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第9話 近づいた空君

「ちわ~~~っす。お邪魔します」

 碧の声が聞こえた。そして、ズカズカとリビングにやってきた。

「あ、めっずらしい。空がいた!」

 碧はそう言いながら、手にしたグラスをテーブルに置くと、ドスンと絨毯の上にあぐらをかいた。


「碧、またでかくなった?」

 おじいちゃんが聞くと、

「うん。でかくなったかも」

と碧は答えて、コーラを飲んだ。


「本当に聖に似てきたなあ」

「よく言われる」

 碧はそう言って、

「テレビつけていい?」

と、おばあちゃんに了承を得てからテレビをつけた。


「このお笑い番組、すげえ笑えるよ。じいちゃんとばあちゃんも笑っちゃうよ」

 そんなことを碧が言うと、おばあちゃんは嬉しそうにテレビの方を向いた。

「ゲハハハ」

 碧が大笑いをした。笑い上戸なのはパパそっくり。


「ワハハハハハ」

 おじいちゃんも大笑いをして観ている。そんなおじいいちゃんのことをおばあちゃんが優しい目で見た。

 そして私は、すぐ隣にいる空君も見た。空君もクスッと笑ってみたり、

「ああ、この芸人好き」

と呟いたりしている。


 はあ~~~。空君の笑顔って、昔と変わっていないんだなあ。とっても可愛い。


 しばらくぼけっと空君を見て、それから前を向くと、おばあちゃんが優しい目で私を見ていた。

 うわ。空君に見とれていたのを見られちゃった。なんだか、恥ずかしい。

 でも、おばあちゃんはずっとニコニコしながら、私と空君を眺めている。


「いいわねえ」

「え?」

「そこに、空君と凪ちゃんがいるのって。昔に戻ったみたい」

「そうだなあ。こんなにリビングが笑い声で賑やかになったのも久しぶりだ」

 おじいちゃんもしみじみした感じで、そうポツリと言った。


「明日になったら、あのうるさくっておてんばな、舞花が来るんだよ?じいちゃん、賑やかだな~~ってしみじみ言ってる場合じゃなくなるんだからな?」

 碧がそんな生意気なことを言った。


「あはは。そういえばそうだな。杏樹も来るし、もっと賑やかになるなあ」

「そうだよ。覚悟しておいたほうがいいぞ。な?凪。あ、俺は空の家に逃げちゃうから、あとは凪が舞花のお守りをよろしく頼む」

「私?」


「そうだよ。どうせ父さんは飲んだくれるんだろ?」

「多分…」

「母さんたちは店が忙しいし、舞花の世話できるのは、凪くらいだ」

「……私、杏樹お姉ちゃんと話がしたかったなあ。いろいろと相談もあったし」


「……杏樹姉ちゃんか~~。もう元気になったのかなあ」

 碧がぽつりとそう言うと、

「舞花ちゃんはじいちゃんとばあちゃんに任せて、凪ちゃんは杏樹のことを頼むよ」

とおじいちゃんに言われてしまった。


「え?」

「杏樹、凪ちゃんのこと大好きだし、一緒にいると癒されるっていっつも言っていたし。癒してあげてくれる?杏樹のこと」

「そうね。凪ちゃんとなら、杏樹も明るく振舞うこともなく、ほっこりのんびりできるかもね」

「私だと?」


「凪ちゃんマジックよ。よく春香も言ってたけど。ね?空君」

 空君はそれまで、ぼんやりとテレビの方を見ていたが、いきなりおばあちゃんに話を振られ、びっくりしたようだ。

「え?な、なに?」


「凪ちゃんマジック。知ってるでしょ?」

「え?あ、うん」

 マジック?何それ???


「凪、平和主義だし、一緒にいるとほわわ~~んとするからなあ」

 碧がポツリとそう言うと、横で空君が私の方を一回見て、また前を向き、

「うん」

と頷いた。


「え?ほわわん?」

 空君に何気に聞くと、

「うん。隣にいると、そんな感じする」

とこっちも向かずに小声で答えた。


 そうか。でも、それがなんでマジックなんだろう。

「じゃあ、頼むよ?凪ちゃん。杏樹のそばにいるだけでいいからさ」

 おじいちゃんにまたそう言われた。

「う、うん」


 どうしていいかもわからないけど、そばにいるだけなら。でも、私が杏樹お姉ちゃんに恋の相談をしたかったんだけどなあ。


 それからしばらくして、春香さんがご飯ができたからリビングで食べる?と聞いてきた。

「うん。ここでみんなで食べよう。テーブルをもう一個つなげちゃうから碧と空、手伝って」

 おじいちゃんがそう言いながら、テーブルの端を持った。


「いいよ、じいちゃん。ぎっくり腰になったら大変だから、俺と空でやる」

 そう言って碧が、テーブルの端を持ち、反対側を空君が持ってテーブルを移動させ、それから畳んでリビングの隅に置いてあったテーブルを出してきた。


「ああ、こんなふうにみんなでリビングでご飯を食べるのも、空や碧が小さかった頃以来だなあ」

 またおじいちゃんが、嬉しそうにそう呟いた。

「これからは、もっと頻繁に来ようか?」

 碧がそう言ってから、私と空君を見て、

「ね?」

と聞いてきた。


「うん。もっと遊びに来るし、ご飯も食べに来る。私、ここ、本当は大好きなの。なんだか落ち着くから。いいかな?もっと頻繁に来ちゃっても」

 私がおじいちゃんとおばあちゃんに聞くと、二人とも、

「もちろん!」

と喜んでくれた。


 私はちらっと空君を見た。小声で、

「空君も、来る?」

と聞くと、

「うん」

と空君は、はにかんだ笑顔を見せた。


 ああ!嬉しい。なんだか、どんどん昔に戻っていくみたいだ。

 嬉しくてドキドキして、顔がずうっと火照っていた。


 夕飯の時間も楽しかった。おじいちゃんは碧と話をして、大笑いをして、時々おばあちゃんも話に加わり、笑っていた。私はそんなみんなを見ながら、時々声を出して「あはは」と笑い、そして空君の顔も見たりしていた。


 空君も、始終笑顔だった。あんまり話はしなかったけど、みんなの顔を見て、嬉しそうに笑っていた。

 やっぱり、この場所が好き。ここは空君でさえ、笑顔にさせちゃう場所なんだ。


「凪~。碧~~~」

 みんなでご飯を食べ終わった頃、パパがやってきた。

「おかえりなさい!パパ!」

「ただいま。あ、空もいた!」


 パパがびっくりすると、空君の方も、顔を固まらせた。あれ?空君ってもしかして、パパが苦手なの?

「空。また凪の横に座って…。いや、その光景はすげえ久しぶりに見るなあ」

「そうだろ?聖。なんだか、昔に戻ったみたいで、瑞希と一緒に喜んでいたんだ。それに、凪ちゃんも空も碧も、ちょくちょくここに遊びに来てくれるって約束もしてくれたんだよ」


「へえ。良かったじゃん。でもさ、ちょくちょく来ても、二人の方がしょっちゅう旅に出ちゃうから、ここにいないんじゃないの?」

 パパがそう言いながら、碧の隣にどかっと座った。


「ああ!それもそうだな!アハハハ」

 おじいちゃんが大きな声で笑った。

「でも、圭介。もういろんなところに旅に行ったし、そろそろ伊豆に落ち着いてもいいかもしれないわね」

「瑞希、なんにもすることなくって、暇しちゃうよ?」


「そうねえ。何か趣味でも持とうかしら…」

「今度、星の本とか持ってくるから、ばあちゃん、見る?あ、今日も持ってきたら良かったね。写真集はすごく綺麗だよ」

 空君が優しい声で、おばあちゃんに話しかけた。


「そうなの?じゃあ、また明日にでも持ってきて見せてくれる?」

「うん」

「写真って言えば、瑞希、旅に行った時にいっぱい写真撮ってたじゃんか。あれをブログにでも載せたらどう?」

「ブログ?そんな高尚なことできないわよ」


「簡単だよ、ばあちゃん。俺が教えるよ」

「聖はまだ、ブログやってるもんなあ」

 パパにおじいちゃんがそう言うと、

「あ、俺も、見てます」

と空君がちょっと恥ずかしそうにそう言った。


「空、見てくれてんの?碧なんて、全然興味持ってくれないんだよ」

「そうなんだ。碧、見てないんだ」

「凪は見てくれてるよね?」


「え?うん。だって、パパが撮ってる海や魚、イルカの写真、すごく綺麗なんだもん」

「凪~~~。さすがは俺の娘だ~~~」

 パパは碧をどかして、私の隣に来るとハグをしてきた。


「あ、パパ、お酒臭い」

「デへ。店で飲んじゃった」

「夕飯、向こうで食べたの?」

「うん。桃子ちゃんと一緒に」


「それで、ママは?」

「明日のお弁当のしたごしらえしてる。パパも手伝うって言ったら、酒飲みは手を出すなって春香さんに追い出されちゃった」

 ああ、だから、ママじゃなくって私にひっついているのか。


「聖はいまだに、凪ちゃんにデレデレだなあ」

「いいじゃん!俺の娘なんだから!」

「いまだにもしかして、他の男には凪を渡さんとか言ってるのか?」

「当たり前じゃん!変な虫がつかないよう、しっかり守っておかないと。それで思い出した!」


 おじいちゃんと話をしていたのに、パパは私の隣に座っている空君の方を見て、

「空。天文学部のなんとか部長ってやつから、凪のこと守れよ?あと、なんだっけ?小鉄?」

「鉄?」

 空君が小声で聞いた。

「そう、鉄。そいつも凪に近づけさせるなよ」


「パパ。部長は私のことなんとも思ってないし、谷田部鉄はどっちかって言うと、嫌ってると思うんだけどな。だから、大丈夫だよ」

「ダメ!それに鉄ってやつは、いろいろと凪をからかってくるんだろ?そういうのが一番危ない。空、頼んだぞ!」


「は、はい」

 ほら~~。空君、すごく困った顔しちゃってるよ。俺、いったいどうしたらいいんだろうって、そんな顔。

「明日は凪も、杏樹と舞花ちゃんと水族館に来るよね?」

 パパはまた可愛い声で私に聞いてきた。


「うん。行くよ。ママはお店の手伝いがあるから、わからないけど」

「でも、凪と舞花ちゃんが来てくれるから、パパは張り切っちゃう」

 ああ。まったく。お酒飲むと、パパ、なんだか可愛くなっちゃうんだよねえ。


「俺は明日も部活だ」

 碧がそう言って、絨毯に寝転がった。

「空は?何してんの?櫂さんの店の手伝い?」

 パパが空君に聞くと、

「いえ。俺、接客ダメだから、手伝いはしないです」

とちょっと顔をこわばらせてそう言った。やっぱり、空君、パパが苦手なのかも。


「じゃ、暇してんの?空も水族館来る?」

「え…。どうしようかな」

「空、海の生き物も好きだろ?」

「はい」


「しばらく来てないんだし、たまには来いよ。新しい海の生き物も増えたよ」

「はい。じゃ、じゃあ…」

 空君は、小声でそう言ってから、なぜか私をちらっと見た。

「あ、空君の好きな魚、見ようね」


 なんでだかわからないけど、私は思わずそんなことを口走っていた。すると空君は、

「うん」

と一言言って、顔を反対側に向けてしまった。

 ああ、また表情が見えない。だけど、なんとなく空君から漂ってくる空気は、あったかかった。


 グガ~~~。碧がいつの間にか寝ていた。

 パパは、おじいちゃんが出してきた日本酒を、おじいちゃんと一緒に飲みだした。ああ、これはいつまでたっても家に帰れないな。ママも遅くまで手伝うって言っていたし。


「俺、そろそろ帰るね、じいちゃん、ばあちゃん」

 空君がそう言って、立ち上がった。

「おう。またちょくちょく遊びに来いよな?」

「うん」


「凪ちゃんは?聖のこと待ってるの?」

 おばあちゃんが聞いてきた。

「私は…。どうしようかなあ」

「碧はしばらく起きそうもないし、空、凪のこと家まで送っていってくれない?」


 え?パパ。いきなりなんで、空君に頼んでいるの?

「あ、はい」

 空君は、表情も変えず相槌をうった。


「じゃあな、凪。先に帰って、風呂沸かして先に入ってて」

「うん、わかった。でもパパ、飲み過ぎてこのままここで寝ないでね」

「大丈夫だよ。明日も仕事だし、碧のこと起こして、碧と桃子ちゃんと一緒に帰るから」

「うん」


 私は空君と一緒にお店に寄り、ママに、

「空君に送ってもらうね」

と言ってから、お店を出た。空君は、ママにも春香さんにも、特に何も言わなかった。


「は~~~~あ。外、気持ちいい風吹いてるね」

 そう言うと、空君もすうって一回深呼吸をして、それから空を見上げた。

「星、出てるね」

「うん。月も綺麗」


「また自転車、俺がこごうか?」

「ううん。このまま、手で押していくから大丈夫」

「じゃ、俺が手で押していくよ」

「…ありがとう」


 不思議。また、一気に空君が近くになった。

「空君。櫂さん、写真集を見せたら喜んでくれたの?」

「うん。喜んでた」

「良かったね」


「凪も見る?」

「うん。見たい。私、海の夕景も見てみたい」

「ああ、うちにある写真集の方?」

「うん」


 って、図々しかったかな。つい、はずみで言っちゃった。

「いいよ、今度見に来て」

「空君の家に?行ってもいいの?」

「いいよ」


 いいんだ!空君の家に行っちゃってもいいんだ!嬉しい!!!

「なんだか、今日は本当に昔に戻ったみたいだったな」

 空君がポツリとそう言った。


「う、うん。私もそう思った」

「あの場所、俺も好きだったよ」

「リビング?」

「うん。居心地良かった。じいちゃんもばあちゃんも、いっつも優しかったし」


「そうだよね」

「…俺が中学入ってからは、行かなくなっちゃったけどね」

「どうして?」

「……」

「居心地良かったのに、なんで?」


 空君はしばらく黙ってしまった。あ、なんだか聞いちゃいけなかったのかな。

「ご、ごめん。言いづらかったらいいよ」

 私はすぐにそう言って、この話をやめようとした。でも、

「凪が、伊豆に夏、来なかったから…」

とポツリと空君は呟いた。


「え?」

「あそこに行っても、凪がいないと、なんとなく寂しかったから」

 ええ?!

「…まりんぶるーも、あんまり行かなくなった」


「わ、私が原因?」

「ううん。そういうわけじゃ。ただ、なんとなく、行っても、寂しい場所になっちゃったから」

 寂しい場所?居心地の良かった場所が?


 やっぱり、私が空君を傷つけちゃったのかな。伊豆にも行かなかったり、空君の電話にも出なかったりしていたし。

「そ、空君」

「え?」

「ごめんね」


「何が?」

「中2の夏、伊豆に来れなくて」

「……いいよ。凪が大変だったって、母さんから聞いてたし。凪は悪くないから」

「でも、その前の年も、空君に私…」


「………。俺が悪かったから。凪のせいじゃないからさ」

 空君はまた小声でそう言うと、どこか遠くを見つめた。

 空君…。空君の遠くを見つめる目、なんだか隣にいるのに、ずっと遠くにいるような気になる。それに、隣にいる私のことなんて、忘れちゃってるような…。


 一気に寂しい気持ちになった。また空君が遠い存在になっちゃうような。

 でも、空君が次の瞬間こっちを見た。

「…?」

 こっちをじっと見てちょっと微笑むと、空君はまた前を向いて、自転車を押して歩き出した。


「また、じいちゃんとばあちゃんのリビング、行こうね?凪」

「……うん」

 良かった。空君が、遠くに行っちゃわないで。

 それからは、なんとなく黙って二人で歩いていたけれど、空君からはまたあったかい空気を感じられた。



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