表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ハシブトさんの指輪物語

作者: 市瀬 蓮

 常識的に考えて、カラスが喋るということはありえない。

 ありえないはずだが、今私の目の前にいるカラスはその常識を覆した。

「おい、俺は腹が減った。何か食い物をくれ」

 随分と偉そうに喋るこのカラスは、自称『ハシブトガラスのハシブトさん』である。

 ハシブトさんは、ずんぐりとした体躯で、光沢のある黒い羽を毛繕いしながら、私のお気に入りのソファを陣取っている。

 食事の催促をされ、私は溜息を吐きながら、残り物の肉じゃがを提供した。

「なんだよこれ、残り物じゃねぇか」

「……カラスが贅沢言わないでください。というか、もう帰ってください」

「お前がそれを返してくれたらな」

 ハシブトさんは肉じゃがをつつきながら、小さな黒い瞳で、私の指に光る指輪を見た。

「それができたら、とっくにしてます……」

 私はうな垂れた。

 

 事の始まりは昨日。

 友人と飲みに行った帰り道の途中、街灯の下でキラキラと輝くものを見つけた。

 近づいてみると、それは指輪だった。

 指輪は街灯に照らされて、淡い銀色の光を放っていた。指輪を手に取りよく見ると、表面に細かな模様が施され、色とりどりの小さな石が散りばめられていた。

「うわぁ、綺麗」

 思わず声が出るほど指輪は美しく、そのまま指輪を左手の中指にはめた。

 指輪はぴたりと指にはまった。

 私はまるで、小さな子供が宝物を見つけたような気持ちになり、指輪をはめた手を街灯にかざした。

 その時だった。

「それを返せ」

 バサバサという音と共に、黒い塊が私の目の前に飛び込んできた。

 私は驚いて身をすくめた。

 目の前に突如現れた黒い塊は、一羽のカラスだった。

 カラスは驚く私をよそに「いいから早くそれを返せ」と、少し怒ったように体を膨らませた。

「ぎゃああっ」

 私は間の抜けた悲鳴を上げ、その場から走って逃げた。

 後ろから「あ、こら、逃げんなっ」という声が聞こえたが、無視。だって、カラスが喋るなんてありえない。飲みすぎて自分の頭がおかしくなったか、そうでなければ一体何だ。

 とにかく、無我夢中で家に帰り、一目散に布団にもぐり込んだ。

 布団の温もりに安堵した私は、得体の知れない恐怖に襲われつつも、残されたアルコールの力でそのまま眠りについた。

 どうかこれが夢でありますようにと願いながら。


 ――コツン、コツン。

 妙な音で私は目を覚ました。

 ――コツン、コツン。

 音はベランダから聞こえる。

 私は、二日酔いで少し重たい頭をさすりながら、ベランダに行き、カーテンを開けた。

 その瞬間、一気に目が覚めた。

 カラスがそこにいたからだ。

「よう、早く開けてくれよ」

 カラスは、くちばしで窓ガラスをコツンコツンと叩き、中に入れるよう催促した。

 そして話は冒頭に戻るのである。

 最初こそ恐怖で何も考えられなかったが、ハシブトさんの自己紹介から始まり、この指輪が『ソロモンの指輪』である事、指輪の影響で私と彼の会話が可能になっている事、指輪さえ返せば私に用はない事を告げられた。

 そうとわかればさっさと指輪を返そうと、私は指輪を取ろうとしたが、外れないから困った事になっている。

 散々指輪を引っ張っていたため、指が擦れてじんじんと痛む。

 もう駄目だと諦めかけたその時、ハシブトさんがおもむろに「いっそ俺が引きちぎってやろうか?」と言って、私の指をぱくりと咥えた。

「ぎゃあっ」

 突然の行動に驚いた私は、思わず手を振り回した。

 ハシブトさんが吹っ飛んだ。

 正確に言うと、いつでもお引き取りいただけるよう開け放ったベランダの外まで、吹っ飛ばしてしまったのだ。

 慌ててベランダに駆け寄る。

 しかし、そこは鳥である。ハシブトさんは、そのまま羽ばたき、上空で一度ゆっくり旋回した後、「あほー」と鳴いて飛び去っていった。

 私はその場にへなへなと座り込んだ。

 指輪は無事に外れていた。

 2作品目の投稿です。

 掌編小説講座で出されたお題「カラス」用に書き上げたものです。

 原稿用紙5枚という設定があるのですが、5枚に収めるのは難しいです。


 読んでいただいてありがとうございます。

 ご感想をいただけると勉強になります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ