予感
すっかり綺麗に拭かれたあとも、まだ身体には濡れた感じが残っている気がした。
それは、ほんの少し前に感じた気持ちの余韻にまだ包まれているからかもしれない。
傍らに置かれている、下がぐっしょり濡れたオレンジのサブリナパンツと白いショーツが、陽の光に照らされてきらきらと輝いていた。
「うん、そのポーチ・・・」
栞のカバンから彼が取り出してくれたポーチを受け取ると、栞はその中からピンク色をした毛糸のパンツを取り出した。
《ここで穿くために持ってきたのね・・・》
栞は思った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
《毛糸のパンツなんて、要らないじゃない》
コテージに着いた栞は、また毛糸のパンツのことを思い浮かべた。
光輝といっしょに来た海沿いのリゾートは、泳ぐにはまだ水が冷たいものの、十分な初夏の陽射しが降り注ぎ、ふたりの気持ちを解放的にした。ふたりは街へ出た。まるで女性もののように細いデニムに包まれた、光輝の長い両脚がまぶしく栞の目に焼きついた。
《冷え防止のために必要かなあ・・・》
昨日、旅行の準備のための買い物の途中で、栞はふと目に入った毛糸のパンツを手に取った。訳もなく栞はそれが欲しくなり、頭の中で後から理由を考えた。
パンツは他にも何種類もあった。いつもあれこれと悩むはずなのに、この日は栞はなぜか少しも迷わずに、鮮やかなピンク色のものに決めた。そして、彼に見せてもいいように、わざとVのラインがあるブルマー型のものを選んだ。
「どうして買ったんだろう? 必要なわけないのに・・・」
鞄に詰めるとき、あらためて栞は思った。普段からミニスカートを穿くことは少なく、今回も薄手のサブリナパンツに決めていた。部屋着として着ることはあっても、それを彼の前で穿くのもどうかと思った。季節ももう夏だ。
「でも、持って行きたい気がする・・・」
栞は時間がなかったので、それらを慌ただしくそのまま鞄に詰め込んだ。
そして玄関を出て外の空気に触れたとき、朝日がつくる透きとおった陰の中で、栞はなぜだかふと胸がすくような和らいだ気持ちになった。
「よかった・・・でも、なぜ?」
栞はまるで大事なお守りを持ってきたことに後から気づいたように、安心した。それから毛糸のパンツのことが時おり心をよぎるたび、栞はときめきに似た気持ちを覚えたのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
仕事で知り合った光輝とは、同じ地方都市の出身ということもあり、不思議と気持ちが合った。交際をはじめて一ヶ月。同じ市内でも学区が異なり、通った学校に共通点はないと思われていたが、
「幼稚園のときの遠足で・・・」
「えっ、そこ、私も行った・・・。ひょっとして光輝くん、恵北幼稚園だったの!?」
「やっぱり・・・そうだったんだね。栞、何組?」
「何組だったかなぁ?」
「池組じゃない?年長のとき」
「そう・・・池組だった。光輝くんよく覚えてるね?」
「僕、森組」
ふとした会話から、どうやら幼稚園が同じだったらしいことが最近になって分かったばかりだった。しかし、山科光輝という男の子の名前は、どうしても栞の記憶からは引き出すことができなかった。考えてみれば20年も前のことなので、無理もなかった。
栞は仕事にも慣れ、順調な日々だった。後輩にもアドバイスをし、中心的なスタッフとしててきぱきと忙しく仕事をこなしていたが、そうした折に時々ふと栞の心をよぎる情景があった。
《あ・・・》
不意に高まる尿意に膀胱が膨らみ、堪えきれず弛緩してあふれていく温かい水。その一瞬あとに、水が床に滴り落ちていく静かな音。
《おしっこしちゃった・・・》
そこでは、なぜか栞は男性の前でおしっこを漏らしてしまっていた。
しかし、その場面では悲しかったり、惨めだったりする気持ちは全くなかった。それどころか、まるで男性に甘えるように、身体が楽になっていくように、栞はパンツの中におしっこをあふれさせていた。
「なんだろう、このシーンって・・・」
栞はどうしてそういう情景が心に浮かぶのか分からなかった。でも、その情景は決して嫌いではなかった。むしろ、肩肘を張った仕事が多くなりがちな中で、仕事中にそれを思い浮かべることによって、うまく心のバランスが取れているようにも感じていた。
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