表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真昼の月の物語  作者: 深海いわし
第一部 晴雨の章
9/195

第二話 竜は低気圧を運び、騎士は低血圧を嘆く File-4

 2-4 ひよこまめ三号


 聖騎士団のキャンプへついた後、三人は別々に事情聴取を受けた。

「君たちのことを信用してないわけじゃないんだけど、一応形式的なものだから」

 というのがリサの言い分だった。おそらくフィラが森の一番奥まで入り込んでいたためだろう、フィラの事情聴取はキャンプで唯一の聖騎士団正団員であるらしいリサが担当する。

 キャンプの奥に設置された本部テントの片隅に腰掛け、竜と会ったこと、ジュリアンを呼んできてくれと頼まれたことを正直に話すと、リサは「なるほどね」と頷いた。

「じゃあ、悪いけどお城まで一緒に来てもらえるかな? たぶん団長には直接話してもらった方が良いと思うし、そろそろあいつらも帰ってきてる頃だと思うから」

 フィラの話に特に不審な点は感じられなかったらしく、リサはそう言うとおもむろに腰を上げた。

「領主様、出かけてらしたんですか?」

 リサにつられて立ち上がりながら、フィラは首をかしげる。

「そう。昨日急に中央省庁から呼び出しがあってね、ジュリアンとカイとランティスが三人揃って出かけちゃったもんだから、昼頃まで聖騎士団員が一人もいない状態だったんだ、この町」

 リサは長く深いため息をついて肩をすくめた。

「こういうときに限って誰もいないなんて運がないよね」

「だから立ち入り制限とかの処置が遅れたんですね」

 しみじみと呟くと、リサはフィラに視線を下ろし、苦笑を浮かべながら頭をかく。

「まあ、人員不足なんて言い訳にもならないけどね。とにかく、ごめん」

「いえ、こちらこそ、わざわざ探していただいてすみません。人員を割くの、大変だったはずなのに」

 軽く背中を押されてテントの外へ歩き始めながらフィラは恐縮した。

「ああ、良いの良いの。もうだいたい応急処置は終わってたから。報告に戻ろうかと思ってたとこだけど、こっちの報告はそんなに急ぎでもなかったんだよね。だから大丈夫」

 リサは片手を振りながらフィラを追い越し、テントの出入り口に掛った垂れ幕を押し開ける。テントの外では、先に事情聴取を終えたソニアとレックスがお互い何を聞かれたか報告し合いながら待っていた。

「そだそだ、さっきの話なんだけどさ、とりあえず他の人には話さないでね。友好的だからって竜を見に行くような人がいると思わぬ危険に遭うかもしれないし、竜が傷ついた原因の調査に影響が出ても困るから」

 リサはフィラが通りやすいように垂れ幕を支えながら耳打ちしてくる。

「はい、わかりました」

 フィラが頷くと、リサは「ありがと」と微笑し、外に向かって大きく息を吸った。

「そこの三等兵!」

「は、はい! わた、自分ですか!?」

 ソニアたちが立っているより向こうで、紺色の僧兵服に身を包んで小型乗用車に給油していた少女が、よく通るリサの声に弾かれたように顔を上げる。

「竜探索班が戻ってきたら、もう竜の探索は良いからって言っといてね」

「は、はい!」

 少女は敬礼しようとしてまだ手に持っていた給油ガンに気づき、慌ててそれを給油装置のフックに引っかけ、改めて敬礼した。

「あとは一般人が応急結界内に立ち入ったりしないように見張ってて」

「はい!」

 リサは微笑を浮かべて頷きながら車へ歩み寄り、少女から鍵を受け取る。

「じゃ、あとよろしく。結界に異常とか、何かあったら城にいる誰かに連絡して」

「はい!」

 リサはさっきと全く同じ調子で答えた少女に向かって頷き、さっとフィラたちの方へ振り向いた。青い縁取りのついた白いコートの裾が、鮮やかな弧を描いて翻る。

「さて紹介します」

 リサはもったいぶった調子で背後の車を示した。

「我が愛しきポンコツ車、ひよこまめ三号です」

「可愛い車ですねえ」

 リサの車を眺めながら、ソニアがしみじみと呟く。丸っこい輪郭に黄色い塗装の小型車は、確かにどこかひよこっぽい雰囲気を漂わせていて、フィラから見てもずいぶんかわいらしいものだった。

「でしょ? カイ君はもっと実用的なものにしてはどうかとかなんとか言うけどさ、やっぱ見た目って大事だと思うのよ。かわいげも実用的の内だよね、うん」

 リサは頷きながら助手席のドアを開く。

「ところで、一番死亡率が高いのは助手席なんだそうだけど、誰が乗る?」

 にやりと笑うリサの言葉に、三人は顔を見合わせた。

「……僕かな」

 女性陣から発せられた無言の圧力に、レックスが力なく従う。

「そうね」

「そうだね」

 ソニアとフィラの同意の声に送られて、レックスはしぶしぶ助手席に乗り込んだ。


 そんなふうに脅かした割には、リサの運転は危なげのないものだった。町に戻り、ソニアとレックスをそれぞれの家で降ろしてから、リサとフィラは城へと向かう。フィラの仕事やソニアたちとの関係などの雑談をしているうちに、車は城門前へ到着する。

 鋼鉄製の重そうな城門は、領主が替わる前と同じように固く閉ざされていた。リサは門の前で車を止め、いったん降りて呼び鈴を押しに行く。リサが呼び鈴を押すと、一瞬の間を置いて、ブリキのバケツを階段で蹴り落としたときのような、何とも風情のない音が城門の向こうでこだました。

 しばらく待つと、脇の通用門から聖騎士団の団服を着た青年が顔を出す。

「リサさん、討伐は?」

 くせのない黒髪に切れ長の瞳の聖騎士は、無表情でリサに尋ねた。人種的にはカイに近いのだろうが、顔立ちはこちらの騎士の方が鋭く、まとう雰囲気は逆にカイの方が張りつめていたように思えた。

「結界の応急処置が一段落ついたとこ。これから報告」

「そうですか。車、車庫に入れてきます」

「あ、うん、よろしく」

 実に淡泊な会話を交わした後、リサは車の脇に佇んでいたフィラへと振り向く。

「さ、入って入って」

「お、お邪魔します」

 城の威圧的な佇まいに気後れしながら通用門をくぐったフィラは、周囲を見回して唖然とした。

「すごい、ですね、これ」

 高い城壁と門に守られた城の庭は、とても現役で使われているとは思えないほど荒れ果てていた。伸び放題の蔦がぼうぼうに伸びた木々を覆って道にまでこぼれ落ち、ぺんぺん草を始めとした雑草が一面に絡まり合っている様は、まるで。

「廃墟みたいです……」

「だよね。私もそう思った」

 リサは重々しく同意する。

「前任の領主がさ、自分が使ってたとこしか片付けてなかったらしくてさ。しかも自分が使ってた所も引き継ぎ前にわざと汚していったもんだから、そりゃもう、あっちこっちえらい有り様よ」

 フィラは呆れてため息をついた。

「前の領主様がお城に誰も入れなかったわけがわかった気がします」

「こんなえらいことになってちゃ、部下以外の人には見せられないよねえ、やっぱ」

 リサも苦笑と共に言い放ち、ため息をつく。

 人が一人通れる程度に雑草が刈り取られた細い道を辿って、二人は荒れ果てた庭を抜けた。

 錆び付いて開かないという正面の扉を迂回して、崩れかけた中庭の回廊から城の玄関ホールへ入る。中庭に面した薔薇窓から差し込む色とりどりの光に照らされた玄関ホールは、多少埃っぽいものの庭の荒れた様子と比べるとずいぶん綺麗だった。立ち並ぶ石柱の向こうから、誰かの怒鳴り声が聞こえてくる。

「馬鹿言え、あんな巨大な生き物がその辺に転がってて場所が分からないもクソもあるかよ。この半日何やってたんだ!? 飛行許可が出ないんだったら木に登って見渡せ!」

 吹き抜けの高い天井に響くのは、聞き覚えのある――先日ランティスと呼ばれていた男の苛ついたような声だ。リサと一緒に奥まで進んでいくと、ランティスが手に持って頬のあたりに当てた長方形の小さな機械に向かって話しているのが見えてくる。その隣には痩せ型の長身に高位神官の衣装をまとった壮年の男が佇んでいた。

「……滝の上に上るとか、やりようも高台もいろいろあるだろうが。足跡の一つも見つけられないなんて情けないと思わねえのかよ? 聞き込みはしてるんだろうな? ……してない!?」

 ランティスは大きくため息をつき、薄暗い天井を仰ぐ。壮年の男が「まあまあ落ち着いて」などと言いながらなだめるような仕草をする。

「……頼むぜ、ホント。俺たちだっていつもいつもこっちにいるわけじゃないんだから、お前らにしっかりしてもらわないと困る……わかったわかった、泣くなよ、な? こういうのは慣れも大事なんだ……じゃあ今からしっかりやってくれ。頼んだぞ」

 ランティスはもう一度ため息をつきながら、機械を顔から離して二つに折りたたんだ。

「しまった、探し方までちゃんと指示出さなきゃダメだったか」

 中途半端な位置で足を止め、何故か息を詰めて様子を窺っていたリサが小さく呟く。

「ったぁく、ラドクリフの部下と来たら揃いも揃って! 上司がアレなら部下もアレかよ!」

 ランティスはリサとフィラには気づいていない様子で、手に持った機械をいらいらとポケットに放り込んだ。

「そう言わないで下さいよ。ほとんどがろくに訓練も受けていない初年兵なんですから」

「わかってるけどよ。クソッ、あの野郎、わざとそういう奴ばっか残して行きやがったな!」

 頭をかきむしるランティスに向かってリサが歩き出したので、フィラも慌ててその後を追う。

「ああもう畜生、まだ掃除も終わってねえってのに、なんだってこう次から次へと」

「やっほーランティス、聞き込みのことなんだけどさ」

 リサは片手を上げ、軽い調子で呼びかけた。

「おう、リサ」

 ランティスは嘆きの台詞を中断して振り向き、リサと同じように片手を上げる。

「悪ぃな、急な呼び出しで。聞き込みまでやってくれたのか?」

「聞き込んだっていうか、向こうから来てくれたんだけどね。こちらのお嬢さんが情報を持ってきてくれたんだ。何でも侵入した竜と会話をしたとかで」

 リサは振り向きながらフィラをランティスともう一人の男性に向かって示した。先日のあまり友好的とは言えない出会いを思い出して微妙な心持ちになりながら、フィラは軽く会釈する。

「竜と会話! そりゃまた……」

 大げさに驚いたランティスは、フィラに目をやってさらに大きくのけぞった。

「っておお、あの時の嬢ちゃんか!」

「知り合い?」

 ランティスの大きな動作にも動じることなく、リサは小首をかしげる。

「ん? まあ、前にちょっとな」

 ランティスは不自然に軽い調子で答えた。

「怪しいなあ?」

 にやにや笑いを浮かべながらランティスを見上げるリサに、黙って成り行きを見守っていた壮年の男性が苦笑を浮かべて間に入る。

「リサさん、追求は職務時間外にお願いしますよ。我々はこれから団長の執務室へ報告しに行くところです。貴方もご同行を」

 ロマンスグレイの男性は言いながら城の奥へ歩き出しかけ、はたと気づいたように振り向いた。

「ああ、その前に自己紹介をしておくべきでした。私はフェイル・ヴァーン。聖騎士団の参謀とこの城の執事役を、先日より務めさせていただいております」

 慇懃に礼を取る男性に、フィラも慌てて頭を下げる。

「初めまして。私はフィラ・ラピズラリです。よろしくお願いします」

 挨拶を交わす二人の後ろで、ランティスとリサは気安い調子の会話を続けている。

「情報が入ったんなら携帯に連絡くれりゃ良かったのによ」

「私こっちで使える携帯端末持ってないんだってば。配置換え三日後の予定だったし」

「あー、そういやそうでした。なんかもう、どうしようもねえな、色々」

「ほんとにね。古ダヌキだちに格好の攻撃材料与えちゃったよね」

「面倒くせえなあ」

 うんざりした調子のやり取りに、フィラは(聖騎士も大変なんだなあ)とまるっきり他人事の感想を抱く。

「ま、とりあえず今の子にもう一度電話してさ、もう探さなくていいからって伝えてくれる? キャンプにいる子には、探索班が戻ってきたら探索を終了するように伝えてくれとは言っといたんだけどさ、さっきの会話の後じゃなかなかキャンプには戻れないでしょ」

「へいへい」

 もう一度ポケットから機械を取り出して兵士と連絡を取るランティスの声を背中で聞きながら、フィラたちは領主の執務室へ向かって歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ