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真昼の月の物語  作者: 深海いわし
番外編
188/195

叶わぬ恋なら

第三部第三話と第四話の間のジュリアンとフィラ。単にいちゃついてるものが書きたかった。

 静かな夜だ。ジュリアンはまだ帰って来ない。

 一人きりでリビングにいると、余計なことを考えてしまいそうになる。ジュリアンが出来るだけ様子を見に帰ってきてくれていることはわかっていたから、仕事が遅くなるときは何かどうしようもないことが起こっているのだということもわかるけれど。

 さっきまで一緒にいたティナも、フィラの魔力が不安定なせいで酔ってしまって今は席を外している。

 魔力が不安定なのは、フィラの気持ちが揺れているからだ。好きだと自覚してしまったひととこんなにも側にいて、でもどこまで踏み込んで良いのかわからない。ただ、こわい。何かが足下の、氷を一枚隔てたところに潜んでいるような気がする。

 感じるのは、食事しながら会話していたとき、ふいにジュリアンに見られていることを自覚したとき。

 部屋を出るときに彼が口にする「行ってくる」という言葉の響き。

 夜寝るとき、まるでこわれものを扱うように背中に回される腕の感触。

 どうしてこんなことになってしまったのか、未だによくわからない。政略結婚することになったのも、同居することになったのも、夜一緒に寝ることになったのも、ひとつひとつにはぜんぶ理由があるのに、やっぱりどうしても違和感が拭えない。

 こんなに近くにいるのに遠い。その距離がもどかしくて、どうしようもなくて泣きたくなる。こんなに不安定でいたら、いつまでたってもこの部屋を出られない。そしてフィラは心のどこかでそれを望んでしまっている。

 離れたくない、側にいたい、と。

 でもそれは、きっととてもずるくて実りのない思いだ。このままでいても、きっといつか別れは来る。その時自分は、わがままを言わずにいられるだろうか。何を言っても、きっと困らせてしまうのに。

 ソファの上で膝を抱えて、ぎゅっと目を閉じる。スクリーンに公衆放送を映すなり音楽を聴くなりして気分を紛らわせた方が良いのに、それすらしたいと思えなかった。

 叶わぬ恋なら忘れてしまえばいい。そんなふうに思っていたこともあったはずなのに、今は忘れたくない。記憶を消すことはきっと出来るけれど、この記憶を失いたくない。忘れてそして空っぽになっても、この痛みはきっとどこかに残るのだろう。そして古傷のように、ずっと忘れるなと、思い出せというように痛むのだろう。この思いを忘れてしまえば、その痛みを癒す術はなくなってしまう。そんな気がする。

 でも、どうしたら良いかはわからない。そんな堂々巡りを、もうずっと繰り返していた。

 こうやって不安定な気持ちを抱えたままで、魔力も相変わらず眠れば暴走してしまうような状態で、ジュリアンにはずいぶんと負担をかけているのだろう。

(何か……)

 水の中でもがくように、ずっと何かを探している。何か、何でも良い。答えが欲しい。何をしたら良いのか、何を求めたら良いのか。どうしたら一番、ジュリアンが幸せになれるのか。

(リタ……私、どうしたらいいのかな……)

 思い出せない記憶の中の少女に向かって、フィラはそこにあるのかどうかもわからない答えを求めた。


 久しぶりに仕事が遅くなってしまった。早足で部屋へ向かいながら、フィラはもう寝てしまっただろうかと考える。今までのところ、フィラが眠りに落ちて意識を手放すたびに魔力は制御しきれなくなっていた。もともと彼女が持っていたものではないから、普通であっても制御は難しいはずだが、それに加えて先日の過酷な実験とフィラの不安定な精神状態が影響を及ぼしている。

 実験の記憶にうなされる少女を見るのは、ジュリアンにとっても苦しいことだった。大丈夫だと言い聞かせながら、彼女の魔力を宥め、無意識の仕草で縋り付いてくる身体を抱きしめる。そうしてやっと穏やかな眠りに落ちた少女を腕に閉じ込めたまま眠るのは、ひどく心地が良かった。そんな状況で心地良さを感じる自分は本当に最低だと思う。なぜフィラが自分を許してくれているのか、全く理解出来なかった。

 否、それすらも逃げなのだろう。

 フィラがジュリアンを受け入れてくれている理由など、きっと一つだけだ。それを理解出来ないと拒絶するのは、さらに最低な逃避だった。逃げている自覚はある。でも、それ以外にどんな方法があるのかは見つけられない。その時が来るまで手放すことは出来ない。けれどその時が来たら、絶対に手放さなければならない。

 扉を開く前に大きくため息をついて、覚悟を決める。

 明かりはまだついていて、フィラは起きているのだろうと少しだけほっとした。自分がいないところで魔力が暴走していたらと思うと、生きた心地がしない。

 リビングに入ったところで、ジュリアンはふと足を止めて眉根を寄せた。微かだけれど、魔力の揺らぎを感じる。暴走の前兆のような、不穏な揺らぎ。その発信源へ向かって、ジュリアンは迷わず足を進める。

「フィラ……寝てるのか?」

 ソファの上で膝を抱えて、クッションにもたれるようにして目を閉じているフィラに、ジュリアンはその眠りを妨げるのを恐れるように、そっと声をかけた。返事はないから、やはり彼女は眠っているのだろう。魔力の揺らぎからして、まだ眠りに落ちてからそんなに時間はたっていないはずだ。

 自分でも恐る恐るだとわかる仕草で手を伸ばして、その肩に触れる。触れた場所から魔力を鎮めて、暴走を食い止めると、それまで微かに顰められていたフィラの表情がふっと緩んだ。けれど目は覚まさない。無意識に制御しようと精神力を使い果たしていたのだろう。眠りが深い。たぶん、多少動かしても目覚めることはない。

 無理に起こす必要もない。そう考えて、ゆっくりと横抱きに抱き上げた。ここに来たばかりの頃よりは少し血色が良くなっている。体重も少しは戻ったのだろうか。フォルシウス家に軟禁されていた頃の扱いはだいぶひどかったようで、その影響を感じる度にはらわたが煮えくりかえるようだった。思い出したら手に力が入ってしまいそうになって、慌てて加減した。中途半端に起こしてしまったらお互い気まずいだろう。

 揺らさないように気をつけながらベッドへ運び、そっと下ろす。

「団長……?」

 出来るだけ静かにしたつもりだったのだが、その衝撃で目を覚ましてしまったらしい。フィラは眩しそうに瞬きながらジュリアンを見上げた。

「お帰りなさい」

 寝起きで力の抜けた笑みとともに言われて、ジュリアンは微かに息を呑む。

「……ああ」

 頬にかかった髪を何の気なしにどけてやると、フィラはどこかくすぐったそうに笑った。

「気分は……大丈夫そうだな」

「はい。なんとか。あの……ありがとうございます」

 ようやく状況を把握したのか、フィラの頬にゆるやかに赤みが差す。

「すみません。寝ちゃってたんですね。あ、シャワー浴びてくるなら待ってます」

「いや」

 起き上がろうとしたフィラを、ジュリアンは苦笑しながら手で制した。

「向こうで寝る支度まで済ませてきた。今日はこのまま寝る」

 フィラがもぞもぞと空けたスペースに横になる。

「今日、ずいぶん遅かったですね」

 いつもと同じように腕の中に収まったフィラが、少しだけ心配そうに問いかけてきた。

「妙な会議が入って、その後始末でちょっとな」

「妙な会議……」

 ひどいごまかし方をした部分をピンポイントに復唱されて、それはそうだと自分でも納得する。けれどそれ以上突っ込んだことは、フィラは聞いてこなかった。

「……お疲れさまです」

 聞き慣れた決まり文句だけれど、柔らかな声がほんものの労りに満ちていたから、どこかでほっと力が抜ける。

「そうだな。疲れた……」

 思わず言うつもりもなかった素直な言葉が口をついて出て、ジュリアンは半分呆れたため息をついた。

「すまない。つい」

 本当に『つい』だ。自分でもどうかと思う。その言い方がツボに入ったのか、フィラは腕の中でくすくすと肩を揺らす。

「じゃあ、ゆっくり寝ないとですね。起こさないようにがんばります」

「大丈夫だろう、たぶん」

 フィラの魔力も精神状態も、今は落ち着いているように見える。

「だと良いんですけど。じゃあ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 この距離で会話するのにも慣れてしまった。それどころか、心地が良くて離れがたくて困る。それでも今だけは全てを疲労のせいにして忘れていたい。

 また逃げていると自覚しながら、ジュリアンは目を閉じた。穏やかなまどろみの中へ、逃げ込むために。

ワンライで書いたのですが、時間オーバーでした。使用お題は「叶わぬ恋なら」「古傷が痛む」「もう以前の私じゃない」です。

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