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真昼の月の物語  作者: 深海いわし
第二部 黒雨の章
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第四話 光の名前 File-5

 4-5 世間話


「これ、魔術具じゃないんだね」

 大型のカセットコンロにガスボンベをセットしながら、肩の上のティナに話しかける。

「そっちの方が安いし壊れにくいからな」

 背後から疑問に答えてくれたのは、ティナではなくてジュリアンだった。

「……世知辛いですね」

 前にもこんな感想を言ったことがある気がする、と思いながら、コンロに十人前くらい作れそうな鍋をセットする。

「魔力的な乱れに巻き込まれるとセキュリティのかかっていない魔術具はだいたい壊れる。魔竜石で半永久的に使えるコンロもあっただろうが、昨日の神域との交錯で全部壊れたはずだ」

「うわぁ……」

 としか言いようがなかった。セキュリティのかかっていない魔術具というのがどれくらいあったのかはわからないが、結構な大惨事なんじゃないかと思う。

「災害時にはそういう世界律に則った、単純な構造のものの方が強い」

 話を聞きながら、クーラーボックスを開けてオリーブオイルとガーリックを取り出し、軽く炒め始めた。しばらくすると、広間にガーリックの焼ける良い匂いが漂い始める。フィラはクーラーボックスを開いて、ジェフと一緒に先に切っておいた野菜の袋を取り出し、タマネギを鍋に放り込んだ。

「そういやレイ家の系列会社って魔術を使わない工業製品の復刻や開発にも力を入れてるんだっけ?」

 ティナがフィラの肩の上からちらりと背後を振り返って尋ねる。

「ああ。セキュリティをかけた魔術具よりは普通の工業製品の方が安価だから、低所得層にはそちらの方が馴染みが深いはずだ。二十年前にペンビナ油田を取り戻してからは石油製品の生産も可能になったしな」

「ああ……それで自動車の普及も進んだんだっけ。あれは今でも魔竜石で動くやつ多いけど」

「ティナ、詳しいね」

 この会話について行けるなんて、と、思わず感心してしまった。フィラにはわかるようなわからないような、なんとも微妙な感じだ。

「フィラに魔力がないからレイ家関係の会社の製品には結構世話になってたんだよ。でなきゃ人間の作った会社なんて覚えないから」

 素っ気なく語るティナを肩の上に乗せたまま、フィラはさらにウィンナーとニンジンを投入する。

「エステルがよく嘆いてたよ。『あれもレイ、これもレイ』って」

「そうだろうな。完全に魔術不使用の工業製品を大量生産しているのはレイ家の系列会社くらいだ。ゴルトやフォルシウスはむしろ魔術的なセキュリティのコストを下げる方を重視している」

「どうしてレイ家だけ魔術に頼らない製品開発をしているんですか?」

 食材に火を通しながらちらりと背後を振り向くと、ジュリアンは半身だけこちらに向けてじっとフィラの手元を見つめていた。

「思想の違いだ」

 見られていると思うと何だか緊張する。簡単なポトフを作っているだけだから、別に緊張するようなことはないはずなのに。

「レイ家はいずれまたサーズウィアが来てこの世界から魔術が消えることを想定している。これはリラ教会の基本思想でもあるが、ゴルトとフォルシウスは実質的にはそれを信じてはいないんだろう」

 鍋に意識を戻しながら、淡々としたジュリアンの説明を聞く。

 リラ教会の基本思想。もしもフィラが光の巫女なのだとしたら、これも聞いておかなければならない話のような気がした。


「あー、空腹を刺激される匂いだわ……」

 少し離れた所では、三人の聖騎士が車座になって雑談するフリをしつつジュリアンとフィラの様子を伺っていた。

「この匂い……パセリにセロリにローリエか……まともにハーブ入った料理なんて何ヶ月ぶりだ?」

 鼻をひくつかせるランティスに、さっきから空腹を訴えているリサが恨めしげな視線を向ける。

「やめてよ惨めになるから。つーか、早く食いたい」

「しかし……あれは夫婦の会話なのでしょうか」

 当初の目的をすっかり忘れて本当の雑談に終始するリサとランティスに、カイがようやく本題を突きつけた。

「めっちゃ世間話だよね」

 今にも鳴りそうなお腹を押さえながらリサは投げやりに言った。あの二人の関係を知りたいと言い出したのは彼女なのだが、好奇心より食い気に負けているらしい。

「あいつが俺ら以外の人間と世間話してるだけですげえよ」

 言いながらランティスは、一昨日感じた違和感を思い出している。ジュリアンたちの話題は経済から政治や宗教に移っていた。どちらの話題でも甘さなどかけらもないのだが、それでもあんな風に取り繕わずに話しているジュリアンは珍しくて、何だか落ち着かない気分になる。

「ははっ、そりゃそーだ。それより腹減った。ママーご飯まだー?」

 別の意味で落ち着きのないリサに、カイが「お前は子どもか」と突っ込んでいるのを聞きながら、ランティスはジュリアンとフィラの様子をぼんやり見つめる。その間にもカイとリサの口論は続く。

「子どもじゃないですー。推定カイ君よりいっこ上ですー」

「実年齢の問題じゃない」

「じゃあ何の問題なのよー」

「私が言っているのはお前の言動が」

 右の耳は政治と宗教の話題を、左の耳は七歳児レベルの口げんかを拾うという状況に、ランティスは頭痛を覚えた。

「しかしよ、ジュリアンはともかく、だ。嬢ちゃんの方は、あいつが好きでプロポーズにOK出したのか?」

 ぐだぐだと言い争いを続けるカイとリサを遮って、ランティスは疑問と視線を投げつける。二人は喧嘩を中断して目を見合わせ、やがて無言の内に回答権を押しつけられたカイが生真面目な表情で口を開いた。

「違うと思います。彼女は政略結婚だとわかった上で団長の提案を受け入れたはず」

「そうそう。魔術で感情を歪めるとかそういう話にもならなかったみたいだし。素でOKしてくれたんならめでたいじゃない? 今後もいろいろ協力してくれるってことだろうし」

「ああ……そう、だな」

 同意しながらも、声が暗く沈んでしまうのを感じる。

「問題があるとしたら、あんまり制御出来てなさそうなところ? もしかしたら無理矢理奪う羽目になるかもね」

 リサはあっさりと言うけれど、最終的にそうなる可能性もあるのは事実だ。そうなったとき、フィラが無事でいられる保証はない。

「だいたいさ、あの感じじゃ急に結婚してくれなんて口説きだしたら逆に疑われそうじゃん?」

 重くなりかけた空気を感じたのか、リサはやはりあっさりと話題を切り替える。

「そりゃ俺もそう思うが」

「プロポーズの台詞はすげー気になるけど、流石にロマンチックは期待できないよね」

 リサは軽く肩をすくめて、またそれより早く食べたいという話を蒸し返した。静まりかえった広間に、ぐつぐつと鍋が煮える音が響く。


 さっきと同じように車座になって床に座り、夕食が始まった。メニューはフィラの作ったポトフと切り分けたバゲットだけだ。調理器具も食器も限られているので、毎日一品料理と戦闘糧食を組み合わせたもので我慢してもらうしかない。

「ティナちゃんてすっごいヒューマナイズ進んでるよね。グロス・ディア出身?」

 そんな内容でも大喜びで大いに食べ、あっという間におかわりをしたリサが、二杯目を空にしたところでふとティナを見て首を傾げた。

「知らない。エステルとフィラに会う前の事ってあんまり覚えてないんだよね。一人でふらふらしてた記憶しかない」

「それだけヒューマナイズが進んでいるということは、グロス・ディア出身で間違いないはずです」

 黙々と食べていたカイが姿勢を正し、ティナを真っ直ぐ見つめながら言う。

「この大陸には人間の言葉を話せるほどヒューマナイズが進んだ神はほとんどいません。いたとしてもほとんどが荒神になっていると思われます」

「不思議だよね。そんなに力なさそうなのに今まで荒神にならなかったってさ」

 バゲットの最後のひとかけらを口に放り込みながらリサは興味深そうにティナを見つめた。

「誰かと契約してたか、余程人間に思い入れがあったか、どっちかじゃねえか?」

 多めに入れたはずなのに早くも三杯目に取りかかっているランティスが答え、ティナは冷たく「知らないってば」と呟く。

「あ、そうだ。ヒューマナイズ進んでる神様と契約したらさ、自然言語で魔術使えるってマジ?」

 リサは使い終わった食器を脇に置いてティナに詰め寄った。

「自然言語?」

 詰め寄られたティナは訝しげな表情になりながら身を引く。

「つまり、手元照らして! って言って適当な量の魔力を渡したら手元を照らす光、出せる?」

「そりゃ、出来るけど」

 リサの表情がぱっと輝いた。

「魔術式渡さなくても行ける? 光源の位置とか光の強さとか角度とかのパラメータ指定しなくて良い!?」

「……いらないよ。あれ間違ってること多いし」

 その勢いにたじろぎながらも、ティナはぶっきらぼうに答える。

「それは使い手の問題だろう」

 横から口を出したジュリアンを華麗に無視して、リサは両手を打ち合わせた。

「わーお、楽だね! ティナちゃん私と契約しない?」

「やだ。なんでわざわざ世界の法則を歪める手伝いしなきゃいけないわけ?」

 ティナはにべもなく断ると、フィラが食事を終えたのを見てその膝によじ登る。

「これだからヒューマナイズした神との契約例がほとんどないんだよな。しかし、世界の法則を歪めるのが本意じゃないならなんでエステル・フロベールと契約することになったんだ?」

 三杯目も食べ終わってしまったランティスが、やはり食器を脇に置きながら尋ねた。

「確かエステル・フロベールと契約したのは九年前だったな?」

 ジュリアンに視線を向けられて、ティナは不承不承頷く。

「そうだよ。フィラに拾われたんだ」

「えっ」

 まさか自分の名前が出てくると思っていなかったフィラは驚いて思わず膝を揺らしてしまう。

「絶対捨て猫だと思われてたね。『先生この子飼いたいです』って連れて行かれてさ」

「……ごめん」

 ペット扱いされると怒るティナになんてことを言ったのかとフィラは肩を落とした。

「良いよ。僕も最初猫のふりしてたし。エステルと契約したのも結局フィラの側が居心地良かったからっていうのもあったし。ティナって名前だってフィラが付けたんだ」

 ティナは短くため息をついて首を振る。

「契約者としてのエステルは最悪だったよ。魔術は下手だし、魔力も平均より少ないし。良いとこって言ったらほとんど魔術を使おうとしなかったとこくらいかな。まあ、下手だから使うのが面倒だっただけだろうけど」

「そうなんだ……」

 なんとなく、魔術が下手そうなのはさっきの話の流れで感じていたけれど。

「だからフィラは僕のことほとんど喋れる猫としか思ってなかったよ。……今もそういう認識みたいだけど」

「いや、そんなことは……」

 ないと思うが、どうなのだろうか。神様がどうとかいうより、単純に友だちだと思ってしまっている気がする。

「フィラと出会った場所は?」

 食べ始める前にじゃんけんで片付ける係に決まっていたカイに食器を渡しながら、ジュリアンは妙に鋭い視線でティナを見た。

「中央省庁区の……どっかの公園だけど」

「なぜ中央省庁区にいたんだ?」

 カイが全員の食器を回収する間にも、尋問のような質問は続く。

「何が聞きたいの?」

 警戒の視線を向けるティナに、ジュリアンも探るような視線を強めた。

「お前は光の巫女が持つ魔力に惹かれて中央省庁区に来たんじゃないのか?」

「そう……かもしれないけど」

 ティナの声に迷いが混じり、ぴんと立っていたしっぽもやや下がる。

「フィラがリタと会っていたなら、その魔力の残滓に惹かれた可能性はあるかもしれないな。人間には知覚出来ないほど僅かなものだったはずだが」

「……知らないよ。フィラから光の魔力なんて感じたことないし」

 ティナはジュリアンから視線を逸らし、フィラのお腹に身体をすりつけた。その背を撫でながら、フィラはじんわりとした不安感が立ち上ってくるのを感じる。

「補強材料の一つにはなりそうですね」

 鍋に全ての食器を放り込んで何か魔術を使っていたカイが、振り向いて頷いた。

「状況証拠でしかないってとこは変わらねえけどな」

 ランティスが軽く肩をすくめて言う。

「僕はフィラのことが好きだから側にいるんだよ。光の魔力なんて関係ない」

「わかっている。あくまでも出会ったきっかけの話だ」

 ジュリアンの言葉に安堵したのは、たぶんティナよりもフィラの方だった。ティナとのつながりは、記憶を失う前のフィラと今のフィラを結びつける唯一のものだと思えるから、それを否定されてしまうのは怖かった。

「フィラちゃんとリタって何年前に知り合ったんだろ?」

 しばらく大人しく話の流れを見守っていたリサが誰にともなく尋ねる。

「九年前の五月です」

「……僕の方がちょっとだけ後だね」

 ティナは悔しげに視線を落としたが、またすぐに顔を上げた。

「でもさ、別に光の神だからって光の魔力に惹かれるなんてないんじゃない?」

「お前がリラと関わりのある神なら別だろう」

 ジュリアンに向けるティナの視線がまた険しくなる。

「あるとでも思ってるの?」

「可能性は低いが、それだけヒューマナイズされているということは長生きだろうからな。リラが健在だった頃のことを知っているんじゃないかと思っただけだ」

「だから覚えてないってば」

 ティナは呆れ返ったようにため息を吐くと、フィラの膝の上で丸くなった。

「ああ……思い出したら教えてくれ。興味がある」

「興味?」

 ティナは心底うさんくさそうに片眼と片耳をジュリアンへ向ける。

「そいつ趣味で魔術史の博士号取ってるから」

 リサが軽く答えた。

「……趣味なんだ」

 ティナが意外そうに呟く。確かにジュリアンにそんな文系の趣味があるなんてなんだか意外だ。

「しかもそれで博士号とか取っちゃうんですね……」

 そちらはらしいと言えばらしいのだが。

「総合魔術学の博士号は必要に駆られてだったもんな。魔力制御工学は修士までだっけ?」

「ああ。あっちの研究成果は公表出来ないデータが多すぎた」

 ランティスの言葉に頷くジュリアンを見ながら、公表出来てたら取っていたのだろうかと考える。すごく取っていそうだけれど。

「なんか……すごい経歴ですね」

 呆然と呟く。それほど勉強ばかりしている暇があったようにも思えないのだが、いったいどういう経緯で学ぶことになったのだろう。

「博士号ならお前の妹も持ってるし、だいたいすごい経歴だと言うならお前のコンクール優勝歴だってそれ以上だろう」

 誉めたはずなのに何故か反論された。

「……記憶にございません」

 当然のように言われたけれど、もちろん何も思い出せない。まったく自分のことのような気がしない。

「このご時世じゃ国際コンクールと言っても規模はたかが知れているが、それでも軒並み最年少優勝だぞ」

「コンクールなんて出てたんだ……」

 あまり想像がつかなくてティナに視線を向けた。

「エステルは就職活動だって言ってたけど?」

 ティナは緩やかにしっぽを揺らしながらそう言う。

「就職活動……?」

「一人でも生きていけるようにってさ」

 一人でも。

 その言葉が何だか胸に響いて、フィラは思わず俯いた。そんなこと、自分は望んでいたのだろうか。そうは思えない。そんなはずはない。

 だってそうだったら、一人でも、という言葉が、こんなに苦しいはずがない。エステルからその言葉を聞いたとき、きっとフィラは悲しかった。痛いくらいの確信に、フィラはそっと瞳を閉じた。

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