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王妃の資格  作者: 行見 八雲
2/12

・王妃の資格

 以前投稿した短編と、少しだけ変わった所があります。


 これは地球とは異なる世界のお話。


 蒼天の空に可愛らしい小鳥が羽ばたく、ある日のこと。

 ここ、世界で一番大きな大陸のほとんどを占める大国、アセスフィアの王城の王の執務室では、長い黒髪を後頭部で纏め、シンプルなドレスに身を包んだ女性が、群青色の髪の美丈夫に詰め寄っていた。



「ちょっと、陛下! 私を王妃にするって、本気ですか!!?」


 今にも美丈夫――この大国の現王である――の胸ぐらを掴みそうな勢いで、女性は眉を吊り上げて声を張り上げた。


「ああ、本気だ」


 そんな女性の勢いを気にもせず、王は手に持っていた書類を執務机に置いて、女性へと向き直った。

 その相手の余裕に満ちた態度と、見上げるほどの長身に女性はむっと眉間に皺を寄せる。


「無理無理無理無理無理です!! 私なんか王妃にしたら大変なことになりますって!」


 両の拳を握りしめて、全身で否定する女性に、王は苦笑いを浮かべて。


「前にも言っただろう。俺が惚れているのはお前だけだ。お前以外、王妃にするつもりはない」


「いやいや! それだって、陛下に対して初めて会った時から気安かったとか、言動が突飛で見ていて飽きないとか、そんな理由ですよね!?

 でもそれって、私が異世界人だからですって! 異世界、特に私のいた国には、王様なんていなかったから、対応の仕方が分からなかったからですし!

 突拍子の無い行動だって、この国との価値観の違いからですよ! この国での普通が普通じゃないからですよ!

 どうせそのうち目も覚めますから、もっと落ち着いて考えて下さい!!」


 勢いのまま、女性はそう言い切った。



 そう、この女性、水瀬咲良みなせさくらは、ある日突然異世界からこの世界にやってきて、たまたまこの国の王に拾われ、王城で仕事をしながら生活することになったのだ。

 そんな彼女がこの世界にやってきて、かれこれ二年は経とうとしていた。


 だいぶこの世界に慣れたかな~と、思っていた矢先の王の告白に、咲良は心臓が飛び出るほど驚いた。しばらく心臓が拍動のしすぎで痛かった。

 そして、先ほど城の者にお祝いの言葉を言われ、王の言っていたことが本気だったと知り、しかも国中にすでに話が広がっていることも知り、慌ててこの執務室に駆け込んできたのだ。


(みんなに冷やかされて、顔から火が出るかと思ったわよっ!!)



「第一、私はまだこの世界のことを良く知らないんですよ!? そんな女を王妃にしたら、常識が無いだとか、マナーがなってないとかで、国の品位が疑われることにもなりかねません! だいたい―――」


 咲良が言葉を続けようとしたとき、コンコンコンと勢いよくノックの音が聞こえ、執務室の扉が開かれた。


「失礼致します。咲良様、例の上下水道整備の報告書が届いております」


 そう言って、文官服の男が咲良に、手に持っていた書類の束を渡す。

 それを受け取った咲良は、ぱらぱらとページを捲り、ざっと目を通していく。


「いや、その様付止めて。――うん、工事は順調のようね」


 そう頷いていた咲良だったが、あるところでぴたりと目線が止まる。


「ん? この金額おかしいわね。これにはこんなに費用がかかるはずがないのに……。担当は、あの欲深貴族のおっさんか。

 費用の着服の可能性があるわ。以前調べさせた時も、疑わしい事例が大量に出てきてたし。

 私の権限の使用を許可するから、あのおっさんの屋敷、隅々まで家宅捜索してきてちょうだい」

 

「はっ!」


 咲良がそう言って、書類を文官の男に返すと、男は頷き礼をして早足に執務室を出て行った。



 文官の男が出て行った後、咲良は再び王へと向き直り、


「えと、それで、何でしたっけ?

 あ、そうそう、大体、私のような身分の無い、どこの馬の骨とも分からない女を王妃にするなんて、他の貴族達の反対に―――」


「この間、ベルグラード公爵家の養女になっただろう」


「……………そうでしたね……」


 二月ほど前、何となく公爵家一家に気に入られた咲良は、あれよあれよという間に、養女にされていたのだった。


 王の切り返しに、咲良はぐっと言葉に詰まった。


「あ、でもでも、私は王妃の教育も受けてませんし、国内の情勢のことだって―――」


 コンコンコン!

 再び軽快なノックの音が聞こえ、先ほどとは違う文官服の男が「失礼します」と声をかけ、扉を開けて入ってきた。


「咲良様、こちらは、先だって考案されました調味料の、市場での評価や流通状況の報告書です」


 そう言って、手に持っていた書類の束を咲良へ差し出す。


「だから、その様付止めてって。うん、市場への広がりはまずまずね。今度は、あれを使った料理を考えて、国内に広げてみよう。

 あれが世界中で取引されるようになれば、国にとって良い収入源になるし、この国ならではの料理が流行れば、国外からの観光客もお金を落としてくれるしね。ふふふ、金の余ってる珍しいもの好きの貴族達が、好みそうな料理を考えないと。

 そう言えば、国の南東部のシュクト地方を、遺跡や温泉を売りにした保養地にするのもいいわね。ああ、ちゃんと自然破壊はしないから安心してね。

 うん、近々視察に行くわよ。人選は任せるわ。調整をお願い」


 咲良が文官の男を見ながらそう言えば、男も表情を引き締めて頷いた。


「はい! お任せください!」



 そのまま礼をして退出する男を見送って、咲良はまた王の方へ体を向け。


「え~~~っと、だから、私には王妃に相応しいような気品も、カリスマ性も、威厳もな―――」


 コンコンコン!!

 焦ったようなノックの音が響き、執務室の扉が開かれた。


「失礼します! 咲良様!」


 またしても、先の2人とは違う文官服の男が、早足で咲良へと近づき、急ぎの用らしく何事かを耳打ちする。


「だ~か~ら~、その様付止めてって………」


 男の報告を聞いていた咲良の眉間に、ぐっと皺が寄った。


「あのハゲ子爵が! 議会で決まった法律に従わないばかりか、そんなことまで!」


 忌々しそうに呟いた咲良は、王に退出の挨拶をしてから、早足で扉へと向かっていく。


「私が制圧に向かうわ! クァルテ達を呼んでちょうだい!」


「はっ! 直ちに!」


 文官を付き従えていくその凛とした背中が、扉の向こうへ消えていくのを見ながら、王は愛おしそうに目を細めて微笑んだ。



「お前以外に、誰が王妃に相応しいというのだ」



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