光輝への思い
その男の子にはいつの間にか会えなくなっていた。きっとどこか別の小学校に行ったのだろう、と栞は思った。
6月の学芸会だった。自分たちのクラスの出番を迎えて立ち上がったとき、列の前のほうが少しざわついた。やがて前の子に続いて列が動いて行くと、ある1つの座布団のまわりに透明な水たまりが広がっているのが見えた。
きっと、一生懸命我慢していたものの、出番の寸前で誰かが漏らしてしまったのだろう。顔を上げると、クラスメートの久美が後ろを振り返っていた。紺色のスカートは、濡れているのかどうか遠目では分からなかったが、自分が広げてしまった水たまりを後ろめたそうに見つめている彼女の虚ろな目が印象的だった。
自分たちの発表が終わって席に戻っても、まだ久美の姿が見当たらなかった。栞は隣に座っている友達に訊ねた。
「久美、どこへ行ったの?」
「うちへ帰った」
「え・・・、そうなの・・・」
友達の素っ気ない返事だった。おもらしした子はこうして人知れず姿を消して、あとはクラスの中での噂話だけが残った。それは幼稚園のときに見た情景とはまるで違い、ただ可哀そうなだけに思えた。
このときの栞には、自分がおもらしした日の衝撃的な記憶は既になかった。でも、そのとき感じた恥ずかしく、かつ陽だまりに包まれるような強い印象が、昔自分が見たおもらしの情景に重ねられていた。
みんなの前でおしっこを漏らし、先生にやさしく服やパンツを脱がせてもらい、タオルで綺麗に拭いてもらった後、穿かせてもらったブルマーの姿のまま、服が乾くまでみんなと一緒に過ごす・・・
栞はそれから時々、夜ベッドで布団をかぶりながら、そんな「恥ずかしくても優しい時間」の想像を巡らせていた。自分が幼稚園でおしっこを漏らし、服を脱がされることを想像して、こっそり布団の中で下腹部を押さえたり、パジャマを下げたりしていた。そして寝るときに穿いていた毛糸のパンツのままで、みんなの前でその格好で過ごすことを想像して、どんな気持ちがするのかを考えた。
そして、そんな恥ずかしくても優しい時間は、もう経験したくてもできないんだ、と栞は悟った。
栞は無意識のうちにあの男の子の面影を探した。その子とは、栗城くんのおもらしの一部始終を一緒に見ていた。栗城くんには申し訳ないけど、一緒にドキドキしていた。
そして、自分がすごくおしっこを我慢しながら園舎に戻ろうとしていたとき、その子の前でびっくりしてしまった気がした。でも、そのあとのことを全く覚えていなかった。もしかしたら、あのとき自分もおもらししていたのかもしれない・・・、そう思うと、胸が高鳴った。
もしそうなら、その男の子に訊いてみたい・・・
そして、もし自分が本当に、おもらししていたのなら・・・
「光輝くん・・・わたし・・・」
「どうしたの・・・」
栞は、光輝と出逢ってから、時折心をよぎるようになったあの情景のわけが、いま分かった気がした。
もう一度だけ、「恥ずかしくても優しい時間」を過ごしてみたかった。そのとき、自分のおもらしを目の前で見てくれていた彼がいたなら、きっと自分のことを優しく見守ってくれて、包み込んでくれるだろう・・・
まるで膀胱が急に満たされて膨らんだかのように、おしっこしたい気持ちが一気に高まっていった。それは今まで我慢していた気力が急に失せていったというほうが正しかった。
「だめなの・・・」
「え・・・?」
自分の様子を光輝に悟られていた。でも、このままおしっこを漏らしてしまうことになっても、栞には悲しかったり、惨めだったりする気持ちは全くなかった。ただ、まるで目の前の優しい男性に甘えるように、身体がただ楽になっていくように、その温かな水をあふれさせたかった。
「だめ・・・私・・・」
「しおり・・・?」
「おしっこ、しちゃった・・・」
優しい光輝の問いかけとともに、パンツの中を満たすようにあふれたおしっこは、あのときと同じように、とても温かかった。
それは勢いよく栞のおしりをくすぐり、サブリナパンツのうしろを広く濡らしながら、シャワーのように激しい音を立てて地面に落ちていった。