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甦る記憶

《なんだろう、この気持ち。これから何がはじまるんだろう・・・》


まるで糸をたぐるように次第に明らかになっていく記憶に、栞は戸惑いはじめた。記憶の中で自分が何かを感じ、何かを見つけ、何かを実行しようとしている。高まる尿意とともに、その先にある扉が開こうとしていた。栞は怖さの混じったときめきを感じた。


栞は、光輝に訊ねた。


「私も・・・、おもらししちゃってたのかな?」


光輝は少し間を置いてから、後ろめたそうに答えた。


「あのときはごめんね」


「ごめんねって、何が?」


「あのとき、僕のせいで栞が・・・」


「なんのこと?」


「え、覚えてないの?」


「うん」


「ほんとに?」


「全然」


「幼稚園の裏山で、ほら、こんな感じの場所で」


小高い丘を登りきると、ふと広場のような空間が開けていた。まわりは花崗岩の岩肌と木々に囲まれ、まるで幼稚園の裏山のような、緑に包まれた場所だった。



「光輝くんが・・・私に?」


「脅かしたつもりはなかったんだけど・・・」


「え・・・、どんなふうにしたの?」


「それは・・・恥ずかしいけど」


「えー、見てみたい」


「でも、栞、だいじょうぶかな?」


「そんな・・・もう大人だし」


「ほんと?」


「うん・・・」


「じゃあ、僕が先に行くから、あとから歩いてきてくれる?」


光輝が入っていった茂みの道を、しばらくして栞も入っていった。


茂みをかき分けた先に、光輝が立っていた。光輝は栞を見つけると、栞を見つめたままおもむろに前かがみになり、黙って両手を自分の下腹部にかざし、太ももを擦り合わせるように動かしてみせた。



両手で押さえられたデニムの股間と太ももが作りだす、異性の衝撃的なシルエットに、開きかけていた栞の記憶の扉が一気に開放され、ずっと仕舞われていたあの日の情景が栞の脳裏を駆け巡った。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


茂みの先に現れた男の子は、栗城くんがおもらししたときに、栞の隣でいっしょに見ていた男の子だった。


《あのときの・・・》


栞がそう思って微笑んだ矢先だった。同じように栞に親しみを覚えたのか、その男の子は、栗城くんのおもらしを連想させるつもりで、急にジーンズの股間を両手で押さえて太ももを擦り合わせ、


「い、い、い、い・・・」


と、おしっこを我慢できない素振りをしてみせた。


衝撃的な格好で今にも漏らしそうにしている男の子の姿に、栞はびっくりして立ち止まった。その男の子こそ、紛れもなく光輝だった。


もともと栞はトイレに行きたくて急いで園舎に戻る途中だった。かなり高まっていた尿意の中で見せつけられた、まさしく異性がおもらししそうな刺激によって、栞の尿意は切迫した。そのとき、


《私、びっくりさせられちゃった・・・》


そう感じた瞬間だった。そこには冷静に今の自分の状況を見つめる栞がいた。そして、このぎりぎりの状況で、千載一遇のチャンスとばかりに、ほんの甘えに似たいたずら心が栞の心をよぎった。


《驚かされているのなら、いま・・・》


尿意が切迫していたので、漏らそうと思えば漏らすことができた。それを止めていたのは、人前で漏らすことへの「好奇心」と「恥ずかしさ」という裏腹な気持ちが心に渦巻いたことによる、最後のためらいだった。でも、


《でも・・・いっしょに栗城くんのおもらしを見た、この男の子の前だったら・・・》


そんな一瞬の楽観的な、ほんの少しの「勇気」に似た気持ちが、ついにそのためらいに終止符を打った。そして、栞はおしっこを漏らすことを選んだ。




初めての感覚だった。ショーツの中をいっぱいに満たすようにあふれた水は、とても温かかった。そして、それは勢いよく栞のおしりをくすぐりながら、穿いていた七分丈のパンツのあちこちを突き破るようにして、シャワーのような激しい音を立てて地面に落ちていった。


「おしっこしちゃった・・・」


栞は、男の子が見つめる目の前で、下腹部やおしりを濡らし続けるその感覚に、声を高ぶらせながら、そうつぶやいた。それは、幼い日の栞の記憶からかき消されるほどの刺激的な体験だった。




「栞ちゃん、漏らしたの初めてでしょ? かわいそうに、びっくりさせられて、おしっこしちゃったの?」


柔らかな光の差す教室のうしろで、先生が栞の前にしゃがんで優しくそう言った。


教室に出入りするクラスメイトが遠くから自分を見て、ひそひそとつぶやいている。「栞ちゃん、おもらししちゃったんだ」そう言っているように聞こえた。


栞は、今までたくさんの人のおもらしを見聞きしてきて、その度に心を動かされてきた自分が、今日図らずもついに、おもらしした張本人になってしまったことを、まだ信じられないでいた。


《え、ほんとに、このまま?》


先生は、皆の視線を遠ざけるでもなく、そのまま栞の両脚にびっしょり張りついたパンツを脱がせはじめた。そして、自分のぐっしょりと濡れた白いショーツがクラスメイトの前で露わになった。分かっていたこととはいえ、これからはじまることは、顔から火が出るほど恥ずかしいことだった。



隣には光輝が泣きべそをかいて立っていた。何やら懸命に謝っていたが言葉になっていなかった。先生が言った。


「ごめんなさいじゃないでしょ!」


「先生、ごめんなさい」


光輝が泣きながら言った。



《あっ・・・》


そう言う光輝を横目に、瞬く間に先生の手が自分の濡れたショーツを下げた。そして先生の持つ乾いたタオルが下腹部にあてがわれた。自分の下半身がそうして露わにされる様子を見つめる周りのクラスメイト、そして隣の男の子の視線・・・


《なんだろう、恥ずかしいのに、不思議な気持ち・・・》



おもらししてしまった事実は変えようがなく、とても恥ずかしいことだったが、栞には惨めな気持ちは全くなかった。自分がおもらししたのは男の子のせいで、自分は悪くなかったからだ。おもらしした自分と、そばで泣く男の子。「男の子が栞をおもらしさせた」と、みんなもそう思っているだろう。


そうして、服を脱がされ、おしっこで濡れた下腹部やおしりや太ももなどを、先生に乾いたタオルで優しく拭いてもらっているうちに、栞は身も心も日だまりのような優しさに包まれるのを感じていた。


栞の下半身がもう裸になったのに、まだ光輝が隣にいることにやっと気づいた先生は、


「なにしてるの、栞ちゃんが脱いでるのに。早く行きなさい。他のみんなも外に行って」


と言って、その場から光輝を追い出してしまった。




「しょうがないよね、びっくりしたら、おしっこしちゃうものね」


優しい日だまりの時間が続いた。やがて先生は立ち上がると、棚の上のおもちゃ箱を開けて小さな衣類を取り出した。いつも先生がそうするのを見ていた栞は、それが毛糸のパンツであることを知っていた。そして想像どおり、先生は鮮やかなピンク色をしたブルマーを持ってきてくれた。今から自分がそれを穿かせてもらえることに、栞は胸がときめいた。


「ちょっと恥ずかしいけど、帰るまでこれ穿いてね」


毛糸のパンツがおしりをすっぽりと包み込んだとき、栞は胸のすくような開放感を覚えた。それは想像していたよりとても暖かく、身体を動かすたびにしなやかに衣擦れして、おもらししたばかりの下腹部のまわりを優しくくすぐった。


でも、栞は男の子がいなくなったことが淋しかった。その子に対して少し申し訳ない気持ちもあったが、初めておしっこを漏らした恥ずかしい自分の姿を見せた彼には、何かしら特別な思いを感じはじめていた。だから自分の一部始終をずっと見てもらいたいと思った。


もし、自分の責任で漏らしてしまったとしたら、きっとそうは思わなかったかもしれない。栞はいま自分がこうなっていることを、すべてその子のせいにできた。


だから栞は、その後も堂々としていた。帰るまでの間ずっとピンクのブルマーを穿かされていても、今までと違い、自分がまわりの人をドキッとさせていることが嬉しかった。栞は吉山さんと同じように、楽器のときもお遊戯のときも園服の裾をわざと捲ったり、背伸びや前かがみをして、わざとブルマーが見えるような仕草をした。そして栞は時折その男の子の姿を探した。でも違うクラスだったためか、その後彼を見つけることはできなかった。


そして、それからの日々のことも、栞の心に甦ろうとしていた。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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