君はちらっと私を見てからまた視線を下げた。
「そっか…」
「空君は違うの?」
また、素直に聞いてみた。すると、頭を掻きながら、
「それは、その…。俺も凪と一緒にいられるの、すごく嬉しいっていうか」
と最後まで言わずに、黙り込んでしまった。でも、耳まで赤いから、照れているんだよね。
ギュム!空君の腕にしがみついた。
「凪、そんなにしがみつくと…」
「え?」
「だから、胸が…」
「あ、ごめん」
そんなに胸が当たると困っちゃうのかなあ。私の胸なんて、たいしたことないのになあ。
でも、空君が困っているようだから、私は少しだけ空君の腕から胸を離した。
「………。ごめん、凪」
「え?」
「俺、変なこと言うけど、あんまり、その軽蔑しないで聞いてほしいって言うか」
「うん」
「あ、やっぱ、いい」
「え?」
「やっぱ、言わないほうがいいかも」
「何?気になるから、そこまで言ったらちゃんと言って」
「…でも、まじで、凪引くかも。もうこうやって俺に近づかなくなるかも」
「ますます気になるんだけど」
「………じゃ、じゃあ、言っちゃうけど。変な夢見ちゃって」
「変なってどんな?」
空君の額から変な汗流れてるけど、そんなに変な夢?
「俺が、その…。凪にその…」
「私に、なに?」
「お、襲ってるって言うか、いや。それはちょっと言い過ぎかな。だから、その…」
襲う?!
「手、出そうとしているって言うか…。えっと。だから…。押し倒しちゃってて、その」
え?もしかして、理性を失っちゃった夢?
「ごめん!なんか、夢の中とは言え、すごい罪悪感」
「なんで?」
「手、出さないっていう約束、破っちゃったような気持ちになって」
え~~。夢のことなのに?
「だから、その…。やっぱり、あんまり2人きりになったり、こんなに引っ付くようなことはやめよう」
「な、なんで?夢の中のことまで、そんなに気にすることないよ。パパだって怒らないよ」
「怒るよ。だって、夢ってきっと俺の本心の現れだろ?真相心理ではそういうこと願ってるってことなんだから」
え?そうなの?!願ってるの?!
ドキーーーーッ!空君、そういうこと願っちゃってるの?!
うわ。なんか、いきなりドキドキしてきちゃった!
「だから、危ないからあんまり俺に近づかないで、凪」
うわあ。そんなこと赤い顔で言う空君が、すっごく…、
「可愛い、空君!」
ギュ~~!
あ、無意識でそう口走り、抱きついてた。
「だから!凪!俺の話聞いてた?!」
「聞いてた。ごめん、だって、空君可愛いんだもん」
「凪~~~~!」
空君、ちょっと泣き声になってる。
「頼むよ、凪。無邪気過ぎるよ。俺のこと子供扱いしすぎてるし」
「そういうつもりはないんだけどな」
「俺も、ハワイで事故にあった時は、凪が恋しくて仕方なかったけど…。でも、なんか」
そう言って空君は下を向き黙り込んだ。
「うん、なに?」
「ごめん。また俺、とんでもないこと言うけど」
え?なに?
「凪の光だけでも癒されるし、すごく幸せになれるんだけど、ぬくもりとかもっと感じたいなってそう思ったりもして」
「うん。だから、ハグとか私、もっとしてもいいよ?」
「そういうことじゃなくって。ハグじゃなくて、その」
「……あ、もしかして」
「うん。それ以上のこと」
やっぱり、空君、そういうことを望んでいるんだ。うわ。またドキドキしてきちゃった。
「でも、しないけど」
「え?」
「しない。凪、きっと嫌がるだろうし」
「え?」
「俺のこと子ども扱いしているし、男として見ていないし。俺だって自分でも、まだまだガキだよなって思うし。だから、そう思っているうちはしない」
「う、うん」
「……」
「……」
2人して黙り込んだ。私はなんとなく空君の腕から離れ、正座をしてしまった。
改まってそんなことを言われてしまうなんて。でも、なんて返事をしていいかもわからない。だって、まだまだそういう世界は未知の世界で、私にはやっぱり早いって思うし。
私は空君が言うようにまだまだ空君のことを、男の人って意識していないのかもしれない。それに、私もまだまだ、子供なのかもしれない。
空君、可愛い。とか、空君、大好き、とか、それだけじゃ、そういうことを経験するまでにいたってないよね。
っていうことなんだよね?きっと。
空君も横でかたまっていて、私もなんとなくぎこちなくなっていた。
そんな日がいつかは来ると思いつつ、やっぱり今は考えられない。
ああ、そういえば、千鶴。千鶴は小河さんとどうなのかな。聞きたくない世界だったけど、ほんのちょっと知りたいな。
怖かったかな。抵抗あったのかな。どうなんだろう。
明日にでも、千鶴に話を聞いてみよう。
私と空君は、碧とパパが帰ってきて賑やかになるまでだんまりだった。
そして空君は碧が帰ってくると、ホッとした顔になり、しばらくパパと碧と話してからさっさと家に帰ってしまった。
「凪、さっきはサンキュ」
空君が帰ってから、碧が私にお礼を言ってきた。
「なんのこと?」
「だからさ、俺にビックチャンスだって言ってくれたじゃん」
「うん」
「車でもけっこう話せたんだ。ウィステリアのことでも盛り上がって、今度家に行ったら、ライブのDVD見せてもらう約束までしちゃった」
「へえ!良かったね」
「…俺ってさあ、やっぱ、あれだよね?」
「なあに?」
いきなり神妙な顔になっちゃって。
「黒谷先輩のこと好きだよね?」
「は?それ、自分でもわかってるんでしょ?」
「う、うん。自覚してる。でも、どこが好きなのかなあって、そんなことを車の中で思ってたんだ」
「黒谷さんの?」
「うん。でも、どこが好きかがわからなくって」
「そうなの?でも、好きなんでしょ?」
「…うん。そういうのってある?」
「あるんじゃないの?」
「凪は空のどこが好き?」
「全部」
「え?」
「だから、全部」
「そ、そう。すげえな。そう言い切れるのって」
「パパだって、ママの全部が好きって言うし、ママもそう言うじゃない?」
「あ、そうだよね」
「私も、空君の全部が好き」
「ふうん。そっか。具体的なことってないんだな」
「ある。空君の笑顔、照れた顔、声、手、髪、服のセンス、背丈、つむじ、シャイなところ、サーフィンが上手なところ、あとは」
「いい、いい。結局全部なんだろ?」
「そう。全部」
「は~~~。凪って、本当に空が好きだね。まあ、わかるけど、俺も空の良さ知ってるしさ」
「うん!」
「……俺は、具体的に言うと、どこかなあ。黒谷先輩の…」
「うん」
「……か、か、か」
「か?」
「可愛いところ…かな?」
うわ~。碧が真っ赤だ。真っかっかだ。こんなに照れてる碧、見るの初めて。
「あ、もういいや!なんかすっげえ、こういう話って照れくさい。俺、なんだってこんな話凪にしてるんだろ、あほみたいだ」
あほって、自分から聞いてきたくせに。
「俺、一番に風呂入ってくる!」
そう言って碧は2階にすっ飛んで行った。
なんだか、いじらしく見えてきちゃったなあ、碧。私も人のこと応援している場合じゃないような気もするけど、碧、頑張れ!
何をどう頑張るのかわからないけど、碧の恋、応援するよ。
そして私と空君は…。これからどう進展していくのかなあ…。




