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王妃の資格  作者: 行見 八雲
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・とある精霊の願い(前)――モクレン

 書いたまま放置しておいた、モクレンの過去と、咲良と出会った時のお話をUPしてみました。

 全体的にシリアスで、残酷な表現を含みますので、他のお話とは雰囲気が異なります。苦手な方はご注意ください。




 この世界に精霊として生まれたとき、私には感情というものがありませんでした。あったのは、ただ“存在し続ける”という生きもの――精霊がこれに含まれるのかは分かりませんが――としての本能のみです。

 私は、人の影から生まれた、自然界の精霊とは異なる存在です。ですから、日の光が当たってもそこに物が存在しなければ影が生じないように、私も人と契約しなければ存在し続けることができない精霊なのです。とはいえ少しの時間でしたら契約者がいなくても存在することはできますが、それでも契約者がいなければやがて消滅することになります。


 そのため、私は生まれてから多くの人と契約を交わしてきました。そして、幸いにも私には多様の能力があったので、契約者の望みを叶えることを役割としてきたのです。やがて私は、人との契約によって人の中で生きるうちに、人の感情や生活習慣を真似るようになっていきました。

 しかし、私の契約者の多くは、私と契約を交わした後、徐々に破滅への道を辿っていきました。横領と賄賂によってのし上がったあと、政敵によって殺された者もいれば、財を追うあまり麻薬などの犯罪に手を出してしまい、同業者に殺された者もいました。また、自らの美貌を求めるあまり、人の生き血を求めて殺人を繰り返し、処刑された者もいます。


 一応私も精霊ですから、心の綺麗な者に惹かれます。

 ですから、あの穏やかな笑顔の、画家希望の青年も。

 両親へ孝行したいと望んだ、靴磨きの少年も。

 契約者を亡くして彷徨う私に花を差し出してくれた、あの孤児の少女も。

 皆、最初は心優しい者達ばかりだったのです。


 けれど、私と契約を交わし、その望みを叶えていくうちに、徐々に歪んで行ってしまうのです。

 画家志望の青年は、有名画家となり絵画協会の重鎮になった後、同僚を陥れ、若手画家の芽を潰し、やがて将来を潰された者に殺されました。

 靴磨きの少年は、莫大な金額を稼いだ後、それを奪おうとした両親に殺されました。

 孤児の少女は、その美貌で資産家の正妻になった後、散財をし、傲慢に振舞い、疎んじた夫によって毒殺されました。


 そのたびに、契約外の事態に私は何もできず、目の前で契約者が死んでいくのを、ただ見ていることしかできませんでした。

 やがて契約者が死亡し、契約の効力が失われれば、また次の契約者を探して彷徨うことになるのです。



 そして、貴族の令嬢として生まれながら、両親は互いに他所に恋人があり、冷え切った夫婦関係の中で、夜な夜な寂しいと泣いた少女も。


「今晩は。どうしたんですか?」

「……うっ……おとおさまも、おかあさまも……ひっく……おうちに、かえってこない……の……。わたしいつもひとりで……うえ……さ、さみしい……よぉ……」


 上質な絨毯の上に座り込み、ベッドシーツに縋ってひっそりと泣く少女に、私は契約を持ちかけました。


「でしたら、私がずっと傍におります」


 少女の傍にしゃがみ込んで微笑んだ私を振り返り、少女は泣き濡れた目をぱちぱちと瞬き。


「……ほんとう……に? ずっと……いっしょ?」

「はい」


 頷いた私に、少女は花が開いたようにぱあっと笑顔になりました。


「やくそくよ! ずっといっしょにいてね!」

「はい。承知しました」


 約束を求めるように伸ばしてきた少女の手を、私は恭しく受け取ったのです。


 それからは、私は少女の世話役になり、常に少女の傍に控えました。ある日突然、私を雇うと言い出した少女に、屋敷の者達は訝しげな顔をしましたが、屋敷にほとんど寄り付かない彼女の両親は、特に何も言うことはありませんでした。


 少女が眠れない夜は、寝付くまで枕もとで寝物語をしました。

 少女が望めば、ボディーガードとして共に街へ買い物に出かけました。

 少女の誕生日には、腕を振るって豪華な食事とケーキを用意しました。


 少女に対し無関心な両親によって、少女の心が傷つけられるたび、様々な手を尽くしてその心を慰めました。


「わあ! ******! これはなあに?」

「これは異国のお菓子ですよ。旬の果物をふんだんに使ってあるんです。お口に合えばいいのですが」

「******の作るものは何でもおいしいもの! うわぁ! ――うん! おいしい! すごくおいしいわ! ありがとう! ******!」


 無邪気に笑う少女を真似て、私もそっと笑い返しました。



 そんな穏やかな日々も、少女が成人を迎える時が近づいたある日、突然壊されることになるのです。


 そう、それは、珍しく少女の父親が、屋敷に帰ってきた日のことでした。

 父親の部屋に呼ばれ、その後自らの部屋に戻ってきた彼女の顔は、血の気が引き真っ青になっていました。

 何事があったのかと問いかけた私に、彼女はぽろぽろと涙を零しながら、「お父様が……お嫁に行けって……」とそれだけを口にして泣き崩れました。

 そのまま泣き疲れて眠ってしまった少女をベッドへ運び、私が自ら調べたところによると、その相手は有力貴族の令息で、ある夜会で少女に一目惚れをし、彼女の父親に結婚を持ちかけたのだということでした。


 結婚の話があった日から、少女は部屋に篭りっきりになり、ひどく沈んだ様子でした。

 そんな少女に食事を運んだり、身の回りの世話をしていた私は、彼女を見守りながらも、この結婚を否定する気は起きませんでした。

 政略結婚によって父親やそれ以上に年上の男のもとへ嫁がされることも多々ある貴族の世界で、相手は少女と歳も近く、見目も麗しい精悍な面差しの青年でした。私が調べる限り、女性関係の問題もなく、誠実で仕事熱心な性格のようです。

 何より、本気で少女のことを想っており、結婚後も少女を大切にしてくれるに違いないと考えました。


 そんなある日、少女は私に、「******は、この結婚……どう思う?」と問いかけてきました。

 どこか必死の様子で見上げてくる少女に、私はそっと微笑んで。


「いいお相手だと思いますよ。きっとあなたを幸せにしてくれるでしょう」


 その私の答えに、少女は顔を青くして目を瞠り、やがて震える手を握り締めながら、「……そう」と頷きました。


 その後、少女はその求婚を受けたようでした。

 それからは、屋敷は少女の結婚の準備に追われるようになりました。常に不在がちだった少女の父親は、上機嫌で屋敷に戻って来るようになりましたし、母親も屋敷に留まり色々と指示を出していました。彼女が願ったように家族がそろっていても、少女は常に暗い表情で、ぼんやりと屋敷の外を眺めていることが多くなりました。



 やがて、結婚式を明後日に控えた日の夜、私は少女の部屋へと呼び出されました。

 ノックをし、答えに応じて部屋に入ると、少女は両手を背後に回し、俯いたまま窓際に佇んでいました。

 私が声をかけると、少女はふらりと覚束ない足取りで、私の方へと近づいてきます。顔は上げないまま、少女に漂う陰鬱な雰囲気に、私は具合でも悪いのかと少女に声をかけようとしました。

 少女が私の前に立ち、私がその細い体を見ながら言葉を発しようとしたとき、私の胸にドンという衝撃が走りました。何事かと胸元を見れば、そこには繊細な細工のなされた短剣の柄が見え、その先の刃の部分の半分ほどが、私の体に吸い込まれていました。

 その短剣を掴んでいたのは、目の前に立つ少女の白い手でした。



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